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99 母親教室。

 今日はジュリアとお兄様と一緒に、監督所に有る母親教室へ来ました。

 でも、ジュリアは日本語が出来無いので、外で講習を受けます。


『今日は小さな子も居ますが、変わらず包み隠さずお話し致しましょう。先ずは私と妹の事、両親と周囲の反応について』


 天使の輪が付いた先生は、妹が産まれた時から話してくれました。

 そして大人に理不尽で不条理な事を言われた事、ココの家族の事、妹がどうなっているかも教えてくれました。


《はぁ》

『はい』

『はい、何でしょう?』


『殺したいですか』

『今は違いますが、悩んでいた時は、はい。ですが殺しませんでした、実際に生殺与奪権が与えられていたかどうかは分かりませんが、殺す気が失せました』


『何故ですか』

『死が救いとなる状態でした。そして、生きて長く苦しんで欲しかった、少なくとも私が苦しんだ時間の分は苦しんで欲しかった』


『後悔は不要ですか』


『いえ、後悔してくれていたら、また違った道が有ったでしょうね』


 やっぱり、後悔は大事です。

 でも、後悔し過ぎも良くないと思います。


 でも、同じ目には遭って欲しいです。


『私は多分、病気からの餓死か何かです、同じ目に遭って欲しいです』




 そこかしこから、血反吐が噴き出している音がしそうな程、もう部屋中が血塗れだった。

 ココに居る者全てが、来訪者だ。


『そうでしたか、であれば私も賛同しますが。皆さんは、どう、思われるでしょうか』


 実際にこの女教師が何を言われたのか迄は分からないが、察するに。


「でも、産んでくれたのはお母さんですし」

『産んでくれと頼んでません、放置したり無視してくれとも頼んでませんが』


「そうなったのは、何か事情が」

『例えばどんな事情ですか、どんな事情ならアナタは納得しますか』


 あぁ、ヒナの気持ちが少し分かった気がした。

 困ってようが、知ったこっちゃない、だな。


「それは、まだ、私はお母さんになって無いので」

『ならないと分かりませんか、なったら分かりますか』


「それは、断言は出来無いけれど」

『断言しなくて構いません、何が有ったのだと思いますか』


 あぁ、取り敢えず綺麗事は言ったものの、想像力の無さから手詰まりか。


『誰か、予測案の有る方は居ませんか』

『どんな事でも構いません、事実を知る為の準備ですから』


 そう言われても、言い辛いだろうよ。

 もしかすれば、こんな小さな子を傷付ける事になるんだからな。


『出ない様ですので、私から1つ』

『はい、お願いします』


『お金は有りましたか』

『はい、お金は足りてる筈だとか、食べ物は家に有りました』


『では、誰かが病気や怪我をしていましたか』

『いいえ、お母さんはずっと家に居ました、でも何か言うと何処かに行ってしまうので病院に行っていたのかも知れません。お父さんは来ても直ぐに何処かに行って、殆ど居なかったので分かりません』


『1番に古い記憶はいつから』

『七五三です、抱っこして貰えたり、お祖母ちゃんやお祖父ちゃんに会えたので良く覚えています』


『それ以前の記憶はあやふやだ』

『はい、前後しているかも知れませんが、私は構って貰えませんでした』


 あの経験の唯一の良い所は、血反吐で頭が真っ赤にならなくなった事だ。

 今日は何をしてやろうか、どうしてやろうか、そう考える事が出来る。


『寂しかったですか』


『いいえ、何度も考えましたが何も無かったです、無です』


 凄いな、全く表情も態度も崩れない女教師。

 流石だな。


『ランドセルは有りましたか』

『はい、でも学校は行ってません』

「そんなの、有り得ない」


 あぁ、知らないのか。

 無戸籍の子供が日本にも居る事を。


『次から挙手をお願いしますね、ですが良い質問です。何故そう思われたのでしょうか』


「だって、国だとか、行政とかが」

《良いか》

『はい、どうぞ』


《無戸籍の人間が日本にも居る事、知ってるか》


 無戸籍だから病院に行けない、学校にだって通えない。

 なら、ヒナみたいに見逃された子供が居たって、おかしくないだろう。


「それは、それとは少し」

《年間の死亡数を知ってるか、俺が調べた時は、心中も含めたら約70人だった》

『私は居ましたか』


《いや、大事な事が抜けてて、探せなかったんだ》

『そうですか』


 ヒナの本名を、誰も知らない。

 しかも顔も違うなら、ヒナかどうか分からない。


 何人もの顔写真を見たが。

 どれも似ている様に見えて、あの時は本当に辛かった。


《で、俺は母親が連れ込んだ男に殴られ、弟が標的になると知って刺した。母親はキレて俺達は施設へ、けど俺が働ける様になったら連絡してきた、だから男を連れ込まない条件で同居の準備を進めたが。結局連れ込んで、また俺に酷い醜態を晒した》


「でも、でもそう大きくなるまでは」

《俺はされてたが、弟も結局は途中まで。酒癖が悪く浮気して離婚、それからだ、生活が一気に崩れた》


「でも、その途中までは、予防接種とかして生きて欲しいって」

《なぁ、母親は心変わりしないのか、何処の化け物か機械だよ。生きてる人間なんだぞ、心のバランスを崩す何かが有って壊れたっておかしくない、それともアンタの母親は完璧超人かよ》


 どっちにしろ、答えられないだろうな。

 心変わりなんてしないなら、ヒナは最初から嫌われていた事になるんだ。


『はい、その通り、母親と言うモノはあくまでも1つの役目。必ず不安にならないワケでも無い、無限に動けるワケでも無い、そうでなければ必ず母親になってはいけないワケでも無い』


《そんなの、間違ってる》


『成程、続けて下さい』

《完璧じゃないなら産まなければ良いのに!どうしてそんな事を言うんですか!!》


『では、アナタの言う完璧、とはどの様な状態でしょうか』


 怒らず怒鳴らず、常に笑顔で子供を1番に考え、労を惜しまず世話をし。

 良い学校に入れ、良い会社に入れ、子供の将来を邪魔しないのが良い親。


 悲しんだり疲れた顔を見せず、常に家を清潔に保ち、子供の望むモノを全て与える。


 体型も問題無く、常に化粧を欠かさず若々しく居る。

 そしてお洒落も、人間関係も、仕事も何もかもをこなす。


 それが出来無いなら、産むべきじゃない。

 そんな事も出来無いなら、親になるべきじゃない。


 凄いな。

 本当に居るのか、そんな女。


「あ、アナタ、知ってる」

《何を知ってるって言うのよ!》


「教育学者さんの、お子さん、じゃない?」


 女が暴れそうになった時、ヒナの影から見慣れた悪魔が現れた。

 シトリーだ。


《暴れるまではと、様子を伺っていたのですが。お騒がせしました、では、失礼致します》


 女を抱え、出入り口から出るのか。


『では最後に、思う事はタダです、思うだけなら問題は無い。ですが、強制や押し付け、他を否定してはいけません。自分がされて嫌な事は、してはいけない。以上を以て本日の授業を終了したいと思います、では質問が有りましたら、教務室まで来て下さい』

『はい、分かりました』


 そら驚くよな。

 あぁ、ヒナ、そのまま先生に着いて行くのか。




《本当に、お邪魔しました》

『いえいえ、いずれ話し合う事ですから構いませんよ、寧ろ手間が省けました』

『お祖母ちゃんみたいです』


『まぁ、そうですね、そろそろ孫も産まれますから』

『私のお祖母ちゃんは血が繋がっていません、料理を作ってくれました、美味しかったです』


『そう、良い思い出ね』

『はい、ヒナはどうですか、何でダメだったんですか』


 悪魔の女王が来るとは知っていましたが。

 まさか、こんなにも幼い子だとは。


『分からないわ、私にはとっても良い子に見える。でも、もしかすれば、本当の理由はお母さんにも分からないかも知れない』


『何故ですか』

『赤ちゃんがお腹に居ると、脳が勝手に凄く幸せになってしまうの』

《マタニティーハイってヤツか》


『はい、でも逆も有る。頭の中は簡単にバランスを失ってしまう、中には産褥期鬱と呼ばれる病に掛かる者も居る』

《鬱病が脳の病気だって事は分かるな》


『はい、病気だったかも知れないです』

『そうですね、かも知れないし、また違う何かが有ったかも知れない』


『私は知れます、準備をしています』

『なら、次はお父さん教室を体験するのも、良いかも知れませんね』

《良いんですか》


『勿論、あの程度で動揺しては不測の事態には備えられない。良く考えて産む方が、子供達の為にもなりますから』


 ココに資格は無い。

 けれど、最も大事なモノは覚悟と思慮。


 それが足りないなら、何処でだって苦労する。

 親も、子も、周囲も。


『また来ても良いですか』

『はい、ご予約頂けるなら、是非』


『はい、そうします』




 私の方が、出した血反吐多いかも。


《おう、アレ通常通りか》

《全然、でも言ってる事は同じ。生も死も特別扱いしない、どちらにせよ批判してはならない、否定や特別は差別を生みます。だから》


《教本か》

《うん、読める?》


《あぁ、らしい》

《おー、ネネさんがうらやましがるよ、読むの諦めてるって言ってたもん》


《但し、聞き取れるのも読めるのも、ココの言葉だけだけどな》

《成程》

『ヒナ、勉強になったかな』

『どうしてお母さんが何でも出来無いといけないんでしょうか』


『その子の好み、理想。きっと、そうして欲しかったんだよ』


『私には分かりません』

『まだ、ね、次で分かる切っ掛けが有るかも知れないよ』


『準備運動がこんなに多い方が良いですか、お兄様は足りなかったのでしょうか』

『そうだね、準備運動をしっかりしないと怪我をする。でも君のお兄様の場合は、筋肉痛。どれもが筋肉痛が起こる前提、後は怪我をしないかどうか、怪我を最小限に抑える為の準備運動』


『大怪我をしたみたいでした、また怪我するのは可哀想だと思います』

『免疫や筋肉を獲得するには相応の対価が必要となる、ムキムキになる為、健康を得る為の痛みは本当に可哀想だろうか』


『違うと思います』

『そうだね、じゃあ、玉ねぎは切った事が有るかな』


『無いです』

『そう、なら今日は玉ねぎを切ってからにしようか』


『何を作りますか』

『玉ねぎの入った料理は、何が好きかな』


『ビーフストロガノフです、パイの蓋と小さいパンとゴハンで食べます』

『成程、素敵な欲張りセットだね、作りに帰ろうか』


『はい、そうしてみます』


 例え私が分かって無くても、不出来でも。

 彼が分かっていて、彼が出来る。


《溜め息を吐く位なら俺に言え》

《違うの、甘えてるなと思って、こう甘えたまま子供を作って良いのかなって》


《良いに決まってるだろ、母親が何でも出来なきゃいけないワケが無いんだ、産むだけでも大業だろ》


《何か、本当、意外》

《アレじゃない相手で、それこそ適当な馬鹿だったら反対するが、アレなら余裕だろ》


《ね、何で私なんだろ》

《そう悩むアンタだからだろ、甘えてる事に無自覚なヤツの何倍も良い。俺の母親はそうじゃなかった、だから恨んでる、今でも何で産んだんだと殴り倒したくなる》


《狡いよね、死んだら終わりだもん》

《だから地獄で良かったと思った、殴れるかもってな》


《けど殴れて無い》

《まだな、全部終わったら、それからだ》


《ごめん、やっぱり自分の甘さが気になる》

《ならラインを決めろ、話し合って妥当な目安を決めて、克服するか諦めるか話し合え》


《何か、お父さんっぽい》

《居なかったけどな、甥と姪だけ、欲しいとも思えなかった。だから思えるだけマシ、何処かで多少は資格が有ると勝手に思ってるとでも思い込んどけ、そう思えばいつか見付かる》


《そうだよね、向き合わないと見えるものも見えないよね》

《マジで焦ったって良い事は何も無いんだ、じっくり決めて何が悪い、俺だったら嬉しく思う》


 凄い、戸惑う。

 前と全然、違うんだもん。


 あ、あの店でお肉を買うつもりかな。

 あそこの肉、筋取りが適当なんだよね。


 あ、マジか。


《ちょっ、待った待った》


『どうしましたか』

《オススメのお店が有るんだ、今日はソッチにしてみない?》


『じゃあそうします』

《うん、行こう行こう》


 出来るなら、美味しい物を。

 出来るなら、苦労が無い方が良いもんね。

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