第78話 振り絞った勇気
学校に新しい人が入ってきた時によく見る場面が出てきますけど、上手く表現出来ているか少し心配です。
「は〜い。みなさんもう知ってるかもしれませんが、今日はこのクラスに転入生が来ます〜」
HRの時間を知らせるチャイムが鳴ったと同時に、ご機嫌な様子で教室に入ってきた担任の柊先生は、開口一番そう言った。
さっき皐月ちゃんに聞いたから私は知ってるけど、雫ちゃんは知らなかったみたいで少しだけ気にしてるみたいだった。
普段はこういうことに興味なさそうな雫ちゃんでも、やっぱり転入生には興味あるんだ…。
「可愛い女子ってマジですか〜!」
「俺朝見たけど、クッソ可愛かったぞ!」
そんな感じで後ろの方から騒いでいる男の子達の声が聞こえて来る。
その転入生が男の子じゃなくて、なぜか安心している自分がいたけど、なんで安心しているのかはよく分からなかった。
そして、安心していたのは私だけじゃなくて隣に座っている雫ちゃんもそうだった。
「よかった…。とりあえず男子じゃないなら大丈夫…」
小声でそう言った雫ちゃんに、少しだけ気になったことを聞いて見た。
私は男の子があんまり好きじゃないからあれだけど、雫ちゃんもそうなのかな?
「ん?とりあえず、新しく面倒なことになる危険が少なくなったから?」
「面倒なことって?」
「えっとね…敵は少ない方が楽でしょ?」
雫ちゃんの言ってることはよく分からなかったけど、とりあえずうなづいておいた。
男の子のことを敵って言ってるのかな?なんで?
「はいはい〜静かにね〜。とりあえず入って来てくれる?」
そう言われて教室の前のドアから入って来たその女の子は、さっきの男の子達じゃないけど、結構可愛い子だった。
というより、この子も初めてあったような気がしないというか…。ちょうど、さっき話してたみたいな美月ちゃんに初めて会ったときみたいな感じ。
綺麗な金髪と、カラコンでも入れてるみたいな緑色の瞳で、おまけに右耳にだけ星型のイヤリングが付いていた。
ぱっと見での判断だけど、絵に描いたようなギャル…。私は少しだけ苦手なタイプかもしれない。
この学校は比較的校則が緩いから、普通に髪を染めてる人は何人かいるし、カラコンとかピアスをしてる人も上級生には、普通にいるって前に朱音先輩が教えてくれた。
先生が黒板に背伸びをしながら転入生の子の名前を書いている間、後ろからは好き勝手に女の子の感想を言い合う男の子の声が聞こえて来ていた。
ギャルだ〜とか、可愛いとか…本当に色々。
「はいみんな静かにね〜。え〜っと。立花春香さんです。自己紹介お願いね」
「はい…。立花春香です。父の仕事の関係で引っ越して来ました。私は…人と関わるのがあまり得意ではないので、そっとしておいて貰えると助かります」
とても教室の後ろまで聞こえるような声じゃななかったけど、一番前にいた私はしっかりと聞き取ることができた。
見た目に反して綺麗な声で、しかも人と関わるのが苦手らしい…。
私も友達が多いっていう訳じゃないから、なんとなくわかる。
「はいありがと〜。じゃあ、とりあえず春風ちゃんの隣に座ってくれる?ほらあの〜前から2列目の真ん中ね」
「分かりました…」
その転入生の子は、よりにもよって私の真後ろの席に座った。
この辺りは女の子が固まってたけど、さらに女の子が入って来てしまった…。ちょっとだけ気まずい。
いきなり知らない人が後ろに座ると…なんとなく緊張するし。
その子の隣にいる春風さんは確か…卓球部に入って騒がれてるって誰かが言ってたけど、あんまり他の人と話してるところを見たことがない。
なんで騒がれてるのか全く知らないけど、多分春風さんも人と関わるのが苦手なんだろうなぁ…。
実際、黒髪のツインテールで見た目はすごく可愛いのに、男の子が近くにいると途端に機嫌が悪くなるし。
「どうも…」
「ん…」
そんな素っ気ないというか、味気ない短すぎる会話が後ろから聞こえて来たけど、頑張って無視した。
やっぱり2人ともあんまり人と関わるのが好きじゃないらしい。
1限目が終わってからは教室の中は大変なことになった。
あんまり関わらないで欲しいって言ってたのに、転入生の周りはかなりの男の子達で埋め尽くされていた。
当然私は、雫ちゃんと皐月ちゃんに連れられて避難して教室の外から見守っていた。
「凄いね…あれ」
「ほんとね。男子がいかに人の話を聞いてないか、どれだけ自分のことしか考えてないかの証明になったわね。群がってないの2人だけじゃない」
「本当だな。ありゃ〜片方は美月に告った奴だろ。もう1人は誰だあれ。あんな奴いたか?」
「あ〜あの人、雫ちゃんが嫌いって言ってた人じゃない?」
転入生に群がってないの男の子は、美月ちゃんに告白した男の子と雫ちゃんに嫌われてるあのメガネの男の子だけだった。
相変わらず、美月ちゃんに告白した方の人の周りには何人か女の子がいたけど。
そして、その話をすると雫ちゃんの顔が目に見えて曇った。
「まぁ、あの人のことはどうでもいいんだけど、転入生の子大丈夫かしら?あの子、あんまり人と関わりたくないって言ってなかった?明日から来なくなるんじゃない?」
「まぁ〜しばらくあの状態が続いたらそうなるかもな。まぁ、転入生って男子だろうが女子だろうが大体あんな目に合うからな〜。ある種の通過儀礼ってところあるよな。すっごい嫌な通過儀礼だけど」
「ねぇ…。あの人、私見たことある気がするんだけど、雫ちゃん達は見たことない?」
「さぁ。私は見たことないと思うけど…」
「私も知らな…ん?そういえばどっかで見たな。どこだっけな…」
そう言って腕を組んで迷った後、「思い出した!」と皐月ちゃんが言ったと同時に、休み時間終了のチャイムが鳴った。
私たちは仕方なく、次の休み時間に話すということでその場は解散になってしまった。
そして案の定、次の休み時間も転入生の子の周りにはさっきの休み時間とほとんど変わらない人数が群がっていた。
さっきの授業中、ずっと後ろから恨み節が聞こえて来て、それをひたすら宥めてる春風さんの声も一緒に聞こえて来ていたせいで、全く授業に集中できなかった。
「本当迷惑なのはわかるけど、授業中は静かにして欲しい…。気になってノートが取れないんだけど」
「まぁ実際、鬱陶しそうだし仕方ないだろ。それよりあの子どこで見たか!プールに行った日、私ら駅前のカフェで待ち合わせただろ?あの制服デー...じゃなくて、部活帰りかなんかの人らが結構いたとこ」
「あ〜私も思い出した!あそこにいた子だ!制服着てなかったの私たちとあの子だけだったから覚えてる!」
「そうなんだよ。私もあそこってそこそこ有名だから1人であんなとこに座ってんの珍しいなって思ってたんだよ!」
「あ、あそこってそんなに有名なところだったの?全然知らなかった〜」
そういうと、雫ちゃんも皐月ちゃんも、なぜだか困ったようにお互い見つめあった。
そんなに知らなかったのが変なのかな。夢の国の遊園地とか知らない人だっているでしょ!?多分…。
すごく困ったように笑ってるけど、私何か変なことしたのかな?
「あ〜違う違う。何も知らないお子さまをどうしようかって困ってたんだよ」
「私別に子供じゃないもん!ちゃんと1人で家まで帰れるし!バスの時間のやつだって読めるし!」
「うん。今皐月さんが言ってるのはそう言うことじゃなくてね?ん〜。紅葉ちゃんはいい意味で純粋ってことを言ってるの」
「第一、時刻表も1人で家に帰るのも、小学生だったらできるだろ…」
バスの時間のやつ読めるようになったの、つい最近だなんて言ったら、今以上に呆れられそうで怖くて言えなかった。
その後の休み時間も、全く同じ光景が続いて、そのたんびに授業中は恨みごとが聞こえて来る…。
昼休みなんかも当然そんな感じで、転入生の子はゆっくりお弁当も食べれないような状態になっていた。
「なんか…あそこまで行くと可哀想になって来るな」
「そうね…。新手のいじめみたいね。しかも、本人達は自覚なしに、ただ自分の好奇心を満たしたいがためにやってるだけって言うタチの悪さね」
一緒に3人でお弁当を食べてる時も、その話題で持ちきりだった。
横にいた春風さんも、さすがに昼休みはどこかに行ってるみたいで転入生の子が1人でいる状態だった。
「ねぇ…見てるだけでなにもしないのもなんだか…あれじゃない?」
「…。なぁ紅葉。気持ちは分かるけどさ。そんな震えながら言う事じゃないだろ?紅葉だって男子苦手なんだろ?自分のこと犠牲にしてまで他の人助ける必要あるのか?」
「そうよ。別に紅葉ちゃんが無理する必要はないわよ。あんな迷惑な人たちなんて、ほっといても大丈夫だと思うけど…」
2人はそう言うけど…さっきちらっと見えたあの子が、少しだけ泣いてたような気がする…。
授業中に恨み言を言ってても、1人の女の子なんだし、人と関わるのが苦手ならなおさら今の状況は嫌だと思う。
そして、私が気が付いた時にはその群がってる男の子達の輪の中に割って入って行っていた。
そして、その輪の中の中心に来たところで数年前の記憶が蘇って来た。
あの時も、気付いたらいじめられてた女の子の前に立ってて…その後ひどい目にあった記憶が…。
急に怖くなって、足が震えて逃げ出したくなって来たけど、俯いてる目の前の女の子を見て、必死に勇気を振り絞った。
ただ、その怖い記憶は消えるわけじゃない。なんなら余計に鮮明に思い出してきて、そこからは目をつぶって何も言わずに座ってるその子の手を取って教室を飛び出していた。
目をつぶってるせいで、途中何人かにぶつかっちゃったけど、そんな事は気にしないで覚えてる限りの道を走って女子トイレの個室に逃げ込んだ。
ドアを閉めたところで一気に力が抜けて、その場に座り込んでしまった。
思わず情けない声も出しちゃったけど、なんとかなったような気がする…。
さっきまでのことはよく覚えてないけど、目の前の女の子が嬉しそうに涙を浮かべながらお礼を言って来て、少しだけ良かったと思った。
◇ ◇ ◇
「な!あいつなんだ急に。おい!追いかけるぞ!」
紅葉ちゃんが転入生の子の手を引っ張って教室を出ていった数秒後、クラスの迷惑な男子達がそんなことを言い出した。
私たちは急にあの子のところへ行ってしまった紅葉ちゃんを止めることが出来なかった。
だからせめて、これ以上男子に好きにさせないように皐月さんとうなづきあってできる限りの声量で怒鳴った。
「いい加減にしてくれない!?あの子はあんまり関わらないでって言ってたでしょ!?なのにあんた達は何やってるの?」
「自分の好奇心満たすために他人を利用するな!あんたらに悪意はなくても、あっちは迷惑してただろ?そんなことも分からないんだったら、小学生からやり直したらどうだ!?」
何か思うところがあるのか、皐月さんの言葉はやけに説得力があった。
すごい迫真というか、なんというか…。
「は?なんだよそれ。別にお前らに関係ねぇだろ?神の友達だからって調子乗ってんの?」
「神って凛のことか?あの子の事を神とか言ってる時点であんたらが如何に馬鹿だってことの証明だぞ?」
「は?世界大会まで行ってる人のこと神って言わないで他になんて言うんだよ!」
「はぁ...。これだから男子はみんなバカって言われるんだよ。周りの女子見てみな?全員どんな目してる?それこそ小学生見る目だぞ?そのことに早く気付けよ」
そんな感じで…本当に喧嘩になりそうな時に騒ぎを聞いた柊先生が戻って来て、なんとか収まった。
だけど、やっぱり皐月さんはいじめとか、そういうのには何か思うところがあるのかもしれないと思った。
やけに男子に当たりが強いっていうか…まぁそれは私も同じなんだけど…。
この件が原因で、クラスの女子と群がってなかった2人と、クラスの他の男子は完全に内部分裂する形になったけど、私たち全員誰1人後悔はしていなかった。
次回のお話は8月29日の19時に更新します。
今回のお話は色々頑張ったお話になったかと思います。
次回もお楽しみにしてくださると嬉しいです!




