第55話 花火大会の朝
「先輩!あの……えっと……」
「ん?どした?ていうか急にどうしたんだ?2人きりで話したいことがある〜なんて」
私達がいるのは、神社の裏。祭りに来た人たちが表の方で綿菓子やら色々なものを買ったりして楽しんでる中、私は鈴音先輩と2人きりでそこにいた。
ついさっき、2人きりで話したいことがあるとわざわざ来てもらった。
ここは、私たちが初めて会ったあの場所のすぐ近く。ここを少し行った先が、確か私達が初めて会った場所だ。
ここでは、毎年のように花火大会がある。
十数年前にここに来た時に、鈴音先輩と初めて会ったんだ。その場所で、私は告白をする事に決めていた。
これは、作戦会議でもちゃんと2人には説明してる。ここの神社には思い出の場所があるからそこでする!って……。
「先輩!実は……お話ししたいことって言うのは……」
「お……おう……」
「私は!本気で鈴音先輩の事が好きです!あの時、ここで助けてもらった時からなのか、その後一緒に遊んでもらった時からだったかは分かりませんけど……私は!本気で……先輩の事が好きなんです!去年先輩と回った文化祭とかも……凄い楽しかったですし!からかわれるのも……本当は私がリードしたい時もあったけど……それでも嬉しかったんです……」
そこで1回切って、大きく息を吸い込んだ。
少し緊張して早口になってたかもしれない...。少しだけゆっくり話すことを意識して、続きを言う。
「高校に入ってから、先輩に気付いてもらえるかとか色々不安だったけど……ちゃんと気付いてくれた。あの時の私の嬉しさは……きっと先輩にも分からないと思います。それほど私は……先輩が好きなんです!だから……私と……。私と、付き合ってください!」
私は、これまでの思いを全て打ち明けた。これで振られたとしても……まぁ悔いが残らないって言ったら嘘になるけど……それでも!今自分に出来ることは全部した気がする。それでダメなら……仕方がない。
先輩に彼氏はいないって、事前の作戦会議で恵達が言ってたし……ダメだった時は……自分が……男子じゃないせいだと思うしかない。
しばらく先輩は迷ってて……でも、その間私は泣きそうな顔で先輩を見てた。
これまでの全てをぶつけて……それでもダメだった時、私はきっと。というか、絶対に泣くだろう……。
でも……断られたとしても、出来るだけちゃんとしてよう。恵達とも約束したんだ……。
「いい?仮に断られたとしても、すぐには泣かないって約束して。辛いだろうけど……何かしら理由を聞くじゃん?その後、1人にしてくださいって言うか、自分から1人になるかは任せる。でも、先輩の前で泣くのは止めな。先輩だって受験があるんだし、あんたの泣いた顔見て受験に影響出たら嫌でしょ?だから、少しだけ我慢しなさい。良いね?」
「わかった……。出来る限り努力する……。先輩に迷惑かけたくないし……」
改めて先輩を見てみると、可愛いピンクの浴衣を着て私の告白に対する返事を必死で考えてくれてるみたいだった。
ここでちょっと時間をくれ。みたいな事を言われた時は……おとなしく待つしかないって結奈が言ってたけど、私は多分直ぐに答えを言ってくれると思っていた。先輩はそういう人だし……。
「春奈...気持ちは凄い嬉しい。でも...私な?もう直ぐ受験だろ?だからさ……ごめんな……。気持ちは本当に嬉しいんだけどさ……」
「そう……ですか……。ごめんなさい急にこんなこと言って……」
「私の方こそごめんな。あ……ごめん。朱音が呼んでるみたいだからちょっと行ってくる。じゃあまた後でな」
そういうと、鈴音先輩は少し早足で神社の表へと走って行く。
待って……先輩……。いま行かれると……もう会えないような気がするんです……。お願いだから……待って……!
「先輩!」
そこで、私は目が覚めた。数秒……何が起きたかわからなかったけど……頬を伝う涙でなんとなく状況が理解できて来た。
今のは……夢だったんだ……。先輩に振られるのも、先輩が遠くに行ってしまう光景も……全部夢だったんだ。
でも……何故だろう……。夢だとわかったはずなのに、涙が止まってくれない。
振られた理由が1番あり得る答えだったからなのか……それとも、やけにリアルな夢だったからなのか……。心のどこかで……正夢になるかもしれないと思ってるからなのか……。はたまた、その全部が積み重なっているのか。
それは分からないけど……でも、しばらくは目から出てくる涙は止めることができなかった。
だいぶ落ち着いてきたのは、飛び起きて10分後くらいだった。
今冷静になって考えると、私は凄い量汗をかいていた。ちゃんと冷房はつけてるのに、それでもかなりの汗をかいていた。
夢が夢だったから仕方ない気もするけど……出かける前にちゃんとシャワー浴びないと。
「なぁ姉ちゃん。いつまで寝てんだよ。腹減ったから朝飯作ってくんない?」
いろんな事を考えながらぼーっとしてると、扉の前で弟の誠也が朝ごはんをせがむ声が聞こえた。
いつまで寝てるんだって言ってるけどまだ朝の8時なんですけど……。しかも夏休み中の……。
あんたがむしろ早すぎるんじゃない?
あんな夢見なければ私もあと1時間くらい寝てただろうし……。
「はいはい。ちょっと待って今行くから……」
うるさい弟に半分呆れながら部屋を出た私は、出た時になんで目赤いの?って言われてちょっと焦った。
本当にこの子は変なところにだけ敏感なんだから……。本当にめんどくさい。
自分の好きな人に振られる夢見てて泣いてました。なんて弟に言えるわけないでしょ。
ただでさえ生意気なんだから……。余計調子乗るよほんと。
その後、適当にパンを焼いていちごのジャムと一緒にテレビを見ながらだらけてる弟の前に置いた。
え?これだけ?みたいな顔してたけど知らない。めんどくさいんだもん。
私昼から祭りに行くし……。その前にシャワー浴びないとだし……そんなにゆっくりしてる時間なんてない。
お風呂の中で、またさっき見た夢のことを思い出してしまった。
それからは……告白のことで頭がいっぱいで、自分で決めた事なのに挫けそうになっていた。
多分……恵や結奈に相談してなかったらだいぶ前に怖気付いてた気もする。
今は……自分のことのように心配してくれた2人の存在があって頑張れている。
もちろん、鈴音先輩へのいろんな思いもあるし……こんなことに巻き込んだ?後輩の子にも少しだけ申し訳なく思ってる。
あの子は内心少しだけ喜んでそうだけど……。まぁそれは良いか。
「姉ちゃん今日祭り行くんだったらさ〜俺にもなんか買ってきてくんね?行くのめんどい」
「は?自分で行けば?適当に男子誘えば来るでしょあんた」
「その言い方は酷くねぇか?初日に行ったのになんでまた行かなきゃなんだよ」
「初日に行ったんなら別に良いでしょ。私は今日それどころじゃ無いの!」
「何だよそれ……。妙に気合い入れちゃってさ〜。告白でもすんのかよ……」
少し呆れ気味に聞いてきた弟に、図星を言われて少し焦った私は、出来るだけそれを表情に出さないように努力しながら誤魔化した。
「はぁ〜?な訳ないでしょ!大体私には好きな人なんていないし〜!?」
「あ〜ビンゴなのかよ。相手どんなやつなの?アドバイスしてやるよ」
なんでバレたのよ……。ほんとこういう事だけ敏感なんだからさ……。
でも、この子にアドバイスを貰うっていうのは……割とありかもしれない。この子……変にモテるらしいし……。
本人が言ってるだけだから本当かどうかは知らないけど……顔だけは普通より少し良い部類に入るだろうし……。性格はちょっとあれだけど……。
「何だよその顔……。俺の顔になんかついてんのかよ……」
「別に〜?で?アドバイスって何?」
「告白する事自体は否定しねぇのかよ。まぁめんどくなくて良いけどさ……」
「どうせ否定してもはいはいとか言って流すでしょうが……」
「まぁそうだな。で、俺が言うとするならだけど……何で悩んでんのか知らんけど、自然体でいた方がいいぞって事。変に緊張してると出来るもんも出来なくなるぞ?姉ちゃんは本番に弱いタイプなんだから余計な。今のままだったら100振られる。相手が仮に姉ちゃんの事好きだったとしても、普段の姉ちゃんと全然違うから絶対振られるな。もうこれは断言すらできるレベル」
自信満々に、それもちょっとドヤ顔なのがイラっとするけど……実際その通りなんだから仕方ない。
私はいつもイメトレでは完璧なのに、いざ鈴音先輩を前にすると本調子が出なかったり……からかわれるシミュレーションして大丈夫だった時も、いざとなると全て無に帰る。
微妙に的を射てるところがまた更にイラっとする……。
「自然体って言ってもさ……どうすればいいのよ……。告白する前ってみんなこんな風になるでしょ!?」
「いや俺は告った事ねぇから知らん。でもな?仮に今振られるかもって思ってんだとしたら、その考え自体捨てた方がいいぞ?っていうか、会っていきなり告る訳じゃ無いんだろ?なら告る直前まで告白云々のことは考えない方がいいぞ?姉ちゃん、自分では隠してるつもりだろうけど、ガッツリ顔に出るんだから相手にバレるぞ?」
日頃の態度的に既にバレてそうな気もするけど……。なんて言えるわけもなく、私は、ただ続く弟からのアドバイスを真剣に聞く事しか出来なかった。
お風呂上がりでまだ髪は乾いてないし、上がったばかりだからまだパーカーしか着てないけど……。
「で、どんな格好で行くかどうか知らんけど、浴衣着て行く気ならやめとき」
「は?それはなんで?」
「相手年上?年下?」
「……。一個上の先輩だけど……」
「だったら尚更。受験勉強とかいつから始めるかそんな知らんけど、早い人はもう始めてるだろ。そんな合間縫って来てるんだったら相手も普段着だろ。それに浴衣で行ってもしゃーないし、男子って好きじゃ無い人の浴衣以外別にどうとも思わないぞ?これは俺だけかもしれんけど……少なくとも、俺が相手だったら自分と同じ感じで来て欲しいぞ」
相手は別に男子じゃ無いし……あんたも今年受験生なんだからそろそろ勉強始めたら?とか色々文句は出てくるけど……意外とこの子が言ってることが合ってることに、内心すごい驚いてた。
後輩の1年生組は何人か浴衣で来るらしいけど、鈴音先輩と朱音先輩。そして私と恵は普段着で行こうと話してた。
結奈は途中で彼氏と回るから浴衣で来るって言ってたけど……鈴音先輩たちが浴衣で来ないのは、さっきこの子が言ってた理由と大体同じだった。
朱音先輩は受験勉強あるから浴衣選んでる暇あったら勉強したいらしいし、鈴音先輩はそもそもあんまり好きじゃ無いらしい。
私と恵が普段着で行くのも、鈴音先輩達に私達だけが普段着だとアレだし、良ければ普段着で来て欲しいって言われたからで……。
「で、最後にもう一個。これは姉ちゃんなら分かってると思うけど、告る場所は考えろよ。間違っても大勢の前で告るなよ?」
「そんなつもりは無いけど……一応理由聞いていい?」
「やられた事あるけど、正直周りの目線がきつい。体育祭の最後とか、文化祭の最後にノリで告るやついるだろ?ああ言うのって、視線とかがあるし体育祭とかのせいで気分上がってるから、それほど好きじゃ無いけどオッケーする事って結構あるのよ。ただ、そういう奴らに限って大体2ヶ月もしないうちに別れる。もちろん続くやつはいるだろうけど、体育祭とかのレベルじゃ無いだろ?花火大会って。俺だったら迷惑極まりないな。それなら後日体育館裏とか放課後に呼び出されて告られた方が何倍もマシ」
「そう……。別にそんなつもりはなかったけど……覚えとく。ありがと」
「じゃあアドバイス代で綿菓子かりんご飴よろ」
「……。はいはい」
なんか納得行かないけど、一応助かったしこれくらいはいいや。
それから数十分後には、アドバイス通り告白の事はすっかり頭から抜けていた。
もちろんさっきみたいに急に思い出す事はあるだろうけど、出来る限りいつも通りで……。今日だけは、誠也を信じてみようと思う。
それから2時間後。先輩達のお願い通り、少しだけオシャレはしたけど、普段着で家を出た。弟も珍しく応援してくれたし……少しだけ元気が出て来た。
でも、男子が好きな人以外の浴衣を見ても別になんとも無いってそんな事ない気がするけど……。
あの子が恋愛とかに興味なさすぎてそう感じてるだけなんじゃないか。なんとなくそう思える。本当のところは分かんないんだけどさ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ねえ。正直、春奈の告白成功すると思う?」
電車で横に座る浴衣姿の少女にそう言われて、私は改めて考えてみる。
もちろん、春奈は親友としても女の子としてもこれ以上ないってくらい純粋で良い子だ。
ただ、だからと言って告白が成功するかどうかは別問題だとも思う。
「春奈にはちゃんと言ったけど……やっぱり厳しいんじゃないかな……。鈴音先輩が男子なら……可能性は全然あっただろうけど」
「全然どころか、むしろ成功する気しかしないレベルだよね……。やっぱり恵もそう思ってたんだね」
「先輩が百合好きっていうのは1つ大きいポイントではあるだろうけど……物語と現実じゃやっぱり違うだろうしね……」
「だろうね。日頃のイチャつきが本気で好きだからやってたのか、単に反応が面白いからやってただけなのかもだいぶ問題になって来るだろうけど……後者だろうね」
「うん。私もそう思うよ……。後は春奈がどうするかだね」
「結局本人次第だからね。まぁ……あの様子だと逃げ出すって事はないと思う」
とりあえず1番懸念してた途中で恥ずかしくなって逃げ出す。って可能性は結奈も無いって考えてるらしい。作戦会議とかの様子からだけど……。
まぁ結果が悪かった場合どうなるかだけが後は心配。夏休み中しばらくは家から出てこれないだろう...。
「もう直ぐ春奈が合流して来るだろうけど……あの子が聞いてくるまでは告白云々の話は出さない。良いよね?」
「もちろん。変に刺激する事ないよ。はぁ……。成功。すると良いね」
私も結奈も、親友の告白が成功する事を祈って春奈が合流する予定の駅に着くのを待った。
合流した春奈が、予想以上にいつも通りで2人とも凄いびっくりしたけど。




