101 ヒナと父親。
父親教室では、ヒナはずっと黙っていたが。
《どう思った》
『分かりません、父親と母親、何が違いますか』
《産む事の違いは分かっているんだよな》
『はい、でも別々にするのは何故ですか』
《何故なんだジュリア》
この教室は全てが日本語。
だからこそ、ジュリアは教室の外で記録係が書いた文章を読んでいたんだが。
《役割が違うから、女は家で働いて男は外で働く。家の中で男が働いてる場合も有るけど、微妙に仕事の内容が違う、それは子育ても同じ》
『何処が違って何処が同じですか』
《子供が寝込んだら世話をする、お父さんだからしない、お母さんだからするってワケじゃない》
『でも、お父さんが居ないとお母さんだけがする事になる筈ですが』
《うん、だからココでは親戚や祖父母も子育てする》
『居たけど遠くに居ました』
《うん、手伝ってって言われないと手伝わない、だからお母さんは言わなかったんじゃないかな》
『何故ですか』
ジュリアにも合図を教えたんだが。
言うのか、本当に。
《ウ〇コ》
《代わる、俺が説明するが良いか》
『はい』
《1つは手助けが不要だと思っていた、コレはかなり可能性が高い。ヒナが泣いたり騒いだりしてなかったお陰で、母親は困ってるとは思いもしなかった、気付けなかった》
『もう1つ有りますか』
《ヒナをヒナと見えていなかった。脳の病気で顔が認識されなくなる事が有る、それこそ精神的な負担から、そもそも姿が認識出来無くなる場合も有る》
『病気だったかも知れない』
《それか、あの公園に居た親みたいに、自分の事ばかり考えてたか。だがどちらにしろ、何かしら理由が有る、母親だっていきなり単一で産まれたワケじゃない。必ず、何かしらの理由が何処かに有る筈、後は納得する材料を後から揃えるか先に揃えるかだ》
『はい』
《悔しい、ちゃんとしてる。この、元詐欺師》
《おう、だろ》
『褒められるより喜んでます』
《素直じゃないから褒められて喜ぶのが難しいんだ》
『頭を撫でられて屈辱を感じてました』
《本当に素直じゃない、褒められたら喜ぶの、ちゃんと誤解してませんよって示すんだよ?》
『はい、こうします』
《指で、成程》
《先ずはココからな、でも苦い顔は直ぐに出来るもんな》
『アレは不味いです、こうです』
《可愛いっ》
《ほら、やっぱり可愛いんだよ》
『ちょっと不服です』
《だよねぇ、でも可愛い、良く出来ました》
『ハグをどうぞ』
《うん、ありがとう》
コレで不安になって産まない、と決断されるのは。
本当に、不本意でしか無いよな。
本当。
『じゃあ、僕らはウ〇コに行こうか』
連れウ〇コかよ。
《分かった》
『ジュリアと一緒にウ〇コはちょっと嫌です』
《分かるー、私も》
いや、俺も本当なら嫌だ。
《1つ良いか》
『どうぞ、その為に離れたんだからね』
《本当に、俺で良いのか》
『うん、君の考える通りで良いと思うよ』
《本当に、良いんだろうか、俺のやり方で》
『僕は同意するよ、けれど綺麗事を言う君の中の反抗する者が騒ぐ』
《俺は子供を育てた事は》
『弟を守り育てた、そして君が育てた通り、真っ直ぐに育ち君との縁を切った。それに、経験が全てなら、君の母親の言う事が正しいと言う事になる』
《有り得て堪るか》
『しかもヒナは兄を望んだ、親じゃない、君は兄として居れば良いだけ。けれど、もしかして間違いじゃないのか、だね』
《あぁ、例えその場は良かれと思って言っていても、常に考える》
『万能の神では無い事は明らかなのに、何故、どうして完璧でなければならないと思い込んでいるんだろうか』
《失敗し、失望される事を恐れているから、だろうな》
『そうだね、しかも既に失敗した事が有る、失敗を恐れるのは当然だ。けれど、ネネが信頼し、悪魔達が。そう、悪い意味で、信頼していないんだね』
《アレは、今までで最も、苦しい罰だった》
歳月には濃度が有る。
薄まった塩味を感じない程度の海水か。
砂糖も塩もすっかり溶け込んだ、ドロドロの何かか。
『歳月は液体だと思う、その中で泳ぐ時間が長ければ長い程苦しい、しかも傷にトウガラシが入ってしまう様なら。それはとても地獄で、罰で、償いであれと思わざるを得ない』
《もう、2度と、同じ思いはしたくない》
『だから失敗が怖い、戻される事が怖い』
《けれど、コレは俺への》
『人を殺したなら、心を殺してしまったなら分かる、けれど君は殺していない。見せて貰ったけれど、確かにアレは凶器にも成り得る、けれど人との関わりに不安を持つ者には薬となる』
《だとしても、資格も問わず俺は劇薬を売った》
『ダメだよ、被害者の言葉だけを信じるだなんてどうかしてる。時には被害者が間違う事だって有る、必ず正しく正確に証言出来るワケじゃない、と分かっている筈だよね』
《だとしても、被害者は被害者だ》
『まぁ、君がカモにされるのは構わないけれど、その偽被害者は味を占めただろうね』
《正直、どうだって良い》
『半ば自棄だった、けれど運が良かったのか守られたのか、君に被害は無かった。そこまで自棄になっていたんだね』
《いや、それで気が済むならと、その分は違う金から出した》
『違うかも知れない、それでも君は払った、償いになるかも知れないからと』
《俺だって八つ当たり先が欲しかった、困らないなら、俺がされても良いだろ》
『家族は、どうだったんだろうね』
《どうか分からない》
『見ないフリをしたんだね』
《ただただ、病人と思われない様に必死だった》
『償う為に、罰を受ける為に。けれどもし君が子供なら、ヒナの立場なら、それを君は許せるんだろうか』
《いや》
『何処かで夢だと思いながらも、償う事だけに捧げた。けれど、だからこそ君は歪んでもいる』
《何処かで何かを間違えても、気付けないかも知れない》
『言いたく無いんだね、彼女には』
《一生、言いたくない》
『そうだね、ジュリアがあんなにも態度を変えたんだからね。けれど、そこは心配しないで、言えば彼女は分かってくれるよ』
《どうすれば償いは終わると思う》
『なら君は、誰に終わったと言われたら納得が出来る』
《神、だな》
『それに近い存在なら居るよ、聞きたいかい』
《いや、まだ良い》
『けれど、先に進めるかい、しかもいずれ言う事になるかも知れない』
《すまない、煮え切らなくて》
『そうした姿を晒すのも良いと思うよ、ヒナが何故不安定になったのか。それは大人が泣き崩れたり寝込んだから、やはり何処かで大人は完璧な存在なんだよ、だから大きな基礎が揺らぐとは思わなかった。それだけ、誰にでも起こる事、親や大人は必ず完璧では無い事を知ったに過ぎない』
《確かに、母親が寝込んだ姿を見た事は無いらしいが》
『幸か不幸か、そうした機会が無く、似て非なる何かにしか思えない。だからこそ知りたい、分からない何かは不安な存在、だからこそ知り不安を払拭しようとしている。別に正しさばかりを示す必要は無い、ただ違う事は違うと言えば良い、それだけだよ』
《かなり、だらしない兄だぞ》
『それでも良いんだよ、裏表を知るのも女王の役目、良い面だけしか知らない者に統治なんて出来無い』
《虹の国が復活するらしいが、何か聞いてるか》
『面白い事が起こったらしいよ、いつか君も知れると良いね』
少し彼は煮詰まっただけ。
大丈夫、ゆっくりと濃度を適正に戻せば良い。
『長いウ〇コでした』
《だな、2mは出たな》
『そんなに入ってましたか』
《腸は長いからな》
《はいはい、で、コレからどうしようか?》
『僕らは僕らで話し合う事が有るじゃないか、今日も大変だっただろう、だから今日はもう休もう』
『はい、そうします、ジュリアもそうして下さい』
《うん、分かった、じゃあね》
『はい』
《ありがとう、助かった》
『いえいえ、またね』
『はい』
《ヒナ、父親と母親の違いを聞いたか》
『いいえ、聞いてません、好きな食べ物の事を話してました』
《そっか、何が好きなんだ》
『ビーフストロガノフだそうです、高いけどクリームが大好きだと言っていました』
《あぁ、高いんだよな、バター》
『嫌な事が有ると手作りするそうです、嫌な事が美味しくなるので楽しいと言っていました』
《ヒナもやってみるか》
『はい、生クリームも泡立ててみます』
《マジか、アレは大変だぞ》
『はい、頑張ります』
流れに身を任せるのが、本当は1番なのかも知れない。
ヒナは知る事に慎重になった。
後は、俺が如何に歩幅を合わせるか。
また、周囲と馴染めるか、だな。