第49話 誕生日
その日の私は、いつもと違う形で起こされた。というか、起きたって言った方が正しいのかな...。
いつもなら、お母さんが部屋に入って来て起こしてくれる。まぁ自分で起きることもたまにあるけど……ほとんどはお母さんが起こしてくれる。ただ、今日はそれが違った。別に起こされたのは変わりないけど、相手はお母さんじゃなかった。
枕元でずっと何かがブーブいってる……。アラームみたいにうるさくはないけど……気持ちよく寝てた私にとって不快なものであるのは変わりない。多分電話か何かなんだろうけど……あ……切れたし。も〜!後ちょいだけ寝よ……。
そう思った直後、再びその不快な音が鳴り響いて来た。昨日少しだけ夜更かしをしてしまったせいでもう少し寝たかったのに……。そんな思いで自分の頭の上らへんでずっと鳴ってる携帯を探す。
「ふぁい……もしもし……」
「おはよ紅葉ちゃん。今起きたの……?」
「あ〜うん……。おはよ〜美月ちゃん……」
まだ頭が働いてなかった私は、声の主はどう考えても雫ちゃんなのに、なぜだか美月ちゃんだと思ってしまったらしい。
相当寝ぼけてるみたいで、電話の相手が少しだけ笑ってからその相手が美月ちゃんじゃなくて雫ちゃんだと言う事に初めて気が付いた。
「あ!雫ちゃん!?ごめん!ちょっと寝ぼけてて……」
「良いよ起きてくれたから。今日なんの日か分かってる……?」
「今日……?学校休みの日だっけ……。あれ?今日何曜日!?」
「……。まぁいいや。とりあえず、誕生日おめでと。学校に行ってからの方がいいと思ったんだけど、今日はちょっと行けそうにないからさ……。ごめんねこんな時間に……」
「あ……今日私の誕生日だっけ……。もう少し先かと思ってたよ〜。ありがと〜!」
雫ちゃんがこんな時間といった今の時間は、7時30分で別に朝早すぎると言うわけではない。むしろ、普通くらい?
ちょっと気を遣わせてしまったかもしれない……。なんだかちょっとだけ悪い事しちゃったかも……。
「ううん。ごめんね学校行けなくて……。明日には多分行けるから……」
「うん!待ってるね〜」
まだ若干頭がぼーっとしてる気がするけど……雫ちゃんの声の感じから別に体調が悪いとかそう言う感じじゃない事くらい分かる。まぁなんで休むのかは分かんないけど……。
明日には来てくれるって言ってるし別に良い。本当に私の誕生日なら少し寂しいけど……。
電話が切れた後、まるで外で終わるのを待っていました。と言うようなタイミングでお母さんが入って来た。
外で電話が終わるのを待ってたかどうかは分かんないけど……なんだかニヤついてるし多分あってるでしょ。
本当にこの人は……何がしたいんだか……。いつも呆れられてるけどこう言うところだけは私でも呆れて良い気がする。
「おはよ……。もしかして……聞いてたの?」
「別に〜?それより、朝ごはんできてるからちゃっちゃと食べちゃいなさい」
怪しげな視線を私が向けると、逃げるようにお母さんは下に降りていってしまった。
絶対図星じゃんか!どうせ相手が雫ちゃんだからとか言うんでしょ……。もう……。別にそんなんじゃないって言ってるのに……。
最近のいつもの格好になりつつある美月ちゃんに選んでもらった服で下に降りると、お母さんはテレビを見ながらくつろいでいた。
今日って多分平日だよね……。休日みたいな態度取られると勘違いするからやめて欲しいんですけど……。しかも……何そのマカロン……。昨日までそんなのなかった気がするんですけど……。
お母さんは、ソファに寝転がりながら見覚えのないピンク色のマカロンのような模様?をしたクッションを抱きしめていた。
私のほとんどあてにならない記憶が正しければ、昨日までそんな柔らかそうなクッションはこの家には無かった。
お母さんの部屋には滅多に入らないからそこら辺までは分かんないけど……。
「あ〜これ?誕生日プレゼントにどうかな〜って思ってたんだけどね?かなりもふもふしてたから試しに使ってみようかな〜って」
「それって私への誕生日プレゼント?」
「他に誰のだと思うの?」
いや……私への誕生日プレゼントなら普通に欲しかった……。とは流石に言えずに、なんとも言えない顔をした。
まぁ別にこれが初めてじゃないしもう慣れたから良いけど……。でも……帰ったら私もあんな風にしてみよ……。
その後はソファでぐうたらしてるお母さんを眺めながら朝ごはんを食べた。
お母さんは珍しく今日は仕事が休みだから1日ダラける〜って言ってた……。
帰ってもあのマカロンちゃんにはすぐには抱きつけそうにないなぁ……。と少しだけ残念に思った私は、それを隠そうともせずお母さんに目で訴える。まぁ軽くスルーされたけどさ……。
お母さんは家を出るまで、というか私が学校に行く為に玄関から出た時でも、おめでとう。とは言ってくれなかった。
朝雫ちゃんに言ってもらえたのに……と少しだけではあるけど悲しかった。
まぁ雫ちゃんに言ってもらえたし良いみたいなところが無いわけではないけど……。
でも……雫ちゃんに私の誕生日って言ったっけ……。雫ちゃんの誕生日すら私知らないんだけど……。
あ……そう言えば皐月ちゃんには言ったっけ……。どんな流れでその話になったかは覚えてないけど……確か皐月ちゃんの誕生日は……9月7日だっけ……。それで……美月ちゃんが10月の……2日だっけ……。3日だっけ……。ちょっと忘れてしまった……。
まぁまた学校で聞けば良いや……。鈴音先輩達には言ってなかったはずだから……今日は久しぶりに部室に行こ……。最近休みがちだったし……。雫ちゃんいないけど……流石に大丈夫でしょ……。
学校についてから、別に皐月ちゃんや美月ちゃんに何か言われるなんて事はなくて、普段通りだった。
唯一違かったのは、朝のHRの時に入って来た先生がいつもの柊先生じゃなくて、副担任の松原先生だった事くらい?
この先生は確か……3年生の古文か何かを教えてる先生なんだっけ……。よく覚えてないけど……。
多分50歳は超えてるこの先生は、この前ちらっとだけ見た3年生の男の人よりも体格が良くて、ちょっとだけ顔が怖い。
別に性格まで怖いってわけじゃ無かったはずだけど……顔が怖いから少しだけ……。そう、少しだけ苦手。
体格良いから怖いって言うのも少しだけプラスされてる気すらする。
担任の柊先生は、今日は体調が悪くて来てないらしい。私この先生苦手だからちょっと嫌なんだけどなぁ……。
いつもなら横に雫ちゃんがいてくれるけど、今日はいないし……。少しだけ心細いと言うか……。
お昼休み、皐月ちゃんに誘われていつもとは違う場所。なんだか久しぶりに来た気がする図書室で美月ちゃんと3人でご飯を食べた。
なんで教室じゃなくてここで食べたのかと聞くと、朝からずっと疑問だった答えと一緒に答えてくれた。
「あんまり大勢の人に見られるの好きじゃないだろ?だから、教室よりは人がいないここにした。非常階段とかだと見つかった時めんどくさいからな。そんで……ほら。自分で言いな?」
「え……。えっと……紅葉ちゃん!お誕生日おめれ……おめでとう!」
「そこで噛むなよ……」
皐月ちゃんが小声で何か言ってたけど、小さくてよく聞こえなかった私は、とりあえず無視することにした。
でも……私の事を考えて教室では言わなかったなんて……ちょっと嬉しい。
別にあんまり仲良くない人から誕生日のこと祝われても微妙な気持ちになるタイプの人だから……そういう心遣いはすっごく嬉しかったりする。
ちょっと顔を赤くしながら、美月ちゃんが渡してくれたプレゼントの中身は、ちょっと大きめのシュークリームだった。
しかも、私が結構前から食べたい!って思ってシュークリームだった。
なんでか分かんないけど少し高かった記憶があって、なかなか手が出なかったんだよねこれ……。うわぁ……。美味しそう……。
「そんな顔されると……私から先に出せばよかったってなるからやめてくんないか……。いや別に喜んでくれてるなら良かったけどさ……。私は……。はいこれ」
皐月ちゃんのくれたプレゼントの中身は、赤くて、真ん中あたりに何かの動物の絵が描かれたキーケースだった。
ちょうどこの前鍵を無くしかけた私は、結構嬉しかった。
自分で買うと、お母さんになんでそんなの買ったの?みたいな目で見られそうだし……。
もちろん、キーケースを買うこと自体は許してくれると思うけど、私は可愛い動物とかが描いてある奴を見ると、衝動的に買ってしまう癖があるから……なんか微妙なのを選んでしまう気がしてたんだよね……。
その点、皐月ちゃんがくれたのは、可愛いし……お母さんが何も言わないような、私では選べないタイプの物だった。皐月ちゃんもやっぱりセンス良かった……。
「まぁ……喜んでくれたなら良かったわ……。まさか本当に鍵無くしかけたことがあるとまでは思わなかったけどさ……」
「無くしてはないからセーフって事には……」
「ならねぇよ……。はぁ……。まぁとにかく、そのシュークリームってそんなに美味しいのか?美月がえらい自信満々に買ってたけど……」
「そう!これって、めっちゃ美味しいの!前に1回だけ食べたことがあるんだけど……もう最高なの!こう……もう!とにかく最高なの!」
「そう……か……。そりゃ良かったな……」
「うん!ありがと〜!美月ちゃん!」
今までで1番嬉しかった誕生日プレゼントって言っても別に過言ではない気もする。
それほどにこのシュークリームは美味しかった。普通のシュークリームより大きいのに今までで1番美味しかったせいでスッと食べ終わってしまったから……今回はしっかり味わって……。
「おいひい……。しゃいこう……」
「泣くほどか……。なぁ美月。私の誕生日にも同じのちょうだい」
「皐月は自分で買いなよ……。でも……私も今度自分で食べてみようかな……」
「あ〜美味しかった!美月ちゃんはこれ食べてないの?」
「うん。前に紅葉ちゃんが……じゃなくて、弟が美味しいって言ってたからね!?ならちょうどいいかも!って思って」
食べ終わってしまった私は、少しだけまだ涙目だけど、なんとか制服の袖で涙を拭って改めて美月ちゃんにお礼を言う。
本当に美味しかった……。お母さんに頼んでも高いからダメって言われるし……。またちょっとだけ涙が出てきちゃった……。
午後の授業の時ですら、時々あの味を思い出して感激しながら少しだけ泣いちゃう事があって、何も知らない人から見たらかなり危ない子。みたいな感じの行動も起こしてしまっていた。
だって……本当に美味しかったんだもん!仕方ないじゃんか……。
友達に誕生日プレゼントを貰った経験なんて本当に少ないから……余計感動が大きかったのかもしれない。
放課後、2人はすぐ帰っちゃったけど、私は部活があったから部室に向かった。
別れる前にもう一回、ちゃんとお礼を言って……。
ちなみに、家に帰ったら家の中が凄い飾られててビックリした。
お母さん曰く、この為だけに今日一日休みを取ったんだからあのマカロンちょうだい!だって...。
もちろん断ってマカロンちゃんは私の部屋に救出したけどさ...。
自分が買った誕生日プレゼントを渡した本人に頂戴って言うのはどうなの...。
私の家では、私の誕生日ではケーキじゃなくてシュークリームを出してくれるんだけど、それが美月ちゃんに貰ったやつと同じで、少し感動してしまった。
こんなに美味しい物を1日に2回も食べられるなんて...。
間違いなく今日は、今までで1番嬉しかった誕生日だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「な?あれでも十分良かっただろ?これ以上ないってくらい喜んでたじゃんか」
そう言いながら喜んでくれて心底ホッとしていた私に、慰め?の言葉をかけてくれるこの女の子は、当初紅葉ちゃんに渡そうと思ってたものを伝えると、流石にそれはやばいからやめとき。ってアドバイスをくれた子だ。
というのも、最初はシュークリームの5個入りの奴を上げようと本気で思ってた。
ただ、それは流石に重いと言われてやめた。紅葉ちゃんが泣いてまで喜んでくれて、私としても今にも泣き出したいくらい幸せだった。
「本当にありがとね……。皐月……。紅葉ちゃん喜んでくれて……」
「はいはい。でも……緑川が来なかったのは意外だったな。あの子なら絶対来ると思ってたんだけど……」
「でも……いなかったおかげで大分予想通りにことが運べたし良かったじゃん……。もう少しで席替えがあるから……もしかしたら紅葉ちゃんと隣になれるかもしれないし……」
「そうだな……」
なぜか複雑そうな表情の皐月は無視して、本当になんで緑川さんが来なかったのか分からない私は、少しだけ考える。
席替えの件も、最悪隣同士になれなくても、あの2人が出来る限り遠くに行ってくれたら少しは気持ちが楽になる。
そしたら……今よりは正確にノートが取れる気がする……。
今は……時々気が散って大事な部分を写し忘れたりすることが多い……。
もちろん、隣同士になれたらこれ以上ないくらい良いんだけど!
「これが私でも同じようにしてくれたんだかな……」
「ん?何か言った?」
「いや別に?そう言えば、この後どうするかとか考えてるのか?とりあえずもうちょい様子見か?席替えの結果わかるまで……」
「そうだね……。とりあえず今やれることはやった気がするし、席替えの結果次第でどう出るか多分だけどだいぶ変わると思うんだよね。それを今考えても無駄に疲れるだけだし……」
「そうか……。じゃあさ、今度紅葉に買ったあのシュークリーム。2人で食べに行かないか?」
皐月が凛を誘わないで2人で行きたいなんて言うのは珍しいけど、あの子はあの子で誘っても来る可能性の方が低い。
特に、もうそろそろ大会だ〜!みたいな事言って最近はろくに学校に顔見せてないから、ほぼ確実に誘っても断られると思う。
私としては別に断る理由はないから良いけど……なんでいつもより反応が大きかったんだろう……。
まぁいいか……。確かにちょっとだけ高かったけど、あんなに喜んでくれたし!
とりあえず、私たちの紅葉ちゃんお誕生日計画は、なんの失敗もなく、多分だけど完璧に終わった。
あとは本当に席替えの結果次第だ。家に帰り着く前に空に向かって手を合わせた私は、もちろん紅葉ちゃんと隣同士になれますように!と祈った。その願いが本当に叶うかは……まだ分かんないけど……。




