98 ジュリアとロミオと兄と抱っこ星人。
あの長い夢のせいで、忘れそうになっていたが。
ヒナの事だ。
普通の家を体験した直後、第2回赤ちゃん返りが起き。
俺が暫く目覚めなかった事で、第3回が現在進行中だ。
しかも抱っこだけじゃなく、セミごっこまで。
だからこそ、ジュリアとロミオに相談するべく、覚悟を決め図書館へ来たんだが。
正直、あの2人に謗られるのは腹が立つ。
ネネなら良いんだ、ネネなら。
『やぁ、ヒナは居ないのかな』
《執事とガラス工房だ、ココでも通う気らしい》
『そう、単独で来るとは良い度胸だね』
《頼めるか》
《良いわ、受けて立ってやるわよ》
ロミオはどうだか分からんが、間違い無くジュリアは血反吐仲間だ。
だから、俺はジュリアが嫌なんだろうか。
《実は、少し前なんだが》
《ほうほう》
ざっと説明し、先ずは普通の家を見せるのが早かったのか、だが。
『それこそ普通を知り、何が違うのかを考えているだけじゃないんだろうか』
《んー、私もそう思う》
《だけ、なんだろうか。アイツ、悲しんでるのかどうなのか、さっぱり分からないんだ》
『あぁ、表情や仕草でしか人種は感じ取れないからね』
《しかも純粋な人種だし、不安なのは分かるけど、聞けない?》
《正直、俺の方の覚悟が出来て無い》
《どう》
《どれが、どんな事実が、最も辛いんだろうか》
私に、もしこの図書館が無かったら。
シルキーもバンシーも居なかったら。
私が、同じ様にされていたら。
《うん、どれも嫌、全部嫌。私が嫌いでも無理、私が嫌いじゃなかったのに放置も無理、父親も母親も全部大嫌い》
《俺も、そう思う》
《つまり、ヒナが許せない場合、どうしたら良いかって事?》
《必ず殺すだろう、でも俺やネネは、そうして欲しくない》
確かに、ネネさんは嫌がるだろうし、私も嫌だけど。
《嫌だけど、私なら全く同じ目に遭って、1回は死んで貰いたいな》
《そうなるのを避けたい》
『なら君が殺せば良いんだよ、誰かの手を汚させたく無いなら、君がやれば良い。僕はそうするよ』
《えー、んー》
『ヒナが止めるかは賭けだけれど、止めて初めて説得出来るんじゃないかな』
《あー、うん》
『それとも、今更善人ぶるのかい』
《償いは、してきたつもりだ》
《ん?どう言う事?》
女王ヒナの為なのか、彼の為なのか。
精霊が力を貸し、向こうで償わせ、言葉を与えたらしい。
《償いきれたとは思わないが、もう、手を汚すつもりは無い》
どうやら、彼は最後まで生きたらしい。
そうなると、話は変わる。
『なら、君は君を信じるしか無い』
《だが、俺は向こうでも、家庭も子も持たなかった》
《何となくは分かるけど、何でよ》
畏怖、恐怖。
《奪われるのが怖かった、どちらも中途半端にするのが嫌だった、その気になれなかった》
《アンタ、まさか、禁欲的に生きて最後まで生きたって言うんじゃ》
《戻って来れた事に、罪悪感と安堵感が有る》
『だからこそ、余計に償いきれたかどうか不安だ、自身の判断に不安が残る』
《あぁ》
《バカ、早く言いなさいよ、絶対に凄い大変だったじゃない》
《同情しないでくれ、頼む、責められてる方がまだ楽なんだ》
『だから言わないつもりだった、認められると不安になる、苦痛が無ければ安心が出来無い』
《あぁ》
『ドMだね』
《じゃあ、そう言う性癖の相手と一緒になれば》
『幸福が怖い、失ったモノが与えられ、また奪われ与えられた』
《こうなるなんて、幸せが怖いとか馬鹿な事だとしか、本当にこうなるとは思わなかった》
『原理は分かっているね、なら先ずは君が克服すべきだ、ヒナの事はその後』
《いや、せめて同時並行させてくれ、今はヒナの事を考えたい》
『まだ日が浅いんだね』
《あぁ、眠る時が1番、怖い》
精霊は残酷で優しい。
償いの機会を与え、言葉を与え、失う恐怖と幸福感への恐怖を与えた。
『なら、話を戻そう。突き詰めると、ヒナに幸福な家庭だけを見せるべきかどうか、じゃないだろうか』
《極論》
《だが、事実だな》
『君はどう思う』
例え母親が居ようとも、辛い思いをする者が居る。
居れば良いだけなら、子が親から離れる事はしない筈。
けれどココですら、子が親から離れる事は有る。
《いや、色々な家庭を知るべきだ》
『なら、どの程度、どの位』
《分からない、分からないが、暫くそのままに》
『良いね、実に人種らしい視野狭窄だよ、君は今も子供のままなんだね』
自分を重ね、今でも視点は子供のまま。
けれど、君はもう大人の筈だ。
《あっ》
『彼から出るまで待ってあげて』
知る事には多面性が必要となる、様々な家庭を知るのは確かに正しい。
けれども、問題は誰の視点か。
《酷い母親の視点を見せるのは、流石に》
『なら大勢の母親の中に放り込めば良い、母親教室に連れて行ったらどうだい』
《それは、血反吐の海を作るのは流石に》
『すっかり向こうに染まっているね、ココの倫理観や死生観は向こうとは違う、君も体験すると良い』
《も?》
『ヒナも君も、だよ』
《まさか》
《違う違う、でも、いつかは行くべきだとは思うんだけど》
『先ずは他を見て、ヒナが行く場所も大丈夫かどうか、確認しないとね』
《あー、ぅうー》
《単独で行くのは構わないが、ヒナの言葉はかなりキツいぞ》
『事実なんだから仕方が無いよ、産んだ子に恨まれない、だなんて言うのは夢見がちな理想に過ぎない。だからこそ、ココにだって施設が有る、手引き書が有るんだから』
《流石にコレは失敗しないだろう、考えさせ過ぎても良い事は。お前、俺に言わせる為に》
《えっ、何、どう言う事》
《アンタを褒めさせる為に、コイツは無茶を》
『いや、行って貰おうと思っているのも事実だよ、確認せずヒナに行かせた方が遥かに後悔する筈だからね』
《まぁ、そうだけど。って言うか、認めてくれてるの?》
《悔しいけどな》
『自分より苦労していないのに、分かってる、じゃあ俺の苦労は何だったんだ』
《そこまでは言わないが、似た感情が無いとは言い切れない》
《歯切れ悪い、似た話し方になってるよ?》
《こう敬いの欠片も無いのが、どうしてか腹が立つ》
『それは認められていると思っていないから、けど違う筈、最後まで突き通せた事に感服している筈だよ』
《って言うか馬鹿だよ、何でそこまでするの、何処かで区切らないとずっと辛いだけだよ?》
『楽になるのが怖かった、ジュリアにはまだ分からない事だろうけど、分からなくても良いよ』
《それは本当に、分かってくれなくて良い》
《分かんないけど、辛かったでしょ?ネネさんだってそこまでして欲しいって思わないんじゃない?》
《いや、アイツなら。もう良い》
『コレだよ、本当に好いているらしい』
《えっ》
《だから嫌だったんだ》
『大丈夫、言わないよね?』
《何で》
《ほらコレだ》
『まぁ、考えておいてよ、ヒナも行く前提でね』
《ちょっと》
『はいはい、今から教えるから、彼は放っておいてあげよう』
《ちょ、私、アンタの事は認めてるから》
《はいはい、じゃあな》
《ちゃんと認めたからね!》
『はいはい、行こう』
認められると、自分を疑いたくなる。
幸福になると、幸せや現実を疑いたくなる。
《何でよ》
『以前の君と同じ、不安なんだよ。いつか壊れるだろう、その事ばかりで頭がいっぱいになり、幸福を受け入れられなかった』
《でも、言わないなんて》
『何度も何度も、繰り返し考えた。そうすれば良かったか、どうすれば出会えたか、どうすれ振り向かせる事が出来るか。でも、答えは見つからない、有っても本当に得られるか怪しい』
何年も何十年も、彼はその妄想を支えに生きた。
もし行動し、想定と違ったら、彼は更に悲しみを抱える事になる。
やっぱり無理だった。
そう絶望する事になる。
《でも》
『無いよ、彼は賢い、しかも僕らより彼女を知っている』
だからこそ出た答を、だからこそ正解を封印し続けたい。
諦めた想いを、諦めたままにさせる為に。
もう、絶望しない為に。
《でもまだ、結婚もして無いのに》
『時間の問題、だから諦めようと改めて考えた、僕ら外野は触れない方が良い』
死に物狂いで諦めたなら、焚き付けるのはあまりに酷だ。
彼の努力を踏み躙る行為となる。
《私には、分かんない》
『知らなくても良い事が有る、僕は知らなくても問題が無いと思う、寧ろそのままであって欲しい』
君の恋焦がれる相手は、僕だけで良いんだから。
僕は、そんな思いはさせないのだから。
《ヒナ、明日俺は勉強に行く、母親の勉強をしに行く》
『産むんですか』
《いや、俺は向こうでも子供が居なかった、だから先ずは母親になる準備をする教室に行ってみようと思う》
『向こうには、無いんですか』
《有るには有ったが、妊婦自身か妊婦が家族に居る場合のみなんだ》
『何が知れると思いますか』
《ココの母親、向こうの母親、その違いだな》
『知ってどうなりますか』
《ヒナに俺が正しいと思える答えを出す材料になる》
『今は不足してますか』
《あぁ、足りないと思ってる》
『いつ足りると思えますか』
《分からない、分からないが、全く分からないが少し分かったに変わる時期が来る》
『それまで通いますか』
《あぁ、そうするつもりだ。ヒナは、知りたいか》
知るのが怖くなりました。
お兄様は2回も知って、2回泣きました。
私も同じ様に泣いた事が有ります。
アレは苦しくて悲しくて、いっぱいになるので嫌です。
『怖い気がします、前も、その前も泣いてました』
《あぁ、大泣きしたな》
『私の意図せず嫌な思いをして欲しくは有りません、私も嫌な思いをしたく有りません』
《なー、言語化してくれて、本当に助かる》
『私が傷付くべき言葉を言って傷付くのは当然です、でも他はダメです、どうすれば良いか分かりません』
《そっか、そこか、悪かった。次からは気になったら先ずは尋ねてくれ、俺も言語化出来たら出来るだけ要望を言う、因みに今はもっと思う通りに言って欲しい》
『自分から傷付きに行く事は、今は避けて欲しいです、今は落ち着いて平穏です』
《だよな、分かる、けどロミオからの助言なんだ。ヒナも同行させる前提で考えろって、だから考えた、ヒナにも知る権利が有る》
『知って悲しいは今は要らないです』
《だよな、けど悲しまずに知れるかも知れない》
『けど悲しいが起きるかも知れない』
《なら一緒に悲しんだり、構ったり、構わない様にすれば良い》
『どうして欲しいか言って下さい』
《おう、悪かった、次からはちゃんと言う》
『私は抱っこしたくても出来ませんが』
《確かにな、ならハグをどうぞ、だな》
『ハグをどうぞ』
《おう》
高いです。
抱っこは好きです。
暖かいし匂いがします。
『悲しいを一緒にする意味は何ですか』
《共感、意識の一致、仲間意識を強める》
『家族なのにしますか』
《家族でもする、でも違っても良い、何でも一緒じゃなくても良い》
『家族って何ですか』
《それな、俺も分からない、けど支え合ったり一緒に何かをするのが家族だと思う》
『じゃあ一緒に行きます』
《なら約束だ、悲しいが来たらウ〇コって言う》
『いきなりウ〇コって言って良いんですか』
《おう、合図だから分かり易い方が良いだろ、そうウ〇コって大人は言わないしな》
『ネネさんは言います』
《アレはもう、ネネとの合図は違う言葉にしよう、次にネネと一緒に考えよう》
『はい、そうします』
《ウ〇コ》
『何で悲しいですか』
《いや、ウ〇コしてくるわ》
『紛らわしいです』
《だな、なら挙手からのウ〇コはどうだ》
『それもです、どっちのウ〇コですか』
《マジな方》
『分かりました、降ります』
《ダメだ、家族なんだから一緒で良いだろ》
『それは良くないと思います』
《いやいや、家族各々、其々だ其々》
『コレが何か分かりますか』
《嘔吐剤、1人で行ってくる》
『はい、行ってらっしゃいませ』
悪戯を抑えるのには最適です、流石ネネさんです。