11 まさしく一閃
魔装機械生命体『ザ・シング』の標準的な地上人殲滅兵器は、俗に「八本足」と呼ばれる歩兵兵器には、二種類の攻撃方法があると言われている。
一つは前足二本を持ち上げて突進方向に向ける刺突。これは八本足の群れが横並びになり、地上人の集団を狩る場合に用いられる集団戦用の戦法だ。
そしてもう一つはジャンプ。八本足が単独で行動している際、地上人の目標を捉えた時に行う戦法で、目標を認識した段階で猛ダッシュを始め、その勢いを持って目標に向かってジャンプし、八本の足全てで攻撃する。
刺突にしてもジャンプにしても、その太くて鋭い足で攻撃されれば、地上人たちはたやすく致命傷を負うのは必然。
シングがこの世に現れてから百年ほどの歳月が流れたが、地上人殲滅作戦が始まってから今の今まで、八本足が現役でいられるのも当然ではある。
サンウォルソールの街東側、もはや河川敷ではなく海岸と称しても良いほどの広々とした場所に、仁王立ちとなったノア・ホライゾンがいる。
背後の堤防道路側には王立警備打撃群の隊員たちやAチームのメンバーがズラリと並び、固唾を飲みながら彼の後ろ姿を見詰めるだけなのだが、その視線の数だけでノアの背中が発火してしまうほどの熱量が感じられる視線である。
「……来た……」
スクリュー付きのフローティングボードに乗り、対岸である“この場所”を目指す八本足の姿が克明に見えて来た。
スチール製の身体が真夏の太陽光を浴び、ミラーボールのようにギラギラと乱反射させる姿はまるで、地上人の占領エリアに隠密で侵入しようと試みるそれではなく、今から殺しに行くから覚悟して待っていろと宣言するようにも見える。
……迫る河岸まであと十メートル
浅瀬に進入した事を確認した八本足は、既に第一のターゲットをノアに絞ったのか、彼を凝視しながらヒョイとフローティングボードから降り立つ。そして降り立つや否やノアに向かってチャカチャカチャカチャカ! と全力疾走を開始した。
ノアとの距離、およそ三十メートル
ノアとの距離を見測りながらジャンプのタイミングを取る八本足だが、ここで待ち受けていたノアが動く。
右手でダラリと持っていた三八式エンハンサーを胸の前に掲げて、エンハンサーの背中に取り付けた円筒形のカートリッジを、左手でペシ! と叩いて回転させたのだ。
「……ディメンション・リビルド……」
ディメンション・リビルド、すなわち「次元空間再構築」と呟き、エンハンサーを構えたノア。それが彼の固有の能力なのであろうが、あまりにも小さな呟きだったので、ユリウスたちの耳には届いていない。
高速回転を始めた円筒形のカートリッジが黄緑色にぼんやりと発光を始め、エンハンサーの刃の部分が白銀色に輝き出した事で、ユリウスや隊の仲間たちはノアの身に変化が起きた事を悟ったのである。
だが、ここで至高のエルフ、エステル・ポレット・バルバストルが、自分の身に起きた状態異常に気付いて叫ぶ。
それはマデレイネやカティや通常班の魔術士も気付いた事なのだが、確信が持てなかった事。それを魔導の頂点に君臨するハイエルフが代弁したのだ。
「ノア君気を付けて! その八本足は新型、KCMを搭載してる! 」
KCM、つまりキルリアン・カウンター・メージャーズと呼ばれるシング側の切り札で、地上人が体内で練る五大元素魔法をことごとく無効化してしまう心霊魔力妨害装置である。
ノアの遥か背後で成り行きを見守っていた王立警備打撃群のメンバーたちは、遠くにいる八本足の細かなディテールに注意を働かせる事は出来ないものの、自分の身体の中から湧いて出る五大元素の魔力が喪失してしまった事で、この八本足がKCMを搭載しているのに気付いたのだ。
「ノア君、一旦我々のところまで退け! KCMのジャミングが発生して……」
エステルは最後まで言い終える事は無かった。
何故なら、KCM発動による五大元素魔法力の喪失状況下において、ノアの手にした三八式エンハンサーの刃が煌々と輝いているのだ。
「あの子、あたしやカティと同じなんだ。五大元素魔法の波動から飛び抜けた……超越者なんだ」
「マデレイネさん、でしたね。それも含めてノアの能力に言及するのは禁止です。ナショナル・セキュリティです」
その場にいる誰もが思う疑問なのだろうが、口にした途端すかさずカテリナの警告に遮られる。
だが、だからと言って、それに腹を立てる者はいない。なんて高圧的な軍人なんだと、食ってかかる暇が無かったのだ。
何故なら、ノアにチャカチャカと急接近した八本足が勢い良くジャンプして、その鋭くて凶悪な八本の足の先端をノアに定めたのである。
「ノア! 」
「ノア君! 」
両の拳に力を込めて、前のめりにその光景を瞳に写す者たちの中で、ノアはエンハンサーを身構えながら電撃的に動く。
八本足の落下予想地点はもちろん、ノアが今ほどまで立っていた場所だが、そこを中心点として八本足の足が伸びきる予想円をイメージ。
その予想円のギリギリ外へバックステップで飛び出して、背の低い華奢な身体を限界ギリギリまで縮ます、八本足着地の瞬間を待ったのだ。
空高くジャンプした八本足も、その着地の際に自慢の足が敵の心臓に届かなければ、単なる身体を支える一部に過ぎず、八本足は自分の足全てをクッション代わりにズウウン! と着地。次に取るべき行動を計算し始める。
ーーだが、その一瞬をノアが狙っていたのであるーー
鋼鉄製の全身がジャンプ後に着地すれば、八本の足を衝撃緩和に利用したとしても人型の上半身が付いた本体が低く沈む。普段なら高さ三メートルにある頭の部分が着地の重力で沈む事から、背の低い『ノアと真正面で目があった』のだ。
「……ふっ!……」
そのタイミングを計って、ノアは空を飛ぶかの勢いで猛然とダッシュし、八本足の懐に潜り込んで一閃。三八式エンハンサーを水平に薙ぎ払う。
すると、ガキン! と言う金属同士の接触音も、ギャリギャリと言う擦過音も無く、八本足の頭が微かに揺れた後にボトリと地面に落っこちて、一切の動きが止まったのである。
ーー王立警備打撃群の通常隊員たちやAチームのメンバーたちが、総出でかかっても倒すのに十分以上かかる八本足を、ノア・ホライゾンはたった一閃で撃破したのだーー