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18 AW–SAU(エーダブリュー・ソウ)部隊


 ノア・ホライゾンは、いつの間にか夢を見ている。

 戦場で起きた予期せぬトラブルで気を失ってしまった彼は、決して願った訳ではないのだが、夢うつつの世界を漂い始めていたーー


 ーーエルキラ王朝歴465年。

 地上に生きる様々な人種たちがセフェリノ半島に逃げ込んでから、すでに55年が経過した。

 魔装機械生命体『ザ・シング』の地上人殲滅作戦から逃れた結果、もう背後に逃げ道の無い半島に追い込まれたと言うのが大きな理由である。

 だがしかし、この五十年以上に渡る半島での生活の中で、地上人たちは絶滅に脅えながら無為な日々を過ごして来た訳ではなかった。

 セフェリノ半島と大陸の「付け根」北端にあるシトリ湾を起点として、地上人の反攻作戦を繰り返し行っていたのである。


  【第二十一次 内地侵攻作戦】

 年に一、二度行われるこの作戦も、とうとう昨年には二十回を超えてしまった。

 雄大なシャンタル大陸の西側末端にあるセフェリノ半島から、大陸奪還を賭けて陸軍兵力を内地に派遣するのだが、悲しいかな回数がいたずらに増えるだけで、未だに何らの成果も得ていない。

 ーー追い詰められた地上人たちは、強大過ぎるシングの兵力に対抗出来ないまま、疲弊の一歩をたどっていたのだーー


 ここは、セフェリノ半島からシトリ湾を経て、内地の東側に二日ほど歩いた場所。なだらかな丘陵地帯の中にある「42高地」と呼ばれた最前線の丘。

 そのなだらかな丘から東を見詰める兵士たちの中に、ノア・ホライゾンはいた。


 炎天下の中で汗まみれ、泥まみれ、傷だらけで疲れ切っている彼らは、それでも休む事すら許されていないのか、今もなお最前線の塹壕(ざんごう)から立ち上がる事を強いられ、前進の号令が出るのを待っている。

 熱中症なのか、それとも内なる恐怖心に支配されてしまったのか、前進命令を前にガタガタと足を震わせる兵士たち。その背後には何故か、彼ら兵士を監視するように小銃を構えた神官たちが並んでいる。


 それはエルキラ王国の国家宗教、レクスレフィ教の神官部隊。ーー五大元素魔法をつかさどる神々の中で、「(くう)」をつかさどる最高神レクスレフィを讃えており、その権力は王ですら躊躇するほどに絶大である。

 このレクスレフィ教が王立陸軍を遠征軍として指揮する事から、内地侵攻作戦は宗教作戦としての側面もあった。


 苛烈で強引な命令を繰り返す事で、陸軍兵士たちから忌み嫌われているレクスレフィ教の神官部隊、正式名称「レクスレフィ教導団」。

 その恐怖の代名詞とも言って良い金色の旗と神官部隊が、ノアが籍を置く部隊を背後から威圧していたのである。


「AW–SAUの兵士たちよ、昨晩の前進命令に引き続き、君たちがそこに並ぶのには理由がある! 」


 教導団の指揮官らしき人物が一歩前に出て、ノアたちの背中に向かって大声を上げる。


「我らレクスレフィの(しもべ)に退却の二文字は有り得ないと言った! だが昨晩の君たちAW–SAUはどうだったか、有り得ないはずなのに退却してしまった。これは由々しき事態である! 君たちの部隊はレクスレフィ教導団の直接指揮下にあり、王立陸軍各部隊の模範でなくてはならないのだ! 」


 怒声を背中に浴びせられながらも、反論する機会さえ与えられないノアの部隊。

 不思議なのは、理不尽な神官の物言いに怒りの表情を浮かべる兵士が一人もいないと言う事。

 どよんとした曇った表情でうつむき、足元の小石を見詰めるか、嫌だと呟きながら腰を抜かさんばかりに震える者たちが大半を占めていたのだ。

 それつまり『諦め』。……強大な権力を持つレクスレフィ教導団に刃向かったところで、何の意味も成さないと絶望していたのだ。


「今より! 君たちAW–SAU部隊は、シングの陣地に向かって横列隊形で前進してもらう! 本来ならば昨晩の一件で銃殺されるはずだった君たちに対しての、レクスレフィの救済措置だと考えてもらいたい! 君たちは昨晩の汚名を晴らすために、この丘を下るのだ! 」


 “馬鹿野郎……魔装地雷だらけで歩ける訳無えじゃねえか”


「君たちが無事丘を下り、敵陣地に肉薄してもらわないと困る! 後続の部隊が詰まっているからだ! 是が非でもたどり着いて欲しい! 」


 “冗談じゃねえ! 何で俺がこんな目に? ”

 “もう無理だ、気が変になっちまう! ”

 “母ちゃん、死にたくないよ。死にたくないよ! ”


「なお、臆病風に吹かれて途中で引き返した者は、敵前逃亡とみなして我々が射殺する! 」


 “嫌だ、もう充分だ。早く楽にさせてくれ”


 横一列に並んだAW–SAUの兵士たちは、教導団指揮官の無慈悲で残酷な言葉を耳にしながら、それぞれが悲観的な感情に包まれている。

 部隊の最年少兵士、十四歳のノア・ホライゾンも、仲間の兵士と同じく、一切の表情を排し、死人のような曇った瞳でうつむいたまま。身体からは諦めのオーラが立ち昇っていた。


「AW–SAU部隊の諸君、君たちは幸せである! たとえ異世界から来た邪道輪廻の持ち主であっても、殉教者と認められればレクスレフィの輪廻の輪に迎えられるのだ! 約束された来世のために! 今をレクスレフィのために生きよ! 」


 教導団の指揮官は演説の締めくくりに、自分の懐中時計で時間を確認しながら「前進二分前! 」と声高に叫ぶ。あと二分がAW–SAU部隊の兵士たちに許された無為のひととき……死刑台に登る直前の、否応無く息を整える時間であった。


 ちなみに『AW–SAU部隊』とは、王立陸軍の特殊部隊であり、その存在を知る者はほとんどいない。

 正式名称はアザー・ワールド・スペシャル・アタック・ユニット、訳すと他世界特別攻撃隊である。

 この他世界特別攻撃隊、どのような兵士で編成されるかと言うと、異世界や異次元から転生や転移をしてきた『異能の者』や、この世界にいながら五大元素魔法と絶対神による神聖魔法の加護から外れた『異能の者』を集めた特殊部隊である。

 彼ら、異能の者の力をシングとの戦闘に発揮させながらも、異能の存在を国民や兵士には知られぬように隔離した部隊。ーーつまり、使い物にならなくなるまで、人知れず戦わされる部隊であるのだ。


 ……他世界特別攻撃隊の文字にある他世界を、神風に変えてみて欲しい。AW–SAUとは、そう言う性質の部隊であるのだ……


 ノア・ホライゾンがどういう経緯でこの部隊に入れられたのかは謎に包まれたままなのだが、彼が気を失って直ぐにこの忌むべき記憶が脳裏に浮かんでくるあたり

 とてもじゃないが、幸せな人生を歩んで来たとは言えない少年であったのだ。



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