17 トラブル発生!
マジックマスター、エステルの放った気象変動魔法は、シングの上陸用舟艇一隻を轟沈させた後、直撃こそ無かったものの十体のハ本足を感電させて機能停止に陥らせた。
よって今現在のシングの残りは機械剥き出しの八本足が約二十体、そしてシーカータイプは二体の存在が予想される状況だ。
残念ながらエステルの魔法はシング全滅には至らず、奴らは魔法攻撃をかいくぐって渡河に成功、サンウォルソールの街に続く河岸に正面から接岸したのである。
「弾を惜しむな! 撃て、撃て、撃ち続けろ! 」
もう既にKCMのジャミング圏内となり、五大元素魔法の発動が無理となってしまったこの環境下。王立警備打撃群の迎撃チームと陸軍パトロール部隊が魔装小銃と魔装重機関銃の一斉射撃を開始する。アリの子一つ通す隙間もないほどの徹甲弾が、河岸に向かってブンブンと放たれている。
跳弾の激しい火花を咲かせながら、水辺から内陸に乗り上げた上陸用舟艇。その前部装甲扉が地響きを立てるかの勢いで下がった。いよいよシングの部隊が上陸を始めたのである。
ガチャンガチャンと剥き出しの金属の身体がぶつかり合う音。ウィーン、プシュンと人工関節や人工筋肉のシリンダーが駆動する音。
ザッザッザッと砂場を噛む固い足音などが混じりながら、八本足は横一列に並び隊列を整える。そしてそのまま警備隊陣地に向かって躊躇無く前進を始めたのだ。
「まだだ、まだ早い! 目を凝らせ、流れを見ろ、シーカータイプの存在を見極めるんだ! 」
土嚢が積まれた防衛陣地に王立警備打撃群の隊員たちと陸軍パトロールの兵士たちが横に並び、八本足の群に向かって小重火器を連射し続ける中、ユリウス・ニッカネン隊長率いるAチームのメンバーたちは、未だに警備隊陣地内でじっと“その時”を待っている。
まだ警備隊の上陸阻止射撃が行われている中で今、近接戦闘に特化したAチームの隊員たちが敵に向かって切り込んでしまうと、味方射撃の射線上に入ってしまい、結果として味方防衛活動の妨害になってしまう。
本来ならば一刻も早くシーカータイプを見つけて優先排除したいのだが、ここは堪えどころ。どのみち魔装銃での決着はあり得ない事から、八本足たちが前進して来て近接戦闘の範囲に入るのを待っていたのである。
「シーカー一体見つけたよ! 左端の奥を見て」
固唾を飲んで成り行きを見守っている中、険しい表情で目を凝らしていたマデレイネが身を乗り上げて指を指す。
「一番遠い上陸側だな。一隻に一体の割合と考えるなら、もう一体いるはずなんだが」
ユリウス隊長も土嚢から身を乗り上げてマデレイネに視線を並ばせる。左側の部隊後方にシーカーが一体いるならば、右側に並ぶ八本足たちの後方にもシーカーが潜んでいてもおかしくは無いはずと、その表情に焦りをにじませながら探し続けているのだが、敵との距離が五十メートルほどに縮んでも、まだ発見するに至っていない。
ユリウスとマデレイネが目を細めながらシーカーの姿を探しつつ、ノアとエステル、そしてカティがその場で土嚢に身を隠していたのだが、前進してくる八本足部隊の状況が気になるのか、ノアの挙動が落ち着かない。
何か飛んで来たり突進攻撃が始まったら危ないから、頭を下げていろと命令されたのに、チョロチョロと頭を持ち上げて様子を伺うのだ。
「ノア、頭を下げてろ! 」
「ノア君もうちょっとだから、じっとしてて」
マデレイネに諌められながら、ユリウス隊長に頭をぎゅっと押さえられて身を沈められるノア。
しかしノアは彼なりに何かに気付いたのか、隊長に頭を押さえつけられながらも「むう、むう」と腕を掴んで抵抗している。
駄々をこねる子供を力づくで抑えるような、ちょっと滑稽な場面ではあるのだが、それまで自己主張などまるでしなかったノアの異変に、カティとエステルが気付いた。
「隊長、隊長! ノア君が! 」
「隊長、ノアが何か言いたがっているぞ」
けたたましく鳴り続ける味方の銃声の中で二人の叫びに気付いたのか、ユリウスは身をかがめてノアと同じ高さの視点へ。彼の顔を見ながらどうした? と質問する。
「……隊長、あれ見て」
おずおずとノアが指を指した方向は、八本足部隊の進撃方向から六十度ほど右……下流側の河岸だ。
「何だ、何が見える? 俺には普通の風景だぞ! 」
「隊長、良く見て。景色が動いてる」
ノアの指先から、それが指し示す方向を丁寧に見直す。
焦点を絞った視界の先には、河岸の荒れ地が広がるだけの、いつも通りの風景が広がっている。しかしユリウスもノアの指摘にようやく気付いたのだ。ーー何やら半透明の人型らしき影が、空間を歪めながら街に向かっている姿を
「な、何だありゃ? ゴーストか何かなのか? 」
「あれ……シーカータイプの上級型。内地奪還作戦に出た軍の部隊は、あれにほとんどやられてる」
「上級、上級型だと? 」
「うん、あれは静音殺傷型。異系統魔法で透過処置して、景色に溶け込んで地上人を殺しまくるんだ」
ーーなるほど、そうか! と、ユリウスは心の中でポンと手を打つ。
より精巧なシングほど海水を嫌う事から、上級のシングがサンウォルソールの街を侵攻するには上陸用舟艇が必要となって来る。
サンウォルソールの街と内地との境界線である人工運河は、常に地上人側が警戒体制を重ねている事から、上陸用舟艇を使って侵攻するのは酷く目立つ愚策に等しい。
しかし、上陸用舟艇を使って上級タイプのシングを送り込まなくてはいけない以上、目立つ事を前提とした作戦を立てなくてはならない。
“つまり、目の前を堂々と進軍して来る八本足は全てが囮で、本命は姿を消して街に入り込む気だ”
敵の意図が見えた瞬間、目をカッと開いたユリウスは電撃的に動き出す。隊員たちに向かい矢継ぎ早に指示を出しながら、自らも突撃の体制を整えたのだ。
「いいか、俺たちの出番だ! 目標はシーカーの上級タイプ、あれを叩く! 作戦通り先頭は俺、次にマデレイネ、ノアの順で攻める。エステルとカティは下がれ、ここから後方にある兵員輸送車の陰に救護所設置、格闘戦になれば本体側も負傷者が増えるだろうから、そっちを頼む! 」
誰も口を開こうとはせず、黙する事でユリウスの命令を承諾した。
「よし突撃だ、俺に続け! エステルたちは上流側のシーカーも気にしててくれよ! 」
ユリウス隊長の号令で全員が立ち上がり、それぞれがそれぞれの役割を果たそうとした瞬間……それは起きた。
バチン! と金属の激しい衝突音が至近距離に聞こえ、マデレイネやエステルたちが音がした方向を反射的に向いたその視界の中でなんと、ノアが頭から血しぶきを上げながら吹っ飛んでおり、衝撃で宙に浮いた身体がカティに激突した瞬間だったのだ。
その場に転がるのは八本足のちぎれたつま先。つまりノアは、警備隊やパトロール部隊の先陣が八本足と肉弾戦を開始した早々、味方が破壊した八本足の部品……それが不運にも飛来して頭に衝突したのだ。
ノアの異変に気付き、一度足を止めるユリウス。
カティと折り重なるように倒れているノアは意識が飛んでしまったのか、目を瞑ったままピクリとも動かない。
「鉢金に当たったか」
部隊が緊急出動する際には、隊員たちは自分に合った様々な防具を装備して出動するのだが、ノアを襲った流れ弾は鉄製プレートの付いた鉢巻「鉢金」に当たり、どうやら致命傷は避けられたようだ。
だからと言って安堵している訳にもいかない。
シーカーの上級型はただでさえ視認し辛く、このまま時間がかかって互いの距離を開けてしまえば、そのままロストする可能性もあるのだ。
「ヤツを街に入れてはいけない。マデレイネ、行くぞ! 」
「了解したよ! 」
「カティ。ノアをここに置いて行くから、治療を最優先で頼む! 」
「分かりました! 」
「回復したら合流するよう言ってくれ」
その言葉を最後に、ユリウス隊長とマデレイネは疾風のように駆けて行った。
ノアが入隊しての初防衛作戦は、こうして本人不在のままスタートしたのである。