呼び覚ます思い
「もう落ち着いたか?」
「うん、もう大丈夫、何か、ゴメン……」
「わかっているのか?ならいい……」
ようやく落ち着いた唯を連れ、俺達はファミレスの席に座っていた。
「まだ、何か食べるのか?」
「うん、泣いたらお腹空いてきちゃったし」
「何だ、それ?まあ今日はトコトン唯に付き合ってやると決めたからな
パフェの注文でも愚痴でも何でも聞いてやるよ」
「うん、ありがとう、今日は随分無理言っているね、私……」
「自覚があるならいいよ、人間誰しも一人じゃ生きていけないし
社会に出ると自分の理想や信念を曲げて生きて行かないといけない事もままある
他人を頼る事や負担をかける事はある程度仕方がない事だ
だがそれを自覚して自分も人の為に生きていける様になれば本物だろう……
と、偉そうに言っているが、実は俺も全然できていない
これは人生の先輩が自分にできなかった事を人にやって欲しいという願望だ、話半分で聞いてくれていい。
年配者というのは何かと偉そうに語りたがるものだ
それを黙ってウンウンと素直に聞いてやると相手は凄く喜ぶ、自分が偉くなったような錯覚を起こすのだ
特に唯の様な若くて可愛い女性がそれをやると効果覿面だ、覚えていて損は無いぞ⁉」
「何よ、今の話は?途中までいい話風だったのに後半から随分とゲスイ話になってきた様な……結局何が言いたいのよ?」
「何だろうな、俺にもわからない。多分唯に偉そうな事を言って尊敬されたいけれど
いざ、わが身を振り向いてみたら、〈お前そんな偉そうな事言える身分か?〉
と自分にツッコミを入れた……という感じだな」
「わかったような、わからないような話ね、その話から何を学べばいいのよ?」
「まあ回りくどい言い方をしたが、俺が言いたいことは一つだ
俺も学生時代は理想に燃えて社会に出て来た、でも現実という厳しさにどんどん押されて
いつの間にか妥協と折り合いという現実に甘んじていたのだよ。
でも唯と会って少し昔の自分を思い出した。理想と現実の狭間でできる限りの努力をする
それが今の自分には欠けていたと気づいたのさ、そういう意味では感謝している
そして唯は理想を追いすぎて現実というモノが見えていないと思ったからな
どうやっても理想と現実は重ならない部分がある、そこをいかに上手く折り合いを付けるのかそこを考えろ
現実離れした理想はただの妄想に過ぎない、だが理想無き現実に意味など無い
とてつもなく難しい問題だが唯ならできるだろう、頑張れ」
「何となく言いたいことはわかるけれど、具体的に何をどうすればいいのかわからないわね、抽象的過ぎて……」
「そうだな、じゃあ具体的な例を挙げてみるか、さっき俺達が行ったラーメン屋を題材に話すとしようか」
「ラーメン屋で?どういう事?」
「まあ聞けよ、例えば唯がラーメン屋を開くとして、評判のラーメン屋にする場合どういう方法を取る?」
「う~ん、いきなり言われても難しいわね、例えば材料に凝って本物の良いものを使う
あと評判のラーメン屋に行って味と調理法を学ぶ、お客が喜ぶメニューを考える……
パッと思いつく事はこんなところかしら?」
「まあそんなところだろうな、だがそんな方法だとまず上手くいかない」
「どうしてよ?ラーメン屋の最重要ポイントはラーメンの味でしょ?だったら……」
「その味を追求したとして、それをどうやって世間にわかってもらうのだよ?」
「そ、それはお客の評判とか口コミで……」
「今ではちょっとやそっとで、口コミなんかじゃ伝わらないのが現実だ
今のラーメン屋はおいしくて当たり前なのだよ、だからヒットさせるにはプラスアルファが必要だ」
「プラスアルファ?何よ、それ?」
「例えば立地条件、地域の客層とライバル店の有無、オリジナル性のある特徴
ネットやSNSを使った宣伝効果、そして手ごろな価格と材料費の折り合い
人件費の比率成功するにはこういったモノも凄く重要なのだよ」
「何よ、それ?味と全く関係ないじゃない⁉」
「だから言っただろ?今やラーメンの味は〈おいしくて当たり前〉なのだよ
そこにオリジナル性が必要となってくる、具体的にいえば【どう美味しいのか?】という事さ
人がおいしさを感じるのは千差万別、極端な話、万人から70点といわれるラーメンよりも
一部のマニアから90点といわれるラーメンの方がウケたりする
まああくまで例えばの話だが、どう他と差別化を図るか?が重要になって来る、という訳さ。
だがそればかりを重視して肝心のラーメンの味がイマイチでは話にならないだろう」
「それが理想と現実の折り合いって訳か……」
「まあ俺みたいなラーメンのド素人が勝手に言っているだけだから的外れかもしれないけれどな
営業という仕事上、そういう視点で見てしまうのだよ。案外〈当たらずとも遠からず〉じゃないのかな?知らんけど……」
俺の話に耳を傾けある程度納得した様子の唯だったが、釈然としない表情を浮かべ、再び口を開いた。
「でもそれはあくまでラーメン屋の話でしょう?今後の私がどうするのか?
というと具体的に何をどうすればいいのか、さっぱりわからないわ」
「う~ん、そうだな、例えば唯がこのまま理想通りに進んで司法試験も合格し弁護士になったとする
だけど唯の様なタイプは大きな弁護士事務所に所属せず、いきなり独立しようとしたりするだろう?
一応お金もそれなりに持っているみたいだし」
「うっ、確かにそうかも……でも、それの何がいけないのよ?」
「それだとさっきのラーメン屋と同じだよ、唯は弁護士ならば腕さえ良ければ
仕事がバンバン来ると勘違いするタイプじゃないのか?」
「えっ、違うの?」
「そりゃあそうだろう、司法試験を取り立ての小娘に、それ程の腕があるのかなんてわかるはずも無いだろう?
逆に〈こんな若い小娘に任せて大丈夫だろうか?〉と思われるのがオチだ」
「確かにさっきのラーメン屋の話と同じね……」
「だから大きな弁護士事務所に所属して自分の腕を磨きつつ名前を売る、そして自分のファンを作るのさ」
「ファン?モデルやアイドルと同じように?」
「ああ、だって考えてもみろよ、同じ腕がある弁護士ならば脂ぎった中年親父の弁護士と若くて美人の弁護士
どっちに頼みたいか?聞くまでも無いだろう。
さっき言ったみたいに唯の様な美人が優しく対応してもらえて親身になって話を聞いてくれたら
どれほど武器になるか、計り知れないぞ」
「言っている事は理解できるけれど、何か釈然としないわね。素直に〈はい、そうですね〉と言いたくないわ」
「まあしょうがない、それが現実だ。まあこれはあくまで極端な例を挙げたに過ぎないし
現実として本当にそうなのかはわからない、あくまで俺の見解だ
だが結局世の中の仕組みというモノは業界が変わっても似たり寄ったりではないのかと思っている。
でもモノの見方次第でこれ程の違いがあるのがわかるだろう?
若い女性という立場をハンデと取るか利点と取るかの問題だ
ある程度自分の地位を確立してしまえばもう世間に媚びる必要はなくなるし
【美人敏腕弁護士】の肩書で仕事の依頼は来るだろう」
「何か凄く嫌な事を聞いた気がするわ、大人の事情って感じ……」
「大人の世界に入ろうとするのなら避けては通れない現実だ
そもそも今唯がやっているモデルの仕事も全て自分一人でできているとは思っていないだろう?」
「まあ、それはそうね、事務者やマネージャーがいてくれるからできる仕事でもあるわ」
「モデルという仕事にはそれ以外にも雑誌の出版社、カメラマン
メイクさん、衣装さん、照明さん、CMの提供元のスポンサー
ド素人のおれが考えただけでこれだけの職種の人が関わっている、結局人は一人では生きられないからな」
「何、最後だけいい感じで閉めようとしているのよ」
「いいじゃないか、最後くらいカッコつけさせろ、【武士の情け】という言葉を知らないのか、お前は⁉」
「私、武士じゃないもん。そもそも【武士の情け】という言葉の由来は
〈切腹した武士が長く苦しまない様にとどめをさしてあげる〉というところからきていると来たわ
ならば、駿介にとどめを刺して介錯してあげるのが本当の【武士の情け】だと思わない?」
「この女……ここは年配者の俺が偉そうに講釈を垂れて、それを若いお前が有難く聞くという図式だろうが
社会のルールというモノをちゃんと理解して……」
「それはルールじゃない、単に悪しき習慣よ、私はそういったモノに立ち向かう為に弁護士になるの
だからこの本線は曲げないわ。それに私に〈自分の信じる道を堂々と突き進め〉
と言ってくれた人がいるの、だから曲げないわ」
くっ、何というブーメラン現象だ、まさか自分が偉そうに言った言葉によって論破される事になるとは……
「ハイハイ、参りました、降参です、俺の負けですよ」
「わかればよろしい、今後私に逆らう事無く絶対服従の精神を忘れぬように」
「こら、調子に乗るな‼」
「ゴメン、調子に乗りました」
「ハハハハハ」
「フフフフ」
何だかわからない笑いが込み上げてきた、この加納唯という少女の持つ不思議な魅力
恋愛感情とは違う何かだと思う、それが何かは上手く説明できないが
俺が失いかけている大切な何かを思い起こさせてくれるような、そんな気がしたのである。
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