11 特別授業。
地獄の感想文。
と言いますか、はい、感想戦です。
《如何でしたか、地獄は》
《先ず時間が同じじゃないのが驚きでした》
「ですね、あそこまでズレるとは思いませんでした」
地獄での時間経過は現世とは違う、そこまでは知っていたんですが。
あそこまで違うとは。
ざっと言うと、コチラの1秒が向こうの100時間。
正しく、精神と時の。
《休憩を挟みましたけど、それでも疲労感が無かったので、出てからも不思議な感じでしたね》
「眠気も何も無かったですからね」
《生者として入りましたからね》
《それと、意外と臨機応変だった》
「ですね」
先ずは賽の河原が有り、三途の川が有る。
そして渡り終え暫くすると3つの門が有り、浄玻璃鏡が扉に貼り付けられており、読み込みを終えると戸が開く。
意外とシステマチックだった。
そのまま列は3列のままに、秦広王の前に立つ事になるが。
悪人の列には、稀に亡者が降って来る。
その落ちて来た亡者が良い子にしていれば、左の道へと進めるのだが。
大概はぶつかった者に謝りもせず、割り込む形になろうが構わず並ぶので、そのまま地面に穴が開き落とされる。
地獄に居る、亡者はその観念が薄い。
悪人の列では喧嘩が絶えなかった。
けれど真ん中の、それこそ中位の亡者は、びくびくしたり時には仲裁にも入ったりする。
そして善人列はもう、綺麗に整列し、必ず仲裁に入ろうとしてか獄卒に相談する。
けれど獄卒は涙を流しながら止める。
牛頭と馬頭が泣きながら止める。
きっと無駄になる、感謝すらされず罵るか奪おうとするだけだ、供養の品を無駄にしてはいけない。
そう泣きながら止めるのだ。
《牛頭や馬頭、時に獄卒は罪人が役割を担う事も有りますからね》
「あと一歩、改心する方、ですよね」
《アレに名を付け難いけど、アレも地獄だよね》
牛頭と馬頭は一種の被り物。
そうして罪人は亡者の真意を理解する装置を付けられ、その涙が枯れるまで悔いる事になる。
そして涙が枯れると、人道・天道から刺す光に吸い込まれ。
未だに涙の枯れない者は、羨めば涙の備蓄が増え、祝えれば涙の備蓄が減る事になる。
《直ぐ横は血盆地獄だったかと、如何でしたか》
《最初は胸糞でした》
「改良して頂けて助かります」
秦広王の斜め前に血盆地獄が有り、相応となる者は秦広王の目の前に立った瞬間、即座に血盆地獄へと獄卒が連れて行く。
一種の見せしめ効果も有り、悪人の列ですら静かになる、一時的に。
そして秦広王の真後ろが、次の初江王の司る部屋に行く事になり。
横を通る際、軽く一礼すると手を挙げて下さった。
生者として入っても認識されているらしく、以降は一礼して通り過ぎる事に。
《後で気付いたけど、秦広王だけ、机が無かったんだよね》
《それだけお忙しい、と言う現れですね》
声も発さず、手で指示すら無く捌く。
ひたすらに亡者を振り分ける様は、違う意味で恐ろしいと言うか何と言うか、威厳が凄かった。
「この絵の通り、次の初江王には小鬼が2人。侍従が2人、獄卒顔の侍従が1人、でしたね」
《確かに、次の宋帝王は小鬼が2人、侍従が2人に獄卒が1人。でしたけど》
《はい、多ければ良いと言うモノでも有りませんからね》
秦広王御簾の後ろには、初江王の間に続く道が有って、今度は門も無しに目の前に行くんだけど。
大きな椅子の後ろにも、実は侍従が1人居て。
多分だけど、あの人がスイッチを押してるんだろうって言ったら、ネネちゃん肩を震わせながら黙って笑ってた。
いや、マジでアレはそうだと思うんだけど。
「以降は、必ず机が有りましたよね」
《鏡も、有ったり無かったり、侍女付きの方も居たね》
《区別、違いを示す道具の1つでも有りますからね》
「あぁ、目安」
《はい》
「この十三王、室町以降の成立だそうですけど、お金の匂いを感じざるを得ません」
《仏僧が仏僧としての生活だけ、をして下さっていれば、その感想は抱かれ無かったかと》
《あー》
で、その十三王巡りの後に、等活地獄へ。
「夏を感じましたね」
《暑く無かったんだけど、何かね》
最初は配慮されており、陽炎の中を亡者が死にまくり。
心地良い風が吹くと生き返る様を見せて貰い、ユノちゃんはそこでギブアップ。
なのでユノちゃんは分荼離迦処、ココで言う白蓮池で休憩となり。
コチラは興味本位8割で、じっくり眺める事に。
コレが良かったのか悪かったのか、自分にはグロ耐性が幾ばくか有る事を、確信するに至った。
確かに悪夢は見そうでは有るけれど、かなりじっくり見ないと、偽物に見えたからだ。
匂いは勿論、暑さもほんのり程度。
しかも絶叫も耳当てによりかなり妨げられていたし、獄卒が罪を解説しながら責め苦を行っていたので、ちょっとしたショーにしか感じられなかったからであって。
あの配慮フィルターが無ければ、留まる事は出来なかったと思う。
《ですよね》
「ほら」
《いやー、あの配慮が有っても難しいよぉ》
「多分、クソ憎い相手が居るかどうかかと」
《あー》
そのまま黒縄、衆合、叫喚。
大叫喚、焦熱、大焦熱。
そして阿鼻、又は無間地獄を巡ったんですが。
まぁ、殆どは罪状の解説に興味が有っての事でした。
獄卒の方が大変に親切で、少しでも疑問に思うと聞き出してくれるんですよ。
何故、どうして、そんな事をしたのか。
特に大焦熱の方にはお世話になりました。
苦鬘処、ココで言う皮革工場なんですが。
脅すか誘惑に失敗しようが成功しようが、襲われたと妄言を吐いた者が落ちる地獄、でして。
滅多打ちにし、動けなくなると次は鉄のヤスリで皮から剥ぎ、その最中も熱風により幻覚と焼け付く痛みが襲い続ける。
何故、襲われた、と妄言を吐くのか全く分からなかったんですよ。
《それで、如何でしたか?》
「かなり罰を受けている方の解説で、何とか、ギリギリですね」
思ってたのと違ったから、下手だったから、嫌になったから。
思ってた以上に不快だったから、好きじゃないと確信したから、好きになれないと思ったから。
後になってムカついたから、フラれそうになったから、好きな人が出来たけど別れるのが面倒になりそうだったから。
全く、相手の人生がどうなるかを考えていないのが殆どで。
他の者も、ちょっと何を言っているか分からなかった。
《例えば?》
金や仕事になるから、金や仕事になると後で思ったから、可哀想に思われる良い切っ掛けだと思った。
身内に知られると不味いから、好きな人に変な相手が居た事を知られたく無いから、暇潰しだった。
身内がそうされたら困らないのか、と獄卒が問うと。
絶句したり、身内はそんな事はしない、だとか見当外れな答えが多かった。
「獄卒の方が親切で助かりました」
《正に地獄、そりゃ草食になっちゃうよね》
「姉の知り合いの男性の妹さんが、実際に気に食わないから、とホテルを出た直後に相談されたそうです」
《うへぇあ、どうなったの?》
「仕返しにお兄さんがそんな事をされても良いの?で、何も無かった事になったらしいです」
《ひぇえ》
《地獄とは、身勝手な者が落ちる場所、ですから》
アイツに似合う地獄を探してたんだけど。
どうにも、しっくりこなかったのが残念ですが。
「まだ、地獄って有るんですよね」
《はい、あの地獄の門の先の1つは、インフェルノです》




