第58話 思い出
花火が上がる40分前。
私と鈴音先輩は、道路の真ん中で何かの踊りを踊ってる集団を横目に、近くのベンチで休憩していた。
私は約1時間近く続いた鈴音先輩との2人きりの時間の中で、からかわれすぎて疲れて、鈴音先輩はただ単純に歩き疲れたらしい。
いい加減手は離して欲しいんだけど……離して欲しくない気もして、なかなか言い出せずにいた。
2人きりになった瞬間握ってきた手は、お店で何か買うときでさえ離してはくれなかった。
1回だけ偶然会った朱音先輩が、鈴音先輩の金魚とかをなぜか持って行っちゃった時離してくれたけど……それからはまた繋がれてしまっていた。
なんで金魚とかヨーヨーを持って行っちゃったのかは分かんないけど……どうせなら一緒に回って欲しかった。
もう限界なんですけど……。
「ん?どした春奈。熱でもあるのか?」
「誰のせいだと思ってるんですかほんと……」
「嫌なら言ってくれれば良いのに……。嫌なのか?」
そう言いながらだんだん離れていく先輩の手を残念なような、嬉しいようなそんな複雑な気持ちで見つめていると、離れかけていた手がまた私の手に重なった。
その時、反射的に思わず変な声が出てしまった。
「やっぱ私がこうしてたいから良いだろ?こうしてると、なんか受験も頑張れる気がする」
「もう……。そんなこと言われたら……」
「春奈のそういうとこ。私好きだぞ〜」
「からかわないでください!」
さっきより更に顔を赤くして答えた私とは反対に、先輩は疲れなんて無かったみたいに笑っていた。
もう……。この後本当に大丈夫なのか不安になって来た。
いくら鈴音先輩でも……あそこに行きたいって言ったらなんとなく察しちゃうだろうし……。怖い。
この後することを思い出した私は、さっきとは比にならない速度で動く心臓を必死に落ち着かせようと頑張ったけど、告白への不安と重なってる先輩の手がそれを邪魔する。
特に、先輩の手がさっきまで普通に握ってくれてたのに……なんか恋人繋ぎみたいになってるんですけど!?
「あの……先輩。これは……」
「ん〜?良いだろ?1回やって見たかったんだよ〜」
「それを私でやる必要ありますか!?」
「良いじゃん別に〜。春奈としたいなぁ〜って思ったんだし」
「またそういうこと言う!」
さっきからうるさいくらい心臓が鳴ってるのに、この先輩はそれを知ってか知らずか、更に私を追い込んでくる。
本当にドキドキが止まらない……。
「おっし。そろそろ行くか?こっから待ち合わせ場所まで少しかかるし」
「そう……ですね……」
心臓の鼓動がかなり早いまま、私達は座っていたベンチから立ち歩き始めた。
幸い、告白しようと思ってた場所はここから鳥居に行くまでに通る。
そこでうまい感じに誘導できれば……!ただ、できるかな。今の私に……。
「ん?どしたんだ?春奈。考え事か?」
「あ……いえ。別に……」
「そっか。じゃあさ、私から1つ良いか?」
「どうしたんですか?」
「ちょっと寄りたい場所があってな?朱音には少し遅れるかもって連絡入れてるからさ。寄ってもいいか?」
「もちろんです!」
私は、そんな訳ないと分かっていながらも、少しだけ期待していた。
もしかしたら、あの場所に先輩自ら行きたがってるんじゃないかな……って。
そうだとしたら、ちょっとプランとは違うけど告白予定の地点に呼び出せる。
「あの……寄りたい場所って」
「ん〜。着いてからのお楽しみ」
そう言いながら笑った鈴音先輩は、どこかさっきまでとは様子が違うようにすら見えた。
どうしたんだろうと声をかけようとしても、何かしらに邪魔されてその機会を失っていた。
例えば、からかわれたり……出店に興味を持った先輩に手を引かれてそっちの方へ行ったりとか……。
とにかく、10分近く歩いてたけどそれを聞く機会は訪れなかった。
そして、鈴音先輩が寄りたい場所っていうのは、私の期待をいい形で裏切ることになった。
「覚えてるか?ここ」
「ここって……鈴音先輩が私を助けてくれたところです……よね?」
「覚えててくれたんだな。そうそう。ここで泣いてた春奈に会ったんだよな〜」
「あの……なんでここに?」
正直、私も来たいと思ってた場所だったし、神社の境内の方に向かって歩いてた時点でもしかして……。と言う期待がどんどん大きくなっていた分、本当にその通りだった時の衝撃は大きかった。
しかも、鈴音先輩自身がここに寄りたいって言ってくれたことが、かなり嬉しかった。
当の本人の鈴音先輩は、私の質問には答えず、ただぼーっと近くにある大きな木を眺めながら何かを考えていた。
いつの間にか、先輩の手は私の手から離れていた。
「あの……先輩?」
「ん?ああごめんな。ちょっと色々考えててさ。春奈にお嫁さんにしてください!って言われたときの事とか〜。クラスの男子に意地悪されたって泣きついて来た春奈の事とか」
「なんでそんなことばっかり覚えてるんですか!?早く忘れてください……」
「やだ〜。絶対忘れない。あの頃の春奈ってすごい可愛かったよな〜」
そんな恥ずかしいことを平気で言うこの先輩は……ほんとに……。
私は恥ずかしすぎてどうにかなりそうだったけど、鈴音先輩が更に続けるから、黙って一緒に昔のことを思い出しながら耐えていた。
「一緒にプールに行った時もなぁ〜。迷子になってて泣いてたもんな〜。いや〜懐かしい」
「なんでそんな私の黒歴史ばっかり覚えてるんですかほんと……」
「私が引っ越すまで毎年のように一緒にここの祭に来てたもんな〜。去年も来たけど〜あの時とはお互いだいぶ変わったよな〜」
「どうしたんですか急に……」
別に?と誤魔化すと、先輩は何かを待ってるみたいにまた大きな木を眺めてしまった。
さっきチラッと見た携帯によると、もう少しで花火が上がる時間になるはず……。
そう言えば、家を出る直前に誠也がこんなこと言ってたっけ。
「良いか?告るんだったら花火の直前か、花火が上がって3分以内にした方が良いと思うぞ。タイミング決めてるんだったらわざわざ変えなくてもいいけど、決めてないならその時間帯にしたほうが良い」
「それはまたなんで?」
「花火上がってる時とか直前の方が雰囲気でるじゃんか」
「は?それだけ?」
「逆にどんな理由があるんだよ。ムードは大事だろ?何事においても」
何を偉そうに……。なんて思ったけど、今はそれが何となくわかる気がする。
後数分後には答えを聞かないといけない……。そろそろ花火も上がるし。覚悟を決めないと!
まだ相変わらず心臓はバクバク言ってるけど……花火が上がるまでの少しの間だけ、深呼吸をして落ち着こう。
そして、2分もしないうちに花火の音が鳴った。
その頃には大分胸の高鳴りは収まっていたけど、改めて鈴音先輩を見ると少しずつまた鼓動が早く鳴っていくのを感じる。
そして、木の方を向いていた鈴音先輩が振り返るのと同時に発した言葉は、私が先輩に言ったのとほぼ同時で、ほとんど同じ内容だった。
『先輩!言っておきたいことがあります!』
『春奈...言っておきたい事があるんだけど……』
そして、2人ともキョトンとした後、同時に笑い声が出て来た。
不思議とさっきまで感じていた緊張感なんてものはどこかに飛んで行ってしまったらしい。
「先に先輩から……」
「いや、春奈からで良いぞ。私はほら。大した事じゃないから」
「私から……ですか……」
そう先輩に言われてしまっては、もう引き下がれない。
もう一回だけ深く深呼吸した後、覚悟を決めて私は話し始めた。
「先輩。私、ずっと先輩の事が好きって言ってたじゃないですか?」
「ん?どした急に」
「言ってたじゃないですか!?」
「お……おう。そうだな。言ってくれてたな」
そこで、もう一回だけ深く息をすると出来るだけ早口にならないように気を付けながら、自分の想いをぶつけた。
何日も考えて来たんだし……大丈夫!自信を持って!私!
「私が先輩の事を好きって言うのは、友達とか、そう言うんじゃなくて……えっとその……。うまく言えないんですけど、先輩は私にとってとても大切な人だったんです!今は受験で忙しいかもしれないですけど……でも!私が先輩を好きだって!友達とか先輩とかそう言うのじゃなくて、1人の女の子として先輩の事が好きだって!知って欲しくて……それで!こんな私で良かったら!お付き合いしてください!」
ちゃんと言えた……。今の自分の気持ちを、隠さず、逃げ出さず、ちゃんと言えた。
作戦会議の時の段階だと、半分も行かないうちに恥ずかしくなって断念する事が多かった。
でも、今回はちゃんと言い切った。もう私が出来ることは何もない。
後は、先輩からの返事を待つだけだった。
その先輩は、花火の光に照らされてるからか、少しだけ顔が赤いように見えた。
そして、私の告白を何も言わずただ真剣に聞いてくれていた。
少しの間何かを考えてた先輩は、口を開いた。
「春奈。ありがとな。いつも逃げ帰るのに……。頑張ったな」
その言葉を聞いて、まだ告白の返事が帰って来てないのに、なぜだかすごく嬉しくて今にも泣き出しそうだった。
この言葉だけでも、逃げ出したいほど嬉しいのに、それを必死に我慢して続く言葉を聞く。
「そしてさ。私って今年受験じゃんか。その件で春奈に言ってなかった事があるんだけどな?私、実は推薦貰えてるんだよ」
「……。え?」
「だから、大学受験は小論文と面接だけなのな?そんで、来月の頭には受験でさ。もう春奈以外の文芸部の皆には言ってたんだけど、今日まで秘密にしてもらってたんだよ。ごめんな?だから、文芸部には夏休み明けも問題なく出られる。これが春奈に言いたかった事の1つ。で、もう一個あるんだけどさ。これは、さっき言ってくれた事の答えでもあるからよく聞いて欲しいんだ」
「はい……」
私は、必死に溢れて来そうな涙を我慢して、そのもう一個を打ち明けてくれるのを待つ。
もちろん、夏休み明けも鈴音先輩に会えることだけでも十分嬉しい。ただ、もっと大事なのはこの後だ。
「そんで。私の受験が終わるまで。ん?違うな……。ちょっとごめんな?」
「?は……はい」
少しの間、私に背を向けた鈴音先輩は小さな声で何かを言った後、もう一回私の方に向き直った。
そして、さっきの続きを話してくれた。
「私の受験が終わるまで。そして、終わってからも、ずっとそばにいて欲しい」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった私は、キョトンとしてしまった。
遠くの方で相変わらず花火が鳴ってるけど、その光も音も全く気にならないほどこの場だけ別の世界に来てしまったみたいだった。
「あ〜っと……分かりやすく言うと……」
そこで一回くぎって、大きく息を吸った後、一気に続きを話してくれた。
「私は、春奈の事が1人の女の子として好きだ。だから、ずっとそばにいて欲しい。だから、私で良かったら……よろしくお願いします」
「え……?あ……あの……」
「……。なんだよ……」
「オッケーって……事ですか?冗談とかじゃなくて!?本当に!?」
ちょっと泣きながらそう言うと、先輩は少しだけ照れながらうなづいてくれた。
そして、時間差で嬉しさが一気に溢れて来て、思わずその場にうずくまってしまった。
涙も止まらずただひたすらに、良かった。その気持ちで私の中は溢れていた。
「おいおい。泣くなよ……。せっかく頑張ってくれたのに……」
「だって……。まさかオッケーしてもらえるなんて……。嬉しくって……」
ちょっと鼻声になりながらそう言った私の頭を、優しく撫でてくれた鈴音先輩は、そのまま私が落ち着くまでそうしてくれていた。
花火の音がやけにうるさく感じたのは、この時が初めてだった。




