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117 調香師と兄。

『コレは好きです』

『コレはイランイラン、新婚さんの為の匂いだよ』


『何でですか』

『緊張を解す為にベッドに撒かれる、そんな風習が有るんだよ』


『寝るのに緊張しますか』

『男の子は、そうかもね、でも女性に人気だよ。リラックス効果が有るんだって』


『コレも入れます』

『もしかして、緊張し易い女性なのかな』


『大変な場所に居ました、良くお勉強をします、私の匂いを嗅ぐと安心すると言ってました』

『成程、なら良い選考だね』

《結構入るが、大丈夫なのか?》


『トップにラベンダー、イランイランはミドルノート、ラストにサンダルウッドだからバランスは良い方だよ。後は特徴を何処に持って来るか、なんだけど、出来るならその人の体臭を知りたいよね』

『無臭です、石鹸と化粧水の良い匂いだけします』


『んー、頭を嗅いでも?』


『嗅いだ事が無いですが、普通は有りますか』

『恋人や婚約者に贈る場合は特にね』


『婚約者しか贈ってはいけませんか』

『ううん、家族なら大丈夫』


『嗅いでから決めます』

『だね』

《ヒナも無臭なんだが》


『そうでも無いよ、ほんのり草と甘い匂いがする』


《んー、分からん》

『レンズのも嗅ぎます』


《何か嫌だ》

『何でですか』


《加齢臭って分かるか》


『お爺さんの匂いですか、しますか』

《いや、分からないが、したら嫌なんだ》


『そこまでお爺さんでは無い筈です』

《けど、かも、だ》

『大丈夫だよ、ほんのりスパイシーで木の匂いがするし、臭くないよ』


《スパイシー》


『辛い物が好きだからですか』

『あぁ、それも有るけど、元の体質。遺伝子の匂い、遺伝子から辛い物と果物が好き』


『レンズはベリーが好きです』

《辛い物を抑えても》

『無駄だね、遺伝子を変えるまでは』


《変えるか》

『そんなに嫌なんだね』


《スパイシーはな》

『そう?ほんのりなら、締まりが有って良いと思うけどね、ほら』


《まぁ、嫌いじゃないが》

『ほら』

『レンズっぽいです』


《出来るなら、もう少し清楚な、清潔感の有る匂いが良いんだが》

『好きな香りを付けるのも良いけど、香水ともなると他人のスーツを借りてる位の違和感になるよ、ココではね』


《分かった、けど出来るだけ》

『柑橘系は無しで、甘さも控え目な爽やかな香り、だね』


《それにスパイシーも、出来るだけ抑えてくれ》

『うん』

『レンズの頭の匂いを嗅ぎます』


《嫌だ》

『いつも私の匂いを嗅いでいます』


《それはそれ、コレはコレ、アズールの匂いでも嗅いでなさい》


『アズール』

「はい、どうぞ」


『無臭です』

『少し良いかな』

「はい、どうぞ」


『うん、太陽と潮風の匂いだね、妖精種に多いんだよ』

「そうなんですね」


『念の為に好みを良いかな、意外な組み合わせが出来るかも知れないから』

「カモミールの匂いが好きですね、逆に潮風はあまり好きでは無いです」


『成程、じゃあ、はいカモミール』


『良い匂いです』

『ね、僕も好きだよ。じゃあ、そろそろ休憩しようか』


『はい』


 ヒナの興味がガラス製品から匂いに移った。


 早いかも知れないが、寧ろ遅いかも知れない。

 本当なら、あらゆる事に興味を抱いて欲しい。


 それこそが子供らしさ、あるべき姿。

 安全基地が正常に機能しているなら、子供は興味に溢れるべき。


《あぁ、ザクロと紅茶か》

『うん』

『今日はピスタチオのヴァクラバです』


『コレも僕の定番』

『ピスタチオは良い匂いですが、香水に入れたいとは思いません』

《そうか?俺は少し入れてみたいと思ったな》


『流石、木の実の性、似た香りは仲間を呼び寄せる効果が有るんだよ』


 マ〇ハンドか。


『違うのは逃げますか』

『違うけど近付いて来る者も居る、それが組み合わせの相性』

《若しくはソレ以外の利益、だろう》


『ロマンチストなのに現実主義、さぞ生き辛いだろうね』

《かもな》


『何故生き辛いですか』

『稀に2つの側面を持てるモノが居るんだけど、その殆どが人種。良い面と悪い面を知っていても、どちらかの偏りが大きいとそうなる』

《バランスが悪いってか》


『そうだね』

『悪い事ですか』


『ううん、苦しまず問題が無いなら悪い事じゃない。けど』

《苦しむか生活に問題が有るなら、精神科の病気診断と同じだな》


『そうだね、個性か病か、制御が出来るか出来無いか』

《ヒナ、病気には自覚が伴う場合と無自覚な場合が有る、割かし体の病気も心の病気も一緒なんだ》


『で、君は自分の事をどう思う』


 俺の二面性。

 多分、家族の事だろうな。


《病に限りなく近い個性だ、確かに困る事も有るが、今はコレで良いとも思う》

『なら君の生きる、は何だろう、その調子だと家庭を作る気は無さそうだ』

『何でですか』


《いやー》

『原因は幾つか思い付くけど、それはとても繊細で脆いから、箱から出すのが大変なんだと思う。想像してみて、綿飴みたいなガラスで出来た置物、けれど箱が小さいから触るのも取り出すのも大変。でも凄く綺麗なんだ、怖いけど綺麗、でも簡単に触れようとすると壊れる』


『ココに有りますか』


《有る》

『箱に余裕が無いから、整理する為に箱を動かすのも怖い、でもいつか自然と箱が育って余裕が出来る』


『消化する為、消化器官を強化する為に色んな事を学ぶべきだと言われています、それと同じですか』

『そうだね』


『私はネグレクトをされていた様です、理由や原因は分かりませんが、いつでも知る事が出来ます』

『なら箱を育てた方が良い、それに消化器官も。ガラスの置物には無数の棘が有る、他人には刺さらなくても自分に鋭く刺さったり、逆に他人には刺さるけど自分には刺さらない大小様々な棘が有る。箱が小さく脆いと、その箱を突き破り、自分も他人も傷付ける』


『私のガラスの置物はお母さんや家族です』

『だから兄妹なのかも知れないね、何処か似ていないと家族になる事は難しいから』


《だと思う》


 改めて考えてみると、精神科医が居るのか居ないのかを考えても居なかったな。

 少し探してみるか。




『安全地帯じゃないと、子供はこんな風には寝ない』

《精神科、心理学の勉強もしたのか》


『少しだけ、家族について。家族に何の希望も持っていなかったから、後見人に勉強させられた、モラクス博士にね』


《それは悪魔か》

『うん。天文学・薬草学・鉱物学、それに教養・機知・偏見を司り、良き使い魔を与えてくれる悪魔』


《薬草学は香水を、鉱物学は入れ物や生成器か》

『そして機知や偏見には教養が必要となる、それに良き使い魔についても、要は部下の見抜き方や使い方を知る事になる』


《あぁ》


 彼は頼るのが下手らしい。

 でも良く分かる、僕だって最初はどう頼れば良いか分からなかった。


 辞書の存在は知っていても、どう使えば良いのかを知らなかった。


『僕は家族について拒絶していた、拒絶は無関心とは違う、出来るなら避けたい危険物だった』

《得れば必ず余裕が無くなる、今の俺にはヒナだけで良い》


『なら何時、その余裕が出来るんだろうか』

《任せられる相手が出来たら、だな》


 直ぐに答えられる。

 それは熟考した結果。


 ただ、何事にも線引きが必要になる。

 彼に線は有るか。


『それは問題だね、君の匙加減次第で遅れさせる事が出来る』

《あの執事とくっ付けようとしてるんだがな》


『なら、自由になりたいんじゃないかと葛藤する事になる』

《ご明察、ココに精神科医は居るのか?》


『居ないよ、敢えて。相談事が一極集中になる、だから占い師が居る、相変わらず薬草売りが居て、家庭教師が居る』


《敢えての分散か》

『うん、聞いたよ、精神科医の子供が事件を起こしたって』


《あぁ、けど海外じゃ少なくない事だろ》

『そうだね、医師はあくまでも第三者視点しか持てない、現場には居ず当事者では無い場所から観察する。でもだからこそ判断が出来る、そう判断する為のマニュアルが存在するから、けれど当事者になると話は別になる』


《当事者になり客観性を欠いた、親子と言う楽観的見解から、まだ大丈夫だろうと他人に委ねなかった》

『親心が悪い方向へ向かせた、悪しき実例』


《見栄も有ってだろ》

『けれど、占い師なら見栄は必要無い。幾ら助言しようとも、悪い相手に惹かれるモノは居るし、恋心が強い事を周囲は良く理解しているからね』


《けれど精神科医が居れば、専門家なのだろう、何とかしてくれとなる》

『ココは確かに時代が止まっているけれど、寧ろ安定の為にはコレで良いと思う、なんせ不便は無いからね』


《娯楽は少ないが、焦って追い掛ける必要も無い、流行は何度も繰り返しブランドは強化される》


 僕には娯楽が理解出来なかった。

 生きる為に何かをする、それだけしか頭に無かった。


 だからこそ、金を持つ者と持たざる者は違う生き物だと錯覚していたし。

 認められなかった。


 何故、同じなのに違うのか。

 助けるべきだと言いながらも、何故助けないのか。


『本当に賢いのに、勿体無い』

《何処かに復讐心が有った、それを自覚出来ず暴走した、後悔してる》


『成程、そうなって欲しくないんだね』


 きっと、他にも何か有るだろうけど。

 きっと言わない。


《それも有る。なぁ、自分がした苦労を他人にさせたいヤツの心理、分かるか》

『どうだろう、僕も良く分からないけれど、広義の意味で世間への復讐じゃないかな』


《あぁ、自分を苦しめた世間への小さな復讐か》

『かも、だけどね。僕も良く分からないよ、そんな事をしても世間が良くなるワケでも無いのに、どうしてか執着するモノが居る』


 僕より大変な子にも、そうで無い子にも、僕と同じ苦労をして欲しいなんて思った事は無かった。

 あんなに大変な事は、出来るなら誰にも経験して欲しくない。


 けれど、どうしてか経験させたがる者は居る。


《アレか、過去の苦労を否定されたくない、その苦労が無意味だと気付きたくない》

『どちらにしろ自尊心が高過ぎて関わりたく無いね、自身を守る為だけに、どんなに理不尽だろうと因習を突き通そうとするなんて頭が悪過ぎる』


《本当にな》


 こうして遠慮されると、手を差し伸べたくなる。

 例え作戦だったとしても、寧ろいじらしさすら感じるのは、僕が成長した証。


『本当に、こうして言語化出来るのも、勉強のお陰。以前の僕はイライラして、何故、どうしてばかりだった』

《どう抑えてた》


『やっぱり知る事だよ、コレが何なのか知って、どうすれば分かるのかの理屈を知る』


《少し、罪悪感が有る、遠回りをさせて》

『大人には遠回りでも、子供には大事な道。大丈夫、ちゃんと分かってくれるよ、良く考えている事が他人にだって伝わるんだから』


 大丈夫、子供はそんなに愚かじゃない。

 例え言わなくても、ちゃんと伝わる事も有る。

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