第1話 奈落からの帰還者
異世界ニルヴァーナ。
この世界の各地には様々なダンジョンが存在する。
それぞれ難易度が設定されており深さなどもバラバラ。
性質も入るたびに様々な変化が起き、取られたはずの宝も別のものが安置されるという不思議なダンジョンもある。
そしてナダ共和国には『ヘルヘイム』と呼ばれる高難度のダンジョンが存在した。
貴重な宝が数多く眠るというダンジョンだが内部を徘徊している魔物のレベルも相当高い。
一攫千金を狙うあまたの冒険者たちがこのダンジョンに挑み、散っていった。
確認されている階層は24階層目まで。それより下の階層は危険すぎて未踏の地とされている。
だが、実の所それよりさらに下、30階層迄到達した者は居た。
しかし、ギルドにその記録は存在しない。
それもそのはず。30階層に人が足を踏み入れたのは非公式であるから。
とある冒険者パーティが20階層目で転移魔法陣を見つけた。
魔法陣が刻まれた床には「30」と書かれておりこれまでこのダンジョンで見かけたものと同じならば30階層行きという事になる。
どの様な世界が広がっているのか知りたい。
だがいきなり10階層も下の世界など危険極まりない。
そこで彼らは実に非道な行動を取った。
映像を転送する魔道具を持たせた奴隷の少女を魔法陣へと送りこんだのだ。
元々荷物持ち兼雑用として同行させていたものでギルドには存在を報告していなかった。
各ダンジョンの入口にはギルドの職員が待機して入場資格のない者を取り締まっているのだが人には邪心というものが芽生える。
少しの金を握らせてしまえば記録に残らない同行者も入場できる。
ダンジョン内でそれらが命を落としたとしても存在が無いのだから報告の義務もない。
正に『使い捨て』の存在であった。
嫌がる少女を無理やり転送させ宙に描いた画面で30階層を確認する。
徘徊する異形のモンスター達。
溶岩が流れる灼熱地獄の中で何故か枯れずに生存している不思議な植物たち。
少女が送られて約30秒後、魔道具が破壊され映像は途絶えた。
更に突然起きた地震によって魔法陣が刻まれた部屋が崩れ始めパーティメンバーは慌ててその場を後にした。
まあ、そもそも助けに行く気など毛頭無かったがこれにより少女の生存は完全に絶望的なものへと変わった。
星歴1219年。
今から20年前の出来事である。
□
星歴1239年。
ナダ共和国の首都ノウムベリアーノ。
裕福な家が立ち並ぶ一角のとある家の庭でお決まりとなっている光景が繰り広げられていた。
それはこの家の娘達による格闘技の模擬戦。
この家の娘達は武器による戦いが主流のご時世、珍しい事に格闘技が得意である。
魔法職であるはずの者まで格闘技が得意な上、本人達が『え、魔法使いって近接職でしょ?』と言っているくらいだ。
庭で戦っているのは次女のリリィと四女のメール。
幼い頃から何度も模擬戦をしており現在の所80戦中、メールの0勝77敗3引き分け。
戦いの中、メールは姉の背中に乗りかかると両脚に自分の両足を背後から引っかけ更には両腕を取ると思いっきり搾り上げる関節技『天馬破砕締め』を掛けた。
見事な極まり方と勝利を確信したメールだが椅子に腰かけて試合をジャッジしている長姉と末妹は苦い顔をしていた。
「よしっ!これならこのまま一気に!!」
「に、肉親にかけていい技じゃあないけど……まだまだあんたの技は甘いっ!!」
力を込めた姉により両腕のロックが外されてしまう。
「えっ!嘘!?」
想定外の事態。まあ、見ている者たちからすればこれまで数多く繰り広げられてきたお約束なのだが何せメールは焦りを見せた。
それ故か、または姉の練度が高いのか。
脚を取られ背後に回りクラッチされてしまう。
「えっ、これって姉ちゃんお得意のスープレックス系……」
これから起きることを想像し、メールの顔が青くなった。
「ケリュケイオン・スープレーーックスッッ!!!」
そのまま背後にスープレックスで投げられ白目を剥いて気絶する四女。
こっちもこっちで肉親にかける技では無い気がするが何せ決着はついた。
この日、メールは78敗目を経験した。
□□
「あーもうっ!せっかく今日こそ勝てると思ったのに!!」
試合後のお茶会でメールは両脚をばたつかせる。
お茶会だけ見ていると良家のお嬢様達なのだが忘れてはいけない。
彼女たちはこの前に格闘の試合をしているのだ。かなり物騒なお嬢様達だ。
「だからさ、あんたの技は甘いの。雑念が入りすぎてクラッチも簡単に外されちゃうのよ」
「でもぉ……あたしだって姉ちゃん達みたいに専用魔道具出て来たんだよ?一段階進んだよ?」
レム家の子ども達は自身の成長に伴い不思議な魔道具を手に入れるという変わった能力を持つ。
恐らく父親が異世界の地球出身である転生者なのが影響しているのだろう。
彼女らはそれを起動し『獣纏』することで様々なパワーアップをする。
メールの場合はスタイルチェンジと言って戦闘スタイルが大きく変わる。
「模擬戦で獣纏は禁止でしょ?まあ、使ったとしても負けるとは思えないけどね」
「えー」
「はぁ、これが我が姉とは情けない……」
1つ年下の妹、リムがため息をつく。
「きーっ!妹のくせに生意気な!というかあんたもこれ持ってるらしいけど獣纏見た事無いんですけど?それ本物なの?出来る出来る詐欺じゃないの?」
「あらあら、私は無知な姉と違ってほいほいと自分の力を見せませんので」
「その言い方がさらにムカつく!!」
「あんた達、よくもまあ大人になっても飽きないものね」
長姉が口をへの字に曲げため息をつく。
「こいつが悪い!!」
「バカな姉が悪いですわ!!」
そして掴み合いが始まる。
「あーもう!二人とも止めなさい!」
長姉の一声で2人の動きが止まる。
「リム、あんまりメールを煽らないの。それとメール。あんたは最強の格闘王を目指すんでしょ?それならもう少しメンタルを鍛えなさいよ。リリィもそんなにメンタル強い方じゃないけどあんたよりは強いわよ?」
「ううっ!」
「ちょっと、あんたさり気なく私をディスってない?」
「だってメンタル弱いでしょあんた?色々な事気にしすぎるじゃない。昔、『デートでどんな事すればいいかわからない!服とかはこれでいいのかしら』とか盛大なパニックを……」
「わーっ!わーっ!ストップ!それは言っちゃダメ!!」
賑やかなお茶会が進む中、メールは悩んでいた。
自分は確かに未熟だ。
こんな事では最強の格闘王になどなれやしない、と。
□□□
高難度ダンジョン『ヘルヘイム』。
20階層にある落盤で塞がれた部屋。
一方通行であるはずの魔法陣が輝きだし人の姿をした『何か』が現れた。
「地上……地上……帰る……」
人影はゆっくり歩きだす。
かつての故郷、『地上』へと。