2話
前回のあらすじ。
「畜生ォ持って行かれ…………てない?」
持って行かれてません。五体満足です。但し服は持つことすら出来ていません。
途中で浴室を見付けたのが良くなかった。興味津々で水が出るか確認したりしているうちに、そこそこ身体が冷えてしまった。
ちなみにお湯は出た。シャワーもあったし浴槽も広くて言うことなし。
というわけで、一階、エントランスを真正面に進んだ右手側に見えた扉、その奥が私の部屋らしい。
ヘリンボーンの床には濃紺の絨毯、腰壁から上は淡い緑で彩られ、オフホワイトのカーテンが目に優しい。細々とした家具も華美過ぎない装飾が施され、ゆったりと心を落ち着ける場になりそうだ。
姿見に掛けられたカバーを取れば、柔らかな茶髪の女性が現れた。前世でも女性だった身としてはやりやすい。顔立ちやスタイルも、うん、整っている。
が、絶世の美女というわけでもない、鼻は低いし目は一重だ。まじまじと顔立ちを眺めていれば、深い海のような双眸が私を見つめた。
「……よく出来てる」
薄くない唇が音を紡いだ。ケア、カウンセリング、そんな風に纏められていたが、要は魔法や魔術で癒せという話ではないのだろう。対話によるコミュニケーションを取れと。ならば見た目にも拘らなくてはならない。
私見だが、自分より秀でた容姿の相手に、赤裸々に悩みを話そうとする人は少ないだろう。無論、打ち明けられる人も居るだろうが。
だが例えば見た目にコンプレックスがあるのに、ぱっちり二重の鼻筋が通った完成された美を前にして、私はこんな顔だから愛されなかった……なんて話をするなんて、私ならお断りだ。どんな助言が返ってきたって、言葉が中々響かない。
そして、これは逆の場合でも言える。自分より酷く醜い見た目の相手に、己の美醜を憂う話題なんて憚られる。
つまるところ、程々に整い程々に欠点のある顔立ちが良い。此処まで予測をしておいたが、なにも容姿だけがストレスの元ではないし、念を押しておくが、私見である。
「青の瞳は、博愛の意味だったかな。細かいことで」
一通り容姿を眺めてから、クローゼットに置かれたケースから下着を取り出す。
正直下着なら履く前に一旦洗濯をしたいものだが、それが終わるまで服の下はノーパンですなんて厳し過ぎる。というより、洗濯機なんてそもそもあるのだろうか。
考えても仕方ない。身なりを整え改めて姿見の前に立つ。
エンパイアラインのゆったりとしたロングドレスに、ベージュのストールを羽織る。ちょっとしたパーティーに出られそうな装いだが、パンツの類いがないのだから仕方ない。落ち着いたら街へ出向いて買い物でもしよう。
「あ、でもお金とかってあるんだっけ……この辺、勝手に売っていいものか……」
一息つきたいところだが、やるべきことはまだまだ残っている。金銭の類いは用意されているのか、洗濯機があるのか、食材や調理器具の用意はあるのか、そもそもこの身体には食事が必要なのか。
彷徨う魂とやらがどんな形で来訪するかもわからない。火の玉みたいな形で来るのか、私のように器を与えられるのか。出来れば後者が有り難いが。
悩みの種はマリーゴールドの種みたく溢れてくる。無駄に大きなダブルベッドにダイブしたい気持ちを抑えつつ、踵低めのピンヒールを鳴らして、私は部屋を後にした。
主人公がやっと服を着ました。