表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

11/255

10 バアル・ゼバブ王とラウム男爵。

『何故、お顔を隠されているのですか』


「それは恥ずかしがり屋だからだよ」

『でもお衣装は凄く派手です』


「バアル・ゼバブだと示さねばならないからね」

『どうして神様では無いのですか』


「人が好きだからだよ」


『今でもお好きですか』

「勿論、とても離れ難く思っているよ」


 王冠の刺繡がされたシルクハットには黒いレースが付いていて、お顔が見えない。


 蜘蛛の巣柄のダブルのスーツと呼ばれるお洋服、襟元には猫と蛙のピンが付いていて。

 手はゴツゴツとした大きな手。


 声は多分、お爺さんだと思います。


『何故、私には好きも嫌いも無いのでしょうか』

「それは君が決める事、君が知り、そうなるモノ。だからだよ」


 ネネさんやユノさんには興味が有るけれど、人を好きかどうか分からない。

 半分は悪魔なのに。


 私は、悪魔として不完全な気がする。


『私は不完全では』

「いや、君は既に完成しているよ、後は育つだけだ。だが、もし心配なら、ある者を紹介しよう」


『はい、宜しくお願いします』




 彼女は、悪魔としては不完全では無い。


《私はラウム、男爵よ、宜しくね》

『はい、ヒナです、宜しくお願いします』


 寧ろ、ラウムの方が遥かに不完全だ。

 今は彼女、元彼は、愛を理解したがっている。


《ヒナ様は分かっているの?愛を》

『いいえ、私はまだまだ、全くです』


《そうなのね、同じね、ふふふ》


 悪魔の不便な所は、不老不死である事。

 衰退を知らず、記憶は鮮明のままに、最も()()()状態のままを生き続ける。


 だが、ラウムは違う。


『ラウムは不思議です』

「あぁ」

《そうなのね、ふふふ》





 ふわふわでクルクルの、黒い髪の毛。

 真っ黒な目。


 可愛い顔。

 可愛いドレス。


「ラウムの事は知っているかい」

『はい』


 獣としての姿はカラス。


 喪失者・困窮者や貧困者、苛烈な人生を歩んだ厳格で頑固な者を好み。

 天使としての名はIeiazel(イェイアゼル)、喜び・解放・慰めの性質を持つ。


《正解、ふふふ》


 賢くないから男爵らしい。

 けれど、別に私はいいと思う。


 賢くて優しくないより、賢くなくても優しい方が良い。


 それに、ラウムは賢くないワケじゃない。

 ラウムは愛を理解してしまうと、相手の寿命に合わせて死んでしまうだけ。


 ぽっかりと穴が空いていて、埋まると幸福のあまり死んでしまう。

 そしてまた、分からないラウムとして生まれ変わり、愛を探す。


「見付かりそうか、ラウム」

《全然、でも出逢える気がするの》


 彼女にとって、大切なモノは全て宝。

 友人、自身、この世界が彼女の宝。


 彼女の宝を破壊しようとするモノは全て敵となり、尊厳も何もかもを破壊する、優しい悪魔。


『ラウムは優しくて良い子です、きっといつか見付かります』

《ならヒナ様も、ふふふ》


 友の為に戦う者は居るけれど、彼女程、徹底的に破壊してくれる者はそう居ない。

 宝に価値が有れば有る程、じっくりと、跡形も無く破壊してくれる。


 その事を私は会った瞬間に理解した。

 先代の愛、そして彼女の愛を理解した。


 彼女に愛は宝として存在している。

 けれど、欲しいモノは他者からの愛。


 身内には決して与えられない愛。


「ラウム、仕事の合間にお手伝いしてあげなさい」

《はい、一緒に美味しい物を食べて、楽しく過ごしましょうね》

『はい』


 彼女は私と同じ。

 記憶の引き継ぎがほぼ行われていない、稀有な存在。


 羨まれ、悲しまれる、憐れな存在。


「ラウム、仕事は何だ」

《あ、私は宝の探知と追跡、それと管理と破壊》


 叩き付けるには、持ち上げ無ければならない。

 砂よりも細かく粉々にするには、丁寧に時間を掛け、ゆっくりと磨り潰すしか無い。


 分からせる、だなんて、私には無理。


『きっと私には不向きです、宝の管理はラウムが1番』

《ふふふ、そうなのね、ありがとう》


 宝の価値、扱い方を知らなければ、その扱いは難しい。

 彼女は愛を知っている、けれど得れば死んでしまう、悲しい悪魔。


「例の、灰色兎を紹介してはどうだろうか」

『あ、はい、私のお気に入りを紹介します』

《ヒナ様の宝ね、楽しみ》




 彼女は悪魔としては不完全では無い。

 こうして知るよりも前に理解している、叡智と繋がり、()()()状態で存在している。


 そう、不完全なのは(ヒト)種としての知識、経験。


《宜しくお願い致します》

『彼女に触らせて貰えますか』


《はい、どうぞ》


《はぁ、凄い、とても素敵な宝物ね》

『はい』


 純真無垢なる魂とは、つまりは何も知らないと言う事。

 産まれた後も純真無垢さを保つ事は、酷く難しい。


 いや、向こうでは滅多に無い事だろう。


《気に入ったわ、私も、こんな素敵な宝を探しに行くわね》

『はい、行ってらっしゃい』


《うん、行ってきます》


 悪魔が悪魔を愛する時、それは友愛であり家族愛。

 ラウムが求める愛とは、全く違う愛。


『自由ですね』

「あぁ、ラウムは大人だからね」


『どうすれば早く大きくなれますか』

「何故、早く大きくなりたいのだろうか」


『何でも出来る様になりたいんです、恩返しがしたいんです』

「急ぐ必要が有るのだろうか」


『いえ、確かに、はい』

「必要な事は段階を経て得るべきモノ、君には全てが必要だ、この姿も何もかも」


『はい、分かります』


 君は不完全では無い。

 ただ、育ちを待っているだけ。


「私も、撫でて良いだろうか」

『あ、はい、どうしますか?』

《はい、構いません、どうぞ》




 ラウム男爵が去り、暫くしての事。

 俺はココの王に撫でられた。


 ヒナ様の配下となり小型魔獣化の能力を得たんだが、このままで構わない、と。


 そのお言葉に甘えた事を、正直、後悔した。

 豊穣神の側面の有る悪魔の力は、(ヒト)種と獣の血が多く混ざる者には、影響力が強過ぎた。


 豊かさは安堵となり。

 いつの間にか眠ってしまった。


 そして気が付くと、ヒナ様と庭園の芝に引かれた上等な絨毯の上で、一緒に起き上がった。


『おはようございます』

《おはようございます、すみません、いつの間にか眠ってしまって》

「王の膝の上に頭をもたげ眠ってしまい、拗ねたヒナ様がアナタの腕の中に入り込み、お2人共眠ってしまわれたので。ココに移動となりました」


《すみません》

『私は拗ねてません』

「いえ、拗ねてらっしゃいました。私の時にはウトウトすらしてくれない、そんなお顔で潜り込んでらっしゃいましたよ」


『どうしてなのか納得がいかなかっただけです、何故ですか』


《それは、気を遣っていますし。王の手は大きく、温かかったので》

「小型化すればウトウトもするかと」


《はい、勿論》


『この手が、小さいから』

《それに豊穣、豊かさの影響かと》


『あぁ』




 バアル・ゼバブ王には、様々な名が存在する。

 バアル・ペオル、ベルフェゴール・又はベルゼビュート、そしてベルゼブブ。


 そして七つの大罪に於ける、暴食、怠惰を司る。


《やっほー、ただいま》

『お帰りなさい』

「“どうも、灰色兎さん”」

《“はい、どうも”》

「どうでしたか、地獄巡りは」


《いやー、やっぱりネネちゃんは凄いなと思った、グロ耐性有るんだもん》

「そこですか」


《うん、第一印象はそこ》


 僕はヒナ様から不便だろう、と1つの国の言葉を授けて頂いた。

 ヒナ様が且つて生まれ育った国の言葉。


 共用語には無い豊かな表現力が有り、与えて下さった事を感謝しています。


「まぁ、いずれヒナ様も行かれると思いますが、確かに下地は必要ですね」

《“あ、どうだった、王様”》

《“意外と、怖くは無かったです”》


《“おぉ、優しい王様なんだね”》

《“はい”》

「ご挨拶出来ずすみませんでした」

『いえ、恥ずかしがり屋さんだそうですから、気が向いたら会ってくれると思います』

「そうですね、滅多に(ヒト)種には会われないとの噂ですから」


 コレはバアル・ペオル、ベルフェゴール・又はベルゼビュートとしての影響を加味しての事だと思われます。


 バアル・ペオルとは、ペオル山の主の意を持ち。

 慈雨と豊穣の神として地の裂け目が儀式場、祭壇と看做されており、供物が捧げられ。


 時には淫らな儀式も付随していた、との伝承が有り。

 好色や性愛との関わりが有る事から、万年発情期を迎えられる人種には、滅多にお会いにはならない。


 と、噂されています。


 灰色兎やヒナ様が催淫の影響を受けなかったのは、成熟期、発情期では無いから。

 だと推測されます。


「ずっと、王様なのでしょうか」

「はい」

『どうかしましたか』


「長年、重職に就かれてはご苦労も有るかと」

『いっぱい勝手に悪役にされたから、適材適所なんだと思います、名前もいっぱい有りますから』

《あ、そうなんだ》


『ベルゼブブ、バアル・ペオル、ベルフェゴール・ベルゼビュート。全部、王様の名前です』

《あー、何か聞いた事有るかも》

「それだけ有名無実と言うか、悪名無実なんですよね。単なる豊穣の神様だったのに、いきなり部外者が来て悪魔だー、邪神だーと」


《そりゃ家光さんも排除しちゃうよねぇ、だって地元の神様を全部悪者にされたら、各地で一揆が起こりそうだし》

「確かに、島原の乱はまだしも、各地で一揆は不味いですね」

『一揆って何ですか』


《各地に住む村人が、偉い人に一斉に反抗するの》

「しかも杵や農機具で、正に勇ましさ、荒ぶる鎌倉蛮族魂持ち」

『鎌倉蛮族』


「勇猛果敢、血気盛んな戦闘集団の事です」

『成程』

《私、ネネちゃんのせいで、ちょっと日本史が覆りそう》


「まぁ、先ずはココでの元寇の情報次第かと」

《じゃあ先生に聞いてみよう》

『はい』


 僕も気になります。

 穏やかだとされる東の国の元となった筈の、向こうの歴史に、蛮族なる言葉が有るとは。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ