凄腕剣士に超スピードで斬られて「一歩でも動いたらお前は真っ二つだ」と言われたので一生動かないことに決めました
町一番の荒くれ者バンドルは、今日も人々に迷惑をかけていた。
住民を殴りつけ、金を脅し取り、店に並ぶ食品を勝手に食べる。
そして食後の運動ならぬ食後の悪事とばかりに、エスナという若い娘に絡んでいた。
「ちょっと俺んちに来いよ」
「やめて下さい!」
「いいじゃねえかよ~!」
腕をつかみ、強引に連れていこうとする。
すると、通りすがりの剣士がバンドルに声をかける。
「やめろ」
「あ? なんだてめえ」
「私は旅の剣士レイクという。この町ではずいぶん世話になった。お前のような悪党は見過ごせんな」
レイクは黒の長髪で、切れ長の瞳の美男子といえる剣士だった。
しかし、バンドルも怯まない。
「ふざけんな! てめえのような余所者に指図される筋合いはねえんだよ!」
トゲのついた金棒を取り出す。
「武器を持ち出すというのなら、命のやり取りになるが……いいのか?」
「笑わせんな! やり取りになんざならねえ! 死ぬのはてめえだ!」
バンドルはレイクの頭めがけ、金棒を勢いよく振り下ろす。
「救えぬ悪党だ……御免!」
レイクは居合抜きのような構えをしたかと思うと、すでに刀を納めていた。
「な、なんだ? 今のは?」
「動かない方がいい」
レイクが忠告する。
「今、刀でお前の体を斬った。一歩でも動けばお前は真っ二つだ」
「な……!? そんなハッタリに――」
「そう思うなら動いてみろ」
レイクには分かっていた。この男は忠告など聞かず、動くと。そして、真っ二つになると。
しかし――
「分かった……じゃあ動かねえ!」
「!?」
「まだ死にたくねえしな……俺はこのまま一歩も動かないことに決めたぜ!」
「そ、そうか」
予想外の反応に面食らうが、レイクはエスナに礼を言われつつ、その場を立ち去った。
……
夜になり、町の酒場から出てきたレイクは再びバンドルの元に行ってみた。
さすがにもう動いてしまったと思っていたが――
「まだ動いてなかったのか……」
「おう」
バンドルは一歩も動いていなかった。
呆れるような、感心するような、複雑な感情を抱くレイク。
「いっそ動いた方が楽になれると思うが……」
「いや、俺はまだ死にたくねえしな!」
「そうか……勝手にしろ」
「おう! 勝手にするぜ!」
レイクはまもなくこの町を離れる予定である。
もう二度とこの男と会うこともあるまい、とバンドルに背を向けた。
……
バンドルを斬ってから一ヶ月後、レイクは再びこの町に立ち寄っていた。
ふとこの町で斬った荒くれ者のことを思い出し、その場所に行ってみる。
すると――
「お、またこの町に来たのか! 確か……レイクだったよな」
「お前……!?」
バンドルはまだ立っていた。
「まさか、あれから一歩も動いてないのか?」
「おう、動いてないぜ!」
当然のように答えるバンドル。
「食事はどうしてるんだ?」
「それが意外とみんな優しくてよ。メシ時になると誰かしらが食事を届けてくれるんだ」
「睡眠はどうしてるんだ?」
「立ったまま眠ったり、あとしゃがむぐらいは大丈夫だって分かったから、しゃがんで寝たりしてる。寒い日には毛布くれる奴なんかもいるぜ」
「みんな優しいんだな」
「ああ。俺、こんないい町で荒くれ者やってたことが恥ずかしいぜ……」
改心して、すっかりいい顔になってしまっている。
「これに気づけたのもあんたに斬られたおかげだ! ありがとよ!」
「いや、礼を言われても困るが……」
斬られたことを恨むどころか感謝するバンドルに困惑しつつ、町を離れるレイクだった。
……
一年後、レイクは再びこの町を訪れていた。
レイクはあれからさらに悪党や魔物を倒し、かなりのレベルアップを果たしていた。
「さすがに……もういないだろうな」
かすかに残っていたバンドルの記憶。
それを辿り、彼が立っていたところに向かってみる。
「おっ? お前レイクか!?」
立っていた。
バンドルは一歩も動いていなかった。
「お前、まだそこに!?」
「ああ、真っ二つにはなりたくねえもんな」
「一年になるが、よく動かずにいられたな……」
「へへっ、まあな」
バンドルはこの一年の苦労を楽しそうに語った。
今やすっかりこの町の名物と化し、話しかけてくる人も多いので、退屈することはないそうだ。
立ちながら寝る、しゃがんで寝るのにも体が慣れたらしく、医者に診てもらったところ健康にも異常はないとのこと。
「ただ……台風の時はヤバかったな。危うく吹っ飛ばされて動いちまうところだった」
「だろうな……」
なお、彼を雨風から守るため祠のようなものを建てる計画もあったそうだが、バンドルは断ったという。
「なぜ断ったんだ? 建ててもらえばいいだろうに」
「こうなったのは俺の自業自得だぜ? そこまで世話になりたくねえからよ」
「そうか……」
レイクはこの一年世界中を旅して大きく成長を遂げたが、この男も一歩も動かないことで成長したんだな、とある種の感動を覚えた。
「では、またな」
「おう!」
……
バンドルが斬られてから三年が経った。
斬った張本人である旅の剣士レイクが町を訪れる。
ますます腕を上げた彼は、大盗賊団をたった一人で壊滅させるなどの手柄を立てていた。
レイクがバンドルのところに向かうと、やはりいた。
「まだ立っていたか」
「おお、レイクか! 二年ぶりか?」
「ああ、そのぐらいになるな」
バンドルは一歩も動いていなかった。
「驚いたよ。まだ動いてなかったとは」
「へへ、まあな。なにしろ真っ二つにはなりたくねえし」
バンドルが笑う。
「だけど、もっと驚かせるニュースもあるぜ」
「なんだ?」
今さらどんなニュースでも驚かない自信があったレイクであったが、
「俺、結婚したんだ」
「結婚!?」
驚いてしまった。
「あ、相手は!?」
「ほら、あの時俺が絡んでたエスナって女だ」
「えええ……あの子と……」
よりによって相手はあの娘だったとは。
常に冷静沈着なレイクもさすがに動揺を隠せない。
「きっかけは?」
「あいつ、動けない俺に時々食事や新聞を運んでくれてよ。そうしてやり取りしてるうちに仲良くなって……」
「そうか……おめでとう」
「ありがとよ!」
結婚しても一歩も動けないことに変わりはないが、一切不満はないようだ。
「また来るよ」
「おう、待ってるぜ!」
……
10年が経った。
この頃になると、レイクの名は各地に知れ渡り、名前を聞くだけで怯える悪党も出るほどになった。
そんなレイクがバンドルの元を訪れる。
「おうレイク!」
「バンドル、やはりここに立っていたか」
「なにしろ真っ二つになっちまうからな!」
再会を喜び合う男二人。
「そういやドラゴンを倒したらしいじゃねえか! 新聞で見たぜ!」
「ああ、手強かったがなんとか真っ二つにしてやった」
「さすがだぜ」
かつて自分と揉めた男を素直に褒め称えるバンドル。
「そっちこそどうだ? 結婚生活は上手くいってるのか?」
「実は……子供ができてさ」
「子供!? 子供ってことはつまり相手は……」
「もちろんエスナだ」
バンドルは一歩も動いていない。エスナに子供ができた。この二つの出来事をつなぐと、この場所でそういう行為をした、ということなのだろう。
レイクは「どうやって」と聞きたかったが、それは野暮だと思い聞かなかった。
「子育ては大変だろう」
「まあ、なんとかなってるぜ。エスナはよくできた奴だし、俺が観光資源にもなってるから、育児費用なんかは町が面倒見てくれるしな。俺は動けねえが、たまには子供と遊んでやったりしてる」
「そうか……。何とかなってるならいいんだ」
一歩も動かないまま妻子持ちとなったバンドルを祝福しつつ、レイクは町を去った。
……
20年が経った。
レイクは世界屈指の剣士として有名になっていた。
この頃になると、レイクも動かないバンドルに驚いたりせず当たり前のように再会していた。
「レイクよ、聞いたぜ。一国を救ったらしいじゃねえか」
「まあな」
「おかげであんたに斬られた俺もどんどん価値が上がってさ。こないだなんか『レイクさんに斬られた時の話を聞かせて下さい』って取材に答えただけで大金もらえたぜ。こんな楽な仕事もねえわな」
「それなら斬ったかいがあったというものだ」
ここでバンドルが尋ねる。
「ところでさ、あんたに斬られてから20年ぐらい経つんだけど、そろそろ動いても大丈夫かな?」
この問いに困ったような表情を浮かべるレイク。
「私に言われてもな……なにしろお前のようにずっと動かなかった奴などいないからな。みんな忠告を無視して、動いて真っ二つになった」
「そっか」
さほど残念がることもないバンドル。
「それに実を言うと、20年も経つと、『あの時本当に斬ったっけ?』って自信がなくなってきたんだ」
「おいおいマジかよ!」
「斬ったとは思うんだけど……」
首を傾げるレイクに、バンドルも苦笑いする。
「まあこの際だから、もう斬られたってことにしておくよ」
「その方がお互いにとってよさそうだな」
笑い合う二人。
旅を続けるレイクと一歩も動かないバンドル。滅多に会わない二人だが、両者の間には奇妙な絆が生まれていた。
それからも何年かに一度、レイクはこの町に寄り、バンドルやその妻エスナ、子供らと会うのだった。
斬った斬られたの関係なのに、バンドルは一度も恨み言を口にすることはなかった。
……
50年が経った。
バンドルは老人となり、髪もだいぶ薄くなっていた。
レイクがやってくる。すっかり年老いた彼も、今や「伝説の剣士」と呼ばれる存在だ。
長い髪こそそのままだが、真っ白になっている。
「おう、レイク」
「久しぶりだな、バンドル」
「お互い年取ったなぁ」
「ああ……」
バンドルがしみじみと語る。
「一歩も動けなくなった人生だったけど、楽しかった。家族もできて、町の名物として町を潤すこともできて、充実した人生を送ることができた。もしあんたと出会わなかったら、俺はつまらねえチンピラとして一生を終えていただろうぜ」
そんなバンドルに対し、レイクもこう答える。
「こちらも同じだ。当時の私は自分に斬れないものなどないと思っていた。しかし、お前は私の剣で真っ二つにならなかった。そのことで私は『世の中こんな男もいる』と学び、傲慢さを挫かれた。もしお前が真っ二つになっていたら、私はここまでの剣士にはなれなかっただろう」
「伝説の剣士様の力になれたとあっちゃ光栄だね」
お互いしわの多い顔で笑みを浮かべる。
「これからはどうするんだ? また旅に出るのか?」
「いや……私ももう旅に疲れた。余生はこの町で過ごそうと思っている」
「そりゃいいや。歓迎するぜ」
この町に腰を落ち着けたレイクは、時折バンドルと酒を酌み交わすなどした。
その様子を町民らは微笑ましく眺めた。
二人は穏やかな余生を過ごし、ある朝一緒に息を引き取っているところを発見される。友と語り合いながら眠るような、安らかな顔であった。
世界中を旅して伝説になった男と、一歩も動かず伝説になった男の友情に、多くの人が涙したという。
完
お読み下さりありがとうございました。
楽しんで頂けたら評価・感想等お願いいたします。