16 ハイエルフのエステル 唯一無二のマジックマスター
……地の大地母神ウールーは命の誕生を司り、水の豊穣神ブリュエットは命を育む。そして火の破壊神イングヴェインは再生に炎を燃やし、風の正義神エーリッキは邪気を吹き飛ばす。五大元素最高神、空のレクスレフィは始まりと終わりを繋げて色即是空・空即是色を完成させる……
王立警備打撃群のチームとAチームメンバーがシングの上陸予想地点に到着し、陸軍パトロール部隊と合流した。そして警備隊隊員たちが部隊展開と重火器の準備を始めてから早々の事。
エルフが何事かを呟きながら、防御陣地を飛び越えてたった一人で河岸に歩き出す。
彼女はこの王立警備打撃群に在籍する魔術士の中で唯一の魔導師、スペルマスターで精霊魔術にも精通するハイエルフのエステル・ポレット・バルバストル。
シングのKCM=キルリアン・カウンター・メジャー (神霊力・五大元素魔法 防御措置)の発動による魔法無効化さえ無ければ、事実上全世界のトップに君臨する魔法導師である。
こちらの河岸に向かって来るシングの上陸用舟艇は合計三隻。その距離約八百メートル。
“KCM波はまだこちらに届いていない。マナや精霊たちが生き生きと漂っている”
ーーそれを確認したエステルは、王立警備打撃群の隊員として、後にも先にも自分が出来る最大の力を発現しようとしたのだ。
……風の正義神エーリッキよ、風を集いて我が身体に宿れ。彼の地に群がる邪気を祓いて清廉なる神の威光取り戻さん。水の豊穣神ブリュエットよ、風のエーリッキに呼応せよ。その身を風に任せ、輪舞曲に合わせて踊り狂え……
目を瞑りながら詠唱を重ねていたエステルは、自らの身体に劇的に魔力が満ちるのを実感する。そしてこれ以上は飽和状態だと感じた時、カッと目を開いてシングの向かって来る方向へ杖を指し示す。
「雷雨粉砕機構、サンダーストーム・シュレッダー。雷よ落ちよ、彼の地の悪意を砕け! 」
ゴウッ! 王立警備打撃群の隊員や陸軍パトロール兵たちの背後から、地を這うような突風が運河に向かって吹き抜けたと思ったら、その風は運河の水蒸気をたっぷりと含みながら突如上昇気流へと変わり、あっという間に天高く積み重なる積乱雲へと変わったのだ。
みるみる内に運河が真っ暗に変わる。
太陽光を遮断するほどの局地的な積乱雲がシングの上陸用舟艇の上空に滞在し始め、ゴロゴロと腹の底に響くような音を鳴らし始めたのだ。
「私の段階で彼奴らが壊滅出来るなら、それは僥倖と言うもの。さあ、雷よ弾けろ、悪意を撃ち抜け! 」
パァン、パァン!
渡河中のシングたちの船と真っ暗になった上空との狭間に、一本、二本、三本と輝く光の柱が立つ。
ほんの少しだけ時間を置いて、エステルたちの元には鼓膜を破るような乾いた炸裂音が轟く。
風の魔法と水の魔法を掛け合わせた合体魔法『雷雨粉砕機構 サンダーストーム・シュレッダー』は、シングの船に向かって雷光の柱を上空から放ち始めたのだが、まだ船艇直撃による破壊にまでは至っていない。
もともと雷は不安定な大気で発生し、帯電に耐えられずに落雷現象を起こすもの。狙った場所に落とすピンポイント攻撃の手段ではなく、巻き込まれない程度の遠隔地から数撃って敵のダメージを削ぐ、面制圧の攻撃手段なのだ。
まだ魔装小銃や重火器では効果的なダメージを与えられない距離、シングのシーカータイプが放つKCMの範囲外であるからこそ、自分の能力が必要なのだと前のめりになるエステル。
自分の存在価値を示す瞬間なのだ。
「頼む、一隻でも、一体でも良いから当たっておくれ! 」
握った拳に力がこもる。
ここでシングの戦力を削いでおかなければ、前代未聞の数の襲撃に対して、味方の地上人も無傷ではいられないのだ。
「当たれ、当たれ! 当たっておくれ! 」
淀みない美しさと神聖な雰囲気すら漂うハイエルフの表情に、悲壮感が漂い始めるも、視界の先で劇的な変化が起きた。
シングの船一隻に見事落雷の柱が立ち、巨大な煙を上げながら爆散したのである。
その光景を見ていた警備隊の隊員たちは、その威力の凄まじさにどよめきながら、大喜びで歓声を上げる。
エステルの魔法は一撃で船一隻を粉砕したのだ。
シングの上陸用舟艇は残り二隻で推定三十体。
恐れの感情を持たない機械たちは、飛び散った仲間たちなどに目もくれず、なおも地上人の待つ河岸に船を走らせていた。