109 香水屋。
『コレが、赤ちゃんの匂いですか』
赤ちゃん石鹼、ちょっと生クリームみたいな匂いがして、少し甘くて。
不思議な匂いです。
《あぁ、凄いな》
『コレ人気なんだ、特に悪魔にね』
《あぁ》
『あぁって何ですか、どう言う意味ですか』
『視覚情報より、匂いの方が強い時が有るから、悪魔に子飼いにされてる人種にはコレを使わせてるんだよ』
『使いたいですか』
《いや、良い、遠慮する》
『遠慮しなくて良いですよ、私もレンズもまだ赤ちゃんです』
《あの石鹸の匂いの方が好きなんだが》
『この香りは鮮度が命だから、先ずは使い慣れるまで小さい容器の方が良いよ、それと持ち歩きたいなら丈夫な物が良いね』
陶器、貝殻、金属の。
ガラス、石。
『コレにします、大事に持ち歩きます』
『うん、じゃあ、お父さんはどれが良いかな』
《俺は、兄なんだが》
『あぁ、失礼しました、東洋人って若く見えるから』
『家族に見えますか』
『勿論』
そうか、嬉しいか。
《じゃあ、俺はコレにしておく》
『それは指輪では』
『指輪だけど練り香水も入る、ほら』
『凄い、あ、アズールのもコレにします』
「えっ、僕もですか」
『コレは嫌な臭いですか』
「いえ、ですけど僕は、そう使う事も無いかと」
『アズールからこの匂いがすると良いと思います』
『全く同じは気後れしてしまうのかも知れないよ、コレはどうかな』
『はい、良い匂いです、コレも好きです』
すんなり受け入れたな。
『はい、どうぞ』
《あぁ、まさに石鹼の匂いって感じだけど、少し柔かいか》
『うん、コレはサボンオブサボンの派生、コットンサボンって言う有名な匂いだよ。サボンオブサボンの匂いが欲しくて、調香師で有名になった来訪者様が居てね、このレシピ帳はその方が広めたそうだよ』
『アズールはコレです、コレにします』
『はい、承りました』
アズールに有無を言わさず決まり、会計は。
《安くないか?》
『君は仲間だから調香料は仲間割り、大丈夫、常連になって貰うんだし。取るべき場所から、しっかりと取ってるから』
《なら、良いんだが》
『遠慮が有るならカフェでお菓子を買ってあげてよ、僕の友達の店なんだ』
『買います、ザクロのロクムが美味しかったです、広めます』
『ありがとう、出来上がり次第届けさせるね』
『いいえ、取りに来ます、もう少し匂いを知りたいです』
『だね、オリジナルの香水を作るには匂いを知らないとね、いつでもおいで』
『はい、楽しみにしています』
『うん、コチラこそ』
そうして近くのカフェでアップルティーだロクムだと買い、馬車に乗る頃には。
ヒナは爆睡していた。
完全に口が開いてる。
閉じてやるか。
《で、何で》
「同じ香水は家族や夫婦だけのモノです、僕には付けられません」
《あぁ》
「誂おうとしてましたね」
《いや》
「流石の僕でも分かりますよ、決まって直ぐに僕を見て、幾ばくか口角が上がってらっしゃいましたから」
《そこまで嫌がるか》
「ですから、嫌だとかどうとかでは無いんです、後年に育ったからと言って子守りが子供に手を出して良いものですか」
《年は気にしなかったんじゃないのか》
「立場を気にしていると言っているんです、敢えて分からないフリは止めて頂けますかね、物凄く面倒臭いです」
《言う》
「まだ甘い方ですが、酸味や辛味でも足しましょうか」
《仲良くと言われただろ》
「絡まれたので振り解いただけです」
コレ、どうすりゃ良いんだ。
意地でも認めないぞ。
《ちょっと良いか》
ヒナちゃんは居ない。
手には紙袋。
怪しい。
《ダメ》
《何でだよ》
《何となく、何か有ったの?》
《いや、寧ろ無い事に悩んでる。ヒナの相手にあの執事君はダメなのか?》
急に、何かと思えば。
《別に、特に何も問題無いと思うけど?》
《貴族と執事はアリなのか》
《執事だって結局は当主代行が出来るモノが据えられるんだから、相当よ?なのにダメは逆に変じゃない?》
《だよなぁ、なのにアイツ、立場がーとかばっかりなんだよ》
《お節介、まだヒナが大きくなってもいないんだから、別に良いじゃない》
《正直、ちょっと誂いたい気持ちは有る》
《それ本当、全然、分かんない。可愛がるのが兄弟姉妹じゃないの?》
《だけ、じゃないんだよなぁ》
分かんないなぁ。
《あんまりだと嫌われちゃわない?》
《正直、その心配は無いな》
《何でよ》
《こう、兄の勘、だな》
《純粋な人種のクセに、それ本当に言ってる?》
《マジだ、ウザがっても俺を嫌いにはならない》
《凄い自信、本当、意味が分からない》
《以前より排除の気配も無いし、怒気も殆ど無い》
《だから物足りない?》
《確かにな》
《もー、本当に意味が分かんない、そんな険悪なムードって嫌じゃないの?》
《全然、つかそう険悪でも無いからな?》
《とか言って、自分だけがそう思ってるだけじゃない?》
《無い、以前に言い合った時の方が遥かに険悪だったからな、絶対に無い》
凄い自信。
《兄弟って、そんな感じなの?》
《差は有っても、大概はこうだったな、向こうは》
《何で?》
《構って構われて、家族だって確認してるんだと思う》
《あぁ》
何か分かっちゃった気がする、悔しい。
《納得したのに何で顎が出てるんだよ》
《凄い不満、ちょっと納得しちゃったのが不満、って言うか出して無いし》
《出てた。調香師の来訪者って知ってるか?》
《急に、知ってるけど何よ》
《ココに有るのか》
《うん、Fの棚、来訪者様の幸福な愛の場所》
《で、魔女狩りと精霊はL》
《悪しき来訪者の不幸な愛》
《助かった、コレやる、じゃあな》
《はいはい、どうも》
あ、ロクムだ。
好きなんだよね、ココのロクム。
《ただいま》
『本を探しに行ってましたか』
《おう、調香師と悪魔》
『読んで下さい』
《おう》
ざっと言うと、来訪者の日誌だった。
『私は本当に悪魔なのでしょうか』
《どうした》
『こう人種を好きでは有りません』
《それは、それこそ月経が未だだとか、まだ少し何かが足りないんじゃないか?》
『どうすれば足りますか』
《んー、良いも悪いも、もっと人種を知る事じゃないか?》
『どうすれば知れますか』
《関わる、だな、通りすがりより深く関わる。あの花屋のおばさんが、何故、どうして花屋なのか結婚したのか。子育てと同じく、千差万別を良く知る》
『あまり、おばさんに興味が無いんですが』
《それな、追々だ、調香師はどうだ?》
『アレは安全で安定しています、心配する必要は有りません』
心配、か。
《俺は心配か》
『分かりません、ですが安定しているとは思いません』
《確かにな、ならネネはどうだ?》
『大丈夫です』
《だろうなぁ》
『心配じゃないのに気になります、何故でしょうか』
本当に心配が必要な者が気になるんだな。
優しいかよ。
《先ずは心配だ、気になる相手と片っ端から関わる、だな》
『はい、わかりました』
けど、だからって直ぐに出逢うのは。
何だかなぁ。