謝罪とお礼のコールサイン
「ふう、これで終わりか、ようやく帰れる」
俺はパソコンの前でようやく訪れた仕事の終わりに安堵の言葉を口にした。
「お疲れさま、ほれ、コーヒー」
「サンキュー、伊藤」
もうすでに暗くなったオフィスでやっと仕事を片付けた俺の前に
湯気の立ったコーヒーを差し出してくれたのは伊藤だった。
「そういえば野崎、お前今朝も遅刻したな?」
「まあな、この前の遅刻の時と同じような理由というか、まあ正確には少し違うが……」
「何だよ、それ?何か事情があるのか?」
「まあな、話せば長くなる……のかな?まあとにかく変な話だ」
「じゃあそこのところを、これから飲みに行ってその話聞かせろよ」
「いいね、じゃあ行くか……あっ、ちょっと待て、そういえば……」
その時、俺はある事を思い出した、仕事中にメールが入っていたのである
先出人はあの加納唯、内容は〈今日と先日の件でお礼をしたいので時間が空いたら連絡ください〉というモノであった
どうして俺のメールアドレスを……って、そういえば名刺渡したな。
「悪い、伊藤、少し用事があるのを思い出した、また今度にしてくれ」
「何だよ、彼女との約束か?」
「いや、そういう訳じゃないが……」
すると伊藤は急にニヤケながら俺の顔を覗き込んできたのである。
「じゃあ浮気か?感心しませんな~野崎殿〜」
「そんな訳無いだろ、なんでそうなるのだよ⁉」
「だって野崎、その反応は女関係のモノだろ?」
「うっ、どうしてわかる?」
「わかるさ、お前は自分で思っている程器用じゃないのだよ、でもいいのか?
可愛い彼女を差し置いて他の女に走るとか」
「だからそういうのではないと言っているだろ、そんなロマンチックな話じゃないのだよ
事情は近い内に話してやるから」
「頼むぜ、野崎。その感じだと、どうやらおいしい酒にありつけそうだしな」
「ちぇ、他人事だと思いやがって」
「当り前だ、他人事だから最高に楽しいのだろうが‼」
まるでそれが当然とばかりに言い切った伊藤
コイツは本当に空気を読むのがうまいというか察しが良すぎるというか……
俺達は会社を出てそれぞれの駅の方向へと別れた。
そして俺はスマホを取り出し、加納唯のメールの返事を出したのである。
〈仕事中で連絡できなかったが今、仕事終わった、用件を聞こう〉
相手は女子高生である、変に媚びた文章だとあらぬ誤解を受けかねないので簡潔に用件だけを伝えた
ただでさえちょっとしたことで噛み付いてくる狂犬のような女だしな。
そんな事を考えながらメールを送信すると数秒後に知らない電話番号から着信が来た。
「おいおい、早速かよ、流れ的にみて間違いなく加納唯だろうな、どうしたモノか……」
出る事を少しだけ躊躇したが、このまま無視するのも後で面倒な事
になりかねない
何せ相手はあの加納唯だ、俺は仕方がないので意を決し、電話に出る。
「もしもし、野崎ですが」
〈どうして早く電話に出ないのよ‼〉
ほらきた……どうして初めて電話する人物に、しかもお礼がしたいという相手に対して
こういう言い回しが出来るのだろうか?
「会社の同僚と一緒だったのだよ、そんな時に女子高生と電話なんかできるか⁉」
〈そうだったの……ゴメン〉
「ほう、ちゃんと謝る事が出来るようになったじゃないか?」
〈う、うるさいわね、アンタ私を何だと思っているのよ⁉〉
「お礼をしたいと言っている割にはなぜか開口一番に噛み付いてくる狂犬みたいな女だと思っていますが何か?」
〈きょ、狂犬って……いきなり噛み付いたのは悪かったわよ〉
「それと俺の名前は野崎駿介だ、アンタじゃない、名刺にそう書いてあっただろう?」
〈どう呼んでいいのかわからなくて……じゃあ駿介って呼んでいい?〉
おいおい、じゃあって何だ?そこは普通〈野崎さん〉だろうが⁉
「お前な、俺は一応年上の……」
〈お前じゃない、私の名前は加納唯〉
「自分の名前はちゃんと呼べというのだな、相変わらず自分勝手な女だ」
〈アンタ本当に……じゃなくて駿介、相変わらず嫌味な言い方するわね〉
俺は駿介呼びにOKを出した覚えはないが……まあいい、これ以上ややこしいのは御免だしな。
「で、そんな加納唯さんが俺に電話してきた用件は何でしたっけ?」
〈えっ⁉その……お礼と謝罪をしたいな、と……〉
「お礼と謝罪ねぇ、俺には罵倒と誹謗にしか聞こえませんでしたが?
それとも俺の理解力が不足しているからでしょうか?」
〈だから、それは……ごめんなさい〉
一応凹んでいるみたいだな、コイツは随分とわかりやすい性格をしている様だ。まあ、このくらいで勘弁してやるか。
「で、本題に入ろうか、お前……じゃなくて加納さんは、俺にお礼がしたいという事だったな」
〈唯でいいわよ〉
「いや、そこはいきなり呼び捨てとか、一応お前も女だし……」
〈お前じゃない、唯‼〉
「あっそうか、悪い、じゃなくて……」
〈ちゃんとお礼がしたいの、いつなら空いている?〉
コイツは本当に人の話を聞かないな、まあいい、面倒事はさっさと済ませるか。
「平日は仕事で遅いし終わる時間はその日、その日でバラバラだからな
週末ならば空いている事が多い」
〈じゃあ今度の土曜日はどう?〉
「ああいいぜ、その日なら予定も無いし」
〈じゃあ、あの駅で。午前十時に待ち合わせって事で〉
「ああ、了解だ」
〈じゃあ、おやすみなさい……〉
「ああ、おやすみ」
俺は複雑な心境で電話を切った。〈あの駅で〉とか、〈二人の思いでの場所〉みたいな言い回しだったが
痴漢に間違われて警察沙汰になりそうだったという、俺にとっては思い出したくも無い苦い場所なのだ
こうして俺は全く待ち遠しくない週末を迎えた。
もちろん日向に対して後ろ暗い気持ちは微塵も無い、なぜならアイツ……
じゃなくて唯に対して異性としての感情を向ける事など有り得ないからだ
日向との出会いが運命ならば唯との出会いは因縁だろう。
前世で敵同士だったとか……馬鹿馬鹿しい、そんな事どうでもいい
もうこれっきりで会う事も無いだろうし……ってこのセリフ何度目だ?
頭の中でそんな事を自問自答しながら釈然としないまま約束の週末を迎える事となった。
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