勝利の女神と闘魂注入
「ったく、何なのだ、唯の奴……」
翌日の朝、スッキリとしないまま会社へと向かう俺
アイツと絡むとどうにもペースが狂う。
「おう、どうした野崎、今日は随分と眠そうだな?」
調子がいまいち上がらない俺に朝から伊藤が声を掛けてきた
コイツは一目で俺の心境や体調を見抜く目がある
ゲームで言うとプレイヤーの状態を看破できる特殊スキルとでもいう能力だろうか?
「ああ、おはよう伊藤、昨日はどうにも眠れなくて……」
「【企業コンペ】のプレゼン役を買って出たわが社のホープがもうスランプですか?」
「茶化すな、こっちにも色々あるのだよ……」
「何が色々だよ、どうせ女だろ?」
まあ性別的には正解ではあるが、ニュアンス的にはちょっと違うような……
「【佐山商事】の猪端常務ってお前の彼女のお父さんだろ?
上の方ではかなりイケると思っている様だぞ、そんな時に彼女と喧嘩とか止めてくれよ」
「馬鹿、違うって言っているだろ、喧嘩なんかしてないし……」
そう、肝心の日向とは最近あまり会えていない、日向が会社に勤めてからすれ違いが続いており
週末も中々会えないのだ、その分なぜか唯とはよく会うのだが……
「そういえば日向ちゃんを昨日見たぞ、一人だったし、やっぱり喧嘩でもしたのか?」
「日向を?おかしいな、昨日は親父さんと一緒のはずだが……一体どこで?」
「新宿で見たと思ったのだが……そうか、じゃあ見間違いだったかも、ちらっと見ただけだし」
「多分そうだよ、日向は確か八王子に行っていたはずだし……」
俺はその時深くは考えなかった、何より経緯はどうあれ俺には大きな仕事が控えているのである。
社内でも【企業コンペ】に向けて準備は着々と進んでいた
プレゼンの準備も万全、基本的に俺は人前で喋る事は得意というか好きな方だから
こういった舞台には向いているのだろう。
今回の競争相手である【株式会社HDR】は正直、会社規模や実績を考えれば
ウチの会社よりワンランク落ちる。例え俺の猪端常務へのコネが無くても
戦前からこちらが有利と思われていた、それは逆に言えば〈負けられない戦い〉という事でもある。
勿論会社を上げてのプロジェクトなのだから、もし負けたとしても俺だけの責任ではないのだが
自分から名乗り出ておいて、もし負けたら最大の戦犯は……いやそんな事を考えるのは止そう。
こうしてあっという間に運命の日は訪れたのである。
「いよいよだな、大丈夫か野崎?」
「ああ、今日の俺はいい緊張感で迎えられている
こういう日はいい結果が出るモノだ、任せておけ伊藤」
「頼もしいじゃないか、じゃあ頼むぜ、わが社のホープ」
「ああ、もし俺が社長になった暁にはお前を引き上げてやるぜ」
「それだけ言えるならば大丈夫だな、頼むぜ、野崎‼」
俺と伊藤は早めに【佐山商事】に入りプレゼンの準備に入っていた
俺をリラックスさせるためだろう、助手として仲の良い伊藤を付けてくれたのは
ある意味会社側の粋な計らいというヤツなのかもしれない。
【企業コンペ】は【佐山商事】の大会議室で行われる
各社の代表が巨大なスライドとパワーポイントを駆使して
【佐山商事】の人達に自社のシステムソフトを紹介するのだ。
順番としてライバル会社が最初にプレゼンし、休憩を挟んでウチの会社
つまり俺がプレゼンをおこなう、もうここまで来たら腹をくくるしかない
だが俺のやる気はMAX、精神的には〈もう負ける気がしない〉という無双状態と化していた。
それを後押しする根拠の一つとして、今回の【佐山商事】の司会進行役として
俺の彼女日向が選ばれているからだ、元々学生時代から日向はアナウンサー志望でもあった為
そういう事には慣れている様だった。立場は違うが同じ舞台で仕事ができるとは
何か運命じみたモノを感じずにはいられなかった。
各社それぞれの控室を用意されそこで出番を待つ事になる
今回は二社のみのコンペなので特別に俺達専用の控室まで用意してもらっていた
この計らいも〈もしかしたら日向が俺の為に?〉
などという有り得ない妄想を抱きつつ、今か今かと出番を待っていた。
伊藤との取り留めのない会話を交えながら、チェックのためにプレゼン用の資料に目を通し
今日だけで四回目の最終チェックをしていると
〈コンコン〉とドアをノックする音が聞こえてきた。
「はい、どうぞ」
会社の人間が来たのだろうと思っていたのだが
ゆっくりと扉を開けて入ってきたのは俺の彼女、猪端日向であった
それを見た伊藤はすぐに席を立ち、気を利かせてくれた。
「じゃあ俺は何処か行っているから、用事があったら連絡くれ、野崎」
「悪いな、伊藤」
伊藤は親指を立てて〈OK〉とばかりに返事をすると、そのままそそくさと部屋を出て行った
本当に空気の読める奴である。
「調子はどう、駿介?」
「おお、ひなた‼絶好調だよ、まだ喋ってみないとわからないけれどな」
「相変わらずね、最近あまり顔見ていないから、どうかな?って、思ってさ」
「そうだな、このコンペが終わったら〈有休でも取ってしばらくのんびりしたいな〉
と思っていたから、どこか二人で遠出でもしないか?」
「うん、考えておくわ。じゃあ、また、会場で、頑張ってね」
「有難う、見ていてくれ」
軽く手を振る日向の姿を見て俺の顔は自然とにやける
この勝利の女神の祝福の効果により、俺の戦闘力は30%アップ
精神的なプレッシャー無効化という特殊スキルを習得した気分だった
俺にとって人生の大一番に駆けつけてくれるとは
やはり俺達は運命の糸で結ばれているのでは⁉と思ってしまった瞬間だった。
俺がそんなささやかな幸せに浸っていた頃、再び〈コンコン〉というノックの音が聞こえた
あれ、もう伊藤が帰って来たのか?随分と早いな、それとも会社の……まあいいや。
「はい、どうぞ」
俺の返事と同時に勢いよく開いた扉から、なだれ込む様に入って来た人物を見て俺は驚きを隠せなかった
入ってきたのは、何と唯だったのだ。
「やっほー、来てあげたわよ、駿介‼」
「唯?な、なんでお前がここに⁉」
俺はあまりの驚きで何が起こっているのすらわからなかった
「何よその反応は?ワザワザ私が来てあげたのに
駿介が一世一代の舞台でオロオロしているのではないかと思って
心配してきてあげたのよ、どう、嬉しい?」
「いや、まずは質問に答えろ、ここは仕事場だぞ⁉どうやってここに入ったのだ?」
「いや、前にも言ったと思うけれど、私【佐山グループ】には顔が利くのよ
だから今回の駿介の晴れ舞台を見たいなと思ってさ、こうして駆けつけてきたという訳よ。
ほら、私、駿介には色々お世話になっているからさ、何かできることは無いかと思って来たのよ
何か私に頼みたいことがあったら言いなさいよ、内容によっては聞いてあげなくもないから」
なぜか得意げな顔で雄弁に話している唯だったが、俺にはまだ状況が呑み込めていなかった。
何だこれ?何故ここに唯が居る?この会社のセキュリティーとかどうなっているのだ?
いくら関連企業のCMをやっていたからって顔が利くって……
部外者を勝手にホイホイ社内に入れていたらダメだろ【佐山商事】‼
セキュリティーがガバガバだな、おい‼
「どうしたのよ、この私が何かして欲しいことは無い?と聞いているのよ」
なぜか上から目線の唯とは裏腹に、俺は大きくため息をついた後、口を開いた。
「じゃあ、唯、お前に頼みがある……」
「何?言ってみなさいよ」
「何もしなくていい……」
「は?何それ?」
「いいから、頼むから何もするな、わかったな‼」
「ぶー」
ふくれ面して不機嫌そうな表情を浮かべる唯、だが今の俺はコイツにかまっている余裕は無い
〈とにかくそっとしておいてくれ‼〉というのが偽らざる気持である。
「そんな顔をしてもダメだ。いいか唯、今の俺は
お前のワガママに付き合っている暇も余裕も無い、頼むから何もするな、わかったな‼」
「ぶー」
「返事は⁉」
「はーい」
「よろしい、じゃあ、一応唯は部外者だからな、追い出したりはしないが
隅っこの方で俺の雄姿を見ていろ、いいな‼」
「わかったわよ……」
しかしまさかこんな展開が待っていようとは、俺とコイツは因縁の相手なのだろうか?
前世ではコイツと仇同士だったとか……いや、そんな馬鹿な事を考えている暇はない
もうすぐライバル会社のプレゼンが始まる時間だ、さすがに見ないわけにはいかないだろう。
「じゃあ俺は行くぞ、くれぐれもおとなしくしていろよ、いいな‼」
少し苛立ちながら部屋を出ようとした時、背中から唯の声が聞こえた。
「ちょっと待って」
「何だよ、今度は⁉まだ何か言い足りないのか‼」
余裕のない俺はやや声を荒げて振り向いた
すると唯は申し訳なさそうな表情を浮かべ静かに言葉を発した。
「ううん、何かゴメンね、私励まそうとして来たのだけれど
どうやら邪魔しちゃったみたいね……本当にごめんなさい
隅っこの方で邪魔にならない様に見ているからさ、頑張ってね、駿介」
入って来た時の勢いは完全に無くなり意気消沈といった様子で
トボトボと俺の前を通り過ぎようとしている唯。何だよ、コレ……
どうして俺が悪い事をしたような気分になっているのだ?
でもまあ考えてみればコイツは俺を励まそうとしてワザワザ来てくれたのだよな
自分だって司法試験に向かって大変だろうに、七つも年下の女に気を使わせておいて
この余裕の無さって……俺、男としてすげーカッコ悪くないか?ええい、だったら……
「ちょっと待てよ、唯」
「えっ、何?」
「俺に気合を入れろ」
「は?どういう事?言っている意味が……」
「俺の背中を思いっきり叩け、俺にお前のパワーを注入しろ、そうすれば俺は無敵だ‼」
その瞬間、唯の表情はパッと明るくなり軽く震えたようにも見えた。
「しょうがないわね、私のスペシャルパワーを注入してあげるから
負けたら承知しないわよ、いくわよ‼」
「おう、来い‼」
次の瞬間、控室の中に〈バチ―ン〉という乾いた音が鳴り響く
おそらく今の俺の背中には手のひら型の跡がクッキリと残っているだろう
俺は思わず〈痛て‼〉と叫びそうになったが、ここでやせ我慢しなければ男じゃない
歯を食いしばって耐えた、すると本当に気合と謎のパワーが注入された気がしたのである。
「よっしゃあ、気合入った‼︎パワー全開フルチャージ完了、じゃあ行って来るぜ‼」
「行ってきなさい、私のパワーを注いで上げたのだから、負けたら承知しないわよ‼」
「おう、任せろ、俺のカッコいいところを見せてやるから、惚れるなよ‼」
「万が一にもそんな事ないから安心して、でも頑張れ、駿介‼」
目を輝かせ俺にエールを送ってくれた唯
何故だろう、コイツに応援されると本当に負ける気がしない
この根拠のない無敵感とみなぎる自信、日向とは違う、何だろうこの感覚は?……
そうか⁉わかったぞ、日向とは学生時代からの付き合いだからお互いを良く知っている
年齢的には俺より二つ下の日向だが彼女はしっかり者で俺にとっては精神的に頼っている部分がある
だから日向には年上の様な、もっと言えば母親の様な母性を求めていた
だから俺の弱い所も情けない所も見せているし、俺はそれに甘えて
〈支えて欲しい、慰めて欲しい〉と癒しを求めてきた。
だが唯は違う、コイツはとんでもないポテンシャルを秘めた天才少女だが
感情がピーキーで、世間ズレしており、精神的にもろくて繊細な部分を抱えている
よく言えば壊れやすくて美しい芸術品、悪く言えば危なっかしい暴走機関車
いうなれば【ガラスの天才】とでもいうべき女の子なのだ。
だから俺は〈コイツの前で情けない所は見せられない、俺がしっかりしないと〉
などという柄にもない男気を見せてしまい、背伸びしてしまうのだ。
そう、俺はコイツの前で【カッコをつけたい】のである
そんな思いが俺に謎のパワーを与えてくれる
もしかしたら本当に唯は俺にとっての【勝利の女神】になるのかもしれない。
そんな思いを抱えつつ、やる気と気合を十分にもらった俺は戦場へと向かったのである。
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