104 休息と安定。
『おはようございます』
「はい、おはようございます」
《おう、おはよう》
『ハグをどうぞ』
《おう、おはよう》
涙の匂いがします。
でもグルグルは、そんなに有りません。
『次はネネさんです』
「はい、ありがとうございます」
涙の匂いもグルグルも無いです。
『仲良くしていましたか』
《おう》
「あ、貧乳と言われて悲しかったです」
ネネさんのおっぱい。
『ちょっと増えてる気がします』
《そうなのか》
「コレでも、努力して増やしたんです」
《すまん》
『赤ちゃん用ですか』
「いいえ、服装の為だけです、無いより見栄えが良い」
《そこだ、無いなりに似合う服装も有るだろ、ヒナが貰ったチャイナやアオザイは合うじゃないか》
「アレ、大人用は緊張しますからね、常に腹を凹ませて無いと綺麗に見えないんですから」
『ポッコリは綺麗に見えないですか』
《いや、子供は例外だ》
「いえ、子供は例外です」
『大人は、色々と違いますか』
《正直、下っ腹がポッコリしてようが、可愛いと思える相手ならどんなのでも可愛い。たかが下っ腹だぞ、しかも女には脂肪が必要なんだ、ガリガリより全然良いだろ》
「まさかの、豊満派、いえ、寧ろ確かに」
《何で俺がガリガリ好きに思えるんだ》
「見た目最重視派かと」
《俺自身に対してはな、けど仕事用だ。つかガリガリ好きはロリコンだと俺は思ってる、大丈夫か?》
「あぁ、そこは大丈夫です、寧ろ肉付きを心配して下さった方ですから」
『何でガリガリ好きはロリコンですか』
《あんまりだと、月経が不安定になる、だろ?》
「はい、月経が不安定だと妊娠にも影響します、そのせいで姉が医者から注意を受けた程ですから」
『何処からガリガリですか』
「専門家のご意見が、1番だ、とは思いますが」
《あぁ、そう言えば俺ら、監督所の母親教室と父親教室に行ったんだよな》
『はい、先生はお祖母ちゃんみたいでした』
《結構、良い先生で、見学は未だか》
「ですね、流石に、未だですね」
『ご予定は有りますか』
「鋭意精査中、ですね」
《なら行った方が良い、アレでかなりココが知れた》
『私は1回だけですが、レンズは良く行ってます』
《まだ少しヒナには早かったからな、俺が先に勉強してるんだ》
『また行ってみたいと思います、ジュリアもお勉強してました』
《あぁ、他と違わないか念の為に確認して貰ったんだ》
「成程、付き人の方々の休息の合間に行かせて頂きますね」
《今は何処に居るんだ?》
「虚栄国です、次は怠惰国の予定ですね」
『美味しいですか』
「はい、様々なお肉が食べれて、簡素な味付けでも十分に美味しい。そんな場所ですね」
《あぁ、ゲルとかか》
「そうなんですよ、家族が多かったせいか妙に馴染みが良いんですよね」
《日がな何をして過ごすんだ?》
「糸紡ぎや刺繍ですね、基礎は知ってても種類が違うので悪戦苦闘です」
『レンズもしてみれば良いです、縫い物は大変です』
《あぁ、まぁ、女の仕事ってワケでも無いしな》
「一応は女の仕事ですけど、凄い器用な子は放牧後にやってましたね」
《するのか》
「ちょっとやってみて下さいよ」
『アズール、道具を持って来て下さい』
「はい、直ぐにも」
「日陰より日当たりが良い場所が良いですよ、マジで」
《まだ老眼鏡じゃないが、そうする、ココじゃ危なそうだしな》
「はい、私達は遠くから眺めてますから、頑張って下さい」
《おう》
レンズを遠くに行かせました。
何か話が有るのでしょうか。
「レンズは泣いていましたか」
『いいえ、ですが暫くして泣きました、謝っていました』
好きな相手も忘れられない、でもヒナちゃんも心配。
板挟みだとか後悔、だったんでしょうか。
「凄い顔でしたか」
『いいえ、前よりは大丈夫でした、でも悲しそうでした』
「成程」
『でも我慢してる顔も良くします、変な顔になります』
「大人だから、男だから、ですかね」
『何故ですか、大人は泣いてはいけないのでしょうか』
「時と事情によりますね、大人とは全体主義です、全体の流れを遮るより感情を抑える事を優先させます。ですが、コレは国によりますね、某国は個人の感情を優先させない奴は差別主義者だ。とされてしまいますから」
『授業の邪魔をするのは子供でもダメです、全体の流れを阻害する事は子供でも許されない筈ですが』
「我慢すると死んでしまう、そうした呪いが掛けられている、と無意識に思い込む方も居るんです」
『厄介ですね』
「ですね」
ヒナちゃんは子供の匂いがする。
赤ちゃんとは違う、子供の匂い。
コレを嗅ぐだけで、何だか安心する。
『良い匂いですか』
「ヒナちゃんの体臭は安心します」
『私には分かりません、赤ちゃんの匂いですか』
「似てるけど少し違いますね、赤ちゃんはもう少しミルクの匂いがしますから、子供の匂いがします」
『大人はこの匂いが好きですか、レンズも良く嗅ぎます』
「多分、安心するんだと思います。赤ちゃんの匂いは少し緊張しますから、大きくなって嬉しい、安心するって匂いですね」
『赤ちゃんは緊張しますか』
「ですね、小さくて軽くて柔らかい。自分じゃ何も出来無くて、弱くて脆い」
『怖いですか』
「ですね、産むのは未だ、怖いです」
自信が無い。
どんな支えが有ろうとも、決断するのは自分。
何が良くて何が悪いかを理解させ、他人を害さない様に育てる。
単純だけれど、難しい事。
一貫していなければ、きっと子供はブレる。
悩ませる事になる。
『私も知る事が怖くなりました、レンズは賢くて色々と知っているのにあんな風になりました、なので暫くお休みしています』
「なら、暫く休んだ方が良いのかも知れませんね、家族にも溢れた者が居ましたから」
『どうなりました、どうしました』
「姉が仕事中に倒れたんです、レンズの様な発作を起こして」
そしてパニック発作を起こした姉に、兄は誤魔化す事を止めろと言った。
自分なりに納得が出来無い限り、また、いつか不意に悩みが一気に溢れるからと。
兄もまた、潔癖症になり掛けた事が有ったらしく、どう過ごしたかを教えてくれた。
潔癖症かも知れない、けど気にしなければ良い。
そう思っていても、不意に家政婦が作った食事が食べれなくなり、誤魔化す事を止めて深掘りを始めた。
そうして散々に調べ良く考え、ある時、もう良いかとなったらしい。
そう思えた頃には、潔癖症の気配が消えていた、と。
忘れようとしたり、誤魔化そうとするんじゃなく。
良く調べて良く考えられる様になるまで、誤魔化す事も忘れようともするな。
知りたくなるまで、そうした事を休め、と。
挙動は挙動。
忘れよう、誤魔化そう、そうした事にもエネルギーが必要となる。
なら、解決や納得を得る為のエネルギーが足りなくなって当然、動けなくなっても仕方が無い。
生きてるなら有限、出来る事は限られる。
だから、休め。
『ネネさんには何が必要ですか』
「勉強ですね、私に出来る事は限られていますし、悩む事も有りませんから」
レンズには似合う誰かがいつか支えてくれる筈、だから精々被害者ぶって叩くだけ。
互いが互いにヒナちゃんを支える柱の1つ、それ以上でもそれ以下でもない、少し遠い親戚。
『では私からの要望です、3人でケーキを食べたいです』
終わったら、お祝い。
何かが片付いたから、お祝い、と言う事でしょうか。
「構いませんよ、何処のケーキをご所望ですか」
『ネネさんの好きなケーキ屋さんを教えて下さい』
「はい、では、行きましょうか」
何故、俺とネネとケーキが食べたかったのか。
目の当たりにするまで、分からなかった。
《本当に口が肥えてるな》
「いやバタークリームが合わないだけですよ、ココ西洋ですよ、向こうと同じく主流はバタークリームとアイシングなんですよ」
『アイシング』
「以前に食べたキャロットケーキの上の白い層、ですね」
『あぁ、アレは少し甘過ぎます』
「正直、我が国の殆どが魔改造だとは認めますが、コレが私の知る美味しいケーキなんです」
『はい、美味しいです』
《確かにな、ソレ美味そうだよな》
「はい、美味しいです」
《いやくれよ》
「くれと言え」
《少し下さい》
「よし、はいどうぞ。ダメですよヒナちゃん、こうして言わずして要求するのはズルい事ですから」
『はい、しません』
《いや、敢えて言わないで要求した方が良い場合も有るだろ》
「いいえ、そんな立場にならなければ良いんです」
『はい、私もそう思います、勘違いは避けるべきです』
「ねー」
『ねー』
《はいはい、悪かった》
「ハイは1回」
《はい》
「どうです、美味しいでしょう、ココのナポレオンパイ」
《はい》
ふとヒナを見ると、本当に、ほんの僅かだが口角が上がっていた。
「お、笑顔の練習が効いてますね」
『そうですか』
「はい、笑えてましたよ」
『考えてませんでした』
「良い傾向ですね、よしよし」
《後は持続時間だな、今さっきの気持ちを忘れるなよ》
『はい、忘れません』
何故、笑顔だったのか。
直ぐには思い至らなかった。
「もう1つ、頼みましょうか、3人で1つ」
《あぁ、あんまり食べると夕飯が食えなくなるしな》
『サービエじゃなくて今度は酸っぱいのを食べてます、どうかしてます』
「あー、酸辣湯ですかね」
《おう、良く分かったな》
『食べた事が有りますか』
「はい、ですけど酸味が軽いモノですからね」
『凄い酸っぱいです、梅干しより酸っぱいし臭いです』
《黒酢、そこまで酸味が無いだろ》
「どうかしてる」
『本当にそうです』
《ふふふ、お子ちゃまどもめ》
「生き生きとした新鮮な味蕾の持ち主なだけです」
『老化すると酸味も好きになりますか』
《いやそこは本当、時と事情による》
「まぁ、ですね」
『あ、頼みます、コレにします』
《ベルベットケーキか》
「読めるんですか」
《いやこの程度は読めるだろ》
『精霊に貰ったそうです、言葉も分かる様になりました』
「なら、益々気を付けないといけませんね」
『はい、ココで被害者は出させません』
《嘔吐剤も有るしな》
「はいはい、じゃあ頼んで下さい」
《おう》
注文を終えて、残りのケーキを食って。
また話して。
そうしていると、また少し口角が上がった。
『コレも美味しいです、食べさせてあげます』
《おう、ありがとう》
ヒナは俺達が離れるんじゃないかと心配だったのだ、と、そこでやっと気付いた。
思想の違う2人が、いつか離れるかも分からない。
夫婦じゃないなら、いつ離れてもおかしくない。
そう不安に思ってもおかしくは無いのに。
この顔を見るまで、全く気付かなかった。
「じゃあ私もお願いします」
『はい、あー』
「あー」
もっと、学ばないと。
もっと知り、もっと応用させないと。