113 合同教室。
今日はヒナも連れ、母親教室と父親教室の合同講義に来たんだが。
流石に集団血反吐事件以来、ヒナはその場では何も言わなくなった。
『では次に、習俗、風習についてです。皆さん、何か嫌な思い出や、そう言った事を聞いた覚えは有りますか?』
「はい」
『はい、どうぞ』
「お宮参りです、穢れてるから義父母に抱かせろだなんて。折角頑張って産んだ母親から大事な行事を取り上げる、悪しき風習だと思います」
『穢れは、気枯れとも書きます、ご存知でしたか』
向こうと同じか。
「いえ」
『後は何か、お気付きになりませんか』
「字が違う意外に、見た事が無いので分かりません」
『コレは気力が枯れる、気枯れ、と言う言葉です。出産を終えまだ回復していないだろうから、無理をしなくても良いですよ、そうした意味が込められているのです』
「じゃあ、体力が回復してからとか、そもそも無くたって良いじゃないですか」
『児童虐待の幾つかには、そもそも親族すらその存在を知らず、当然隣人すらも子の存在を知らなかったが為に悪化した状態で発見される事が多い事はご存知ですか』
「いいえ」
『行事は子供が居る事を周囲に知らせる機会の1つ、そして愛着を持って貰う機会であり、可愛い失敗を可愛さで帳消しにする機会を得る場でもある』
「かも、知れませんけど」
『アナタはいきなり隣に引っ越して来た元気な男の子に植木鉢を割られても許すでしょうが、躾けを大切にする親は叱る事を望みます、ですがその子に合った叱る加減を知らない。知っている事と知らない事に、差は出ないと仰いますか』
「知っている方が良いとは思いますけど」
『では写真はどうでしょう、お宮参りで貸衣裳であれ古い着物であれ、しっかり行われている子と全く無い子では印象は変わりませんか』
「それは、偶々、お金が」
『そこです、周囲から金銭的な援助も受けられ無かったのか、若しくは縁を切られお作法を知らないのか。住民が住民を選べる、布石の1つになるとは思えませんか』
「そう住む人間を選ぶなんて差別だと思います」
『では小児性愛者、児童虐待者の目印が無い所にお住みになって子育てが出来るのですね』
「ちょっと無知だからって、こんな風に晒し上げるなんて」
『では以前の講習会の映像を見て頂きましょう』
相変わらず不思議な魔道具だな。
箱に小さな水晶を入れるだけで、映像が映し出され、音も流れる。
《穢れが残っているから、義父母に任せろって、姉が言われていたんですが。実際は、ココではどうなんでしょうか?》
『良い質問ですね、では先ず、この字を知ってらっしゃいますでしょうか』
《気枯れ?知らないです》
『コレは気力が枯れる、気枯れ、と言う言葉です。出産を終えまだ回復していないだろうから、無理をしなくても良いですよ、そうした意味が込められているのです』
《あー、そうなんですね》
『はい、ですがどうしても穢れだ、山に女が入るなと言う話が有る等と言われますが。登山の大変さはお分かりですか』
《そこそこは、でも、昔は装備とか無いですもんね》
『はい、そして血清や薬もそう無かった、しかも熊や狼が居る時代なら』
《月経の血で引き寄せられてしまうかも知れない、って言うか、そんな時に山に入らされるとか無理ですよ》
『現在の布ナプキンでも、定期的な交換が推奨されています、なのに山に入るだ遠出は体に障る』
《で、気枯れだろうから。でも、なら時期をズラしては?》
『回復するまで待たれる、焦りや重圧を感じ回復が遅れてしまうかも知れない。そして、そうしている間に、産後鬱から殺してしまっては、誰も幸福にはならない』
《あぁ、つまり見守り機能なんですね》
『はい、そうして周囲にも手助けが必要かどうか、親子の異変の察知がし易くなる。誰だって、本当は隣の部屋で子供が嬲り殺されたくは無い筈。だからこそ、顔見せや挨拶の機会を大切にする』
《全然、知りませんでした、ありがとうございます》
『いえいえ、他に質問が有りましたら遠慮無く仰って下さい、無知を放置する事より恥ずかしい事は無いのですから』
良い塩梅に映像と音声が荒いが。
多分、意図的だろうな。
「こんなの、こんなの本当に晒し上げじゃないですか」
『たかだか数十人程度の前で、高い地位が有り学が備わっているだろう、と必ず思われているワケでも無いのに。そうですか、そこまで傷付いてしまわれるのですね』
「もう、帰ります」
『因みにですが、講習会未完了の方が住める場所は決まっておりますので、ご了承下さいね』
「そんなの、免許制と同じじゃないですか」
『ココの者は各学年が上がる毎に理解しているかどうか判断されますが、免許は御座いませんよ』
「そんなの、名前が違うだけで、卒業証書が免許代わりじゃないですか」
『おかしいですね、確か自動車学校は卒業しても免許は別、国家資格も同じ事。卒業しても免許は貰えない筈、ですが、それがアナタの言う免許ですか』
『はい』
『はい、どうぞ』
『免許は資格が有るかどうか国が確認し許可を出す行為です、そして学校は自治体管理なので区画により少しずつ学習の内容が違います。ですので画一的な免許は存在しませんが、ある一定の基準は設けています』
『はい、ありがとうございます。では何故、免許が無いのでしょう』
『種属や地域によって子育ては千差万別です、ですが私のように餓死して死んだり学校に行けない子を無くす為に、基準が有ります』
『はい、ありがとうございます。何か、分からない部分は有りましたか?』
「人形じゃ、ないの」
『はい、生きてます、悪魔と人種の血で出来ています』
《はぁ、俺は人形を抱えた変人か》
「いや、別に、そう言うワケじゃ」
『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥って知ってますか、無知の知はどうですか』
『はいはい、質問は1つ1つ、相手のペースに合わせましょうね』
「そうやって、馬鹿にして」
『仲裁や諌めた事すら悪意と取る、成程』
「ちょっと、何書いて」
『評価ですが、何か』
「何かって、馬鹿にしておいて」
《アレで馬鹿にしてるとなったら、俺はもう何も言えないな》
「僕もです、ならどう言えば良かったのか教えて貰えませんか、ココは非難より代案ですよ」
「何よ、どうせ男なんて孕ませるだけで」
『あぁ、基礎学習も休まれていたんですね、ココでは簡単に性別を変えられますよ』
「は?」
「魔法が有るのに、無いワケ無いよね」
《まぁ、外を知らないと、こうかもな》
『お外に行きたいですか』
「うん、見てみたいけれど、知らず知らずに問題を起こしたくは無いからね」
『アナタは良い人種です、後で一緒にアイスを食べに行きましょう』
「ありがとう、じゃあ、授業に戻ろうか」
『はい』
『では、何かご質問の有る方はいらっしゃいますか』
こうして、沈黙が続き授業が終わると。
穢れに噛み付いていた女は、まるで荒れ狂うゴリラの様に荒々しく出て行った。
「ウホウホ聞こえてきそう」
《あぁ、だな》
レンズにも友達が出来たのかと思いましたが、少し違いました。
「このまま、僕の事お嫁さんにしてくれないかな?」
レンズの心臓が一瞬だけ止まりました。
《はぁ、すまない、根っからの異性愛者なんだ》
「あー、それどの意味だろ」
《友人ならまだしも、元男は完全に女になっても無理だ》
「あぁ、こう知り合っちゃったらダメだったか」
『レンズが好きですか』
「レンズさんって言うんだ、良い名前だね。うん、一目惚れだった」
《すまん、マジで気付かなかった》
『レンズは夜のプロでした、だから落ち込んでいるのだと思います』
《若干誤解を招く言い方だが、まぁ、そうだ》
「そうなんだ、もう少し早く都会に行ってたら、出会えてたんだ」
《いや、直ぐに裏に引っ込んで、マニュアルを売って稼いでた》
『起訴されて無いので犯罪者では有りません』
「そっか、やっぱり頭良いんだね」
『はい、だから選びました』
「そう、羨ましいなぁ」
『記憶を消してあげましょうか』
「ううん、きっと消しても前は男だったって言ったら、同じだと思う」
《すまん、あまり良い思い出が無いんだ》
「あー、ストーカーされた、とか」
《家族に仕事をバラしたのが、そう言う奴だったんだ》
「あぁ」
《俺が、見抜けず客として扱った》
「まだ仕事にする前だったけど、そう言う人って何処にでも居るらしいから、レンズさんだけのせいじゃないと思うけど」
《だと良いんだがな、結局は恨みつらみを書き連ねて、自殺して終わったんだ》
「あぁ」
《本当にすまん、良い奴だって居るのは知ってるんだが、友人までしか付き合えない》
『ウ◯コですか』
《いや、大丈夫だ》
「ごめんね、機会をくれてありがとう」
『お友達は嫌ですか』
「監督所でだけ、で良いかな、誰かと一緒なの見たら泣いちゃいそうだし」
『余計な事をしましたか』
「ううん、寧ろ早く知れて良かったよ、ありがとう。じゃ、またね」
《あぁ、おう》
レンズを食べたサメに似た、無害なサメ。
自分が食べられた事の有る生き物が多いと、生きるのは大変だと思います。
『余計な事でしたか』
《いや、大丈夫、ありがとう》