心の距離
その日以来、俺は唯と距離を置く事にした。勉学とモデルの仕事の両立はとても大変だろう
俺では想像もつかない程である、そんな状態で男にかまけていて良い訳がない。
だが正直、俺にとっても辛い。日向と別れ結果的に唯を選んだ形になり
俺自身が唯に魅かれ始めているという自覚もある
だが日向の時のように俺が唯に依存して唯の足を引っ張ってしまったら……
そんな事を考えただけで背筋が寒くなった。ダメだ、それだけは絶対に……
もしこれで唯に振られたとしても、唯の足を引っ張って夢の邪魔をするより余程いい。
日向に振られる前の俺であればこんな考えは絶対にしなかっただろう
これが成長なのかそれとも退化なのかはわからない
人としてそれが正解かどうかも怪しい
でも知らない内に相手を苦しめているのだけは絶対に嫌なのだ、もう二度と……
それから俺は唯と会う事を避けた、電話やメールも素っ気無く返す事が多くなる
一人の週末などは寂しく感じる事も多々あるが
〈唯は必死に頑張っているのだ‼〉と自分に言い聞かせ、寂しさに耐えた。
唯はああいう性格だからいきなり何も言わずに距離を取ってしまったら
会社にまで押しかけてくるかもしれないと思い、きちんと説明した。
〈俺は唯の夢の邪魔だけはしたくない、だから唯が弁護士資格を取るまで少し距離を置こうと思う〉と
それに対し、唯は〈駿介がそれでいいのなら……〉と承諾してくれた
こうして俺達はほとんど会う事も無く、少しの電話とメールのみという希薄な関係へと移行していった。
それから三か月が過ぎた、俺はいつもの様に仕事に勤しむ日々を送っている
唯と会えない寂しさを仕事にぶつけたおかげで、仕事の方は至って順調
あの【企業コンペ】以来俺の社内評価はうなぎのぼりといってよかった。
「おい、野崎、最近のお前凄いな、まるで働くサイボーグみたいだぞ⁉」
「ああ、まあな、もう俺には仕事しかないからな」
話しかけてきた伊藤にそう返す、伊藤だけには少し前に〈日向とは別れた〉と教えた
それを聞いても何も言わないでくれた伊藤の心遣いというか
空気を読んでくれる気遣いには本当に頭が下がる、もちろん唯の事は話してはいないが……
「まあ、頑張れや、お前がその調子で頑張れば自然と女なんてついて来るさ
なにせ女は色々な意味で仕事が出来る奴が好きだからな」
〈男は仕事、その後ろ姿に女は魅かれる〉というのが伊藤の口癖である
少し違うとも思うがあえて反論はしないし、確かにそういう側面がある事も事実だろう
だが俺は心の中で叫んだ。
〈俺の惚れている女は、ちょっとやそっと頑張ったくらいでは全然追いつけない女なのだよ‼〉と。
〈後姿を見せつける〉どころか相手の背中が見えなくなるぐらい前に行っているのだ
なんとか必死に食らいついている、という表現が一番当てはまりそうだ。
その日の夜、仕事を終え会社を出た時のことである
ふとスマホを取り出し画面を確認してみたが着信もメールも来ていない
いつも唯から毎日の様にメールは来ていたのだが、この三日間は全く音沙汰無しなのだ。
今まで一日来なかった事はあったが、三日も来なかったのは初めての事だ
逆にいえば〈唯が勉強と仕事に集中しているのだろう〉といい方向で考えていた。
そんな事を考えていた時、スマホの着信音が鳴る
少しだけ嬉しい気持ちになって画面をのぞき込むとそこには見慣れない電話番号が表示されていた
仕事関係だろうか?と思いかしこまって電話に出る。
「はい、野崎です」
〈お久しぶりです【オスカルプロモーション事務所】の岩本香です、突然お電話してすみません〉
誰かと思えば唯の所属する事務所の女社長さんか、そういえば名刺を渡していたな
でも俺に電話とか一体何の用なのだろう?
「いえ、今仕事終わった所ですから大丈夫ですが、どうかしたのですか?」
〈それが、唯がいなくなりまして……〉
「は?どういう事ですか?」
〈実は今日の夜に仕事が入っていたのですが、さっき現場から連絡がありまして
唯が来ていないというのです、携帯に電話しても出ませんし
メールの返信もないのです、自宅には帰っていないようですし
何かあったのでは?と思い、もしかしたら野崎さんなら知っているのではないかと……〉
「いえ、俺も全然知りません‼」
どういう事だ?責任感の強い唯が無断で仕事をすっぽかすとか、本当に何かあったのだろうか⁉
〈そうですか、では唯から何か連絡ありましたらこちらに一報ください〉
「わかりました、私も心当たりを探してみます」
〈すみません、よろしくお願いします〉
電話を切った後、俺は慌てて唯に電話をかけるが、当然出るはずも無く焦りと苛立ちだけが募っていく。
一体何が起こっているのだ、何が何だかわからない
もし唯が何かの事件に巻き込まれているとしたら探しようがない、どうする……
そんな自問自答をしながら唯の居る所を考えてみた
唯が何かに巻き込まれているのではなく自分の意志で仕事現場に行っていないとすれば……
もう俺の思いつく所といえばあそこしかなかった。
俺は仕事終わりのスーツのまま走った、大学を出てから四年近く経っていて運動不足で体と足が重い
でも一刻も早く、一秒でも早く確かめずにはいられなかったのだ
会社の最寄りの駅から目的地へと向かうがいつも乗り慣れている電車だというのにやたら遅く感じる
目的地に着くと電車を飛び降りるくらいの勢いで外へと出た。
そうその駅は俺達の出会いの駅、唯と初めて会い
電車の外に引っ張り出されて痴漢扱いされた思い出の場所である
正直ここに居なければ俺には見当がつかない
だからこそ〈ここに居てくれ〉と願う様な気持ちで駅のホームに着いたのだ。
外はいつの間にか雨が降り出していた、駅のホームの屋根に当たる大粒の雨の音がやけにうるさく感じる
時間も夜の九時を過ぎていたから朝に比べて人も少なくなってきていて
みな足早に家路へと向かっている様に見えた
そんな時、俺の目の前の駅のベンチにポツンと座っている一人の美少女が視界に入って来た
間違いない、いや間違えるはずがない、加納唯
俺が今一番大切に思っている女性、どうしても守りたいと思っている女である。
たった一人でポツンと座っているそのさみし気な姿に俺は安どと嬉しさを感じるが
同時に胸を締め付けられるような気がしたのである。
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