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幸せの形

俺は澄み切った青い空を見上げそんな昔の事を思い出していた


早いもので、あれから既に十年も経つが何やらひどく懐かしい、そして今の俺はというと……

 

「パパ、抱っこして‼︎」

 

「よしよし、パパの抱っこは特別だぞ‼︎それ、高い高〜い‼︎」

 

笑顔で走ってくる愛娘の真由を抱き上げ、全身で幸せを感じている


抱き上げた娘の体重が幸せの重みだとつくづく思う。

 

「ちょっと、あなた、あまり真由を甘やかさないで……


ほら真由、もう保育園に行く時間でしょ、さっさと支度しなさい‼︎」

 

「ぶー、ママは怒ってばっかり」

 

膨れっ面の娘もまた可愛い、もう何をやっても可愛いのだ。

 

「おい、そこまで怒らなくてもいいだろう、まだ時間はあるのだし……」

 

「あなたがそうやって甘やかすから真由が調子に乗るじゃない‼︎」

 

母親に怒られ咄嗟に俺の後ろに隠れる真由、そんな姿を見て益々眉をひそめる。

 

「そういう態度を見るとこんな小さくても女を感じるわ


駿介ももう少し毅然とした態度で真由に接してちょうだい」

 

「そこまで言う事ないだろう唯……」

 

そう、俺と唯は五年前に結婚した。唯が司法試験に受かり、弁護士になった時に籍を入れたのである


そして一年後に娘が生まれた、もう今の俺は幸せの絶頂といってよかった。

 

「あなた、今日は随分とゆっくりしているわね、会社はいいの?」

 

「ああ、今日は遅くても大丈夫なのだよ、細かい事は伊藤と岡田課長がやってくれるからね」

 

俺が唯と結婚した事で【佐山グループ】の仕事を一手に引き受けることになった我が社は急激に業績を伸ばした


それに伴って俺は出世した、今では重役出勤が許されるほど偉くなったのである。

 

「そういえばおじいちゃんが〈駿介くんには我がグループ会社のどれかを任せたい〉と言っていたわよ」

 

「いいよ、そんなの。孫婿というだけで大会社のトップとか肩身が狭いだけじゃないか


それよりこのまま今の会社にいた方がチヤホヤされて居心地がいいし


俺に嫌味ばかり言っていたあの岡田課長ですら今や俺のご機嫌を取るためにお世辞まで言って来るのだぜ


そんな座り心地のいい椅子から離れるとか有り得ないぜ、ヒッヒッヒ」

 

そんな俺の言葉に呆れ顔で見つめる唯。

 

「そういうゲスなところは変わっていないわね、まあいいわ


おじいちゃんも駿介を引き上げたいというより、駿介をそばに置いておけば


真由にいっぱい会えるとか考えているみたいだから」

 

「それにしても佐山会長は元気だよな、もう八十過ぎだと言うのにまだ海外に出かけているようじゃないか


俺ならさっさと引退して優雅な余生を過ごすけれどな」

 

「おじいちゃんは仕事が生きがいみたいな人だからね、周りは早く引退して欲しいと思っているみたいだけれど……」

 

佐山会長は未だに陣頭指揮を取り忙しく海外を飛び回っている


そしてひ孫の真由が可愛くてしょうがないようで、いつも大量のプレゼントを持ってきては唯に怒られていた


しかし唯がいくら注意しても止めないのでついに我が家には出禁を食らったのである。


天下の【佐山グループ】の会長がひ孫に会わせてもらえないという何とも滑稽な事態が起きていた。

 

「そういえば唯、事務所の社長さんからまた俺の方に連絡があったぞ」

 

それを聞いた唯は思わず顔をしかめた。

 

「またなの?社長もあきらめが悪いわね、もう女優業はやらないって言ったのに……」

 

唯は弁護士になったと同時に一本の映画に主役として出演をした


その映画は【真実の代償】というタイトルで、あの【げんき保育園毒殺事件】をドキュメントにした映画である


つまり唯は自分の母親の役をやったのである。

 

その映画は話題を呼び、唯の迫真の演技もあって、大ヒットを飛ばした


そしてその年の【日本アカデミー主演女優賞】を獲得したのである


それ以来、唯にはドラマや映画の出演のオファーが殺到したが


唯はその作品を最後に女優を引退することを宣言し事務所の女社長を悲しみのどん底に叩き落とした。

 

しかし諦めきれない女社長は俺を通じて何度も説得を試みているのである。

 

「なあ唯、もう一本ぐらい出てやったらどうだ?」

 

「嫌よ、とういうより無理よ、弁護士と女優の両立は……


お芝居って役作りの為にかなり役に入り込まなければできないの


あの時はたまたま弁護士だったママの役だから入り込めたけれど


弁護士をやりながらできる仕事ではないわ、正直モデルでもギリギリだっていうのに……


大体CMを七本も取っているのだから事務所的には貢献している方でしょう?」

 

唯は女優を引退してもモデルだけは続けている


子供を産んでもスタイルが全然崩れないのは我が妻ながらさすがと思うが


〈好きなラーメンを思う存分食べられない〉といつもブツブツ言っている。


すると唯は何かを思い出したかの様に口を開いた。

 

「あっ、そうだ、昨日メールで知ったのだけれど、伊藤さんついに結婚するそうね、お祝い何にする?」

 

同期の伊藤は俺が出世しそれなりの地位に上がった際に俺が引き上げた


そして俺の想像通り伊藤は非常に高い能力を発揮しバリバリと仕事をこなしてくれる本当に優秀な男なのである


私生活では最近長年付き合っていた彼女から〈結婚してくれないのなら別れる〉と言われ渋々結婚に踏み切った様だ


いわゆる〈年貢の納め時〉というやつだろう、しかし伊藤、結婚した先輩として一つ教えてやるが、結婚はいいぞ‼︎


「あっ、そうだ唯、結婚といえば日向もついに結婚するって聞いたぞ」

 

その報告を聞いて、唯は思わず眉をひそめた。

 

「なんでそれを私に言うのよ、駿介はそれを聞いた私に何を言って欲しいわけ?」

 

「いや、別に深い意味はないけれど……ほら、日向とは知らない仲でもないだろう?」

 

「私、日向さんとは一度会っただけじゃない、特に何もないわよ」

 

「いやいや、その一度が凄く濃いモノだったろう……そもそもなんでそんなに怒っているのだよ?」

 

「別に怒っていないわよ‼︎あなたが元カノの話をデレデレとしたところで私は何とも思っていないと言っているの‼︎」

 

「俺がいつデレデレと話をした?日向との事はもう十年も前の話だぞ⁉︎今更ヤキモチか?」

 

「誰がヤキモチ何か、自惚れないでよ‼︎」


ますます機嫌が悪くなる唯、そんな母親の姿を見て真由は思わず俺に問いかけてきた。

 

「ねえ、パパ、ヤキモチって、なあに?」

 

「う〜ん、ヤキモチというのはね、ママがパパのことを好きすぎて他の女の人との……」

 

「やめてよ、真由におかしなこと吹き込まないで‼︎」

 

唯のこういった面倒臭いところは十年経っても変わっていない。

 

「大体、俺は日向とはもう何年も顔を合わせていないぞ、結婚の報告も久しぶりに来たメールで知ったのだし」

 

「ふ〜ん、まだメールしているの」

 

「だから久しぶりに来たって言っているだろう、別れたからってわざわざアドレス消したりしないだろう?」

 

「普通は消すと思うけれど……もういいわよ、あなたが誰と浮気しようが、私の知ったことではないわ」

 

「なんで浮気とかになってくるのだ?話がぶっ飛び過ぎているぞ


それに俺が本当に浮気してもいいのか?」

 

「勝手にすれば‼︎でもその時は、私は伊藤さんと浮気してやるから‼︎」

 

「こらこら、我が家の痴話喧嘩に新婚の伊藤を巻き込むな


そもそも唯は美人だが男を誘惑するとか、絶対に無理だろう?」

 

「できるわよ、それぐらい、何ならやってみせましょうか⁉︎」

 

何か訳のわからないところに火がついてしまったようである、ああ本当に面倒臭い……


すると真由が唯の足に抱きついて語りかけた。

 

「怒らないでママ、真由もパパのこと大好きだよ、でも〈やきもち〉はダメ、みんな仲良くだよ」

 

「あのねえ真由、そういうことじゃ……」

 

娘にこう言われてしまってはさすがの唯も怒りの矛を収めるしか無かった。

 

結婚して気が付いたのだが、何でもできるスーパーウーマンと思っていた唯だったが


家事全般がまるでダメなのだ。天は二物を与えずとはよく言ったもので


炊事、洗濯、掃除など、とにかく苦手なのである


特に料理はひどく普段料理をしない俺が作った方が全然美味しいモノが作れる


それがコンプレックスになっているようで、料理が上手かった日向に対抗意識を燃やしている時期もあった。


今では唯は弁護士とモデルの仕事が忙しく収入もそれなりにあるので家事全体はヘルパーさんを雇っている


これも〈私が家事もやる‼︎〉と言い張っていた唯を、俺が必死に説得して渋々了承させたのだ


前に一度、唯の作った料理を食べた真由が

 

「ママのごはん、美味しくない」

 

と言ってしまった時に、唯は三時間部屋にこもって出てこなかったことがある


その時は俺と真由でドアの外から粘り強く説得工作を続けようやく部屋から出てきたという事があった


あの時は本当に疲れた……部屋から出て来た我が家のアマテラス様がしばらく不機嫌だった事はいうまでもない


それ以来、定期的に唯が料理を作るが真由は母親の料理を不味いと言った事はない


顔を歪めながら必死で頑張って食べている娘の姿を見て思わず涙が出たものだ。

 

これ以上機嫌を損ねても面倒なので、俺は話題を変えることにした。

 

「そういえば今日は最終弁論の日だっけ?新聞で見たが、【加納唯、ついに初黒星か⁉︎】


とか書いてあったな、大丈夫なのか?」

 

唯は弁護士としても非常に優秀で、今まで弁護を手がけた案件で負けたことがない


映画の影響もあり、世間からは〈勝利の女神〉などと呼ばれていた


だが今回の裁判の相手はかなり強敵らしく、どうやら苦戦しているようである。

 

「うん、今回はかなり厳しいわ、このままだと……だから、その……」

 

唯は小さな声でそう告げると俺に対して背中を向ける


その様子を見て俺はヤレヤレとばかりに立ち上がる、でもそんな態度とは裏腹に俺の心は嬉しく感じていた。

 

唯の背中を優しく抱きしめ、俺は耳元でそっと囁く。

 

「唯が負ける訳ないだろう、圧倒しろ、いつもの様に踏み潰してやれ


お前の凄さを相手と世間の奴らに見せつけてやるのだ、大丈夫だ、唯ならやれる、ぶちかましてやれ‼︎」

 

俺の言葉を受け、唯は目を閉じながら静かに頷いた。

 

「ありがとう駿介、勝ってくるわ」

 

「ああ、信じているよ」

 

唯を背中から抱きしめながらしばらく無言でお互いを感じていた俺たち


唯の胸ポケットには俺が大学の合格祝いで送ったボールペンが見える


そんな些細な事がどうしようもなく嬉しく感じてしまうのである


そんな俺たちの様子を見て、真由が駆け寄ってきた。

 

「ずるい、真由も、真由も抱っこして、パパ⁉︎」

 

すると唯がニコリと微笑みながら娘に向かってゆっくりと首を振った。

 

「ダ~メ、今のパパはママのものよ」

 

しかし納得できない真由はジタバタと地団駄を踏みながら必死で抗議していたのである。

 

「ずるい、ずるい、真由も、真由も混ぜて‼︎」

 

「ダメって言っているでしょう、聞き分けのない子はママ怒るわよ」

 

口調は穏やかながらそこには明確な意思を感じた


俺には唯が三歳の娘に対して火花を散らしているようにすら見えたのである。

 

「おい、前から思っていたのだが、唯は真由に厳し過ぎないか?」

 

「そんな事ないわよ、この子は少し甘やかされすぎ


自分がどういう態度をとれば周りがチヤホヤしてくれるか本能でわかっているのよ」


「三歳の女の子だぞ⁉︎それは考えすぎじゃないか?」

 

「甘いわね駿介。小さくても女は女よ、この子は私に似て頭がいいから、その辺りは十分にわかっているわ」

 

自分の娘に対して随分と辛辣な分析をしていることに感心すると同時に少し呆れてしまった。

 

「しかしそこまで厳しく育てて、もし唯みたいに歪んだ女子高生になってしまったらどうするつもりだよ?」

 

「あら、その時は痴漢面した変態社会人を告発しているのではないかしら?」

 

俺たちは出会った時のことを思い出し、思わず吹き出してしまった。

 

「ハハハハハハハ」

 

「フフフフフフフ」

 

そんな俺たちの様子を見てなぜ俺たちが笑っているのかさっぱりわからないといった様子の真由


不思議そうに俺と唯の顔を眺めていた。


そんな他愛もない日常の中で俺たちの笑い声は澄み切った青い空のようにどこまでも続いた。


 



最後までご愛読いただき本当にありがとうございます。この作品は他作品よりやや大人向けとして書いたつもりでしたがどうでしたでしょうか?楽しんでいただけたのならば嬉しいです。

また書き溜められたら投稿するつもりですので、その時はまたお付き合いいただけると幸いです。

少しでも〈面白い〉〈続きが読みたい〉と思ってくれたならブックマーク登録と本編の下の方にある☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると嬉しいです、ものすごく励みになります、よろしくお願いします。

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