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半歩の『武』

作者: 昊ノ燈

よろしくお願いします。


 ─シュジジ…シュジジ…シュジジ… 


「隊長、本当にこの奥にいるんすか?真っ暗だし、臭いし……それに、さっきから変な音が聞こえてくるっす。こんな所で人が生きてける訳ないっすよ。魔獣じゃ……」


「カナデ。この奥だな」


「はい。執政官の手記に書いておりました」

 私は大きく頷き、ランタンを掲げた。



 ラトニアクの地でクーデターが起こった。

 女王アズベルタに反旗を翻したのは、王配であるクリセオンである。元々クリセオンは、隣国ザーレの第二王子という出自である。それが、女王アズベルタの懐妊の機を見てクーデターに及んだのだ。


 ラトニアク国の王位継承順位としては、クリセオンは二位。子が生されれば三位となってしまう。子が生まれてしまえば、苛烈な女王アズベルタにより暗殺される可能性が高まる。そもそも隣国間での政略としての婚姻である。血によって国が繋がるのであれば、それは自分でなくても良い。女王アズベルタにとって、下手な野心を持つ王配よりも、御し易い王子なり王女の方が都合が良いのだ。


 斯くしてクーデターは、女王アズベルタを討ち取る事により、一先ずの成功を見せた。

 ただ、クリセオンが正式に王位に即くためには、王位継承順位一位のアルディンの存在が邪魔となる。女王アズベルタの弟であるアルディン。女王アズベルタによって隠され、幽閉された王弟アルディンを見つける事が重要となるのだ。


 亡き女王アズベルタの派を第一派閥とすると、王配クリセオンの派が第二派閥。私は第三派閥に与すると言える。極めて少数であるが、王弟アルディンに一縷の望みを掛けている。

 王弟アルディンは、既に死んでいるのかもしれない。王弟アルディンの存在は、女王アズベルタの切り札であった。隣国ザーレが後ろ盾となる王配クリセオンが、女王アズベルタを暗殺しても、王位を獲ることができない為の存在である。


 私達は、クーデターの騒乱に乗じて王弟アルディンが捕らえられているという城の地下牢に忍び込んだ。

 浅層から深層へと足を踏み入れる度に空気が淀み、擦れた臭いが鼻をついてくる。


 そして、遂に最深層と思われる階に辿り着く。


 ─シュジジ…シュジジ…シュジジ…シュジジ…シュジジ…


「隊長、ここでしょ。これ以上の下層は無い筈ですよ。行きまし………よ……………う?」

 クライデと呼ばれていた若い騎士が一歩階下に踏み入れて、足を戻した。


 ─シュジジ…シュジジ…シュジジ…シュジジ…シュジジ…


「どうした?」

 隊長がクライデの様子に変化があったのを不審に思い、聞き返した。


 ─シュジジ…シュジジ…シュジジ…シュジジ…シュジジ…


「なるほど、これは……」

 先程から階下に足を出したり引いたりしていた学者風の男が口を開いた。

「あそこを」

 男の指した方向。暗闇の中、微かな光点が見えた。

「魔具でしょうね。この階全体に影響が出ています。悪どい……」


 ─シュジジ…シュジジ…シュジジ…シュジジ…シュジジ…


「効果は?命に関わるか?」

「カナデさん?でしたよね。確か、執政官の手記を手に入れたのは。そこに何か書かれていませんでしたか?」

 隊長の質問に、学者風の男が質問を流して聞いてくる。

 私が手記を渡すと、パラパラと開いて、学者風の男が一言、ヤッパリ…と言った。


 ─シュジジ…シュジジ…シュジジ…シュジジ…シュジジ…


「え……と、隊長?さん。思った通りでした。命に関わるような魔法ではないようです……直接的には」


 『直接的』という言葉に疑問を持ちながらも、隊長、クライデ、学者風の男の順で、階層に踏み出していく。私は一番最後だ。


 一歩踏み出す。

 床に付いた足裏の感触が伝わってくる。足首から脛、膝、腿、脊柱を通って、頸、頭部に。

 次の足を出す。脳から出た指示が右足に伝わっていく。ああ、もどかしい。二歩分程先を行く学者風の男からは、汗が滴っている。

 あ、足は、右足は、動き始めてるの?

 えっ、もどかしい身体が……。

「ぬぅぅぅううわぁぁぁんんんてぇでぇぇ」

 何で?と言おうとした言葉が発した途端に伸びていく。


 ヒュッ─ジャラ

 ジャラジャラ─フンッ

 ダシュッ─ジャラン─ジャラジャラ

 フゥゥ


 自分の身体の動きが把握できない。

 脳からの指示が神経線維の一本一本へと伝わっていくのを知覚させられている。その伝播すらもどかしい。

 私は今、歩いているんだよね……。

 一歩が長い……。


 ヒュッ─ジャラ

 ジャラジャラ─フンッ

 ダシュッ─ジャラン─ジャラジャラ

 フゥゥ


 壊れる。

 心が……精神が……壊れる。

 長い…………長い…………長い…………。


 瞬間、空気の圧力を感じて、座りこんだ。

 見ると、隊長たちが光点に辿り着いていた。

 魔具を止めてくれたんだ。三人とも座り込んでいる。

 這いながら、三人に近づく。


「きっつ〜。隊長〜、大丈夫ですか?こっちは後もう一歩必要だったら、確実に精神が壊れてましたよ」

「ああ、こっちもだ。でも、これは、どういう魔法だったんだ」


 クライデと隊長の疑問に答えるべく、学者風の男が魔石を手に語り始める。

「簡単に言って、知覚だけを鋭敏にするものだと思いますよ」

 精神に影響を与え、知覚速度を上げる。魔法陣の解読から、大体百倍程度。肉体と精神の速度が食い違う違和感と苦痛は、階の入口から魔具までの五歩程度の距離で嫌というほど理解させられた。

 それよりも、王弟アルディンが幽閉されてから十年程経つとすると、感覚的には千年。その状態で、この暗闇の中、独りで過ごす事を想像すると、狂う。絶対に狂ってしまう。

「王弟アルディンは、精神的に壊されている可能性がありますね」

 学者風の男も、そう言っていた。


 そう言えば、音が消えている。

 地下に差し掛かった頃から聞こえていた音が聞こえない。



 ランタンを掲げ、階層の奥に至る。

 鉄格子によって分かたれた先には、男が立っていた。

 男は首だけで、ランタンの光を痛がるよう避ける。

 動く度にジャララと音を立てる重そうな鎖。

 手枷と鎖により、肩幅くらいにしか開かない手。

 足枷と鎖により、半歩分ほどにしか開かない足。


 壁際に掛けられていた鍵を取り、牢内に入る。


「臭っ!……ウプッ……」

 クライデが水場と見受けられる場所に嘔気をもよおす。城内の残飯がドロドロと流れている。

 見る限り、牢内で唯一の水場。つまりは、このドロドロが飲料水であり食料?この場が食べる場所であり、排泄場所?


「とりあえずは、栄養だけはありそうですね」

 学者風の男は、眉根を寄せながら話した。


 牢の男は、ヒビ割れた床に立っていた。

 腰まで伸びた黒髪は、絡み縺れ、汗や脂に固められたのであろうズッシリとした塊のよう。衣服は、その存在を忘れ、欠片ほどの布切れと連なる繊維となり腰付近にぶら下がっている。


「壊れている?」

 私が口に出すと、学者風の男は「分かりません。ただ目を回しているのかも?」と答えた。十年もの間、あの魔法の中にいたのだ、急に魔法が解かれたら目を回すのかもしれない。


 不意に男が動き出す。

 ヒュッと、口から細い息を吐くと、両手の甲を向けるように胸の前まで上げる。

 ジャラと音をたてる鎖。

 ジャラジャラと音をたて、胸の前で手を返し掌を表にする。

 フンッ。一瞬脱力した身体に力を込める。

 ダシュッ。勢いよく半歩分踏み込まれた右足と共に両手が突き出された。石造りの床のヒビが広がり、空気が裂かれる。掌底の諸手突き。

 ジャランと、手足の鎖が一拍遅れて音をたて、

 ジャラジャラと、鎖が余韻を奏でる。

 フゥゥ。男が息を吐く。


 淀みのない一連の動きに見惚れてしまった。

 僅か半歩の間で行われた武道の動き。

 今は亡き父の動き。


 男は、自分の手足を見つめ、手をニギニギしている。身体の動きを確認しているようである。


「アルディン様?」

 そう言った私の声に反応があった。


「……?……………カ……カ……?」

 掠れた声であった。十年ぶりに話をするのであろうアルディンの口は上手く動いていない。


「はい、分かりますか?十年ぶりでございます。貴方様の侍女をさせていただいていたカナデです」

 息せき切って話し掛けると、アルディン様はちょっと戸惑ったように微笑んでくださいました。


「アルディン王弟殿下とお見受けいたします。私達は、御身の救出に参りました」

 隊長がそう言うと、クライデと共に礼をとった。



 ◇◇◇◇◇


 壁に掛けられていた鍵では枷が外れなかった為、クライデが背負って階段を登っていく。

 三階層程登ったところで、アルディン様の臭いに耐えきれなくなったクライデの申し出から洗場でアルディン様の体を洗う事になった。浅層の牢には、囚人の体を洗う洗場がある。

 泡立たない石鹸で髪と体を洗い、学者風の男の魔法で乾かす。そして、衣服のかわりにベットのシーツで体を覆った。


 一つの不安が浮かんでいた。

 アルディン様は、目が見えていないのではないか?

 瞼が閉じられたままなのである。常闇の牢獄生活、不衛生な環境は、視力を奪い去る可能性を持つ。服毒や拷問があったかもしれない。

 特徴的であった、濃いカーディナルレッドの瞳は失われてしまったのだろうか……。

 アルディン様の体躯は、十七を数えようとする年齢には見えない程に痩せ細り、肌はカサつきひび割れている。手首、足首には、枷の隙間からはみ出した赤黒い痣が、幽鬼の如き青白い肌に浮き上がっているように見える。


「カ……ナデ、トウ……カは?」

 たどたどしい口調でアルディン様が、父の名を出した。アルディン様の執事であり、アルディン様に護身術として武道を教えた父。

 私の無言は、父の死亡と、その父の死がアルディン様に関係するものだと伝えるには、十分なものでした。



 ◇◇◇◇◇


 地下牢を抜け、抜け道より城外に辿り着いた時には、空が白み初めていた。

 私達は、隊長の案内で進んでいる。

 ちなみに、私と三人は初見である。学者風の男も私を含む三人と初見のようであった。隊長とクライデは、顔見知りと思われる。私達は、自分達の第三派閥リーダーを知らない。ただ、『繋ぎ』という者達の指示で動いているのだ。


「よし、ここら辺で良いだろう」

 隊長は立ち止まり、クライデがアルディン様を背負ったまま先に進んでいく。


「えっ、何?」

 隊長は、私の疑問に答えない。通せんぼしている形だ。


「やっぱりね」

 学者風の男が一歩下がりながら言うと、隊長は剣を抜いた。

「カナデさん、追うんだ!」

 言葉と共に男の魔法が隊長に放たれた。


 学者風の男に言われるままに走り出す。

 隊長を避け、左の雑木林からクライデを追う。

 背後から闘いの音が聞こえる。

 何が起こっているのだろう?そんな疑問を胸にただ走る。


 木々の隙間からクライデが見えた。

「クライデ、アルディン様を…………」

 クライデに追いついた私が見たのは、夥しい死体であった。城の侍女達、執事、文官、料理人から庭師に至るまで……。


「カナデちゃん、ゴメンねぇ」

 聞いたことのない口調の粘っこい声がクライデから発せられた。

「な、何が…………」

「あっ、これ。君達が言うところの第三派閥の皆さん。アルディン助ける言うたら集まってきた」

 執事だった死体の頭を蹴りながらクライデが答える。

「………………」

「カナデちゃんも仲間入り〜。ほら、仲間も呼んでるで」

 しゃがみ込み、侍女だった死体の手を振りながら話している。


 混乱していた。

 隊長とクライデは、仲間ではなかった。

 そして、誰が仲間か知ることはなかったが、それでもアルディン様を慕う仲間がいると信じていた。仲間はもういない。


「サヨナラ〜 ─ウグッ!」

 クライデが中腰から剣を抜こうとした時、アルディンが鎖でクライデの首を締めていた。

「じ……十……年……も……牢……に……入って……た……ガキ……が…………げ……現……役……騎士……を…………な……………」

 振り払おうとしたクライデの手から力が抜け、白目を剥く。意識が落ちた。


「アルディン様!」

「ダ……ダイ……ジョブ」

「にしても、こいつ馬鹿なのですか?人を背負ったままで、剣を構える?普通」


 ─ジャリ

「クライデやられちまったか……。まぁ、馬鹿だからな。仕方ないか」

 隊長がやって来た。

 外套が焼け落ち、左頬に火傷を拵えている。


 やっぱりクライデは馬鹿だったのか……そんなことを考える間もなく、戦闘が始まろうとしていた。


「アルディン殿、クリセオン陛下の為、従ってはくれないか?ここで死ぬも、処刑されるも同じであろう」

 隊長は、憮然とした態度で言ってきた。


「オ……オマ……」

 喋り難そうなアルディン様の言葉を代わりに伝える。

「お前は、私を殺す為にわざわざ地下牢から助け出したというのか?─と、仰っております」


「女王アズベルタが死んだ今、貴方が死ぬことで、クリセオン陛下が正統な王となることができる」


「ワ……ワタ……」

「私は、死んだも同然の身であろう。捨て置いてくれないのか?─と、仰っております」


「アピールが必要なのだよ。他国、そして大衆へのアピールがな。継承順位二位の旧王族の処刑というイベントがクリセオン陛下の統治に必要なのだよ」


「ア……アネ……」

「姉上は、どうした?─と、仰っております。─あ、アルディン様、女王は既に討ち取られております」


「何なんだお前ら、何で会話できてんだよ」


「ソ……ソレ……」

「それは、カナデの侍女スキルだ。─と、仰っております。─愛の為せる技ですね」


「チ……チガウ……アイ……チガウ」


「まあ、いいわ。手足の二三本は、覚悟してもらう」

 隊長が剣を構えて一歩二歩とよってくる。


 アルディン様が私を背にし、一歩前へ。


 隊長は、剣を上段に構え、呼気を込めると、打ち込んでくる。

「ウオオオ!」


 ─シュジジ


 音がした。

 剣が振り下ろされたと思った刹那、隊長の懐にアルディンがいた。アルディンの両の掌は隊長の胸に添えるように当てられている。


「ブフォッ!…………」

 隊長の口から赤黒い血が吹き出された。



 隊長が剣を振り下ろす最中、アルディンはヒュッと、口から細い息を吐くと、両手の甲を向けるように胸の前まで上げる。

 胸の前で手を返し掌を表にする。

 フンッ。一瞬脱力した身体に力を込める。

 ダシュッ。勢いよく半歩分踏み込まれた右足と共に両手が突き出される。大地は踏みしめられ、空気が裂かれる。隊長の胸部に込められた、掌底の諸手突き。


 私には、鎖の擦れるようなシュジジという音にしか聞こえなかった。

 それでも分かる、一瞬にして行われた『武』。

 連綿と繰り返された、最小にして、最短の動き。あの暗い牢獄の中で繰り返し繰り返し練っていたのだろう。騎士を一撃で倒す程の『武』を。

 魔法によって狂わせれた知覚と肉体の隙間を、気の狂うような感覚の中で合わせていったのだろう。

 父の見せていた武道を昇華させてくれたのだろう。


 アルディンは、フゥゥ……と、息を吐くと、こちらを見た。眩しそうに目を細めながら。

 そこには、確かにカーディナルレッドの瞳があった。



 後に『歴史上最強と言われる武王』と呼ばれる男が動き出す。

 僅か半歩の『武』を、世界は知ることとなる。

 

 短編です。


 もしも、もしも、もしかして人気が出たら連載も……

 主人公をアイテムマスターなメイド。

 クライデを残念な敵役。

 学者風の男をジョーカーに。


 なんて、考えています。


 応援お願い致します。

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