第44話 念願のシュークリーム
店の中に入った私達2人は、いや……私だけかもしれないけど、あまりの人の多さにビックリした。
今日ってなんかの記念日だっけ……。
店内にあるテーブルは全部埋まってて……私達の前にも3組のカップルの人たちが待ってた。
いや……カップルじゃないかもしれないけどさ……楽しそうに談笑してるし……。
あ、あの制服見たことあるんですけど……。
テーブルに座って仲良く話してた女の子達は、一瞬鈴音先輩達かと思ってしまったけど、よく見たら全然違う人だった。
というか……誰だっけあの人……。確か……霜月さんだっけ……。前黒板に落書きしてた人だよね……。
何でこんなとこにいるんだろう……。
「紅葉ちゃん。あの人知り合いなの?」
霜月さんを見てちょっと困惑してた私に、心配した雫ちゃんが声をかけてくれた。
順番待ちをしてる人が座ってるちょっと高そうなブラウンのソファに座った私は、霜月さんのことを雫ちゃんに話した。
「あ〜。前に落書きしてた子ね。確かにこんな所に来るタイプじゃないよね〜」
「うん。だからちょっと不思議でさ〜。一緒にいる女の子の名前は知らないけど……多分同じクラスの人なんじゃないかな……」
「へ〜。ん?でもあの子の髪、金髪だったっけ?前グレーじゃなかった?」
そう言われてもう一回見てみると、確かに前はグレーの髪色だったのに今は金髪になっていた。
私も雫ちゃんも特定の人としか話さないタイプだから周りの子の変化に疎いのかもしれない。
まぁ……元々ギャルっぽい子だったし金髪の方が似合ってるけど……。
それでも、その子にあんまり詳しくない私達はその話はそれきりにしてこれから食べるシュークリームのことを話していた。
前に私がお母さんと来た時は美味しすぎてちょっと泣いてしまった話とか……駄々をこねてもう一個食べさせてもらった事とか。
あれ...私って小さい子供みたい……?もう高校生なんだけどなぁ...
そんな過去の自分を恥ずかしく思いながら話してた私に、雫ちゃんは優しく微笑んでくれるだけだったけど、あれこれ言われるよりずっと楽だった。だって……子供っぽいとか言われたらさらに恥ずかしくなる自信がある……。
いや……多分思われてると思うけどさ……。
20分くらい待つと、ようやく私達の番が来た。
でっかいショーケースの中にはケーキや目当てのシュークリーム、あと……何か分かんないけどすっごい美味しそうなのがたくさん並べてあった。こういうお店にはほとんど来ない私が並んでる物のほとんどを見たことはないのは……許してほしい。
お母さんに美味しいシュークリームがあるお店に行くけど来る?って言われてついて来ただけだし……。
「いらっしゃいませ。何にいたしますか?」
そう優しくショーケースの向こう側から訪ねて来たお姉さんは、すっごく綺麗な人で一瞬だけ見惚れてしまうほどだった。
前回対応してくれた人は男の人だったし……私はショーケースの中のシュークリームに釘付けになってたからそんなに覚えてない。
「私は……このシュークリーム1……じゃなくて2個で!」
「じゃあ私はこのケーキとシュークリームで……」
「はい。えっと〜代金はこちらになります〜」
そう言われた私達は、意外と高かったことに驚きながらもお財布の中からお小遣いを出した。
お母さんが全部払ってくれたから分かんなかったけど……シュークリームが意外と高い……。
一個200円て……。普通100円とかじゃないの!?それってコンビニのシュークリームだけ!?
それから銀色のトレーの上にちょっと大きめの皿に乗せられたシュークリーム3つと、少し小さめの皿に乗せられたチョコケーキを渡された私達は空いてる席に座った。
店内には静かに何かの音楽が流れて、この間行ったカフェのような雰囲気に似ていた。
あのカフェとは違って、こっちは白を基準にした感じの内装だけど……。
「思ったより高かったね〜」
「そうかな?あんなものじゃない?この大きさだと逆に安い方なんじゃないかな……。あんまり詳しくないけど……」
「あ……そうなんだ……。そっか……」
コンビニスイーツとか、時々外食する時に食べるシュークリームの値段しか知らなかった私にしたらこの値段でも高い方なのになぁ……。
まぁ……美味しいからいっか!
「いただきます〜。ん〜!やっはりおいひい〜」
「口に食べ物入れながら喋らないの。あ……本当に美味し……」
「でしょ〜!ん〜!おいひすぎる〜!」
「……。美味しそうに食べるね〜。まぁ本当に美味しいんだけど……」
「えへへ〜。よかった〜喜んでくれて〜」
「う……うん。ありがと。誘ってくれて」
そう言う雫ちゃんの顔が少しだけ赤かったのは多分気のせいだと思うけど……雫ちゃんも美味しいって言ってくれて良かった〜!
チョコケーキの方も一口分けて貰ったけど……すっごく美味しかった!私が分けて貰った後、なんでだか雫ちゃんの顔がすっごく赤くなってたけど……理由が全然わからなかった私は頭に?マークを浮かべていた。
食べ終わった後も15分くらい色々話してたら、後ろの方から意外な声が聞こえて来た。
「シュークリームは売り切れました。大変申し訳ございません〜」
びっくりして後ろのショーケースの方を見てみると、シュークリームの所だけが綺麗に無くなっていた。
危なかった〜。ギリギリだったのかな……。ラッキー!
「まぁあれだけ美味しそうに食べてたら食べたくなる人もいるか……」
そんな事を小声で呟いてた雫ちゃんは、よく聞こえなかった私が聞き返しても何も答えてくれなかった。
ただ可愛く笑ってごまかすだけで……。
私達がお店から出る時、なんでだかお店の人にお礼を言われたけど……なんでだかは全然分からなかった。
「さっきの何だったんだろう……」
「私は何も知らない……。でも……わざわざお礼言ってくれるなんてあの人良い人なんだね〜」
「?どゆこと?」
「さぁ〜?あ。もう直ぐ電車くるよ!急ご〜」
そう言って私の手を引いて走る雫ちゃんに、私は少し顔を赤くしながらも不審な顔を向けていた。
雫ちゃんもどっちかって言うと嘘下手だよね〜。私より下手なんじゃない?
本人に言ったら絶対否定されるから言わないけど……。
そして、帰りの電車の中でも案の定寝てしまった私は、隣の駅だったし直ぐ起こされてしまった。
逆に、数分しか乗車時間が無いのに寝れる私ってすごいんじゃない!?ね?
「だからそれは自慢げに言う事じゃないってば……」
「え〜。でもほら!帰りはちゃんと改札まで行けたでしょ!?」
「一緒に降りて来た人の背中真剣に見つめてたのに何言ってるの……。はぁ……」
「なんでバレてるの!も〜!」
「私紅葉ちゃんの後ろにいたんだけど……。まぁいいや。帰ろ」
せっかく自慢できると思ったのにタネを簡単に見破られてしまった私は、駅から出てからも少しだけ拗ねていた。
ちょっと悔しくて……。いいでしょ……別に……。
「でも……今日は本当に誘ってくれてありがとね。また行こうね」
「あ……。うん!絶対行こうね!」
さっきからずっと拗ねていた私は、雫ちゃんのその一言で機嫌を一気に回復させてしまった。
だって……また行こうって言ってくれたから……嬉しかったの!
そこからは、家に帰り着くまでずっと手を繋いで帰った。
私は嬉しくて普段なら絶対しない行動なのに、いとも簡単に出来てしまった。
雫ちゃんの顔ははしゃいでてよく分かんなかったけど、別れ際に一瞬見えた顔は夕日に照らされてなのかいつもより、ちょっとだけ赤かった気がする。
家に入った瞬間、玄関にニヤついたお母さんがいてちょっとビクッとしたけど……。
さっきまでの事があって、私はまだ浮かれていた。
そんな私を見て、お母さんが放った一言で一瞬で我に帰った私は、直ぐに自分の部屋に戻ってベットの上で悶絶してしまった。
「おかえり。好きな人とのデート楽しかったようで何より。手なんか繋いじゃってさ〜。良いね〜」
その日は当然、夜ご飯も食べずに夜の7時くらいまでずっとベットの上をゴロゴロ転がっていた。
そんな私をいつもの私に引き戻してくれたのは、一本の電話だった。
相手は……美月ちゃん?どうしたんだろう。
「もしも〜し。どしたの?」
「あ……あ……いや。その……ね。どうしよ……」
「どうしよじゃねぇだろ。早く聞けよ……」
「ん?皐月ちゃんいるの?」
「ん!?いや!?いないいない!えっと……。ちょっと聞きたい事があってさ!」
明らかに皐月ちゃんらしき女の子の声が聞こえた気がしたけど……そこはぐっと飲み込んで、少し声が震えてる美月ちゃんの話を聞いて見ることにした。なんだか……いつもと様子が違う気がするけど……なんでだろう……。
「実はさ……。今日皐月から紅葉ちゃんが男子とデート……するらしいって聞いて……。彼氏……とか出来たのかなって……」
「え……。私そんな事言ってない気がするんだけど……。でも……彼氏は出来てないよ?っていうか好きな人なんて私いないよ?」
「あ……。そう?なら良いんだけど……。皐月がね!?皐月が!なんでそんな事聞いて来たんだろうって不思議がっててさ!」
やけに皐月ちゃんって部分を強調しながらそう言った美月ちゃんは、私が好きな人はいないって言った時、なんでだか残念そうにしてた。それは別にあんまり気にしないけどさ……。
本当の事言っちゃっても大丈夫かな……。
まぁ……良いか。別に一緒に出かけただけだし……。
「実は……今日雫ちゃんと一緒に隣の駅までシュークリーム食べに行ったんだけど……それがデートなんじゃないかな?って思って……そう言う事とか全然知らないから皐月ちゃんに聞いたんだ〜」
「え!?今日!?今日行ったの!?」
「うん……。5時半くらいに帰って来たよ?」
「そ……そうなんだ……。それで……どうだったの?」
「美味しかったよ!雫ちゃんにケーキも分けて貰ったんだけどそっちも美味しくって!」
「分けて……。それって……。いや……やっぱ良いや……。ごめんね急に……」
残念そうに、それも、今にも泣き出しそうな声でそう言った美月ちゃんは、私が止める前に電話を切ってしまった。
何かあったのかな……。大丈夫かな……。明日学校で聞いてみよ……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「皐月〜!どうしよ〜!」
紅葉ちゃんとの電話を終えた私は、隣で様子を伺っていた皐月に泣きついてしまった。
さっきの紅葉ちゃんとの電話の本来の目的は、本当に男子とデートに行くと言うならどうにかして邪魔しようとするためだった。
最初は彼氏はいないって言ってたからてっきり安心したのに……その後に来た言葉が衝撃的すぎて一瞬放心状態になってしまったほどだった。
「はぁ……。まぁ落ち着けって。今日行くって可能性を考えなかった私も悪いから。ほら。涙拭きな?」
そう言って白いハンカチを差し出してきた皐月は、少し可哀想な子を見る目をしていた。
それでもハンカチを受け取ってまだ流れてくる涙を拭きながら、さっきの通話出来になった部分を皐月に話していく。
「でも……ほら……。あれもしたって……。私も……私もまだなのに……」
「そりゃまだ確定じゃないだろ?別々の食器で食べた可能性もあるだろ……」
「でも……でも……!」
「明日本人に聞けば良いじゃんか……。それより、これからどうするか考えるべきだと思うぞ?」
まだ納得はしてない私も、明日学校に行けるかは別として今後の対策を考えるべきだと言う皐月の意見には同意なので一緒に考えることにした。
その日は流れで皐月の家に泊まってしまったので嫌でも翌日学校に行かされることになるけど……それは今の私には考える余裕がなかった。自分の好きな人の一大事……。そんなことを考えてる余裕なんて無かった。




