第57話 私達だけの時間
先輩たちと別れた私達は、自由時間になって初めて2人きりになった。
文芸部の皆と回った出店とかも良かったけど、やっぱり雫ちゃんと2人きりで回るのも楽しい。
「ん?どうしたの?」
「ううん!楽しいなぁ〜って思って!」
「そうね。こういう所ってあんまり来たことなかったけど、悪くはないわね。それにしても……」
少しだけ変な表情をした雫ちゃんは、気付かなかった?と私に聞いて来た。
正直、私には何が気になったのか全くわからないけど……雫ちゃんは何か変だと思うことでもあったのかな?
「あのいつもイチャついてる先輩達の事よ?本当に分からない?」
「ん〜?強いて言えば……今日の春奈先輩はいつもより気合入ってたなぁ〜って事くらい?」
「やっぱりそう思う?ちなみに……他には?」
私は雫ちゃんの横を歩きながら、あの2人のおかしかった所を考える。
でも……別にいつも通りだったような気もする。
そう言えば、さっき皆で行動してた時は全然春奈先輩がからかわれて無かった。
その事を言ってるのかな?
「ん〜。まぁ近いけど……ちょっと違うかな……。春奈先輩も鈴音先輩も、さっき皆で色々回った時お互い離れてたんだよね……。変じゃない?いっつもイチャついてるのに!」
「そうかな……?皆と一緒だからからかうのやめてた〜とかじゃないのかな……」
「まぁその可能性はあるけど、朱音先輩がずっと笑ってたのも気になるんだよね……。ずっと見てたわけじゃないからあれだけど、恵先輩とコソコソ話してたし……。多分だけど、私達一年には知らせてない何かがあるんじゃないかな……」
「何かって例えば?」
「例えば……そうだな。あの中の誰かがこの花火大会中に告白するんだけど、皆それを隠してる。とか?」
告白という言葉を聞いて、なぜか雫ちゃんの事が真っ先に思い浮かんだ私は、慌てて頭を振ってその考えを消す。
家を出るときに、浴衣姿の雫ちゃんを見て、お母さんがはしゃいでたせいもあるかも知れない……。
そのせいで余計に雫ちゃんの事を意識してしまってるかもだし……。
「でもさ、そうだとしたらなんでそれを私たちに隠してるんだろうね?」
「まぁ……私の考えすぎかも知れないんだけどさ……。もし合ってたりしたら、して欲しくない相手が1人いるな……って思っただけ」
「え!?雫ちゃん好きな人いるの!?」
少し興奮気味に聞いた私に、少しだけビックリした様子で、雫ちゃんはそうじゃないよ。と言って笑った。
その顔が、少しだけ可愛いって思ったのは私だけの秘密。
「ただ、無いって分かってるけど...もしオッケーしたりしたらなんかやだな。って思っただけだから」
「どういう意味?」
「あ着いたみたいね。食べたいって言ってたりんご飴の店」
「わぁ!美味しそう……」
なんだかうまい具合に誤魔化された事に、私は気が付かなかった。
文芸部の皆と回った時は、基本何があるかとか出し物とかを見て回っただけだし、ちょっとお腹空いてたんだ〜!
すごい美味しそうな匂いがそこら中から匂ってくるんだもん!
ちょっと小さめのりんご飴を食べながら、次何を食べようか〜なんて話しながら歩いてると、見覚えのある背中が見えた。
雫ちゃんも気が付いたみたいで、なんでだか少し残念そうだった。
相手もこっちに気が付いたみたいで、手を振りながら小走りでこっちに来てくれた。
「紅葉ちゃん〜。会えて良かった〜。その浴衣似合ってるね〜!」
「ありがと〜!美月ちゃんもとっても似合ってる!」
「ほんと!?嬉しい!ありがと〜!」
「どうも……奥田さん……」
なんでか少し声のトーンが下がった雫ちゃんが、私の後ろから美月ちゃんに声をかけた。
心なしか、いつもよりちょっと怖いような気がする……。
いつもはクールな女の子って感じだけど、今はどっちかと言うと怒ってる感じすらする。まぁそんな事ないんだろうけど。
「ど……どうも……。ねぇ〜皐月と凛も早く来てよ〜!」
「美月がさっさと走って行ったくせによく言うよなぁ……」
「ほんとほんと〜」
そう言いながら、少し呆れ気味の皐月ちゃんと凄く疲れたような顔をした凛ちゃんが後ろから歩いて来た。
なんでそんなに疲れてるんだろう……。
「人混みって苦手なんだよね……。人に酔った」
「さっきまで楽しそうに射的してただろ……。あんたのせいでうちら出禁になったんだけど!?」
「楽勝すぎるのが悪いんだよ。あんな近くから撃ったら当たるで……痛!」
「調子にのるな〜!」
ニヤニヤしながら自慢げに話してた凛ちゃんの頭に、皐月ちゃんのチョップがはいった。
なんか……相変わらず微笑ましいなぁ〜。なんて思ったり。美月ちゃんは呆れてたけど。
でも……出禁になる程って、一体どのくらい取ったのかな……。
「ん〜。一応心配だからって一緒に来てくれたお兄ちゃんのバックがいっぱいになるくらい?大きいやつ狙ってたらすぐいっぱいになっちゃってさ〜。いや〜大量たいりょ……もうやめてお願い!」
「別に髪触っただけじゃん。そんなにビビるなよ……」
明らかにワザとやってるけど……言わないほうがいい気がする。
でも、本当に凛ちゃんって凄い人なんだ……。
美月ちゃん達は落ち込んでたから誘ったって言ってたけど、案外元気そうだし。
皐月ちゃんともいつも通りみたいで良かった。
「あれ?そう言えばお兄さんは?」
「あ〜お兄ちゃんは私が取ったやつ家に持って帰るって一回帰ったよ〜。花火までまだ全然時間あるし大丈夫だろって〜」
「良いお兄さんだね〜」
「ほんとだよ……。あの人もよくこんな子の面倒見るよな……」
いつの間にか、手に持ってたりんご飴は割り箸一本に姿を変えていた。
その代わり、美月ちゃん達3人が加わって、花火まで一緒に回る事になった。
花火はまた文芸部の皆と集まって見る事になってたから一緒には見れないけど……。
「美月ちゃん達はなにか食べたいものとかあったりする?」
「それ……紅葉がなんか食べたいだけだろ……」
「あ〜バレてた?」
「逆になんで隠せてると思ってたんだ?さっきから食べ物系の屋台通りすぎる度にうらめしそうに見てたじゃん……」
「紅葉ちゃんは何か食べたいのあるの?」
必死に隠そうとしてたことがあっさりとバレて、その挙句に微笑ましいと言う感じで聞いて来た美月ちゃんに、少しだけ恥ずかしさを覚えながら正直に綿菓子が食べたいと白状した。
凛ちゃんだけは同感!って賛同してくれたけど、他三人は微妙な顔をしてた。
「いや……なんと言うか……な?」
「うん……。予想通りすぎてちょっと驚いてるというか」
「紅葉ちゃんってやっぱり子供っぽい所あるよね」
「だってさ〜!夏祭りって言ったら綿菓子じゃんか〜!」
「小学生か!はぁ……。確か綿菓子ってあっちだったよな?ほら、行くぞ。もう1人小学生みたいなやつがいるみたいだしな」
「綿菓子食べたいってだけで小学生って言うのやめてくれる!?」
私もちょっと納得いかないんだけど……。夏祭りで綿菓子食べないなんてありえないじゃん!ほら!凛ちゃんも同意してくれてるし!
「小学生2人が意気投合してるけど……ほっとくぞ」
その後、無事に綿菓子にありつけた私達2人は、近くのベンチに座って2人で一個の綿菓子を分け合った。
思ったより綿菓子が大きかったから、1個だけで足りるだろ?って皐月ちゃんの言葉で……。
私は別に良かったけど、美月ちゃんと雫ちゃんが複雑そうな顔をしながら私達が綿菓子を食べてる所を眺めていた。
凛ちゃんも凛ちゃんで、なんでだか申し訳なさそうにしてたし……。
私は全然良いって言ったんだけどなぁ。
「あ!こんな所にも射的が!」
「ダメに決まってんだろ……。大体、あんなに取ったくせにまだ欲しいのかよ……」
綿菓子を食べ終わって少しぶらついていると、凛ちゃんがちょっと大きな声でそう言った。
目をキラキラさせながら射的と書いてある屋台の中を眺めていた。
だた……速攻却下されて泣きそうになっていた。
「景品が欲しいんじゃないの!そこにゲームがあったらやるのがゲーマーじゃん!」
「名言っぽく言ってもダメなもんはダメ。また出禁になったら来年困るだろ……」
「ええ……!じゃあさ!一回だけ!ね?一回だけやらせて!」
「……。1回だけだぞ?大きいやつは無しな」
早足で射的の屋台に向かって行った凛ちゃんが、少し不満げな顔でこっちを振り向いた。
ただ、直ぐにスキップしながら屋台の方に行っちゃったけど……。
それからしばらくして帰って来た凛ちゃんは、ビニール袋に入ったお菓子を満足そうに見せてくれた。
皐月ちゃんと美月ちゃんは呆れてたけど、反対に私と雫ちゃんは声も出なかった。
「ねぇ凛さん。あれって1回何発撃てるやつだったの?」
「ん〜。確か7発だったかな?」
「7発しか無いのになんでお菓子が10個超えてるの?」
「固まってた所狙ったらなんか取れた〜」
「取れた〜じゃねぇだろ!大きいのは無しって言ったよなぁ!?」
ちょっと怒ってる皐月ちゃんに、凛ちゃんは涙目になりながら、ゲーム機とかは取ってないからセーフじゃ無いの!?って必死に弁解していた。
それがちょっと面白くて笑ってると、横で何か考えてた雫ちゃんが急に手を引いて歩き出した。
ちょっとドキッとしたけど……少しムキになりながら私達もやるよ!と小さい声で言ってきた雫ちゃんを、ちょっと子供っぽいな〜なんて思った。なんか……小学生見たいっていうか?
「どうだった〜?」
数分後帰ってきた私達は、全然ダメだった事を伝えると凛ちゃんはすごい笑っていた。
なんであんなに取れたのか本当に不思議なくらい難しかった。
実際、景品に玉は当たるけど……みたいな感じで、私も雫ちゃんも取れたお菓子は2個ずつだった。
「浴衣だとちょっとやりにくいかもね〜。まぁこれは長年の経験と慣れがないと〜」
「なぁ凛。私さっきなんて言ったっけ?調子に?」
「ごめんってば〜!だからその手おろそ?ね?」
「はぁ……。何が長年の経験だよ……。直ぐ調子に乗るんだから……」
「紅葉ちゃん。何か欲しいやつとかあった?」
頭を抑えながら謝ってる凛ちゃんと、それを呆れながら見てる皐月ちゃんを無視して、美月ちゃんがそんな事を言ってきた。
私は別にゲームとかはそんなにしないし、お菓子も……まぁあんまり食べる方じゃないから無かったといえば無かったかなぁ……?
「そっか……。じゃあいいや」
「ん?どうしたの?」
「ううん!なんでもない!」
その後、私達は食べたいものを食べたり、出し物を見たり。楽しく過ごした。
だいぶ周りが暗くなってきて、花火が始まる20分前に美月ちゃん達とは別れて、最初に集まった鳥居の所に向かった。
約束した時間の5分前には、鈴音先輩と春奈先輩。あと恵先輩、結奈先輩以外全員揃っていた。
結奈先輩は彼氏さんと一緒に回るって聞いてたから別にどうもしないけど……鈴音先輩達はどうしたんだろう……。
「あ〜あの3人は用が出来てしばらく来れそうにないから先に行ってて〜だって」
朱音先輩が少し笑いながら携帯を見た後、皆にそう言った。
私と沙織ちゃんは特に気にして無かったけど、雫ちゃんは花火を見ると決めていた場所に着くまで、何か考え事をしてたみたいだった。
花火が始まったら私達と一緒に楽しんでたけど……。
「綺麗だね〜!」
「そうね。家以外で見た花火なんて久しぶりな気がする……」
「今日は楽しかったね〜!」
「そうね。とても楽しかった。また来たいね」
「沙織ちゃんも来年一緒に来ようね!」
「はい!是非!」
私達一年生組が花火を満喫してる時、横で何回も携帯にメッセージが来てるかどうか確認してる先輩がいたことに、全員花火に夢中で気が付かなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「なぁ。本当に良かったのか?一緒に花火見なくて。頑張ったら一緒に見ることも……」
「良いの。来年は堂々と一緒に見れるように頑張るんだから!」
「とか言ってちょっと泣いてんじゃん……。ほら」
「……。ありがと……」
隣で歩きながら少しだけ泣いている親友にハンカチを渡して、涙を拭いてもらってると隣でりんご飴を美味しそうに食べながら歩いてた凛がこう言った。
「美月はもっと素直になったほうがいいんじゃないの?」
「凛はもっと自分を抑えたほうがいいと思いけどね!」
「あはは〜……」
「素直……。ね。まぁそうかも知れないけど、今回は我慢するべきだと思ったの。だって……ワガママな子好きになる人っていないでしょ?」
そういう事かよ。と私は心の中で突っ込んだ。まぁ分かるけどさ。
また溢れて来た涙を拭ってから、力強く今年は我慢!と自分に言い聞かせて納得しようとしてる親友の姿を見て、私は少しだけ胸が苦しくなった。
「そういえば皐月。葉月ちゃんはどうしたの?」
「唐突に話題変えたな...。葉月なら多分萩君と一緒に来てるんじゃないか?」
「あ〜!私抜きでまた面白そうな話する気!?その話も聞かせてよ〜」
「はぁ...。なぁ落ち込んでたんじゃないのか?迎えに行った時からそうだったけどさ、全然元気じゃん...」
少しだけ呆れながらそういった私に、凛は何故かドヤ顔で、こう言った。
「あの子には次の大会でリベンジする事にしたの〜。今度は軽く遊んであげるんだから〜」
「そんなだから負けたんじゃねぇのかよ...。で?次の大会はいつなんだ?」
「えっとね〜今月末に全国大会の地区予選があるから〜そこに出るかなぁ〜?」
「また美月と見に行ってもいいか?」
できるだけ自然にそういった私は、内心少しだけドキドキしていた。
凛が気付くわけ無いけど...万が一って事もあるし。
案の定、凛はなんの疑いも無く良いよと言ってくれた。美月と一緒にいられる予定が出来て、この後の花火を一緒に見れない分の回収ができたと少しだけ安心した。
美月はこの後帰ってやる事があるらしいし、凛はゲームがしたいから帰るらしい。私一人だけ残っても仕方ないから私も帰ることにしたんだけど...。
去年も受験で一緒に花火を見れなかったから今年こそは...!なんて思ってたんだけどな。
私は自嘲気味に笑って、美月の横を歩いていた。




