追憶
母は、生き物をとても大切にし、普通の私には見えない感じ取れないものが見えたり感じ取れる感性が子どもの頃からあったようです。テレビやメディアに登場する霊能力者のような強い感性ではなく、身の周りや身近のことを無意識のうちに受け取る受信機のような感性がありました。
私が中学生のときに、母が子どもの頃の不思議な体験を語ってくれた。
母が子どもの頃に住んでいた家の庭を隔てた隣には、同じ年頃の女の子がいる家族が住んでいて、その女の子がよく遊びに来ていた。ある日、母の家に遊びに来たその女の子の姿が半分ほど透き通って見えたそうです、その時、母はその女の子はこの世からいなくなってしまのではと、直感的に思ったようです。それからしばらくして、母が隣家が見える縁側に座っていると、隣家の煙突から白い人魂のようなものが飛び出し、母が座っていた縁側の前の庭の地面に当たって消えたそうです。その日に、隣家の女の子が亡くなりました。
母は、自分を可愛がってくれた祖母(私の曾祖母)のことを話してくれた。母の祖父母には、子どもがいなかったため、母の祖父の年が離れた弟を養子にし、母は、その養子の長女として生まれ、子どもがいなかった母の祖母にとても可愛がられた。母の祖母の話は、母から時折聞かされ、ゼリー状になるまで熟成させた甘い干し柿を食べさせてくれたこと、母の祖母は、子どもがいなかったので、亡くなるまで背筋が伸びて凛々しかった母の祖父に良く尽くし、母の祖父のおならの音にも『はい』と元気よく答えていたことをうれしそうに語ってくれた。
私の父が母の婚約者として母の実家を訪ねたとき、母の祖母は冬の川に入って川エビを取り、孫の年ほどの私の父を『兄さん、兄さん』と呼んで歓迎したくれたそうです。
母が結婚して田舎の実家から離れた町で新婚生活を送るようになったとき、母の祖母は、実家で取れた大きな白菜を一つ背負い篭に入れ、二時間以上歩いて、母の家を訪ねてきたそうです。母は、遠いところから歩いてきた母の祖母の足を玄関でお湯を入れたたらいの中で洗ってあげると、母の祖母は、そのことがとてもうれしかったらしく、孫が足を洗ってくれたと近所の人達に幾度となく話していたそうです。
母の父(私の祖父)は、ガンで亡くなりました。入院先の病院でガンの痛みに苦しんでいた祖父でしたが、ある日、綺麗な花が咲く野原の中を平和な安らいだ気持ちで歩く夢を見て、『あの世があんなに綺麗なところなら、早く行きたい』と、遠くの町から看病に訪れていた母に話したそうです。病院を去る時、母は、これが最後の別れになると予感したそうです。
母の父が亡くなって訃報が母に知らされると、母の父の遺体が病院から移された実家に母が着いた時には、夜になっていました。実家の誰もいない離れの間で布団の上に横たえられた母の父の遺体の側に座り、その顔を見ていると、母の父がゆっくりと大きく深呼吸したそうです、一瞬驚いた母は人を呼ぼうと思ったが、気持ちが落ち着くと、そのことは誰にも話さずに内に秘めたそうです。(同様の体験は、私の他の短編(実話)『扉』に登場する技術者のSさんにもあり、仕事の後のお酒の席で私が母のこの体験を話すと、Sさんが真顔になり、実は一度も人には話したことがないのだがと言って、Sさんの父親の葬儀のときに、同様の体験があったことを語ってくれた、霊などとは全く無縁であると思っている根っからの技術者であるSさんは、自分の心の中で整理されないままで残っていたようでした)
母の父の葬儀を終えて、自宅に帰った母が夜に寝付けないまま布団の中にいると、布団の足元の方にあった押し入れの中から、母の名を呼ぶ母の父の声が聞こえた来たそうです、これが、母の父からの最後のシグナルだったようです。
母は、生き物をとても大切にし、父と母が庭の手入れをしているときに、小鳥が家の透明な窓ガラスにぶつかり、地面に落ちました。父は、飛べないで鳴いている小鳥を楽にしてやろうと小鳥の首を捻ろうとしましたが、母に止められ、母はその小鳥を近くにあった動物病院に持っていき治療してもらうと、元気になるまで家の中で飼い、飛べるようになると外に放しました。ある日、庭で小鳥の鳴き声がするので、庭に面した廊下に母が出てみると、あの時の小鳥がつがいでやって来て、庭石の上で鳴いており、母の姿を見るとしばらく鳴いた後に飛び去って行ったそうです。
父母を連れ立った旅行で、大きな杉に囲まれて薄暗い古戦場の墓所を訪れたとき、母がこわばった表情で、ここから早く移動しましょうと、私に訴えてきた。その理由をその時には話さなかったが、旅行から帰った後で、実は、あの墓所を訪れたときに、中年の男性の顔が空中に浮かんでいるのが見え、その男性からは悪意のようなものは感じられず、穏やかな表情ではあったが、気味が悪かったと母が話してくれました。
母は、以前からよく見る夢の話をしてくれ、それは大勢の人達が波に呑まれる様子を高いところから見ている夢でしたが、あの大地震の後、自分が火葬される夢をよく見るようになったと話してくれました。
久し振りに訪ねた実家から東京に戻る時に、母は、いつもとは違い、『握手』と言って手を差し伸べ、私が握手すると『温かい』と言い、『元気でね』と私の後ろ姿に声を掛けてくれ、これが母との最後の別れになりました。




