絶対に引けない戦いがここにはあった
向かいに座っている女社長も唯にそういう臭いを感じ取っているのだろう
もしかしたら気が付いていないのは本人だけかもしれない
スーパースター誕生の瞬間とでもいうのだろうか?
そんな場に自分が立ち会っているのかもしれないと思うと背中がゾクゾクした。
「ダメです、少なくとも司法試験を受かるのは大学を卒業するころ
つまりあと四年はかかるという事ですよね?とてもじゃありませんがそんなにも待てません」
「どうしてでしょうか?」
「加納唯は【国民的美少女】に選ばれ【東大法学部】を受かった
今がもっとも売り時のタレントです、この機を逃して四年も寝かせるなどありえません
愚の骨頂といえるでしょう、正直今までのモデルの仕事のオファーも多く来ていましたが
それをかなり断っていたのです、ここから更に待たされるとか……
いいですか?どんなモノにも旬というモノがあります、加納唯は今がその時です
バラエティタレントや歌手活動などはまだしも女優という道にすぐにでも出発させたいのです
加納唯は【日本を代表する大女優】になれるかもしれないのです、ですからこれは譲れません‼」
なるほど、この提案が、相手が最大限譲歩してきた末の精一杯の条件か……
そこまで唯の事を買ってくれているというのも正直驚いたし女優への道一本
正直落とし所としては悪くないとも思えるが……
でもダメだ、唯はそんなに器用な人間じゃない
本格的な女優を目指すのならば本気で取り組まないと無理だろう
そうなると司法試験は……ならば俺が出来る事は一つだ。
「本当にありがたいお話だと思いますし、何の実績も無い唯の才能を
そこまで見込んでくれている事も感謝しています
しかし失礼ですが社長様は唯の才能を過小評価しているのではないでしょうか?」
俺のその言葉にカチンときたのか?先ほどまでの余裕の表情とは違って
眉間にしわを寄せ、厳しい視線をこちらに向けて反論してきた
「はあ?何を言っているの貴方は、今の私の話を聞いていたの⁉
私は加納唯という人間を最大限に評価しています
【日本を代表する大女優】になるかもしれないと言ったのですよ
それの何処が過小評価なのですか⁉」
さすがに顔を強張らせ感情的になって反論してきた女社長、それも無理からぬことだろう
ここまでの好条件を無下にしようというのである。
しかもド素人が偉そうに……そりゃあこの人じゃ無くとも怒るわな。
「言いたいことはわかりますし、お怒りはごもっともです
ですがまず私の話を聞いてください
社長様は唯の事を〈今が旬〉とおっしゃいましたが、それは違います」
「どう違うっていうのよ⁉」
「加納唯はこんなモノではありません、まだまだ大きくなります
大学生活を送り司法試験を受かり、人生経験を重ねればもっともっと成長するのです
今が旬とかとんでもない。今すぐ唯に女優業をやらせるという事は
まだまだ脂ののっていない魚を食べてしまう様なモノです
今では無いです、唯の将来性を買ってください‼
そうすれば貴方が見出した【金の卵】は必ずこの会社に多大な恩恵を与えてくれるでしょう
【日本を代表する女優】などではなく【世界を代表する大女優】へと成長する事でしょう」
すると最初は少し呆気にとられていた女社長だったが、ハッと我に返りフッと笑った。
「【世界を代表する大女優】とか、随分と大きく出たわね?
貴方は唯にそこまでの力があると思っているの?」
「はい、もちろんです、ですが私の様なド素人がどう思ったところで説得力など皆無でしょう
ですが貴方の様な本物を見抜く目をもったお方が唯の事を
【日本を代表する女優になれる】と見出したのです
ならばそこから成長し大きくなった場合、当然その先は
【世界を代表する大女優】という事でしょう
私は自分の目を信じているのではありません、社長、貴方の目を信じているのです‼」
我ながら滅茶苦茶な理屈だ、しかし一応筋は通っているはずだ、さあ後は相手がどうとるか?
「ふっ、若いくせに中々やるじゃない。でももし貴方の言う通り四年間待って
その後モノにならなかったらどうするのよ?今なら確実に売れるのよ
それをワザワザ見逃して貴方の言う通りに動いた結果
〈やはりダメでした〉では取り返しがつかないわ」
「その時はどうとでも、でもこのまま司法試験に専念させてくれれば
唯は必ず弁護士資格を習得するでしょう
唯の頭の良さは私が保証しますし社長さんもよくご存じでしょう。
そうすれば女優が失敗したとしてもどうとでも潰しがききます
よく〈東大出身のタレント〉という方もいると思いますが
【国民的美少女に選ばれて弁護士資格を持っているタレント】
はそうはいないでしょう、であれば報道番組のコメンテーター
テレビでの法律的なアドバイザー、クイズ番組のレギュラー
教育的な番組の司会進行と色々なオファーがあると思います。
そして何より、【知的な美人】というのは企業CMのイメージとして一番重宝されると思いませんか?
タレントとして一番おいしい仕事はCM契約だと聞いています
であれば加納唯はこれ以上ない【金の卵】という事になりますよね?」
厳しい表情で無言のままこちらをジッと見つめている女社長、俺の提案を検討している様に見える
何となくいけそうだが、もう一押しか⁉ならば最後の手段だ。
「そして唯が司法試験を合格し本格的な芸能活動を開始した際は御社の方針に全面的に従うと誓います。
〈唯が司法試験に合格し弁護士として自立したら芸能活動を止めてしまうのでは?〉
という懸念がおありだと思いますから、それは無いと断言します
そう契約書に明記してもらってもかまいません
その場合、泥んこまみれの罰ゲーム番組に出そうがヌードにしようが好きにしてください」
その瞬間、唯が両目を大きく見開いてこちらを見た。
「ちょ、何言っているのよ、駿介‼」
だが俺は唯の事はガン無視しジッと女社長を見つめた
俺の提案にしばらく考え込んでいたが〈ふう~〉と、大きく息を吐き優しい目でこちらを見てきた。
「わかりました、そのお話の方向で契約書を作成いたしましょう、今後もよろしくお願いします」
先程とは打って変わって柔らかな表情で右手を差し出してきた女社長
俺もすかさずその握手に応えた。
「こちらこそ、色々とわがまま言って申し訳ありませんでした
今後も唯の事を、どうかよろしくお願いします」
終わった……紆余曲折あったが、どうにかいい条件でまとまって本当に長かったし、とにかく疲れた……
超困難なミッションを終え、完全にスイッチを切ったその瞬間だった
するとそれを見越したかのように女社長が不意に問いかけてきたのである。
「ところで野崎さん、あなた唯とはどういうご関係ですか?」
「えっ⁉最初に言いましたよね、私と唯は親戚で……」
「そういう嘘はもういいですよ、貴方が唯の親戚でない事はもう調査済みです
親戚にかこつけたプロの交渉人かとも思いましたが、どうやら違うようですし
本当はどういったご関係なのですか?」
今度は意地悪そうな表情を浮かべ俺の顔を覗き込む様に見て来る女社長
くそっ、完全に気を抜いていたせいで上手い言い訳も浮かばない
もう俺達の態度と反応でバレバレだな、こりゃあ……
もう嘘をつきとおす訳にもいかないか、さっきの仕返しなのか?
「いやその……実は……」
俺は二人の出会いとここまでの経過を包み隠さず説明した
さすがに驚いた様子だったが、この説明は嘘ではないと納得してくれたようである。
「へえ~、痴漢と間違われて、それは災難でしたわね」
「ええ、全く……ですから、私と唯は付き合っているとか
男女の関係とでは無いですから、安心してください」
「いえ、別に付き合っていたとしても、かまいませんよ」
「えっ⁉そうなのですか?」
女社長の言葉に俺と唯は驚きを隠せなった
「ええ、女優やモデルというのはアイドルとは違いますからね
きちんとしたお付き合いであれば当人同士の問題ですし
当社としては関知するモノではありません
むしろ貴方の様なしっかりしたお相手についていてくれた方がこちらとしては安心です」
少し意外な感じがした。本当に唯とは何もないのだから、こちらが慌てることは無いのだが
多少なりとも〈ウチの唯に手を出すな〉的な釘を刺されると思っていたからである。
「そういうモノですか……」
「ええ、特に女優というのは恋をして愛を知る事によって演技に深みが出るモノです
そういう意味で良い恋愛をして欲しいと思っていますよ」
そういう女社長さんは唯を優しい目で見つめていた
立場は違えども、やはり一流と呼ばれる人は人間的にも一流なのだな……と思い知らされた瞬間であった。
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