第3話 聖剣ジルベルネ・スローン
「誰だ!」と俺の誰何の声に、その人物が、
「妾の名は『ジルベルネ・スローン』」
女性、いや少女の柔らかい声で答えが返ってきた。
誰? ジルベルネ・スローンなどという名前に心当たりはないし、それ以前に少女など俺に関わりがあるわけない。
「だから『ジルベルネ・スローン』じゃ。やっと主どのを見つけた」
そういってその人物が一歩前に立た。
「あのう、スローンさん、俺はあんたのことを全く知らんのだが。どこかで会ったのか?」
「妾は主どのが石の中から引き抜いた剣だ。酷いではないか、妾を置いて行ってしまうなど」
俺は寝ぼけて変な夢を見ているらしい。やはりあの剣をひっこ抜いたことは俺の心に重くのしかかっていたようだ。もう一度ちゃんと寝ようと目を瞑り腰を気にしながらゆっくり横になろうとしたら、
「主どの!」
また声が聞こえてきた。薄目を開けてみると少女が俺の枕もとまで近づいてきている。横顔に青白い月の光が当たって輪郭だけでなく顔の造作が目に入った。幼い可愛いさと人間離れ、いや現実離れした美しさが同居した銀髪、碧眼の不思議な少女だった。
夢なら夢で構わないので、俺も起き上がってベッドに腰を掛けてちゃんと相手をすることにした。起き上がってジルベルネ・スローンと名乗る少女の姿を上から下までよく見たところ、着ている衣服は体の線がはっきり現れたひざ丈の銀色のワンピース。ワンピースと同じ銀色でかかとが少し高くなったくるぶしまでのブーツを履いていた。
「スローンさん、あんた頭は大丈夫か? 自分のことを剣といっているが、俺にはあんたが美少女にしか見えないぞ」
「主どのが妾のことを美少女と言ってくれたのは嬉しいが、事実は事実じゃ。今は人の形をしておるが妾は剣じゃ」
おかしなことを話す少女だが、青い瞳は輝いており頭がいかれているとは思えない。
「じゃあ、あんたが剣だとして、何で俺があんたの主なんだ?」
「妾を石の中から抜き出したからじゃ。
聖剣
ジルベルネ・スローン
われを石より引き抜きし者
王とならん
と、あそこに書いてあったじゃろ? 妾は主どのを王とするためこうしてはるばるやってきたのじゃ」
少女ジルベルネ・スローンはそう言って少女らしい胸を張った。
「確かに俺は聖剣を引っこ抜いたが、抜いただけであんたの主になるのか?」
「しかり。それと主どの。妾を呼ぶときは親しみを込めて『ジル』と呼んでも良いぞ」
「スローンさん」
「主どの、『ジル』と呼んでも良いぞ」
「じゃあ、ジル」
「なんじゃ?」
「自分を人ではなく剣だというなら、剣の姿になってくれ。そうすれば俺はあんた、いやジルの言葉を全て信じよう」
「よかろう。一度剣の姿に戻ると三日ほど人の姿に成れんが、仕方あるまい」
少女の姿がブレたと思うと白い輝きが少女を包み、明るさに目がくらんだと思ったら光が消えて、一振りの剣が土間の上に突き刺さっていた。
あらためてその剣よく見ると、柄の長さは一フィートほど。切っ先は土間に埋まっているが、剣身は3フィートほど。鍔の部分はかなり大きくしっかりしている。長さのわりにやや細身の剣身は見事に輝いており、何物も斬り飛ばすことができそうな凄味があった。大剣というには、剣身はやや短いが、柄の長さが十分あるので大剣を扱うように両手で握っても余裕を持って扱える。
その剣が俺が王都の大神殿の裏庭で石から引き抜いた剣かどうかはいまさら区別などできないが、少女が俺の目の前で剣に変身しただけで十分だ。
俺は目の前の剣の柄に両手をかけて土間から引き抜き、軽く中段に構えてみた。
その時は腰のことはすっかり忘れて剣を手にして構えたが、腰の痛みを感じることはなかった。軽く剣を振ってみたが腰は痛まなかった。
これは?
俺は剣を持って小屋を出て、恐る恐る振り上げてみた。今まで上げることのできた限界を超えても右腕が上がっていき、とうとう剣を上段で構えることができた。最初少し違和感があったが構えているうちにそれもなくなった。俺の肩が治った?
「夢なのか?」
『夢などではないぞ。どうじゃ? 分かったじゃろ?』
頭の中にジルの声が響いた。
「ジルなのか?」
『妾が主どのの心に直接話しかけておる。これも主どのが妾の主どのであるからこそできることじゃがの。
妾は妾の主の体の傷を癒すし病も治す。それには、妾を手にするだけでなく、妾を聖剣ジルベルネ・スローンとして認め構える必要があるのじゃが、どうじゃ? 体が良く動くようになったじゃろ?』
その場で軽く二、三度素振りをしてみたがジルの言ったように腰の痛み、肩の痛みなどどこにもなかった。しかも体が軽い。
「ジル、ありがとう。若い時以上に体の調子がいい。俺はジルにどう礼をすればいい?」
手にした剣に向かって話しかけると、頭の中にジルの声が返ってきた。
『妾に礼など不要じゃ。ただ王になればよいのじゃ』
「王になる?」
『しかり。王になるのじゃ』
「いくらジルがいようと俺が王になるなどありえないと思うぞ」
『主どのは今まで通り普通に生活しているだけでよいのじゃ。妾を手にした以上主どのは必ず王となる。世の中が主どのを中心に動くようになるのじゃ』
「まさか」
『待っておれ。直にわかる』