見栄と醜態の果てに
企業コンペとその後繰り広げられた熾烈な場外戦もおわり
俺は誰もいない控え室でただ一人で座っていた。
部屋の中も暗くなり始め物音ひとつしない
ここは担当とはいえ自分の会社ではないのだからいつまでも居座っていると先方にも迷惑だろうし
通常であれば追い出されるのが普通だろうが
今日の話の流れ的にそれはないだろうと思い、このまま動かなかった、いや正確には動けなかったのだ。
日向に振られたことがあまりにショックで何もすることができない
全身の力が抜けてしまったかのような脱力感
事の経緯はどうあれ【企業コンペ】の方は我が社のシステムが採用される事になるだろう
しかし嬉しさなど微塵もない、このビックビジネスを成功させたとしても、その先に何がある?
出世、名声、昇給……確かに魅力的なモノではあるが、そんな事よりもっと欲しかったモノ
俺は日向に一言〈良かったね、おめでとう〉と言って欲しかったのだ
そう考えるとただただ虚しいだけ、そんな自分がとてつもなくちっぽけなものに見えてきて
再び自己嫌悪に陥るという負のループにはまっていた。
そんな時、部屋の扉を〈コンコン〉とノックする音が聞こえた
俺は瞬時に〈日向か⁉︎〉と思ったが、扉が開いて入ってきたのは唯だった。
「駿介、大丈夫?」
一旦佐山会長と出て行った唯だったが、どうやら俺のことを心配して戻ってきてくれたようだ。
「どうした唯、帰ったのではなかったのか?」
「うん、そのつもりだったけれど、ちょっとね……」
〈振られてショックを受けている俺が心配で……〉
という言葉は使わないでいてくれた唯、こんな七つも年下の少女にまで気を使わせる自分が情けなかった
俺はそんな気恥ずかしさを隠そうと咄嗟に話題を変える。
「そういえば、唯って佐山会長の孫だったのだな、びっくりしたぜ
〈佐山グループ〉には顔が利くってそう言う事だったのか」
「そんな事どうでもいいよ……」
「いや、そんな事はことはないだろう、すごい事じゃないか
そういえば佐山会長に俺の事話しているらしいな
何をどう話しているのだ、どうせ悪口だろ?」
「そんな事、どうでもいいって言っているじゃない……」
唯は真っ直ぐ俺の目を見つめながらゆっくりと近づいて来た
止めろ、頼むから、それ以上は踏み込まないでくれ。
「どうでもいいって事はないだろう、国民的美少女で東大法学部
しかも佐山グループ会長の孫娘って、どれだけ、お前……」
すると無表情のまま近づいてきた唯は真っ直ぐ俺を見つめたまま顔を近づけてくる
唯の整った美しい顔が間近に迫ってきて俺は一瞬息を呑む
すると唯は両手で俺の顔面を挟み込むように叩いたのだ
〈バチーン〉という乾いた音がこの控室に鳴り響く
一体何が起こったのか分からず戸惑っていると、俺の顔を両手で掴み
さらに顔を近づけてきた唯が静かに語りかけてきた。
「もう、そんな強がりは止めようよ駿介、見ているこっちが辛いよ」
「お前、何を言って……」
「別にいいじゃない、辛い時は辛いって言えば……」
唯のその言葉がきっかけとなり俺の両目から大粒の涙がこぼれ落ちる
俺の意志とは関係なく、まるでダムが決壊したかのように止めどなく流れ落ちたのだ。
「ちょ、止めろ、俺は、俺は……」
もう何を言っても無駄だとわかっている
止めようとすればするほど溢れてくる涙が全てを物語っているからだ
感情が溢れてきて自分の意思では止めることができない。
そんな俺を無言のままジッと見ている唯
全てを見透かしているかのようなその目が〈わかっているから……〉と語りかけていた。
「やめ……止めてくれ、うぐっ、……俺は……ぐうっ、ちくしょう……
何で、泣いているのだ……俺は、……カッコ悪い……」
「カッコ悪くなんかないよ」
「どこが、だよ……女に振られて……メソメソ泣くとか
うっ、最悪じゃないか……これ以上、か……カッコ悪いこと、が……あるのかよ⁉︎」
「別に慰めや気を使って言っているわけじゃないよ」
「だったら……」
「カッコ悪くなんかない、駿介は日向さんが本当に好きだった、だから涙が出るのじゃない
愛おしいと思うからその愛が破れて悲しいの、それのどこがカッコ悪いのよ
世界中にいる生物の中で人間だけに許された特権、それが〈誰かを好きになる〉という気持ち
それは人として一番美しい気持ちじゃない、それを笑う奴は人の気持ちがわからない人よ
少なくとも私はそれをカッコ悪いともみっともないとも思わないわ」
もう何もいえなかった、何かを喋ろうとすると言葉より涙が出てきてしまうからである
だが俺が一番カッコ悪いと思っているのは唯の前でだけは
こんな醜態をさらしたくなかったという思いなのである
しかしこの聡明な少女の前では俺の仮面などとっくに剥がされていて
もう全てを見透かされているのだ。
「俺は……日向が、ううっ、日向の事が……」
俺は泣いた、おそらく人生で一番泣いた、涙枯れるまで泣いた……
それからどれぐらい時間が経ったのだろう、俺たちのいる部屋はもうすっかり暗くなっていた。
七歳も年下の女の前で彼女に振られて号泣するという
地上最低の醜態を晒した俺だったが逆に怖いものがなくなったような気がした
そして有り難かったのは唯がずっと横にいてくれた事だった
何も言わず、何もせず、ただ横にいてくれた、これがとにかく有難かった。
おかげで思いっきり泣き、全ての気持ちを吐き出すことができた
これでおそらく立ち直ることができるだろう。
さあここからだ、俺は大きく息を吐き上を見上げた、そんな俺の姿を見て唯が話しかけてきた。
「どう、もう大丈夫?」
「ああ、おかげでスッキリしたよ、ありがとう唯、お前のおかげだ」
すると唯は恥ずかしそうに視線を逸らしながら返してきた。
「べ、別に私は何もしていないわよ」
この唯の反応もどこか懐かしくすら感じた、この世には〈ツンデレ〉という言葉があるが
ツンにもデレにも徹することができないこの少女がとてつもなく可愛く見えたのだ。
「いや、全て唯のおかげだ、本当にありがとう」
こんな素直に感謝の気持ちを伝えたのはいつ以来だろうか?
俺は唯への感謝の印として躊躇する事なく深々と頭を下げた。
すると唯は嬉しそうに頷き、微笑んだ。
天使の笑顔とでもいうのはこの事だろうか?
最愛の人に振られたばかりの俺が一瞬見惚れてしまうほどの眩しい笑顔
俺はこの時の唯の笑顔を一生忘れないだろう、すると唯が下を向きながら静かに語り始めた。
「あのさ、駿介……私が言うのも何だけれど……」
「何だよ?」
「その……日向さんが言った事なのだけれど、多分アレは全部が本気じゃないと思うよ」
「どうした急に?唯が日向のフォローをするとか⁉どういう風の吹き回しだよ」
「うん、私もあの時はカーッとなっちゃっていたからさ……
ほら私って感情的になると訳わかんなくなっちゃうっていうか
突っ走ってしまうというか、そういうところあるじゃない」
「何だ、自覚はあるのか?意外だな」
「それぐらいの自己分析はできているわよ。ていうか、私を何だと思っているのよ?」
「何って、頭に血が昇ると誰にでも噛み付く狂犬というか
興奮すると後先考えず突撃する猛牛というか
感情的になると何処にでも見境なく猪突する獣というか……」
「そんなにひどくないわよ‼︎」
「いや、だからそういうところが……まあいいや、すまない話を続けてくれ」
「何か釈然としないけれど……まあいいわ、それで日向さんのことだけれど
駿介にあんな場面を見られたから動揺していたと思うのよ
言い訳のきかないあの場面でどうしていいか分からずついあんな事を口走った
そこに私が追い討ちをかけるように責め立てたから引くに引けなくなって……
という感じじゃないのかな?って……」
意外だった、あれほどの興奮状態でひなたを糾弾していた唯が
俺でも気づかなかった事をこれほど冷静に分析できていたという事に
やはりコイツは凄いなと改めて感心した。
「そうかもしれないな……でも、どうして日向を庇うような事を?
あれだけ本気で罵り合っていたのに、唯は日向のことが嫌いじゃないのか?」
「嫌いよ、当たり前じゃない、ああいうタイプが一番嫌い‼︎」
「じゃあどうして?」
俺の問いかけに再び目を伏せしんみりと語り始める唯。
「だって、私が日向さんだったら嫌だもん。
今は違う人が好きになっていたとしても、駿介のことを好きだった時期もあったわけじゃない
そんな人に誤解されたまま、最悪の形で別れるとか
私なら死んでも嫌、だからさ……でもあの女は嫌いよ
それは嘘じゃない、この気持ちは譲れないわ‼」
「そんな気持ち、譲って欲しい人はいないだろ?でもありがとう、唯は優しいな」
「だ、だから止めてよ、そういうの、あくまで女として一意見を述べたに過ぎないわ
別にあの女のフォローをしたわけじゃないのよ、勘違いしないで‼︎」
テンプレなツンデレ台詞を吐きながらも、大嫌いだという女性のフォローをついついしてしまう唯
こんな何気ない会話が傷付いた俺の心を癒してくれる気がした。
こうしてとてつもなく長い一日は終わった
確実に大事な何かを失い、その代わりに大切な何かを得たような不思議な一日であった。
頑張って毎日投稿する予定です。少しでも〈面白い〉〈続きが読みたい〉と思ってくれたならブックマーク登録と本編の下の方にある☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると嬉しいです、ものすごく励みになります、よろしくお願いします。




