第66話 横にいる資格
今回は書き終わった時、私自身少しだけ泣いてしまったくらい色々頑張りました。
今回も皐月ちゃん視点でのお話になります。
さすがに凛も疲れてきたのか、日陰で休んでた私達のところに戻ってきたのは私達が休み始めてから10分くらい経ってからだった。
なんか…もう一生分のウォータースライダーを楽しんだ!みたいな顔してるんですけどこの子…
「あ〜楽しかった!」
「よくあんなに体力あるな…。子供みたいにはしゃいでさ。何やってんだよ全く…」
「え〜!?だって楽しかったんだからしょうがないじゃん!」
「凛さんって意外とタフだよね。私直ぐバテたのに…」
「いや〜普段の鍛え方が違うからだよ〜!」
「ずっとあぐらかいて何時間もぶっ続けでゲームしてるだけだろ…。何偉そうに言ってんだよ」
「だから〜!休まず同じ体勢でいるから疲れにくいんだってば!」
「そんな訳ないだろ…」
まだ納得いってない感じで私の横に座ってきた凛を見て、私達はまた深いため息をついた。
紅葉の迷子の次に頭を悩ませてるのが凛のいい加減さだと思うと…なんだかなぁ…。って感じがする。
こんなに疲れる予定じゃなかったんだけどな…。どうしたものか…。
「あ…あれ美月じゃない?」
「本当ね。横にいるのは…紅葉ちゃんよね?」
「何でちょっと震えてるんだ?あいつ」
遠くからこっちに歩いてくる美月の姿を凛が見つけて、その姿を見た私達は多分同じ事を思ったんだろう。緑川もかなり驚いてるみたいだった。
だって、紅葉がなんでか今にも泣きそうな顔をしてたから。というか、少し泣いてないか?何やったんだよ美月…。
「なぁ紅葉。なんかあったのか?」
「ううん…。そんなんじゃないの。ただね…怖かったから…」
「おい美月。お前何やったんだよ…」
「私じゃないってば!ちょ!本当だって!」
「なぁ紅葉。向こうに流れてるプールあるだろ?そこで緑川と遊んできな?そしたら少しは落ち着くだろ?」
「う…うん…。分かった…」
「頼むな。何があったかはこっちで聞いとくから…」
「分かった。よろしくね」
緑川が紅葉を連れて向こうの流れるプールに歩いて行った。
後ろ姿が見えなくなった瞬間、私は隣の美月をみた。普通にイチャつけって言ったはずだけど…何があった?
っていうか、なんで紅葉は泣きそうだったのに美月の顔は少し赤いんだよ…。
「だから私が何かしたんじゃないんだってば!」
「分かったから…。で?何があったんだよ…」
「実はさ…」
それから美月は、ゆっくりとさっきまでのことを話し始めた。
最初の方は、紅葉の水着姿に見惚れてて何も出来なかったらしい。というか、紅葉にも心配されるレベルで見惚れてたらしい。
なんか…聞いてて複雑な気持ちになってくるけど、この際は一旦無視しよう。
「それでね?私が少しだけ頭を冷やそうって思ってお手洗いに行ったのね?それで、少しだけそこで待っててって言ったの!でも、私がお手洗いから戻ったら、紅葉ちゃんがいなくなってたのね!?」
「いやそんなに興奮しなくていいから。なんとなく話が見えてきた。待ってろって言われたけどじっと出来ずに、挙句迷子になったとかだろ?」
「私も最初はそう思ったよ!でも、ちょっと探して見たらさ!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
はぁ…。想像してたより紅葉ちゃんが可愛かった。どうしよう。皐月が作ってくれた私達の時間はまだまだあるのに…。最後まで耐えられる自信がない。
少しだけ早いけど…もう皐月達と合流しようかな…。私の身がもたない気がする。
そう考えてお手洗いを出た私は、この先どうしようか紅葉ちゃんが待ってるはずの場所に着くまで必死に考えていた。
「あれ?ここで待っててって言ったような気がするんだけど…。違ったかな…」
ただ、その場所に着くまでに答えはまとまらず、それどころか待ってくれてるはずの紅葉ちゃんの姿が無かった。
待っててって言ったのに…迷子になっちゃったのかな…。
中学生の頃は…私よりしっかりしてて、迷子なんて絶対にあり得なかったのに…本当にどうしちゃったんだろう。
「とりあえず…近くから探してみよ…。いなかったら皐月に連絡して…」
それから少しだけ探したら、紅葉ちゃんは難なく見つけられた。ただ、問題があった。
紅葉ちゃんが、見たことない男の人数人に何か言われて、今にも泣きそうになっていた。
周りの人は、見て見ぬふりをして通り過ぎていくし、私がなんとか助けなきゃ…。
「なんで…。足が…」
こんな時に…中学生だった時のことを思い出して足が…動かない。
私は助けてもらったのに…私は…助けられない…。私はあの時から何も変わってない…。
見た目や髪型をガラッと変えたのに…中身は全く変わってない。あの頃から、いざとなったら臆病な私は…何も変わってない。
私なんかが紅葉ちゃんに告白しても…良いのかな…。助けてもらっておきながら…私は何も出来ない。
「私は…やっぱり何も…出来ない…」
その時、紅葉ちゃんと目があった気がした。気のせいかも知れないけど、私はそう感じた。
その瞬間、周りの人とか音が全部聞こえなくなって、高校に入った直後に初めて一緒に出かけた時のことを思い出した。
それは、帰りの駅のホームで皐月に言われた言葉だった。
「頑張ってもダメな時はあるさ。そこで、今日ダメだったから諦めるのか、次また頑張るのかは美月次第だろ?」
あの時私は、次も頑張ると…。そう言った。だけど、今の私はどう?何を頑張ったの?
今回は失敗しちゃったら…もう紅葉ちゃんにどんな顔をして会えば良いのか分からなくなる。
第1、自分が助けてもらったのに…自分は怖いから助けられないなんて…それは違う。
助けてもらったなら、それと同じ事をしてあの時私を救ってくれたみたいに!今度は私が助けないと!
そう決めてからは、もう足が勝手に動いてくれた。
まっすぐ、なるべく急いで紅葉ちゃんの元に歩いた私は、男の人たちが何かいう前に紅葉ちゃんの手を掴んだ。
「ごめんなさい。私の大切な人にちょっかいかけないでください…」
そのまま私は紅葉ちゃんの手を引いて、これまたなるべく早足でその場を離れた。
後ろからは、紅葉ちゃんが泣きながらついてきてくれていた。
この時の私は、あまりにも余裕が無くて自分がなんて言ったのかなんて覚えてなかった。
「怖かったよ〜…。ありがと〜!」
かなり遠くまで来てやっと足を止めた私に、紅葉ちゃんがいきなり抱きついて来てそう言ってくれた。
涙を流しながら、声はまだ震えてたけどしっかりと抱きしめてそう言ってくれた。
私は嬉しさや恥ずかしさとか、その感情よりも前に罪悪感が先に来た。もう少し早く助けに行けていれば、もう少し早く…。
「ごめんね紅葉ちゃん…。私がもう少しだけ早く戻ってあげてたら…。それに…私も…少し怖かったの。だから…」
「そんなの良いよ!助けてくれたもん…!ありがと…」
「ごめんね…紅葉ちゃん…」
それからしばらく、近くの日陰で私は泣いている紅葉ちゃんの頭を撫でていた。
少し経って冷静になった頃、ようやく自分が何をやったのか、今何をしているのか思い出して腕の中で泣いている紅葉ちゃんに不謹慎ながら少しだけ嬉しくなって…それからは、皐月がくれた時間が許す限りずっとそうやって過ごしていた。
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「へ〜。そんな事があったんだ。まぁ紅葉ちゃん可愛いからね〜。狙われるのもわかる気がする〜」
「気がする〜じゃねぇだろ。ごめんな美月。私のせいだ。せめて私はそっちにいるべきだった」
「良いの。むしろ、皐月がいたら…絶対頼っちゃってたから…」
「美月…。なんか変わったか?」
「ううん。ただ、気付いた事があるの。助けられた私が、今度は紅葉ちゃんを守らないと行けないって。何があったのかは分からないけど、紅葉ちゃんはかなり頼りなくなっちゃったから…。今度は、私が守らないと行けない。あの時、私は動けなかった。そんな私じゃ、紅葉ちゃんの横にいる資格は無いと思うの。だから、これからは紅葉ちゃんを守るって!そう決めたの」
「そっか…。分かった。なぁ凛。私もお手洗い行ってくるから、美月とここにいてくれ。緑川が帰って来たら事情を話してやってくれ。私は…少しかかると思う」
それだけ言って、私は2人から足早に…まるで逃げるかのように遠ざかった。
そしてトイレの個室に入った瞬間、美月から話を聞いていた最中から我慢していた涙が溢れて止まらなくなった。
僅かな可能性にかけてまだ足掻いていた自分が恥ずかしい。
「美月は助けに行けた…。私は無理だった…。こんな私が、美月と付き合うなんて…どんな高望みだよ…」
そうだ。高望み過ぎていたんだ。ただ一途に紅葉を想い続け、私にはできなかった事を出来るようになっていく美月。
私の役目は、美月と紅葉の中を浅ましくも邪魔して緑川とくっつける事じゃ無い。
あの時できなかったことの償いとして、なんとしてでも美月と紅葉をくっつける事なんだ。
間違っても、もう美月と付き合うなんて考えちゃ行けないんだ…。
私には、その資格がない。それはさっき、美月自身も言っていた。
「情けない…。あの時とっくに決めてた事なのに…まだ諦めきれてなかったのかよ…。バカだなぁ私…」
それからしばらく、個室の中で泣き続けた私は、涙を拭いてやっと外に出た。
もう高望みしすぎてた希望を持つことは辞める。私は、美月の幸せを叶えてやるのが役目なんだから…。
「あ〜やっと帰って来た!どうしたの?目赤いけど」
「ん?ああ。ちょっと目の中に水が入ってさ。大丈夫だから気にするな」
「凛さんから事情は聞いた。それで…これからどうするの?」
「どうするも何も…紅葉が良いなら私達5人で適当に遊んだらそのまま帰ろう。紅葉がもう疲れたっていうなら、このまま帰っても良いぞ?」
「紅葉ちゃん!一緒にあれ滑らない!?あれね!結構楽しいんだよ!ほら!行こ!」
「え…?うん」
「はぁ…。まだ滑り足りないのかよあいつ…。一応、私らもいくか」
そしてその後、案の定凛がまた暴走し、疲れるまで思う存分ウォータースライダーを楽しんでいた。
っていうか、ここ結構広いって言ってるのに私らここでしか遊んでない気がするぞ…。
紅葉も楽しそうに滑ってたし、美月も楽しそうだから良いけどさ…。
「今日はごめんね…。私のせいで…」
「何言ってんだよ。別に楽しかったぞ?凛は特にそうだろ」
「うん!久しぶりにすっごい楽しかった!付き合ってくれてありがとね紅葉ちゃん!」
「そうよ。そんなに気にしなくて良いから。ほら。帰ろ?」
「美月。お前は良いのか?」
帰りの駅でのことだった。突然紅葉が謝り出して、私達が慰めていた時、それまでなら必ず無理にでも笑っていた美月は、その時泣いていた。
なんで泣いてたのか。それは聞き辛かったから聞けなかったけど、その日私の家に泊まって行った美月は、寝る直前こう言った。
「次は…絶対…」
次回のお話は7月24日の21時に更新します。
途中のあの男の人達は入れるか迷ったんですけど、心を鬼にして入れました...
次回はあの二人の先輩のお話です。
楽しみに待っていただけると凄く嬉しいです!




