第51話 何故かテンションが高い親友
怒涛の?席替えから一夜明けてまだ嬉しさが消えてない私は、いつもより早く起きた。
昨日は念のために持っていった中学時代の眼鏡が役に立った。
コンタクトにした今でも念の為と、取っておいて良かったと本気で思った……。
しかも!似合ってるって言ってくれた!あの時みたいに……。
「その眼鏡。似合ってるね!ねぇ。良ければ一緒に遊ばない?良ければだけど……」
それは、初めて会った時に言ってくれた。私がいろんな意味で救われたその日に言われた言葉だった。
別に好きでかけてるわけじゃないこの眼鏡の事でいじめられ、不登校になろうかとも真面目に考えたことがあったあの時、そんな地獄から自分の事なんて考えず、助けてくれた子が言ってくれた言葉。
その後、私へのいじめは比較的にマシになったけど、代わりにその子が酷い目に遭ってしまった。
だから……すごく申し訳ない事をした……。そんな気持ちが無かったわけではないけど……当時の私は、そんな事よりもこんな人がいるんだ!という感情の方が先に立っていたと思う。
当時の私みたいな女の子相手でも嫌な顔一つせず、むしろ嬉々として付き合ってくれた人なんて、皐月と凛以外では初めてだったんだから。
でも……それだけじゃ無かった気もする。紅葉ちゃんを好きになったのは……もっと別の。理由だった気がする。
もちろん、きっかけはあの事だろうけど……決定的だったのはなんだったっけ……。
その事についてもう少しだけ考えようとしてた時、机の上で充電していた携帯が震えた。
誰かからメッセージが来たみたい。一旦考えるのをやめて、そのメッセージを確認すると最近学校に来てない凛からだった。
「今日も多分行けないから適当に先生に説明しといて〜。よろしく〜」
なんというか……もう慣れたけどなんで毎日こんな事言ってくるのか……。
別に凛が学校に来なくても大体の先生は理由なんて私が言わなくても勝手に想像してくれるでしょうに……。
っていうか、今度の大会は今月の半ばって言ってたっけ。準備が早すぎる気がするんだけど……気のせい?
「勉強のせいでしばらくゲームの時間削ってたから仕方ないじゃんか〜。そこまで大きい大会じゃないから優勝しないと私の名が泣くよ〜!」
「はいはい。それってどこでやるの?」
「どこでって言われても……隣町のホールだよ?」
「皐月と一緒に行ってもいい〜?」
「別に良いけど……ネット配信されるらしいから話せないと思うよ?」
「オッケー。なら今日皐月に聞いとく〜」
「あ、本当に来るの!?なら皐月に言っといて。私がどんだけダサい格好してても終わった後怒んないでって……」
この2人は相変わらず上下関係がわかんない……。普段は普通に仲良いのに……。まるで姉妹みたいでちょっと羨ましい。
私に取っての皐月は、頼りになる親友。どっちかって言うとお姉ちゃんみたいな感じだけど……皐月はどう思ってるんだろう……。まぁこの2人は中学からこんな感じだしいいか。
「はいはい。一応言っとくけど……保証はしないからね」
「頼むね〜。じゃあよろしく〜」
はぁ...。なんだかどっと疲れたような気がする……。これだけのやり取りで疲れるって何なんだろう……。
凛のお兄さんも別に何も言わないらしいし……流石に少しは学校に来ないと出席日数とかマズイんじゃないかな……。
あの子の場合、英語以外が壊滅的でテストの度泣きながら勉強してるから少しくらい……ねぇ?
少しだけ深いため息をついた私は、凛とのやり取りを終えてから少しだけベットで横になろうとダイブした。
中学時代の思い出の品に囲まれたこの部屋は、皐月や凛。そして、紅葉ちゃんとの思い出が詰まっている。
例えば……遊園地に行った時の写真が飾ってあったり、紅葉ちゃんと一緒に遊びに行った時の写真。凛の大会に一回だけついて行って英語が分からずに泣きそうになっている写真……。これは……いやまぁいいや。
そんな思い出達に囲まれた部屋のベットでゴロゴロし始めて2分後位に今度は皐月からメッセージが飛んで来た。
内容は、今日の放課後に紅葉ちゃんの誕生日にあげたシュークリームを食べに行かない?と言うものだった。
一昨日確かそんな事を言ってた気がする。別に今日の放課後は特に予定が無かったからそのまま二つ返事でオッケーした。
そんなことをしているうちに、いつの間にか朝ごはんを作らないといけない時間になってしまった。
急いでキッチンに向かって走った私は、冷蔵庫の中身から適当に選んで私と弟の分を慣れた手つきで作っていく。
今日から紅葉ちゃんの横で授業が受けられる……。少なくとも1ヶ月はこの環境が続く。
昨日の眠そうだった紅葉ちゃんも可愛かったし……寝ちゃった紅葉ちゃんもすごく可愛かった。
毎日こんな光景が見られるなんて天国以外の何者でもない。本当に昨日の私ナイスすぎる!
そんなことを考えていたせいなのか、少しだけ卵焼きを焦がしてしまった。
まぁ……これはお弁当用にすればいっか……。お弁当のおかずは……今日は適当に冷食でいいや……。私だって時々サボりたくなる時はある。弟はどうせ早食いするから気が付かないだろうし……。
あ〜萩はこれ嫌いだったっけ……。栄養ドリンクは〜どこ置いたっけ……。
私が朝食とお弁当を作り始めて20分ほどした頃、萩が目をこすりながら部屋に入って来た。
いつもより少し遅かったなぁ……。よっぽど昨日の部活がきつかったらしい。
昨日も夕飯を食べた後にすぐ自分の部屋に戻っていったし……。
「おはよ。朝ごはんもう出来てるからちゃっちゃと食べな?」
「ん〜。今日いつもの2つにしてくれない?」
「はいはい」
萩が言ういつものとは、水筒の代わりに持って行ってる栄養ドリンクの事。
なぜかこの子は、学校にお茶とかじゃなくて栄養ドリンクしか持って行きたがらない。どうせ葉月ちゃんにカッコいい!って思って欲しいとかそう言う理由だろうけど……。
そんなのでカッコいいなんて思う女子なんていないと思うけど……。
諸々の用意を終わらせた私は、萩と一緒に家を出て駅まで一緒に歩く。
駅からはいつも萩は葉月ちゃんと一緒に行ってるし、私は皐月と一緒に高校まで行く。
ただ、今日の皐月はなぜかいつもよりテンションが高かった。葉月ちゃんは萩がさっさと連れて行っちゃったし……。
「ねぇ……。なんか良いことでもあったの?」
「ん?いや別に。気にしないで良いぞ」
それだけ言うと、表面上はいつも通りの皐月に戻った。
ただ……なぜかスキップ気味に歩いてる……。何でこんなにはしゃいでるのか……。まるで私が紅葉ちゃんと出かける時みたい……。
学校でも、やっぱりどこかテンションが高い皐月は、紅葉ちゃんにもどうしたの?って聞かれてた。
本当に、何で急にこんな風になっちゃったのか……。
そんな考え事は、4時間目にうとうとしながら寝まいと必死に頑張ってる可愛い女の子を見て吹っ飛んでしまった。なにこの子……可愛すぎる……。
確かに紅葉ちゃんは前、物理の授業は何言ってるかわかんない!って言ってたけど……我慢してる顔...可愛い……。
ちょっと見惚れてしまって授業が終わった後、殆ど白紙のノートを見て、軽くため息をついたけど……どうしよう……。
前よりノートが取れなくなってる気がする……。
5時間目の数学の時なんてもう……さっきとは比較にならないくらい可愛くて、先生にどこ見てるんだ?みたいな事を言われてしまったほどだった。
隣の紅葉ちゃんは可愛く寝息を立てて気持ちよさそうに寝てたから、終わった後に怒られてたけど……。
可愛すぎて起こせなかったの……。ごめん……。
放課後、紅葉ちゃんと緑川さんは文芸部の部室に一緒に向かってしまった……。
その後ろ姿を見て、少しだけ羨ましく思ったりもしたけど……私は文芸部に入ることはよっぽどの事がないとないと思う。
吹奏楽部だって、紅葉ちゃんと一緒に入れたら楽しそうだな〜くらいの気持ちで興味があるって言っただけで……紅葉ちゃんが文芸部に行っちゃった時点で入るのをやめた。
皐月はやたらと文芸部に入るのに否定的だし……私が入る気はない。って言った時はなんでだか凄い安心してたけど……理由を聞いても答えてくれなかった。まぁそれも今となっては別に気にしてないんだけどさ……。
そんな私は、皐月に肩を叩かれて教室の外に歩いて行く2人の背中を見るのをやめた。
「そろそろ行かないか?早く行かないと帰るの遅くなるぞ」
「そうだね。行こうか」
学校を出たあたりで急に皐月が手を握って来て、こんな事久しぶりだなぁ〜って思いながら握り返すと、なぜか少しだけ顔を赤くして下を向いてしまった。やっぱり今日の皐月はテンションがおかしい気がする……。
皐月から手を握って来たことなんて中学生の頃以来だし……。私から握ることはあったけど……。
「そういえば、今月の半ばに凛が出る大会あるじゃん?」
駅までの短い道で、朝凛と話した事を話しておこうと思って切り出した私は、皐月が何も反応してくれないから思わず顔を覗き込んだ。
そしたら、聞いた事がないような声を出して真っ赤な顔の皐月が顔を上げた。熱でもあるの?
「だ……大丈夫!それで?凛の大会がどうしたんだ?」
「一緒に見に行かないかな〜って思って。日曜にあるらしいから暇なら一緒にどうかなって」
「行く!あ……いや……。美月が行くなら行く」
「なんで言い直したの?」
「別に良いだろ……。じゃあ、2人で行こ」
皐月は妙に2人で。と言う部分を強調しながらそう言った。
凛の大会に紅葉ちゃん達を誘うのもあれだし、別に最初から2人で行こうって思ってたけど……本当にどうしたんだろう……。
「あ!そういえば凛がね。どれだけ私服がダサくても大会終わってから怒らないでって言ってたよ」
「よほどじゃないと別になんも言わないよ……。あの子の場合は、よほどだからいっつも怒ってるんだし……。」
「分かるけどさ……少しは抑えて上げてね」
ちょっとだけ苦笑しながらそう言った私に、渋々と言った感じで了承してくれた皐月は駅についてから一層テンションが上がったみたいだった。
ここから少しだけ電車に乗ってあのシュークリームが売ってた店に行くんだけど……萩にも買って行かないとなんか言われそうだなぁ……。そう思いながら私は電車に乗った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
昨日、家に帰った私は、お姉ちゃんの靴がないことに気がついた。
萩君と一緒に帰って来たからかなり遅くなったはずなのに、まだお姉ちゃんは帰って来てない。
多分、こんな時はあそこにいると思うんだけど……。
そう思って近くの公園まで走った私は、ブランコに揺られながら泣いているお姉ちゃんを見つけた。
こう言うことは今まで何回もあったし、今日が初めてじゃないけど……なんで泣いてるのか、その理由は聞いた事がない。
なんだか聞いたらいけないような気がして、今まで聞いたことがなかった。
数年前に偶然見かけて以来、何回かこの光景は見た事がある。
その時、大好きなお姉ちゃんが泣いてる姿になんだか自分まで苦しくなって来て、泣いてしまう事すらあった。
泣いてるところを見た夜は、出来る限り優しく接してあげよう。
そう自分の中で決めてた私は、その夜いつも以上にお姉ちゃんにくっついて、甘えて、自分では優しいと思ってる事を一通りした。
それでもどこか暗い顔をしてたお姉ちゃんは、お風呂に入った後いつもは少しだけ遊んでくれるのに、自分の部屋に帰ってしまった。
少し寂しかったけど、さっきあんな姿を見ちゃった私は別に何を言うわけでもなく、少し心配しながらその日は眠った。
ただ、起きた時、お姉ちゃんの機嫌が昨日見た光景は嘘だったと言うみたいに良かった。
なんか……朝からすごくテンションが高かった。
私が見て来た中でも結構なテンションの上がりようだった。
朝ごはん食べてる時も、なんだかちょっとニヤついてたし……。
学校で萩君に相談して見たけど、萩君も何も知らないみたいだった。
ちなみに、萩君が普段飲んでるって言ってた栄養ドリンクを分けてもらったけど、想像以上に変な味がした。
なんか……水をすっごく薄めたみたいな……。ちょっと苦いと言うか……そんな味。
こんなのを毎日飲んでるって萩君は凄い……。
その日も私は、学校の図書室で萩君の部活が終わるまで、勉強していた。
いつもよりキツそうな顔をした萩君が図書室まで迎えに来てくれたのは、18時になるかならないかくらいの時間だった。




