01 前史 「最後の楽園を目指して」 前編
◆地上人最後の戦記物語◆
大陸北端が北極圏に達し、大陸南端が赤道をかすめる、この世界において最大の大陸『シャンタル』。
寒冷地帯や熱帯や温帯湿潤気候などの様々な気候に包まれ、多種多様な生物の誕生を育んで来たこの大陸にも、生命にとって過酷な環境はもちろん存在する。
岩石や砂利に彩られた荒涼の地、三百六十度見渡す限りが赤茶けた死の大地ーーファルソル地方がそれである。
大陸西岸の海から吹き付ける、暖かくて湿度の高い風が南北に連なる聖峰山脈に阻まれた、命の水が届かない枯れた内陸地方。
荒野と呼んでも過言ではないそのファルソル地方が、今日に限ってひどく賑やかなのだ。ーーそれも活気溢れる賑やかさではなく、恐怖に彩られた恐慌の喧騒に支配されていたのだ。
動物の骨が地表に転がり、砂混じりの赤い風が吹くその荒野を今、大量の『船団』が駆け抜けて行く。
五大元素魔法の一種である「空」を利用した浮遊船……エルキラ王国所属の船団だ。
大小の軍艦も輸送艦もあれば、病院船に旅客船も混ざり合った雑多な船団は、航跡の砂煙と爆炎を後に残しながら、東から西に向かって必死になって疾走し続けていたのだ。
このエルキラ王国の船団が、我先にと競い合うように西を目指すのには理由がある。
国王乗船を意味する金鷹旗を掲げた軍艦が先頭に立ち、国土を背にただひたすら西を目指すのには、それなりの理由がある。
『地上に突如現れた魔装機械生命体が無限のごとく増殖を始め、あらたな大陸の頂点となるべく、地上人の容赦無い殲滅をはじめたのだ』
魔法動力回路に命の炎を灯した魔装機械生命体は、シャンタル大陸に住まう全ての知的生命体の絶滅を目指し、時には単体で、時には群を成して地上人たちを血の海に沈めて来た。
もちろん地上人とは人間だけを指し示す言葉ではない。
ドワーフやエルフやホビットなどの亜人種、様々な融合種を持つ獣人、そして闇から生まれたナイトストーカーズやスピリットなどの精神生命体など、魔装機械生命体は知的生命体に対し、共存を許さず抹殺を選んだのである。
ーーここ、ファルソルの荒野で逃避行を続けるエルキラ王国の船団も、他の国々の民や種族と同じく、ザ・シングの魔の手から逃れるために、エグゾダス(大規模集団脱出)を行なっていた最中であり、不運にも途中でザ・シングに発見されてしまい、大規模な追撃を受けていたのだーー
◇ ◇ ◇
赤い砂煙と爆炎をまといながら荒野を行くエルキラ王国船団。金鷹旗を風になびかせる旗艦『サンクト デュパルク』を先頭に、あまりにも雑多な編成で逃走し続けるエグゾダスの船団。
砲艦の隣に病院船が並走していたり、鈍重で巨大なな民間旅客船を守るのが小型駆逐艦であったりと……先頭陣形もまとも取らないまま、ひたすら逃げの一手を重ねているのは、そう出来ない理由がある。
【船団の後方五百メートルまで、ザ・シングの殲滅部隊が肉薄していたのだ】
「第三砲塔は何をしている! 狙いなんて絞っている暇なんか無いぞ! 」
「こちら艦橋、乗組員は所定の銃座につけ。機銃掃射で牽制するんだ! 」
「どうだ、コンラーディン提督の艦隊とは連絡が取れたか? 」
「ダメです! 電波妨害されているのか、コンラーディン艦隊とは不通のままです」
エルキラ王国エグゾダス船団の旗艦『サンクト デュパルク』の艦橋は、後方にザ・シングの殲滅部隊出現の報を受けて大混乱に陥っている。
大量の民間人と民間船を徴用して大規模な逃避行を始めたこの船団は、軍艦や軍船が護衛にはついているが戦闘能力で言えば船の数に対して圧倒的に火力が足りない。
民間人に被害が及ぶ事が無いようにと、この船団が無事大陸西岸にたどり着けるためにと、コンラーディン提督麾下の軍艦だけで構成させた囮艦隊を編成したはずなのだが、その囮艦隊と一切の無線交信が出来なくなり、なおかつこの船団に向けてザ・シングが襲って来たのである。
銀色に輝くスチール製の八本足を器用に交差させ、陸上浮遊船に肉薄するザ・シングの数はおよそ三万。
東の彼方が地平線一面銀色に輝やき出してからものの数時間で、エルキラ王国船団はあっという間に追い付かれ、足の遅い船からどんどんとザ・シングに「食われ」始めている。
コンラーディン提督の艦隊が一刻も早く救援に駆けつけてくれなければ、大量の民間人を乗せた船団は、地上人たちから“最後の楽園”と呼ばれる避難地へたどり着く事かなわず、まさしく壊滅してしまうのだ。
「輸送艦ジェスタが爆沈! 並走していた客船ゴルドウェルが爆発に巻き込まれた模様! 」
「各船に通達、魔装歩兵と魔術士部隊も甲板に上げて応戦させろ! 主砲と機銃だけじゃ追撃から切り抜けられない」
「艦長、病院船アズウェル5の艦長より手旗信号入りました“我ガ艦シングノ襲撃許シ航行不能。王国ノ繁栄祈リナガラコノ地デ果テル、サラバ”」
サンクト デュパルクの艦長は平然を保つ事で部下たちに鎮痛な面持ちを見せないように気を配りながら艦橋の窓に近寄り、病院船の方向に向かって敬礼する。
「こんな時に提督は一体……何をしていらっしゃるんでしょう? 」
艦長に倣い、背後で敬礼していた副長が悔しそうにそう呟く。
軍人は絶対に弱音を吐いてはいけない、弱気や弱音や後ろ向きな発言はあっと言う間に部隊へ伝播し、志気が低下してしまうのだ。
そして一兵卒ならまだしも、たくさんの部下を抱える艦長や副艦長などの高級将校ならばなおさら発言の内容に気を遣わなければならない。
絶望感に耐えられなくなった副長が、その怒りの矛先をコンラーディン提督に向け始めた事に気付いた艦長は、副艦長がこれ以上呪いの言葉を吐き出さないようにと思案したのか、スッと窓の外に向かって指をさした。
「方位、西北西三百四十。我が船団との相対距離およそ二十六キグリ(キロメートル)。打ち合わせ通りならば、コンラーディン艦隊は今頃そこにいるはずなんだが……」
艦長の指先を起点として、その指先が示す方向に瞳を凝らす副艦長。だが次の瞬間、その指先が示す方向で衝撃的な現象が起こった。
いきなり目の前に太陽が現れたかのような眩しさが走り、旗艦サンクト デュパルクだけでなくエグゾダス船団と追いかけて来るザ・シングの波全てが強い光に包まれたのである。
肌をジリリと焼くような熱を持った光が通り抜け、その後に訪れた静けさの中で、船団に身を寄せる全ての地上人たちが「一体何事か」と窓越しに空を見上げた瞬間、腰を抜かさんばかりに驚愕したのである。
ーー空をジリジリと赤黒く焼きながら、どんどんと天高く昇って成長し続ける、巨大なキノコ雲がそこにあったのだーー
「こ、コンラーディン艦隊が……提督が……」
腰を抜かしてしまったのか、尻餅をついたまま後ずさる副艦長。
艦長は逆に窓に近寄り、怒りに打ち震えた瞳でキノコ雲を見上げている。
「……あれは魔装爆縮型核反応地雷。昨年学会で理論が発表されたばかりだぞ。シングは既にそれを実戦投入可能な兵器にしてしまったと言うのか……」