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15 クローザー (切り札)


 サンウォルソールの街の東側に流れる巨大な運河。

 地上人がセフェリノ半島に閉じこもってから今の今まで、ザ・シングの地上人絶滅作戦を阻んで来たこの運河が騒然としている。


 サンウォルソール運河管理部の監視塔から、職員たちが身を乗り出して運河方向を指差して、通報によって先に駆け付けた、王立陸軍東部方面隊のパトロール部隊が横に列を作り、一キロ近くある運河の対岸を狙って魔装銃を構えているのだ。


 この世界において、中世から近代における工業の進化には、必ず魔法が付き添っていた。

 蒸気機関や化石燃料機関も古くから発明はされていたが、人間だけでなくエルフやドワーフ、ホビットや獣人、そして闇の眷属たちが離合集散しながら共存して来たこの世界では、それらが爆発的に普及する事は無かった。

 文化や生産力の差に起因するところが大きく、結果としては万国共通のエネルギー概念である、『魔法』を利用した工業生産品の進化が抜きん出たのである。

 よって今、このサンウォルソールの監視塔周辺に陣取り、から対岸のシングたちに対し、しきりに狙いを定める兵士の銃も、火薬の炸裂により弾丸を射出する小銃ではなく、火薬の代わりに炸裂魔法を閉じ込めた「魔装小銃」なのである。


 “それ”がまだ有効射程距離内に入っていない事は、パトロール部隊の兵士たちが引き金を引かない事で分かる。

 だが引き金を引く事によって事態が解決するのを兵士たちは望んでいなかった。笑っているのか怒っているのか分からない、ひきつり歪んだ顔で睨みをきかす兵士たち銃口の先には、驚くべき光景が広がっているの。

 今まではフローティングボートなどで単独侵入して来たり深夜に“こっそり”と運河を渡って来たシングが、それこそ堂々と……それも大々的に渡河を始めたのである。


 ーーいつも通り、双眼鏡を使って対岸の監視を続けていた監視塔の職員が、対岸の川岸に見た事も無いような船が運び込まれるのを発見した。

 それは隠密侵入用のフローティングボートではなく、大型トラック並みの広さをもつ上陸用舟艇 (じょうりくようしゅうてい)。スチール製の鈍い輝きを放つそれが三隻対岸に並ぶと、彼方(かなた)から現れた無数の『八本足』が、整然と上陸用舟艇に乗り込み始めたのである。

 これがサンウォルソール運河管理部が目にした驚くべき内容。そして、街の北側に駐屯する陸軍と王立警備打撃群に緊急出動の要請を出した内容である。


  ◇ ◇ ◇


 通報を受けた王立警備打撃群は今、三台の兵員輸送車と三十の騎馬兵士たちが砂埃を上げて、指定された現場に急行している。

 兵員輸送車三台のうち二台は、王立警備打撃群の通常部隊が使用する重火器、設置型の魔装機関銃が積み込まれており、残りの隊員たちが騎馬で追随する構図だ。

 そして兵員輸送車の残り一台には警備隊Aチームの五人が乗車しながら、シングの侵攻状況と作戦についての最終的な詰めを行なっていたのだ。


 両挟みの座席に腰を下ろすAチーム隊員たち

 隊長のユリウス・ニッカネンは「もはやそれは金棒では? 」と指摘されそうな無骨な大剣を抱え、燃え上がるような真っ赤な髪を風に揺らすマデレイネ・オーバリは、いつも通り大量のアタッシュケースを積み込み余裕綽々。

 そして樹齢一万年以上と呼ばれる霊樹バルバストルより神格が与えられたエルフ、ハイエルフにクラスチェンジした女王で最後の魔導師と讃えられエステル・ポレット・バルバストルは、魔力電導率が良いと言う理由で作った“シーカーの右腕”の杖を持参して時が来るのを待っている。

 輸送車の最後尾には、元気娘のカティ・クロニエミと、新人隊員のノア・ホライゾンが座っているのだが、とにかくノアに話しかけたいとソワソワするカティから逃げたいのか、精神集中を言い訳にノアは目を瞑っていた。


「現場までもう少しだ、最終確認行くぞ! 」


 到着までの頃合いを見計らったのか、ユリウス隊長が隊員たちに向かって大きな声を上げる。


「俺たちAチームが相手するのはあくまでもシーカータイプだが、今回は敵さんの数が違う。まずは通常の警備隊が河岸に部隊展開をするから、我々はそこで待機。その間シーカータイプのKCM波が届いていなければ、エステルが遠距離魔法で迎撃してくれ」


 エルフの女王は是非も無いと、真剣な表情でうなづいた


「シングの上陸艇が三隻来てるって事は、シーカータイプが三体乗っていると考えた方が良い。もし運河上で撃沈出来なくて上陸を許したら、上陸して来た先頭のシーカーから叩くぞ! 先頭は俺、マデレイネが補佐、ノアがトドメを刺せ! 」


 マデレイネはテンションが上がって来たのか、握りこぶしを掲げながら快活に「あいよ!」と叫び、対照的なノアは、高揚も抑揚も示さない、淡々とした表情でうなづいた。


 ノアが部隊に来て三日そこそこ。部隊展開などのフォーメーション練習などまだ行っていなかったのだが、シングの侵攻が始まってしまえばちょっと待ってとも言ってられない。

 ユリウス隊長はノアと始めて会った時に垣間見た、彼の闘い方を思い出し、この部隊にノアをはめ込むならば、どう言うポジションが良いかと思案を重ねていたのだ。ーーそれが今言った、シーカーにトドメを刺す役割なのだ。


 あの三八式エンハンサーでの攻撃は凄まじかったが、『リキャストタイム』が存在する事をユリウスは知った。

 ノア・ホライゾンの能力名は「ディメンション・リビルド(次元空間再構築)」、三八式エンハンサーの刃の部分に異次元空間を空間転移させ、敵の防御力を一切無視した空間斬撃を行うのだとカテリナ中佐は教えてくれた。だが当たり前のように原理や五大元素魔法による属性などは一切教えてくれなかった。

 ナショナル・セキュリティ……国家安全保証上の機密を盾に、技の名称程度しか説明してくれなかったのだが、運用についてだけアドバイスしてくれた。

 (ディメンション・リビルドには発現時間が限られており、再発現までのリキャストタイムが存在する。昔のノアは湯水のごとく能力を発揮したが、見る影も無いのが現状だ)


 「……能力発現は二分間。カートリッジを交換して、次の発現までリキャストタイム三分」


 そう呟いたユリウスは、(いわお)のような表情でノアを見詰めるも、もちろん使えない奴だと侮蔑の表情を向けているのではない。

 彼一人に負担を背負わせてはいけない、彼を孤立させてはいけない、我々はチームなのだと自分に言い聞かせたのである。……ユリウスは、Aチームに身を置くノアのあるべき姿を思い描いたのである。


 ユリウスのその想いは、具体的な作戦指示となって現れた。

・最前衛で敵のヘイトを集める役は隊長のユリウスが行う すなわちタンク

・ジャマー (妨害役)、トラッパー(罠を仕掛ける者)としての能力に長けたマデレイネが、ユリウスとノアの退路を確保する中継役のセカンドアタッカー

・ノアはクローザー (切り札)として攻撃参加するも、能力発動時以外は必ずマデレイネの後方で待機


 ユリウスとマデレイネがポジションを固定しながら、ノアが前線と後方に往復する『縦列陣形』でシーカータイプに対応すると命令したのだ。


「シーカータイプとの肉弾戦が始まったら、エステルは最後方のカティに合流、我々の部隊だけでなく警備隊全体の負傷者救助に当たってくれ! 」


 はいっ! と、カティは背筋を伸ばして元気に声を張る。


 いよいよ、兵員輸送車はシングの大部隊が上陸して来るであろう地点に到着する。

 シングの上陸用舟艇は合計で三隻、一隻に十五体の八本足が搭乗していると考えると、合わせて四十五体のシングによる侵攻と言う、セフェリノ半島の歴史上では初めての部隊同士の衝突。前代未聞の闘いが始まるのだ。


 誰も口を開かずに、緊張の空気に包まれたAチームの隊員たち。彼らを乗せた輸送車がブレーキを踏んで減速を始める、、、いよいよそこが戦場なのだ


 減速も佳境に差し掛かり、進行方向にギュッと引っ張られるような重力を感じた隊員たち。揺り戻しの後に車のエンジンが切られた事で、兵員輸送車が停車した事を知る。いよいよ出現の時だ。


「到着したぞ、全員降車だ! 左に展開して俺の指示を待て! 」


 ……GO GO GO!

 レッツ・ムーブ! レッツムーブ!

 即応性の低い陸軍は、部隊編成を済ませた後に到着する。それまでは我々がここで食い止めるんだ!


 王立警備打撃群の通常警備チームとAチームの、前代未聞の闘いが今始まったのである。



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