第82話 唐突な二択
文化祭での当日の出し物がクレープ屋さんに変わって数日経ったこの日、私は最近毎日やっている文化祭の話し合いの場にいた。
昨日は、当日お店でクレープを作る人達の手伝いをする人を決めていて、私は雫ちゃん達と同じ日にお店の手伝いをすることになった。
皐月ちゃんは少しだけ微妙な顔をしてたけど、むしろ全く知らない人と一緒になるよりはずっとマシ。
だけど、もう1人の女の子は全く知らない子だから少しだけ不安…。
結局凛ちゃんは来ないらしいし。
「まぁあの子は元々来るか微妙だったしな。気が変わって来るとしても、精々2時間ぶらぶらするのが限界だろ。人混みあんまり得意じゃないしなあの子」
「そうなんだ…。プールとか行った時はそんな感じしなかったけど…」
「あ〜まぁそこはあの子の気分が大きいな。文化祭とかあんま興味ないからなぁ〜。『文化祭より練習だよ!』とか言ってるぞ多分」
「あ〜似てる〜!じゃあ初日は皐月ちゃん1人になっちゃわない?」
私が雫ちゃん達と一緒に店番をすることができるのは、そう提案してくれた皐月ちゃんのおかげで。
それなのに、皐月ちゃんが初日1人で回ることになるのは…なんだか申し訳ないって言うか。
最終日は一緒に回れると良いんだけど…。
「まぁ葉月…妹が来るから大丈夫だろ。美月の弟君と一緒に来たら流石に遠慮するけどな…」
「ん?なんで遠慮するの?」
ただ純粋に疑問に思ったことを聞くと、皐月ちゃんは急に横でつまらなそうにしていた雫ちゃんの肩を叩いた。
その後、なにか耳打ちをして美月ちゃんが仕切ってる話し合いの方に戻ってしまった。
そして入れ替わるように雫ちゃんが話し相手になってくれた。
私は話し合いとかはあんまり得意じゃないから他の人達に任せて、決まったことをなんとなく頑張るってスタンスをとってる。
だから、話し合いの最中はすっごく暇で、皐月ちゃんに話し相手になってもらってたんだけど…。
「皐月さんは向こうで呼ばれたから、私に譲ってくれたみたい」
「そうなんだ…。でも雫ちゃん。なんでそんなに嬉しそうなの?」
「ん〜。私もあんまりこう言うの好きじゃないのよね。中学の時も文化祭なんて出なかったから」
「そうなんだ〜。私もあんまり良い思い出は無いんだよね〜。だからちょっと苦手…」
去年の文化祭も確か、少しだけ行ってすぐ帰って来た記憶が…。
人混みは別に大丈夫だけど、あんまり得意じゃなかった子が行くところ行くところにいたから…。
この学校にいるらしいあの子とも会えなかったし。
「あの…ちょっと良いですか?」
「あ!春ちゃん!どうしたの?」
「は…はるちゃん!?」
雫ちゃんはビックリしてたけど、話しかけて来てくれたのはあの転校生の立花さんだった。
あの女子トイレでなんとなく連絡先を交換して、ちょくちょく話すようになったんだよね。
今では少ない友達の1人になった。その関係で、春ちゃんと呼んでる。
「初日の手伝い、私と一緒にしてくれませんか?詩音ちゃんは大会でいないって言うし、私まともに話せるの詩音ちゃんと紅葉ちゃんしかいなくて…」
「うん。私は大丈夫だけど、もう1人の…誰だっけ。あの子の許可も取らないと…」
「源さんの許可ならもらっています。えっと…緑川さん?でしたっけ。あと奥田さんの許可ももらわないと思って…」
あ、なんでこんなに怯えてるのか分かった。
私となら普通に話せるけど、まだ雫ちゃんとは話したことがないからこんなに怖がってるんだ!
確かに、雫ちゃんは知らないと怖いしね。あんまり学校で笑ってるところ見ないし。
そう思いながら雫ちゃんの方を見てみると、思ったより怖い顔をしていた。
なんか…すっごい怒ってる気がするんだけどきのせいかな?
「気のせいよ…。私は問題ないわ。奥田さんには私から話しておくわね」
「あ…ありがとうございます。じゃあね紅葉ちゃん…」
「うん!またね春ちゃん〜」
すぐに帰って行ってしまった春ちゃんに少しだけ寂しくなりながら、春ちゃんがいなくなった瞬間にいつもの表情に戻った雫ちゃんが少しだけ面白かった。
なんでかは分からないけど、今日は色々表情が変わるな〜って!
「まさかの第2の敵?いや…そんなはずは…でも可能性はある…。面倒な…」
「雫ちゃん!?どうしたの急に…」
「え?ああ。なんでもない。でも、いつの間にあの子と仲良くなったの?」
なにか分からないけど、とんでもなく不穏な言葉が聞こえて来たような気が…。敵ってなに?
はぐらかされちゃったし、大丈夫かな雫ちゃん…。
それから、私と春ちゃんの関係を簡単に話すと、呆れたようにため息をつかれた。
なんで!?私何かした!?
「別に…。なんか、ラブコメの主人公みたいだなぁ〜って。それで?あの子の好きなタイプとか聞いたりした?」
「どうしたの急に…。そんなこと聞いたのまだ雫ちゃんだけだよ…?あ!別にあれから優しい人になろうって努力してるって訳じゃないから!あ…いや違くて…。優しいことはいいことだけど、いつも通りにしてるだけって言うか!別に優しい人から遠ざかろうとか思ってる訳じゃなくて!」
「分かったから少し落ち着いて?なんか私が恥ずかしい…。そう言えば、紅葉ちゃんの好きなタイプとか聞いてないよね?」
「え!?私の好きなタイプ…?」
言われるまで考えたことなかった…。
今まで人を好きになったことなんてないし、雫ちゃんに対するこの想いも別に恋愛感情って言うのではない気もするし。
タイプって言われても…パッと思いつかないんだけどなぁ…。
「う〜ん。好きになった人がいないから分かんない…」
「じゃあ〜男子と女子どっちかって言われたらどっちが好き?」
「おい待て。黙って聞いてたらさっきから何聞いてんだよ…。大丈夫か紅葉?毒されてないか?」
「毒されて?なにそれ?」
急に話し合いの方に戻ってた皐月ちゃんが帰って来て、雫ちゃんと私の間に入り込んだ。
ちなみに私達は今、みんなが話し合ってるところから少し離れて椅子に座っていた。
何人かはそうしてるし、1人は毎回寝てる。あの人は一体何をしてるのか…。
「あ〜説明めんどいからそれはまた後でな。で、緑川はなに変なこと聞いてんだよ…」
「別に…。気になったんだからいいでしょ?あなたもそれは知りたいんじゃないの?」
「まぁ確かにそうだけどさ…。なにも今聞かなくても良くないか?」
「今じゃないならいつ聞くのよ…。ほら、紅葉ちゃん困ってるでしょ?」
「うん。話についていけなくて困ってる…。なんのこと?」
雫ちゃんが少しだけ顔を赤くして皐月ちゃんと少しだけ小声で話した後、なんでか覚悟を決めたような顔をして、改めてさっきの質問を聞いて来た。
なんでそんなに改まってるのか全く分からないんだけど…。なんか怖い...。
「どっちかって言われたら…やっぱり女の子の方がいいかな?」
「じゃあ次私な。恋愛対象としてみるなら、男子と女子どっちだ?分からないは無しで」
「え〜?なんで急にそんな…」
「良いから。美月も気にしてたしな。ちょうど良いだろ。ちなみに美月は断然女子って言ってたぞ?」
「じゃあ多分私も女の子だと思う。男の子でまともに話せる人なんていないし。女の子相手の方が一緒にいて楽しいもん!」
そう言うと、なぜか微妙そうな顔をした2人は、また小声で相談を始めた。
なんで私はこんなことをいきなり聞かれてるのか全く分からない…。
ぽかーんとしてると、また2人から質問をされた。いつまで続くのこれ…。
「後でジュース奢ってやるから我慢しな。で、仮にだぞ?緑川と付き合うとか言う話になったらどうする?」
「は!?ちょっと話違くない!?なんで私なの?」
「別に良いだろ?も・し・も。仮の話なんだから。で?どうする?」
「えぇ…。付き合うとかよく分かんないからどうするって言われても…」
「じゃあ分かりやすく言うなら、もし緑川とあの先輩達みたいなことをやれって言われたら、どう思う?」
そう言われて、部室で見たことと誕生日会で見たことを思い出した。
あれがもし雫ちゃんと私だったら…。私が春奈先輩かな?少なくとも鈴音先輩みたいにグイグイいける自信は無いけど…。
でも…不思議と雫ちゃんとあんな風なことをしてるって考えると、少しだけ嬉しい。
「はいもうわかった。紅葉ってほんと分かりやすいよな〜」
「え!?なんで!?まだなにも言ってないよね?」
「そんだけ嬉しそうにしてたら誰でもわかるだろ…。ん。変なこと聞いて悪かったな。後で美月にオレンジジュースでも買ってもらいな?」
皐月ちゃんはそう言ってまた話し合いの方に戻って行ってしまった。
残された私と雫ちゃんは…どっちも耳まで真っ赤にして変な空気が流れていた。
まぁ、先輩達みたいなことをされても嬉しいって暗に言っちゃったし…雫ちゃんにどう思われてるのかな…。
「別に…私も嬉しいけどね!?嬉しいけど…恥ずかしいじゃん…。あんなこと…」
「私もだよ…。っていうか、あんなこと平気でできる先輩達の方がおかしいんだって!」
「どうせ文化祭でも派手にイチャつくんだろうね…。できるだけ当日は会いたく無い…」
「うん。なんとなくわかる…」
まだ2人とも顔は赤いけど、さっきよりは少しだけ落ち着いた気がする。
なんで唐突にこんなことを聞いて来たのか、とても聞ける雰囲気じゃなかったのはとっても残念だけど、雫ちゃんも嬉しいって言ってくれたから、その日は嬉しくて全然眠れなかった。
次回のお話は9月10日の19時に更新します。




