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脳内変換は誤変換

作者: 島猫。

花金って何ですか?

どこにあるんですか、そんなもの。無いですよ、無いですよね、そんなもの。おかしくないですか?おかしいですよね? この現状。

20代のうら若き乙女……まぁ、後半ですけれど。来年には三十路(みそじ)突入ですけれど。髪はパサつき、心はささくれてますけれど。

残業、残業、残業、残業。

人が辞めて忙しいのは分かるんです。

おめでた婚の寿退社、慶事(けいじ)なのは分かるんです。

けれども、だけれども。

何故私だけ? 逆に、何故皆は帰れるんですか?

受け持つ業務が各人(かくじん)異なるのは分かるんです。

そりゃあ、分かるんですけれど。

けれども、だけれども。


たったかぺしぺしとキーボードを打つ。とりゃー、Enterキー。

Enterキーは悪くない。悪いのは人不足。過疎化、少子高齢化に効果的な対策を打ち出せないでいる行政。適切な人員配置を行わない人事部。

たったかぺしぺし、親指で変換キー、変換、変換、とりゃー、Enterキー。

たったかぺしぺし、たったかぺしぺし、たったかぺしぺし。


「……一括(いっかつ)でのお支払が困難な場合は分割納付も官能ですので、……って、官能じゃない、官能じゃない」


ぼけぇーほげぇーとほぼ無表情の無我の境地で、惰性のままにたったかぺしぺし入力していてNに指が引っ掛かかったことにも気付かない。連打によるものだろう誤変換結果の漢字2文字をBack Spaceで消し去った。


ふぅ。一息。……っよし。


たったかぺしぺしとキーボードを打つ。とりゃー、Enterキー。

貴方は良い子なのよ、Enterキー。でもどうしても、遣りきれない思いが、ストレスが、心の奥底で渦巻いて、貴方に辛く当たってしまう。たったかぺしぺし、親指で変換キー、変換、変換、とりゃー、Enterキー。

たったかぺしぺし、たったかぺしぺし、たったかぺしぺし。


「……料、計876,400円のうち、納付済額548,800円、滞納額327,600円です。毎月21,840円ずつお支払されますと、15回で官能になります。……って、官能じゃない、官能じゃない」


またもや登場のちょっぴりいやんな二字熟語。


はぁ。溜め息。


「たまってんの? 手伝おうか?」


突然の声。

椅子に座ったまま、首だけで見上げるように振り向くと、二つ年上の先輩社員が片手でネクタイを緩めながら、もう片方の手には緑茶のペットボトルを持って斜め後ろに立っていた。先輩は仕事の早い人だから、この時間まで残っていることは珍しい。打ち合わせでもあったのかしら。


「大丈夫ですよ。お気持ちだけ、有り難うございます」


「遠慮すんな。先輩には甘えるもんだろ」


ふふふ、と笑って答えると、頭を軽くぽんぽんされた。

先輩は斜め後方の自席へと戻っていく。

こぼれてきた髪の毛を耳にかける。


ふぅ。一息。……っよし。

パソコンに向き直り、誤変換結果の漢字2文字をBack Spaceで消す。たったかぺしぺしとキーボードを打つ。とりゃー、Enterキー。文章を完成させる。


自分のデスクの椅子に座ったまま、背中を真っ直ぐにして少し首を伸ばすと、事務所の壁に掛けられた時計が見える。まぁ、目の前のパソコン画面にも小さく時間は表示されているのだけれど。


次の電車に間に合うようには事務所を出たい。夕食は……コンビニ弁当でも持ち帰るかなぁ。


ふぅ。ちょっと休憩。


マスクを外してデスクに置き、缶コーヒーを手に取った。買った時はほっかほかのホット。けれど今はひやりと冷たい。プルタブを親指の腹で押し上げる。はげかけたネイルは見なかったことに。缶に触れる唇がひやり。液体を口に含めば、口内も食道も胃袋も皆急速に震えるようにして縮こまる。


髪ゴムを外し、手ぐしでまとめて一つに(くく)り直す。そろそろ美容院に行きたいけれど、この土日で予約が取れるかしら。


乾燥か目疲れかドライアイか花粉かブルーライトか、目の調子がすこぶる悪い。普段はコンタクト、でも一昨日からは断念して眼鏡。

眼鏡を外して目薬をさす。緊張の一瞬。……ポタリ。すぐさま顔を上に向け、目をしぱしぱさせる。さすが超Coolタイプ、目にしみる。(まぶた)に力を込めて、目をぎゅっと閉じること数秒。


ぐいっと、髪を下方向に引っ張られた。

驚いて目と口が開く。


点眼のため上を向いた顔は更に上を向き、頭皮がひきつるように痛いのと同時、唇をぱくりとされた。




髪の毛と唇が解放されるまで数秒。……いや、10数秒はあったかも……。

ゆっくりと、自分に覆い被さった顔が離れていく。


唇と口内に残る、相手の熱と柔らかな感触。顔が熱い。体が熱い。


「……何で?」


きっと顔が真っ赤だから。恥ずかしくて、両手で隠す。


「だから、甘えろって」


手の平の位置を少し下げ、相手の顔を(うかが)い見るも……あぁ、眼鏡。


「……意味がわかりません」


先輩がくつくつ笑った。


「官能……欲求不満だろ?」


「っ、違います!」


恥じらいは何処(いずこ)へ。反射的に立ち上がり、ばんっとデスクを両手で叩き、キッと(にら)む。

うぅ……手の平が痛い。


勝手な解釈をしないで欲しい……。









「……でも、やっぱり甘えていいですか?」



先輩の車で、お持ち帰り希望で。


だって、今日は花の金曜日。

華の20代ですから。




女の脳内変換

「たまってんの? 手伝おうか?」

→「仕事がたまってんの? 仕事を手伝おうか?」


男の脳内の声

「たまってんの? 手伝おうか?」

→「性的欲求がたまってんの? 欲求不満解消を手伝おうか?」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 妙にリアルさを感じる、オフィスラブでした。(高取、オフィスというような所で、仕事したことがないのです) ちなみに今、「仕事」と打っていたのに、「死語と」と変換されました。何故……。 [一…
[良い点] 「誤字から企画」から拝読させていただきました。 慌ただしい時にみょーな変換が出るとぎゃーって気持ちになります。 甘えろと言いますか、甘エロと言いますか。 先輩、最初から標的が弱っている時を…
[一言] たったかぺしぺし✧(*´꒳`*ノノ゛ たったかぺしぺし✧(*´꒳`*ノノ゛ お持ち帰り希望で。 その後がすごく気になる汚れた大人です。 一夜限りじゃないよね? お付き合いしたんだよね? 欲…
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