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第2話 1時間の友達

「うん!お祭りって最高だよね!!」


 姉に負け妹にディスられたメールは気分を変えようと春の収穫祭に繰り出した。

 メンタルが弱いと言われた彼女だが基本的にあまり物事を深く考えない性格なのでこういう時は強い。

 

 同じくメンタルが弱いと評される次女との違いは戦いを崩された時の立て直しについてだろう。

 姉がすぐに切り返し出来るのに対し彼女は動揺すると再構築が難しくなる。

 先ほどもそうだが自信満々に放った技をあっさり返されたのだ。動揺もしたくなる。


「あの技、そんなにダメなのかな……」


 ふと、姉にかけた技を思い出す。

 以前、あの技を初めて使った際も力任せに外されてしまった。

 異世界人である父親に教わった最高にかっこいい技なので是非とも自分のフィニッシュアーツにしたいところなのだが中々難しいものだ。


「うーん……何がいけないんだろうなぁ……あっ!イチジクタルト美味しそう!」


 とりあえず考察は食い気によって中断された様子である。



 街が春の収穫祭で沸く一方、ギルドには緊張が走っていた。

 ギルドに勤める長姉もその報告を聞いていた。

 今、彼女は受付嬢としてではなくギルドが保有する『特記戦力』としてこの場に父と共に居た。


「つまりヘルヘイムの深層階から魔物が地上へ出て来たというのですな」


 異世界から転生した末、この世界で家族を持った男、レム・ナナシは唸る。

 ギルドの顔役であるプロテは告げた。


「恐らくランク的には上の上クラスに相当する危険な魔物と思われます」


「なるほど。ところでその魔物ですが、どういう奴なんですか?」


「それが……人型をしているという事以外はよくわからないのです。何せ未だ全貌が明らかにならぬ高難度ダンジョンの魔物ですからね。あなたみたいな上級冒険者がダンジョンを攻略してくれれば少しはわかる事もあるのですが……」


「何度も申し上げていますが家族との時間を大切にしたいのでダンジョン攻略は断ります」


 笑顔で拒否するナナシにプロテは苦い顔をする。


「とりあえず、街に被害が出る前に見つけて討伐せねばなりませんな。行き先に心当たりは?」


「皆目見当がつきません。ただ、厄介なのは街の方に向かっていたという報告があがっているのです……」


「マズイですな。街は収穫祭で人も多い。魔物が乱入したら大きな被害が出る。わかりました。俺達も警戒しておきましょう。それと、一時的に娘は俺の指揮下に入れさせてもらいますよ」


「ええ、構いません。街が守れるというのなら」


 それでは、と告げ親子は部屋を後にした。


□□


「怪しいな、あの顔役」


 父の言葉に娘も頷く。


「やはりお父さんも思った?」


「ああ、何というか顔が気に入らない。多分あいつはトイレできちんと尻を拭かないで少し挟んでいる不潔なタイプの男だ」


「えっと……元は有名な冒険者だったみたいだけど黒い噂もあるみたいよ。どうする?」


「何とかしなくてはならんだろうな。とりあえずは……昔馴染みの所へでも行くとしようかな」


 割とマイペースな父親に呆れながらも間違えたことはないのだからと娘はついて行くのだった。


□□□


 食べ歩きをしながら収穫祭を回っていたメールはふと、物陰で膝を抱えて座り込む少女を見つけた。

 薄紫色のローブを羽織った華奢な姿。


「ねぇ、大丈夫?もしかして食べ過ぎてお腹壊した?」


 実に呑気である。

 こちらを見上げた少女の顔を見て、メールは息を呑む。

 左目は潰れ、皮膚はひび割れていた。異様な姿だった。

 多くの者が彼女を見てたじろぐだろう。

 だが、メールが取った行動は違った。


「あたしはメール。レム・ラメール。あなたは?」


 片膝をつき手を差し出し名乗った。

 それはいつも彼女がそうしている事であった。


「………ゾフィー」


「ゾフィーちゃんか。可愛い名前だね。お腹壊したりしてない?」


「だ、大丈夫……」


「ひとり?お父さんやお母さんは?」


「…………居ない。みんな、死んじゃった」


「えっ……」


 みんな死んだ……孤児という事だろうか?

 だとしても誰か保護者が居るはずだ。


「じゃあ、誰か大人の人と」


「居ない。ひとり……だから」


 ややこしいことにどうやら本当に孤児らしい。

 彼女がどの様な事情でひとりになったかはわからない。

 そこまで根掘り葉掘り聞くのもデリカシーが無いだろう。

 

 ではどうするか?

 本来なら警備隊に保護してもらうのが筋だが……


「それじゃあさ……とりあえずあたしと一緒に収穫祭回ろうよ。美味しい食べ物がいっぱいあるよ」


「えっ……でも私……」


「お金なら心配ないよ。この前大きいクエストこなして結構入ったからあたしがおごっちゃうよ!」


「でも、私こんな見た目だし。怖くない……の?」


「え、何で?亜人種の人だっている世の中だよ?」


 天真爛漫。

 そう呼ぶにふさわしい笑顔にゾフィーは少し微笑みメールの手を取った。


□□□□

 

 出会って一時間、二人は収穫祭の屋台を食べ歩き回った。


「あはは、もうお腹いっぱいだね」


「……うん。果物美味しかった」


 はにかむゾフィーを見てメールも顔を綻ばせた。


「ねぇ、ゾフィーちゃん。ゾフィーちゃんはその、これからどうするの?」


 話をしていて、どうやら彼女は思っていた以上に重い過去を背負っていた。

 彼女はある集落で暮らしていたが悪者に親を殺され自身も連れ去られてしまった。

 そして奴隷としてこの国へ連れてこられたらしい 


 血も涙もないような悪者もいるものだとメールは腹を立てた。

 ほんの20年ほど前までは奴隷は合法だったが時と共に奴隷は違法となり人身売買をする組織も潰されていった。

 残っているのは地下に潜る闇組織のみ。恐らく彼女は闇で蠢くそういった連中に連れ去られた類なのだろうとメールは考えた。

 まさか彼女が歳を取らずに永らえている『20年前』の人物であるとは露知らず。


「……わからないよ。私はずっと地上に帰りたかったんだ。お日様が照らすこの地上に」


「地上?」


 やはり彼女は闇組織に監禁されていたのだろうとメールは思った。


「でも、わかってたんだ。この地上に私の居場所なんか無いって」


 ゾフィーは賑やかな街を眺め目を伏せる。

 街行く人の中にはゾフィーの見た目を怖がり目を反らす人も居た。


「…………よくわかんないけど、それじゃあ、その居場所を今から作ろうよ。ねぇ、ウチにおいでよ。困っている人には手を伸ばすってのがウチのモットーだからさ。きっと助けになってくれるよ」


 ゾフィーは微笑みを見せるがすぐに悲しげな表情になり首を横に振る。


「……ありがとう。あの時、あなたみたいな人が居てくれたらもしかしたら……」


「あの時?」


「ごめんなさい……でもそれはいくら言ってもどうしようもない事。もう、あなた達『交わらない路』だもんね」


 ゾフィーが口走ったその言葉にメールは胸騒ぎ覚えた。

 かつて恋人を亡くし進み方がわからなくなった女性が同じ言葉を放ったからだ。


「ゾフィーちゃん?」


「あの地獄のような奈落で必死に逃げて。もうダメだって時に手を差し伸べてくれた人達が居たの。だけどそれはあなたみたいな温かい手じゃなくて、冷たい、とっても冷たい手」


「ゾフィーちゃん。な、何を?」


「私を奈落に送り込んだあの連中と何ら変わりはなかった。私はその人達にあちこち弄られて。それで、力を与えられてここに来たの。地上の人達に復讐するために。そして、私はそれを受け入れてしまった」


「復讐?」


 マズイ。

 どう考えてもこの先、嫌な方向にしか進まない事は明白な空気である。


「ありがとう、メールちゃん。とっても楽しかっううっ!?……あ……ああ……あああああああ!!」


 急に、ゾフィーが胸を押さえ苦しみだす。


「ゾフィーちゃん!?ゾフィーちゃんッ!!」


「ウガアアアアアアッ!」


 絶叫と共にゾフィーの顔から表情が消えていきその姿が段々と変化していく。

 フードを脱ぎ去ったそこにはひびが入った皮膚が硬質化し鎧となった人型の怪物が立っていた。

 顔面も皮膚の一部がめくれ上がり硬質化し下顎は皮膚の一部が崩れ落ち骨が剥き出しになっている。


「嘘……でしょ……ゾフィーちゃん?」


 かつてゾフィーであった魔人型の魔物は悲鳴を上げ逃げまどう人混みへとゆっくり歩いていった。

 自分を捨てたこの世界に復讐をするために。


「何で……」


 その場に座り込んでしまうメールに声をかける人物が居た。


「こんな所でへたってていいのか、メール?」


「ホマレ兄ちゃん?」


 その男、ひとつ上の兄は建物の壁に背を預け妹に問う。


「あのままだと彼女は『化け物』としてギルドに始末されるぞ?いいのか?」


「そんなっ!彼女は『化け物』なんかじゃない!あの子は寂しがり屋の……」


「だがそれがわかる者がこの街にどれだけいる?」

 

 そうだ。彼女は大多数の人々にとって『街中に現れたモンスター』に過ぎない。


「彼女が今何をやってるかしっかりと見るんだ。そしてお前がすべきことは何か……考えろ」


「あたしは……」


 歯を食いしばり立ち上がった妹は走り出す。

 ほんのわずかな時間、いや、今でも友人である少女の元へ。

 

□□□□□

 

 魔人と化したゾフィーは怪力で屋台を壊し、時には口から火を噴き街を焼いていた。

 親とはぐれた子どもがうずくまって泣いていた。

 彼女は子どもに近づくと何の躊躇いもなく硬質化した腕を振り下ろす。


「危ないッ!!」


 飛び込んでいったメールは子どもを抱きかかえ地面を転がりながら救い出す。


「早く、逃げて」


 子どもを逃がしたメールはゾフィーと対峙した。


「ゾフィーちゃん……あたしだよ」


「ウァァァァァ!!」


 呼びかけにゾフィーはただうめき声をあげて拳を繰り出した。

 強烈な一撃を受け止め、メールの身体が後退する。

 完全に防御はしていた。だから大したダメージは無い。

 だけど……


「ゾフィーちゃん、人間らしい心はもう無くなっちゃったの?」


「アァ……」


 もしかしたら話せばまだ何とかなるかもしれない。

 そんな淡い希望も打ち砕かれてしまった。

 今の彼女は、『モンスター』であった。

 人々に脅威を与える『敵』。このまま警備隊や冒険者に囲まれ倒される存在。

 ならばせめて友として自分に出来る事は…………


「……ごめんね、ゾフィーちゃん。あたしのこと、許さなくてもいいからね。だから……『獣纏』ッッ!!」


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