表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/32

日常のひととき

「ああ、何やっていたのだ、お前は⁉︎今何時だと思っているのだ‼」


「すみませんでした‼」


上司の前で深々と頭を下げ心にもない謝罪の言葉を述べる俺。


今まで無遅刻無欠勤でやって来たのにこれで全て途切れてしまったのである。


「一応理由だけは聞いてやる、どうして遅れた?」


「いえ、その……寝坊で……」

 

〈痴漢に間違われて遅刻しました〉などと言えるはずも無く、仕方がなくついた嘘である。


「寝坊だと?お前は社会人として自覚が足りないな、どうせ夜中までゲームでもやっていたのだろう?


社会人三年目ともなれば、普通もっと仕事人としての自覚が芽生えて来るモノだ


そもそも遅刻するのであれば会社に一報入れるのが社会人としての常識だろう


そんな事もわからないから今時の若い奴は……」 


会社に来てまでいわれのない説教をされる俺。そしてこの嫌味でまとまりのない話は十五分も続いたのである


俺が遅刻したのは十分なのだから、余程この時間の方が無駄だと思うのだが……


しかし俺への説教でヒートアップし妙な勢いがついてしまっている上司に向かってそんな事を言えるはずもなかった。

 

「随分としぼられたな、野崎」

 

「まあな、遅刻したのは俺が悪いのだけれど、よくもあそこまで無駄な話を長々と出来るモノだ、全く嫌になるぜ」


俺が上司の嫌味から解放され自分の席に戻ると隣に座っている同僚の伊藤省吾に声を掛けられた


コイツとは同期で同じ部署に配属された、会社内では唯一といっていいい気の合う友人である。


「仕方がないさ、岡田課長は同期の羽嶋課長がこの度の人事で次長に昇進したから今イライラしているからな


いわば【負け組】の八つ当たりといったところだろう


丁度いい具合に野崎が遅刻してきて八つ当たりできる口実が出来たという訳だ」


「勘弁してくれよ、大体岡田課長が出世できないのは実力だろう


正直仕事の手際や客の受けとかも俺達より下じゃないか⁉逆に〈よく課長になれたな〉と思うぜ」


「まあ、岡田課長も下の娘さんが今度大学に進学するらしいからな、お金とか色々あるのだろう」


「そんなの俺や仕事に関係ないじゃないか⁉」


「仕方がないさ、運が悪かったと諦めろ。しかし無遅刻無欠勤のお前が遅刻とは珍しいな、何かあったのか?」


「まあ色々と……話せば長くなるし、今は話したい気分じゃない」


「じゃあ今度、飲みに行った時に酒のつまみにでも話してくれや」


「ああ、わかった」

 

伊藤とはこんな取り留めのないやり取りをして会話を終えた


この伊藤という男はとにかく要領がよく人当りがいい、〈出世するのはこういう男なのだろうな〉とつくづく思う


今はそんな気は微塵も無いが、伊藤に先に出世されたら俺も悔しいのだろうか?

 

俺の勤めている会社は色々な事を扱っている総合企業である


その中でも俺の所属する部署は【情報システム部】


客の運用用件に合わせ総合運用管理ソフトウェアを基盤とした


運用管理システムの設計から構築までを実施するサービスを提供する会社である。


運用管理ソフトウェアに精通した専門技術者が短期間で設計から導入までを実施し


客の要件に適した最適な運用システムを提供するものである。


「じゃあ行ってきます」


これ以上社内に居てもいい事が無さそうなのでさっさと得意先回りに出かける事にした


大学時代【情報コミュニケーション学部】に所属していた俺はシステムエンジニアとして働く事を目標にしていた。


子供の頃からゲームが好きでその影響で親には早い段階でパソコンも買ってもらった


パソコンが得意でゲーム好きというと根暗なイメージがあるが


俺はどちらかというと社交的で自分で言うのもなんだがリーダー気質だと思う


だからエンジニアとして手腕を振るいながら仲間をまとめ部署のリーダー的な存在になってやる……と息巻いていた。


だが配属された部署の仕事は【営業】、エンジニアとしての知識を持ちながらも


コミュ力が高いという理由で【営業】に回されてしまったのである。


「ふう、午後からは一息つけるかな……さて、昼飯にするか」


午前中の得意先回りを終え、ようやく一息ついた時には二時近くになっていた


午前中に余計な時間を食ったせいで随分と遅い昼飯になってしまったが


お昼時のオフィス街というのは昼休みの会社人で店が混雑するので丁度いいと思っていた。


「しかし元はといえばあの眼鏡の女子高生のせいだよな


もう会う事も無いだろうがもう少し言ってやれば良かったぜ」


俺はムカつく気持ちを押さえつつ昼飯を胃袋に治めると、再び仕事へと戻った。



それから数日間は何事も無く過ぎた。だがあんな騒ぎがあったせいで


俺は翌日からは少し早い時間の電車を利用する羽目になってしまったのだ


あの時、一緒に乗車していた周りの人達に〈あの時の痴漢だ⁉︎〉とか思われたら最悪だからである。


そして俺の頭からあの痴漢騒ぎが消えかかった一週間後の事である


いつもの駅で降りると、突然後ろから声が聞こえてきた。


「やっと見つけた‼」


何だろうと振り向いてみると、そこにはあの時の眼鏡女子高生が立っていたのである。


「何だお前、まだ俺に文句があるのか⁉」

 

忘れかけていたあの時の記憶が蘇ってくると同時に怒りも込み上げてきた。


「べ、別に、そうじゃないわよ……その……」


何か言いたいようだが、モジモジしていて切り出せない様子である。


何だ?何が言いたいのだコイツは?まあこんなのにかまっていたら又会社に遅刻する、この前の様な目に合ったら最悪だ。


「俺はこれから会社だから、用が無いのなら行くぞ、もう俺にかまうな‼」


「ちょっと待ってよ」

 

「何だよ、この前の続きがやりたいのか⁉こっちはお前のせいで散々な目に……」

 

「ごめんなさい‼」

 

何か意外だった、女子高生に対して喧嘩腰で構えていた俺の前で深々と頭を下げてきたのだ


俺は何か拍子抜けしてしまい、逆に戸惑ってしまった。

 

「な、何だよ、急に?」

 

「いや、その……あれからよく考えたら、貴方には酷い事をしてしまったなって……

 

〈迷惑をかけたら謝る〉貴方の言う通りよ、だから……もう一度ちゃんと謝りたくて

 

あの時はちゃんと謝れなかったから……」

 

何だ、コイツ耳まで真っ赤にして。普段謝り慣れていない人間が謝罪するとこういう感じになるのだな


俺は仕事で頭を下げてばかりいるのでマヒしてしまっているが、こういう反応も何か新鮮だ……


そんな事を考えているといつの間にか怒りが何処かへ吹き飛んでしまい思わず笑いが込み上げてきた。

 

「プッ、お前それが言いたくてここまで付いて来たのか?」

 

「うん、ずっと引っかかっていたから……ごめんなさい、許してくれる?」

 

「ああ、もういいよ。あの時は腹が立って仕方がなかったが、今となってはそれほどでもない


だが気を付けろよ痴漢の冤罪とか最悪だからな、もうあんな事はするなよ」

 

「うん、今度はちゃんと確認してから摘発するわ、じゃあね‼」

 

そう言って彼女は明るく去って行った〈もうあんな事はするな〉というのはそう意味ではないのだが……


まあいいか、それにしてもあの時は頭に血が昇って気が付かなかったが


よく見てみたら結構かわいい子だったなもう会う事も無いだろうが……

 

あの時は、俺の中で腹立たしくも最悪の思い出だったのだが


最終的にはなぜかいい思い出話に変換されたという不思議な体験であった。



「……って話があってさ、面白いだろ?」

 

「へえ~駿介が痴漢に?それは大変だったわね」

 

「全くだよ。おかげで会社に遅刻はするわ、課長には嫌味たらたら言われるわ、最悪だったぜ」


週末の俺の部屋、話している相手は大学時代から付き合っている彼女で猪端日向という。

 

「痴漢に間違われるって事は、そんな顔をしていたのではないの?」

 

「【痴漢顔】ってどんな顔だよ⁉そういえばひなたも学生時代は電車通学だったよな?痴漢とかされたのか?」

 

「まあね、何度痴漢被害に遭ったかわからないわ


電車通学の女子学生で痴漢被害に遭っていない人なんているのかしら?」

 

「へえ~そういうモノなのか……」

 

「まあ、私は特に多かったみたいだけれど……」

 

少し嫌悪感を出しながらそう答えた日向、だがそれも無理もないとは思う


俺の彼女である日向はかなりの美人だからだ。


黒髪ロングの清楚系、背は高くスラリと伸びた手足、切れ長の涼しげな目と


スレンダーなスタイルで可愛いというより和風美人といえる容姿をしている


青山田学院大学時代のミスコンでは〈準ミス〉を二度も取っていて


学業も優秀、そして父親は大手会社の重役という【才色兼備のお嬢様】という言葉がピッタリのパーフェクトガールだ


正直そんな彼女と付き合っているのは俺にとっては学生時代からの自慢である。

 

そんな彼女が一人暮らしの俺の家に来て食事を作ってくれているのだ


トントンという心地いい包丁捌きの音がキッチンから聞こえてきて


その後姿をニヤニヤと眺めては仕事のストレスを解消していく俺だった


将来こんな光景を毎日見られる日も遠くないのでは?……などと妄想を膨らませていた。

 

「なあひなた、今日は泊っていくのだろう?」

 

「帰るわよ。明日は仕事だし、着替えも持ってきていないから……」

 

連れない彼女に後ろから優しく抱き着き耳元でささやく。

 

「いいじゃないか、泊っていけよ」

 

「ダメだって言っているじゃない、食事したら帰るわ


入社一年目でだらしない姿は見せられないでしょ?パパの手前」

 

それを言われると辛い。日向は父親のいる【佐山商事】に入社していた


【佐山商事】とは日本でも有数の大企業〈佐山グループ〉の関連企業であり、俺の得意先でもあるのだ。

 

「じゃあね、痴漢未遂男さん」

 

食事を済ませそそくさと帰って行った日向。楽しかった週末はあっという間に過ぎ


明日からはまた仕事、仕事の日々である。それを思うと正直気が重い。だが日向との結婚に向けてがんばらないと……


そんな思いを胸に無理やりやる気を奮い立たせる俺


その時には俺を痴漢扱いした女子高生のことはすっかり頭から抜け落ちていた。


頑張って毎日投稿する予定です。少しでも〈面白い〉〈続きが読みたい〉と思ってくれたならブックマーク登録と本編の下の方にある☆☆☆☆☆から評価を入れていただけると嬉しいです、ものすごく励みになります、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ