第48話 誕生日前日
その日の放課後、私は美月に呼ばれて家にお邪魔していた。
呼ばれたのは多分、明日が紅葉の誕生日だから。と言う理由だろう。
この子は紅葉と出会ってから誕生日を祝うことはあっても、プレゼントをあげたりすることはなく、言葉でおめでとう。というだけだったそうだ。だから、今年が初めてプレゼントを渡すという事になるらしい。
まぁ私はそこら辺は別にどうでもいいんだけど……この子はなんでこんなに慌ててるのか……。
目の前のこの女の子は、朝学校に来たときからこんな風にあわあわしていて心ここにあらずみたいな感じだ。
何をそんなに慌ててるのか、ほんとに分からない。別に普通に渡せばいいだけでしょうに……。
「なぁ。そろそろ落ち着いたらどうだ?紅葉も心配してたぞ?」
「いや……。違うの……。これは……そう!危機感よ!別に紅葉ちゃんの誕生日が明日ってことは別にどうってことないの!あいや、別に緊張してないとかそう言うんじゃないんだけど!もっと別の問題があるのね!?」
「...はいはい。それで?その問題ってなんだよ」
「皐月も気づいてるでしょ?あの子の様子が最近おかしい事に!」
一瞬紅葉のことを言ってるのかと思って、あの子は普段からどこかしら抜けてるからおかしいだろ。と言う言葉は飲み込む。
自分の好きな人のことを美月が悪く言うとこなんて見たことないし、紅葉のことをあの子。なんて言うわけがない。っていうと……残った紅葉の近くの人といえばあの人しかいない。
「あ〜緑川さんか。まぁ確かに最近少しおかしくはあるよな〜。ありゃ好きな人でも出来たんじゃないか?」
「皐月もそう思う?問題はその相手よ……。あの……最近妙に話してるとこ見る男子じゃないってのは確実だとして、その他にあの子が男子と話してる所なんて見たことないじゃない?」
「なんだよ……。緑川さんが……。本人いないし別にいいか。緑川が紅葉の事を好きとでも言いたいのか?いや……流石にないだろ……」
「なんで!?分かんないじゃんか!きっかけはどうであれ、好きになることはあるかも知んないじゃん!」
「あのなぁ……。よく考えてみ?美月が紅葉に惚れた理由は分かる。それでも、紅葉は高校でもほとんど目立ってないだろ?しかも、美月は中学時代の付き合いがあるからまぁ分かるとして。緑川なんて女子、中学の時はいなかっただろ?そんな関係薄いやつのこと好きになるか?いや……ないとは言いきれないけど限りなく低いんじゃねぇの?」
そう言いながら私が美月の事を好きになったのは実のところ中学に入ってすぐだ。
そこから美月と友達になる事自体は別に難しく無かった。そこから徐々に関係を近くすればいいとのんびり構えていた時、ふと相談されたんだ。好きな子ができたと。
確かあれは……中学2年かそこらだったかな……。泣きながらその子の話をしてくれた美月の事を、今でも鮮明に思い出せる。
自分の好きな子が、泣きながら自分の好きな子の話をしてくるんだ。どれだけ辛かったことか。それも、私は出来なかったことで惚れたなんて言われたら...。そこから先は今とほとんど同じ感じだ。
紅葉の事で度々相談を受け、その都度解決案を出して来た私は、高校も同じところに行くと聞いて正直軽く嫉妬した。それと同時に、あの頃味わった激しい後悔にまた見舞われた。
あの時の紅葉が……もし私だったら……今頃こんな結果にはなっていなかっただろう。
自然と葉月と萩君もくっついていたかもしれない。まぁそのことは今は関係ないか。
でも……私がそうだったように、緑川が紅葉に惚れてる可能性はなくは無い。現状ではそんな判断しかできない。
それも、あの子は学校ではいつもほとんど無表情だし、唯一話せる昼ご飯の時もそこまで積極的に話すわけでは無い。
メールとかだと、紅葉の事好きなのか?って直接聞くのも流石の私でもキツイものがある。
「なんか無いの?あの子の好きな人確かめる方法!もしも仮に!仮に紅葉ちゃんだったとしたら!本当にヤバイかもしれない……」
「...まぁ仮に、緑川が紅葉の事を好きだったとしたら……これ以上ないってくらいヤバイな。ただ……多分だけどそれだけだと思うぞ?」
「どう言うこと?紅葉ちゃんがあの子の事をなんて思ってるかは正確には分かんないけど好意的なのは確かなんだよ!?」
「そこが問題なんだよ」
まだよく分からないと首を傾げてる美月をみて、分かりやすいように鞄からノートとペンを取り出して、今の関係をざっと書いて行く。
紅葉が中心として、仮定として緑川と紅葉を両想いだとする。そして美月が片想い。もちろん私の事は書かない。
「良いか?仮にこの図みたいに紅葉も緑川もお互いが好き同士だったとするだろ?...こらこっち見ろ」
「だって……仮でも嫌じゃん……」
「はぁ……。話進まないからもういいわ。そんで、仮にあの子らが両想いだったとしても、どっちかが告白しない限り関係は前に進まないだろ?で、紅葉はまず自分からグイグイ行くタイプじゃないだろ?あの子はどっちかと言うと、好きな人ができたら距離は縮めようとするけど、縮まった後からは相手が何もしてこない限りその関係を維持するタイプだ。そんで、それは緑川も同じだと思う。ここまで良いか?」
美月の顔を確認すると、なるほど。と言う感じで半分理解して、半分はまだ分からない。みたいな表情をしていた。
もう少し分かりやすく説明できるくらいの語彙力が私にあれば良かったんだけどな……。あいにく、そんな語彙力は持っていない。
「緑川は多分、好きな人ができても影から見守る対応だろ。こっちも相手が動かない限りは動かないタイプだと思うんだよ。私の予想はほとんど当たるからここら辺は多分あってる。そんで、ここからが本題なんだけど両方とも動かないで睨み合ってる戦場はどうなると思う?」
「なにそれ……。なんで急に戦場の話になるの?」
「分かりやすい例えだろ……。あ〜なんて言えば良いかな……。例えば、なんかのレースで対決したとするだろ?そしたら、スタートの合図が出てもどっちも動きません。ってなったらどうなる?って話。分かるか?」
これでも自分ではだいぶ分かりやすいと思ってるけど……私の語彙力の問題なのか、それとも美月が天然すぎてよく分かってないのか。またはどっちもなのか分からないけど……しばらく考え込むようにした美月は、自分なりの考えを答えてくれた。
「つまり、どっちも動かないからレースそのものが始まらない。って事?」
「まぁそう言うこと。そんで、よこから別のやつが入ってきて、2人が止まってる間にどんどん走って行ったらどうなる?」
「えっと……その割り込んできた人が優勝するって事?2人は止まっててその人だけ走ってるから?」
「端的に言うとそう言う事。だから、両想いだったとしても、そもそもどっちもアタックしようとしないから、関係性が進むことがないって事が言いたかったんだ。その点、美月はいくらでもアタックが出来るだろ?」
「でもさ、アタックしたは良いけど、紅葉ちゃんがあの子の事が好きなら私の事は好きになってくれないんじゃない?」
あ……。そういやそうだわ……。冷静に考えたら確かにそうだわ……。もうこれ以上ない名案かと思ったんだけどなぁ……。
待てよ?て事は……紅葉が緑川の事が好きだったら……関係性は発展しないかもしれないけど美月になびく事は無いってことか……。全然考えてなかったや……。や〜どうしようか……。思ったよりヤバイかもしれない……。
「あ〜まぁそこは気合でなんとかしよ!」
「何言ってんの……。気合でなんとかなるならこんなに苦労してないよ……。でも……皐月の言うことも一理あるかもね……。どっちも相手の様子伺うタイプなら……関係性が発展するわけないもんね……。ならその停滞してる間に私が割り込めばまだなんとかなるかもって事でしょ?」
「まぁ……そうだけど……。さっき美月が言ってたみたいに紅葉が美月になびいてくれない可能性があるんじゃないのか?」
「自分で言っといて...。でもまぁ、その時はその時でまた考える……。それに……私にはまだ切り札があるし……」
なんか自信満々にこの子が言ってる切り札というのは、紅葉との過去の関係のことだろう。
私は正直、そこまで切り札と言えるかと言われたら微妙な気すらするけど……言わない方が良いこともある。
それに、今までの話はあくまでも仮定の話でしかない。もし緑川の好きな人が全く別の人だったり、そもそも好きな人なんて最初からいなくて、様子がおかしいってのは美月の勘違いの可能性だってある。
「あ〜まぁこの話はこれくらいにして、明日の事を先ずは考えた方が良いんじゃないのか?」
「そう……だね……。紅葉ちゃんに渡すプレゼントも買ってるし……後は渡すだけ……じゃないじゃん!」
「なんだよ今度は……」
「なんで私の誕生日知ってるの?とか聞かれたらどうしよう!私まだメールとかで紅葉ちゃんに誕生日きいてないんだよ!?そんな人が自分の誕生日知ってたら軽いホラーだって!ヤバイ!」
「別にホラーでもなんでもない気するけどな……。一応この前私が聞いといたから私から聞いたって勝手に予想してくれるだろ。仮に聞かれても私に聞いたとか言えば良いだろ。誕プレの件は普通に喜んでもらえるだろうし」
「そっか……。ありがと〜皐月……」
そう言って軽く涙を流した美月が抱きついてきた時は、流石に混乱した。
というか、こういうことにあんまり慣れてない私は、珍しく顔が赤かった気さえする。
この子は時々こういう事をしてくるから本当に心臓に悪い。しかも今回は……なんかいつもと違う香りがする……。ちょっと好きかも...。まぁなんかちょっと複雑なんだけどさ...。
「なぁ……そろそろ離れろって……。もうそろそろ萩君帰ってくるだろ……?」
本音ではまだこうしていたい。という気持ちと、これ以上こうしてると色々とヤバイような気がして、そんな事を言ってしまった。
我に帰った美月が、涙を制服の袖で拭いながら離れていってしまった時、安堵と残念。という気持ちで心が満たされてしまった。
なんとか顔が赤いのは誤魔化せたけど……次もうまくいくとは限らない。ちょっとこの子の対策も個別で考えとかないとダメかな……。いつボロが出るかわかんない……。
「ただいま〜。誰か来てんの〜?」
「ほら。帰って来たぞ。この話はもう終わりな。まだなんかあったら夜電話して」
「あ……どうも……。すいませんこんな格好で……」
私が帰ろうとした時、ちょうどリビングのドアを開けた萩君と目があった。
彼が言うこんな格好とは、学校の制服の事じゃなくて、ろくに乾かしてないまるで雨に濡れたような髪の事を言ってるんだろう。
この子は確か水泳部だったはずだ。別に私はそんなことは気にしないけど……。
「私は気にしてないから良いぞ。じゃな美月〜」
「今日はありがとね〜。それと萩。髪くらいちゃんと乾かして来なさいって言ってるでしょ……」
「自然乾燥の方がめんどくなくて良いじゃんか。わざわざ乾かすのめんどくさい……」
相変わらずだなぁ……と思いながら私は美月の家を後にする。
外は既に若干暗くなりつつあったけど、まだ夕飯の時間には間に合う。萩君が帰って来たってことは、葉月ももうちょいで帰ってくるかさっき帰り着いた所だろう。
明日は若干不安だけど……うまくいくと良いな……。少しだけそう思いながら私は自分の家まで足を進める。
家に帰り着いた私は、案の定私が帰り着いてから数分して戻って来た妹を出迎えることになった。
葉月は萩君がいるという理由だけで学校に何かしらの理由をつけて残り、萩君と一緒に帰ってくることが多い。
萩君より帰りが遅いのはなんでか知らないけど……ニコニコしてる所を見ると、今日も一緒に帰って来たんだろう。
「おかえり。葉月。どうだった?学校は」
「ただいま〜。お姉ちゃん!今日ね!萩君が顧問の先生に褒められたんだよ!それでねそれでね!」
その後、葉月は両親が夕食を作るまでの間、ずっと私の隣で萩君のことを嬉しそうに話してくれた。
時々頭を撫でてあげると、可愛くもっと撫でて!みたいな表情をしてくるからもう可愛くて仕方ない。
小動物感が強いこの子は、本当にどんだけ萩君の事が好きなんだろうか……。下手したら私が美月に抱いてる感情と同じくらいかも知れない。
私も時々無性に誰かに美月の可愛さを永遠と語りたくなる。流石に相手がいないし葉月ほど可愛くない私がそんな事をしても側からみたら怖いだけなので流石にそんなことはしないけど……。
でも……この子達もうまくいくと良いな……。
まぁこの子達もどっちもきっかけがないと自分から行こうとはしないタイプだろうけど……。
夕食後、自分の部屋に戻った私は、美月から着信が入ってたことに今気が付いた。
葉月が帰ってくる前にこの部屋で充電しといて、今までのずっとそのままだったから気が付かなかった。
待ち受けには、ちょっと幼い。少し前の私と美月が初めて行った遊園地で撮った写真が表示されている。もちろん2人で行ったわけじゃないけど……1番の思い出は多分これだ。あの時は楽しかった……。こんな事になるなんて微塵も思ってなかったんだし……。
そのあと、美月に折り返しの電話をすると、そういえば皐月は紅葉ちゃんに何を渡すの?とか言ってきた。
たったそれだけかい……。と心の中でツッコミを入れながらも決して口には出さない。
可愛く拗ねるこの子も見たい気がするけど……今は別に良い。いや……見たかったらそうしたんかい。みたいな発言は無視するとして……。
「私はキーケース渡すつもりだけど……。あの子平気で鍵とか落としそうだし……」
「あ……。意外と喜ばれそうだねそれ……。ごめんね変なこと聞いて〜。おやすみ〜」
いやほんとにそれだけなの?と言う間も無く切られてしまった。
なんで急にそんな事を聞いてきたのか……。まぁいいや……。私もそろそろ寝よ……。
次の日、美月から登校中にプレゼント忘れたから取りに戻る!先生には上手いこと言っといて!ってメッセージが来た時は流石に呆れた。紅葉みたいだな……ってちょっと思ったりもしたけど……。




