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第52話 久しぶりの2人きり

 私は放課後美月と一緒に乗り込んだ電車の中で、朝にもしたけど……一応頬をつねった。

 ちゃんと朝同様痛かった。これが日頃のストレスとかのせいで見ている夢という可能性は無くなった。


 今隣には、子供みたいに流れて行く景色を眺めている美月が立っていた。

 今日の朝、ダメ元で言ってみたデートをオッケーしてくれた時も思ったけど……嬉しすぎる……。


 もちろん、この気持ちは本人には知られてはいけないけど……それでも!好きな人とのデートはやっぱり嬉しい。


「皐月?どうかした?」


「え?あ〜いや。なんでもない」


 今日は朝からやたらと心配されるけど……そんなに顔に出てるのかな……。自覚はないけど……もう少し気をつけたほうがいいかも知れない……。


 それでも完全には消しきれてないのか、電車を降りるまでに何回も心配された。

 この子が紅葉に惚れてから……2人きりのデートはあまりしてなかった。

 まぁデートって言っても凛の大会について行くとか……この間の洋服選びの時とか……。


 美月本人はデートと思ってないと思うけど……私にとっては立派なデートだ。今回ほど嬉しかったのは初めて2人で出かけた時以来だと思うけど……。最近辛い事をかなり我慢してるんだから、これくらいのご褒美をもらってもバチは当たらない気がする。


 学校近くの駅から電車に揺られて10分くらいで目的の駅に着いた。

 時間が時間だからなのか、電車の中は少し混んでて、かなり美月の近くにいれたことは良かった反面、顔が少しだけ赤くなってる気もする。しっかりしなきゃ……!いつもの皐月モードに戻らないと……。


「ふ〜。だいぶ混んでたね〜」


「そうか?こんな時間なんだしあんなもんじゃないか?それより、私らも早いとこ行かないと行列出来るかもしれないぞ」


「あ!そうだね。急ご〜」


 この前美月と一緒に買いに来た時、今の時間より少しだけ遅くて、店には既に10人くらいが並んでいた。

 駅の中にある小さな店なのに……結構人気らしい。


 美月と私は、紅葉が過去に行ったという言葉だけを頼りに探したから、かなり時間がかかった。結局、紅葉の事だから真反対とかあべこべの事言ってるんじゃないか?みたいな話になって辿り着いた時はなんとも言えない気持ちになった。


 美月はあの頃の紅葉ちゃんはまだしっかりしてた気がしたんだけどなぁ〜。って言いながら笑ってたけど……。


 私は中学時代の紅葉のことは全くと言っていいほど知らない。

 もちろん、美月から度々話は聞いてたけど、直接会って話したりはしてない。理由は……会った瞬間にどうにかなりそうだったから。


 もしかしたら、急に泣き出すかもしれないし、敵意を向けてしまうかもしれない。そんな気持ちがあって、怖くて会えなかった。


 だから、初めて紅葉の姿を見たのは入学式でだった。入試の時はそこまで気にしてなかったし気が付かなかった。

 美月は遠くから本当にいる!って凄い嬉しそうにはしゃいでたけど...私は正直、複雑だった。


 だから高校入学後1週間くらい、美月と離れてしまったんだ……。ショックすぎて……。


 まぁそんな事は今はいいや。もう済んだことだし。


 目的の店まで一緒に小走りで向かった私達は、まだ3人しか並んでない事に安堵しながら、最後尾に並んだ。

 葉月にも買って行ってあげよ……。このシュークリーム凄い美味しいらしいし……。


「いらっしゃいませ〜。あ……この前も来てくれたね〜。お友達は喜んでくれたかな?」


 私たちの番になってレジに立ってる優しそうなおばさんがそう言ってくれた。

 多分、この前美月と一緒に来た時、美月がすごい焦りながらシュークリームまだありますか!?なんて聞いてたから覚えててくれたんだろう。


 この人は50歳くらいのおばさんだけど……髪に白髪がかなり多いせいで70代くらいに見えたりもする。


「はい!すっごく喜んでくれました!この前はありがとうございました!」


「うんうん。良かったね〜。それで?今日もあれかい?」


「あ……はい!あのシュークリーム……皐月は何個?」


「えっと〜私は3個で」


「じゃあ私も3個でお願いします!」


「はいよ。ちょっと待っててね〜」


 その後、店の奥の方に行ったそのおばさんは、シュークリームを3個ずつ袋に詰めて持って来てくれた。


 このお店はパン屋さんなんだけど……1番売れてるのがこのシュークリームらしい。この前来た時、自嘲気味にそう言って笑ったこの人を私は覚えてる。まぁ……普通にパンを買ってる人もいるらしいけど……。


「えっと〜合計で1500円ね〜。はいちょうどだね。また来てね〜」


 やっぱりここのシュークリームはそこら辺のシュークリームより高い……。

 1個200円ちょっとする……。毎週3個とかになると流石にきついかもしれないけど……美月と来れるなら月一くらいでなら……。

 帰り道、少しだけそう思ったりもした。


 次電車が来るのが10分後。それまで、ホームの待合室で私達は今買ったシュークリームをぱくついていた。

 紅葉があんなに美味しそうに食べてたし、かなり期待してたけど……めっちゃ美味しかった。


 念の為に3個買って良かったと本気で思った。


 葉月が気に入ってくれたら半分に分けてもう一回味わえるし、もう良いよって言ってくれたら……またこの味を楽しめる。

 1個が普通より高いせいか、普通のシュークリームより若干大きいけど……それが逆に良い……。


 この幸せが長く続く……。隣に座ってる美月も幸せそうに食べてるし……。


「どうだ?」


「うん!すっごい美味しいね!流石紅葉ちゃんだよ〜!」


「そう……だな。本当に美味しい……」


「また来ようね!」


「え……?あ!うん!また来ような!」


 思わぬ一言が、私の思考を一瞬だけ停止させたけど、なんとか戻って来て答えられた。

 てっきり次は紅葉と来るんだろうと思ってたし……それが、私を選んでくれた。


 なんでも1番には自分でも私でもなくて、紅葉が来るこの子が、紅葉じゃなくて私を選んでくれた。それだけで凄く嬉しい。

 これで、もうしばらくはまた頑張れる気がする。


「なぁ。一つだけ言っても良いか?」


 美味しかったシュークリームを食べ終わった私は、学校で気になってた事をこの機会に聞いて見ることにした。

 ヘタしたら、私の気持ちがバレてしまう可能性があるけど……まぁ多分だけど何とかなると思う。


「どしたの?」


「いや、美月さ。紅葉の隣になってからずっと紅葉の方しか見てないけど……勉強の方は大丈夫なのか?」


「あ……いや〜それは〜……うん……」


 そう言った美月は、自信なさげに下を向いた。多分自分でも気にはしてたんだろうけど……直せないんだと思う。


 私も今の位置になってからは黒板を見ようとすると、必ず紅葉の方をチラ見してる美月の姿が目に入る。

 その度に、ちょっとだけモヤっとするのもあるし……さっき言ったみたいにこの子自身の勉強の方が心配だったりする。


「はぁ……。あのなぁ……。休み時間にイチャつくのは良いとして……授業中だけはせめて先生の話ちゃんと聞こうな?」


 その後に、私も授業に身が入らないし……。と心の中で呟いた。

 美月が紅葉の方をチラ見してる光景なんて見たら……気になって私も授業に集中できない。

 一応先生の話は聞いてるけど……前の席の時より格段にノートが取れなくなった。


「別にいちゃついてる訳じゃないもん……」


「同じだろ……。とにかく、嬉しいのは分かるけど、授業中は授業に集中しな?良いか?」


「わかった……。できる限り頑張る……」


 ダメだなこりゃ……。そう思ったのは美月には内緒だ。

 一応本当に分かってはいるんだろうけど……治らないだろうなぁ……。はぁ……。


 これって……2人の関係を進めるのに邪魔になってたりするかな……。いや、多分確実になってるな……。

 文芸部に入って欲しくなかったのも……どこかであの子とくっついて欲しくないって思ってるからなんだろう。


 自分ではとっくの昔に納得したはずなのに……やっぱりまだ納得できてない部分があるのかもしれない……。

 まだ美月を好きな気持ちは変わってないし……。


「あ!私も皐月に聞きたいことがあったんだ!良い?」


「ん?なんだ?」


「やっぱり、緑川さんの好きな人って紅葉ちゃんだよね?」


「あ〜その事か。まぁあの態度からすると間違いないんじゃないか?ちょっと複雑そうだけどな……」


「どゆこと?」


 もう直ぐで電車が来るのに……こんなややこしい事聞くなよ……。と心の中で愚痴りながら、私なりの考えを美月に分かりやすく。

 あくまでも自分では分かりやすい。と思ってる話し方で説明する。


「多分、緑川は自分が紅葉の事を好きだとは思ってないと思うんだ。理由はいくつかあるんだけど……例えば、席替えの前、あの子が休んだ時があっただろ?多分その時に紅葉が見舞いに行ったか、メールしたかは知らんけど、多分何かしらのきっかけがあったんだと思う。ただ、自分のこの気持ちが何なのか。まだ分かってないんじゃないか?反応を見てると、どうもそんな感じがする。無いと思うけど恋がどんな感情なのか分かってない。っていうのが一番分かりやすいかな?」


「高校生にもなってそんな事ってある……?」


「近くにちょうど良い奴がいるだろ?美月が好きな人も多分分かってないタイプの人だと思うぞ?」


「でも……中学生の頃私より頭良かった紅葉ちゃんが!?そんな事ってある?」


「もちろん反応とか見てただけだし私がそう思ったってだけだけど、この前デートがどういう事なのかって聞いてきただろ?恋知ってる人がそんな事聞くか!?」


「う〜ん……。確かに……」


「確信は無いけど……あ……これはいいや。多分違うから」


 言いかけた言葉をぐっと飲み込んで、その後に美月が何と言おうと、私はその事を言わなかった。いや、言えるわけがない。


 美月の話だと、美月をかばったせいで紅葉は男子がちょっと怖いって思ってる可能性があると……。

 そのせいで恋なんて感情には無縁だったのでは無いか。なんて、言えるわけがない。


 もし仮にその通りだったとしても、そんな事を言ったら絶対にこの子は傷つく。

 というか、数日学校に来なくなる可能性すらある。自分のせいで紅葉の人生を大きく変えてしまった……。とか大袈裟に捉えて……。


 そんな泣いてる美月なんて見たくない。泣くのは私だけで良い。


 結局、乗るはずだった電車を一本乗り過ごし、家に帰ってきたのは、19時少し前だった。

 電車の中で葉月には先にご飯を食べといて。ってメールしたから特に何も言われなかったけど。


 駅で美月と別れた私は、直ぐに昨日の公園に向かって、思いっきり古いブランコを漕いだ。

 ギーギー言ってて少し怖いけど……スカートがすごいひらひらして鬱陶しいけど……そんな事気にしないほど私は嬉しかった。


 今日。1日あったことがやっぱり夢だ!なんて言われたら、1日は泣いてる自信がある。


 思いっきりジャンプして飛び降りた衝撃で、これが間違いなく現実だと自覚すると、思いっきり飛び上がった。


 そして、まだ夕焼けが出てるせいで、少しだけ明るい公園内に、「やった〜!」の声が響いた。

 自分でもビックリするくらいの声量が出た私は、近くのボロボロのベンチに置いてた鞄とシュークリームが入った袋を持って、スキップしながら家に帰った。


 葉月に渡したシュークリームは、やっぱり気に入ったらしく、週末にラスト一個を半分こしようね。と約束した。


 その日、いつものように夜中寝ようとしてたら葉月が部屋に入ってきて、隣に潜り込んできた。シャンプーのいい香りがするなぁ……。と思いながら頭を撫でてあげると、笑いながら一緒に寝ていい?なんて聞いてきた。


 相変わらず、この子は可愛いなぁ……。なんて思いながら、私も笑って一緒に寝た。


 次の日、冷蔵庫から昨日食べずに取っておいたシュークリームが消えていた。

 犯人である父は、葉月にこれ以上ないってくらい怒られていた……。

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