3話
前回のあらすじ。
ようやっと主人公が服を着ました。
調べたことを一つずつ整理しよう。
まず洗濯機はなかった。洗濯板のようなものが辛うじてあったところを見るに、手洗いするしかないらしい。石鹸はあったから、浴槽にお湯を張って足で踏み洗いするのも手っ取り早そうだ。
次にキッチン。材料も調理器具もそこそこ揃っていたし、油や塩胡椒といった調味料もあった。食材は調理場の隣の部屋、物置のような場所に野菜や干し肉を中心に詰め込まれている。
この身体はきちんと空腹も覚えるようで、試しに水を飲んで暫く待ってみた。結果、この身体は普通の人間と大差ないらしい。
問題は金銭である。
自室には本棚があるのだが、これがどうやら仕掛け扉らしく、一冊だけ引き抜けない本を押し込むとあら不思議。本棚がスライドして、壁に埋め込まれた金庫が出てきたではありませんか。
しかも中身は金貨がぎっしり。ものの値段や相場も知らない為になんとも言えないが、相当長丁場になるらしい。
「とりあえず、なにか作るか」
家中動き回って調べ回って、気付けば日が傾き始めている。昼は暖かかったが、森の中だ。夜は冷える。
コンロがほしいところだが、生憎石の炉で我慢するしかないらしい。薪はかなりの蓄えがあったが、なくなった場合自力で調達しなければならないのだろうか。肉体労働は不向きなのに。
そんなことを考えながら薪の内側に撒いた、紙と木屑へマッチを擦りそうっと置く。油を浸した紙はよく燃えるようで、火が大きくなるまでさほど時間はかからなかった。
「後から重要な本だってわかったりしたらやだな……」
そう、使ったのは本棚に置かれてあるうちの一冊から、適当にページを剥いだものなのだ。本を読むのは好きだし、そこそこ罪悪感はあるが、なにせ読めないときた。一文字も。
こんなことなら最初に質問しておくべきだった。そっちの世界の読み書きはわかりますか、なんて。
後悔しても遅い。今は目の前の空腹を和らげることを優先させなくては。
食料庫から持ってきたのは、パスタとトマトの瓶詰め。にんにくと玉ねぎ、オリーブオイル。ひと舐めしてコンソメっぽい味がした粉末。そして塩胡椒。
鍋いっぱいに沸かせた塩入り湯の中にパスタをばらり。勿論タイマーもないから、時々齧って様子を見なくてはならない。
その間に玉ねぎをみじん切りに。フライパンにオリーブオイルを熱したら薄くスライスしたにんにくを投入。細かく切っても良いが、そこは私の好みというやつ。
香りが出てきたら玉ねぎを炒め、しんなりしてきたらトマトと調味料を加えてくつくつ煮込む。パスタを齧ってみた。良い頃合だ。
真っ白な大きめの器にパスタを盛り付け、惜しみなくトマトソースをかける。仕上げにパセリでも振ればもう完璧。
「器もカトラリーも高級だとテンション上がるなぁ、良いとこのレストランみたい」
思わずくるくると腹の虫が鳴いた。ソースを存分に絡ませたパスタは空腹も相俟って期待が高まる。異世界初ご飯。その味は如何に。
「いただきま────」
「なによこれっ!!」
丁寧に絡めとった一口目を口にする寸前で、遠くから女性の叫び声がした。