第40話 鈴音先輩とのデート
目覚ましの音で目を覚ました私は、枕元で鳴り響いてるアラームを止めて、今の時間を確認する。8時25分……。
「もうちょっとなら大丈夫かな……」
起きて早々に二度寝をしようとして再び毛布に手をかけると、枕元に置いてあった携帯が勢いよく鳴り響いた。
まだ寝ぼけてた私は、画面に表示されていた「鈴音先輩」の文字をよく見ないで出てしまった。
「はい……。もしもし……」
「おはよ〜春奈。今日はデートだな〜。楽しみにしてるぞ〜」
声を聞いた瞬間、自分が想いを寄せてる先輩だと気付いた私は、一気に眠気が吹き飛んで電話越しなのに心臓が飛び出してしまいそうなくらいドキドキしていた。
それと同時に、今日は先輩とのデート……ということも思い出した。
「え……先輩!?あ……はい!私もです!」
「じゃ。また駅前でな〜。遅れるなよ〜」
「は……はい!」
それだけ言うと、鈴音先輩は電話を切ってしまった。
電話が終わった直後から、心臓の動悸がもっと激しくなって……昨日の事を思い出しながら赤面している私がいた。
「デート?私とか?」
「はい!えっと……昨日のあれは……無し……じゃないですけど……。勉強頑張ったし……ご褒美が欲しいなって……」
「え〜?どうしよっかな〜?」
「お願いします!今回くらい!私がリードしたいんです!」
「ん〜。まぁそこまで言うなら良いぞ!私も春奈は好きだし」
「え!?あの...えっと……それは……その……」
「春奈〜こんなんで照れてたらリードなんて出来ないんじゃないか?」
そう言いながら笑ってる鈴音先輩は、私の顔がだんだん赤くなっていくたびに笑いながら私の顔を覗き込んでくるから……余計恥ずかしくなって行って……。最終的には耐えられなくなった私が逃げ出しちゃったんだけど……。
今思い出しても恥ずかしい……。
好きな人にあんな事されて……無事でいられるわけ無いじゃん……。
鈴音先輩は……私の事なんとも思ってないかもしれないけど……。
でも!今日は私がリードするって決めたんだから!頑張らないと!
朱音先輩に貸してもらった恋愛小説でイメトレはバッチリだし!今回こそは!
「春奈〜。朝ごはん出来たよ〜。今日はお友達と遊びに行くんでしょ〜?」
「は〜い!今行く〜!」
下からお母さんが呼ぶ声が聞こえて、下に降りると、弟が先に朝ごはんをパクついていた。
私も隣に座って、いつもより急いで朝ごはんを食べる。
「姉ちゃん今日どっか行くの?」
「うん。ちょっとね……。夕飯までには戻るから……」
「ふーん。相手って……あの先輩か?」
「はぁ!?違うから!恵と結奈だから!」
「あっそ……。早く帰ってこいよ」
ほんと……変なところで敏感なんだから……。
あんた……恋愛とか興味ないんだったら口出ししないでよ……。ただでさえ今日は特別なんだから……。
朝ごはんを食べ終わった私は、今日のために新しく買った服とスカートを袋から出して、鏡の前でおかしくないか、念入りにチェックする。多分大丈夫だと思うけど……念の為……。
集合場所は……駅前に11時だったよね……。少し早めに行こ……。
よし!これで良いと思う!
「行ってきます!」
「いってら〜」
家を出るとき、誠也が私のことを怪しそうに見てた気がしたけど……別に気にしない事にした。
鈴音先輩とのデートなんて……初めてだし……。家を出る前からずっと緊張して仕方ない。
イメトレはバッチリだけど……鈴音先輩がいつもより可愛かったら……耐えられるかな……。
私は、何回も深呼吸をしながら待ち合わせ場所の駅前まで歩いて行った。
緊張していたせいなのか、10時50分に着く予定だったのに45分に着いてしまった……。
駅前に着いてからも、深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着かせてた私は、待ち合わせの時間ぴったりに来た鈴音先輩を見て、一瞬で心臓が飛び出してしまいそうになった。
学校での先輩も可愛いけど……今日の先輩は……また一段と可愛くて……イメトレの中の先輩なんかより何倍も可愛かった。
つまり……イメトレが完全に無駄になってしまったわけで……。
鈴音先輩は、いつもの制服姿から遠く離れてて、白くて肩が出てる洋服に黒いミニスカ……。
先輩の綺麗な足が……もろに……。
制服姿しか知らなかった私は、先輩のいつもと違う可愛さに、少し目を奪われていた。
「ごめんな。待ったか?」
「いっ……いえ!私も今来ました!」
「そっか。じゃ。行こうか」
そう言って、私の手を取り、駅の中に入っていった先輩は、いつもより楽しそうに笑っていた。
私はもちろんそれどころじゃなくて、先輩が握ってくれている手から……先輩の後ろ姿から……目を離すことができなかった。
私がリードするって言ったのに……これじゃ……いつも通り……。
「あ……あの……鈴音先輩……」
「ん?どうした?」
「え……えっと……手を……」
「なんだ?離して欲しかったか?」
そう言って離れていく鈴音先輩の手を見ながら思わず……あっ……って言う声が漏れてしまった。
その声を聞いた先輩は、楽しそうに笑うとまた私の手を握って、駅の中を歩き始めてしまった。
今日こそは私がリードするって思ってたのに……。もう……!
「そういえば、今日の春奈。いつもより可愛いな〜。その服似合ってるぞ!」
急に振り向いてそう言ってくれた鈴音先輩は、とっても可愛く笑って……私は咄嗟に目を逸らしてしまった……。
可愛すぎる……。何この人……。
「ふぇ!?あっ……ありがとうございます!」
「何照れてるんだ?本当に可愛いな〜」
「もう!ここでそう言うこと言うのはやめてください……」
「ごめんごめん。ほら。行くぞ」
「はい……」
結局、私達の関係は……いつでもこうなのかな……。
可愛い鈴音先輩に……私がからかわれると言うか……。
私の最終目標は鈴音先輩を私に振り向かせて付き合うことだけど……このままだと……何もできないまま鈴音先輩が卒業しちゃう……。
今年中に振り向かせないと...離れ離れになっちゃう...
それから電車に15分くらい揺られて、少し大きめの駅で降りた。
大きめの駅だからか、そこそこ人がいてはぐれてしまいそうで少し不安になってしまった。
そこでも、さりげなく手を握って引っ張ってくれた鈴音先輩に、少し見とれながら必死について行った。
この後は確か、駅前のモールで少し買い物をして、15時くらいから映画館で映画を見るんだったよね……。
私は、昨日メモ帳にメモった今日のデートプランを確認しながら、もう一回深呼吸した。
急だったのにオッケーしてくれた鈴音先輩は、私がしたい事に合わせると言ってくれた。
もう少しすると、受験勉強でデートとか出来なくなっちゃうからって少し寂しい言葉も添えて……。
「ん?どうした春奈。そんな寂しそうな顔して……」
「いっいえ!なんでもないです!」
「そっか?なら良いけどさ。
鈴音先輩と会えなくなっちゃうから寂しい。なんて言ったら……またからかわれてしまう……。
これ以上は……。今でも少し顔が赤いのに……。これで更に赤くなっちゃったら……周りの人に変に思われちゃう……。
しかも、電車の中から心臓がうるさいくらい鳴ってるし……。
「まずは……ゲーセンに行くんだっけ?」
「あ……はい!鈴音先輩とやりたい事があって……」
「ふーん。楽しみだな!」
その後、モールの中にある少し大きめのゲームセンターで目的の機械を見つけて、先輩と2人で入った瞬間、少しだけ後悔してしまった。
距離が……ちか……近すぎる……。これは……さすがに……
「ん?どした春奈。顔真っ赤だぞ?」
「理由分かってますよね!?ちょっ!近いです!先輩……」
「だってほら〜。近づいてって書いてるじゃん〜」
「こんな……密着しなくても……!」
その機械から出る頃には、私の頭からは湯気が出ていた。恥ずかしすぎて……もう……。
あんなに近付かなくても……良かったんじゃ……
「お。出てきたぞ。ん〜?春奈〜。もう一回するか?」
「もう……無理です……」
「そっか〜。私はいいんだけどなぁ〜。まぁ、一旦休憩するか〜」
鈴音先輩は、その機械から出てきた何枚かの写真を回収して、近くのベンチに座った。
私もなんとか隣に座って、深呼吸を繰り返した。
ようやく少しづつ落ち着いてきたところで、鈴音先輩がさっきの写真を何枚か渡してくれた。
「ん〜。この写真の春奈。本当可愛いなぁ〜。私はこれとこれ貰って良いか?」
「は……はい……」
「顔真っ赤だけど大丈夫か?」
「もう!先輩のバカ!」
「ごめんごめん。可愛くてついな」
「も〜!すぐそう言うこと言う!」
それでも、好きな人に可愛いと言ってもらえて、嬉しくないわけもなく私は更に顔を赤くした。
私……このままで今日1日大丈夫かな……。
まだ始まったばかりだと言うのに、早くも不安になってきた私は、少し前を歩く鈴音先輩を見ながらこの後の事を心配していた。
この後は……本屋で本を見た後、映画館に行く予定……。鈴音先輩が何もしてこないわけないし……どうしよう……。
「ん?何やってんだ?こんなところで……」
本屋に向かってる途中で鈴音先輩が急に立ち止まったと思ったら、案内板の前で泣きそうになってる女の子に話しかけていた。
しかも、顔をよく見ると文芸部の後輩……。確か……紅葉だっけ……。その子だった。
「えっと……友達と一緒に来たんですけど……迷っちゃって……」
その言葉を聞いた途端、私は一瞬いつもこの子の横にいる雫という女の子の顔が浮かんだ。
この子達には、私と鈴音先輩のやり取りを何回も見られている……。それも……毎回私が追いつめられてる?ところを……。
こんな所も見られたら……変に思われちゃうかも……。
「はぁ……。で?その友達はどこにいるんだ?」
「えっと……フードコートに……」
待って……。この子……高校生にもなって迷子になってるの?しかもフードコートって……。
案内板見たら一瞬で分かりそうなのに……。というか、すぐ向こうにあるじゃん……。
「……。なぁ。ちょっと向こうにフードコートあるの見えてないのか?」
鈴音先輩がフードコートの方を指差すと、その子は泣き出してしまった。
何分迷子になってたんだか……。小学生並みの方向感覚みたいだけど本当に大丈夫かなこの子……。
「高校生にもなって迷子になるなよ……。じゃあ私達はこれでな。また月曜日にな〜」
「あ!ありがとうございました!」
「私達は何もしてないけどな……」
良かった……。別に何も聞かれなかった……。このまま何事もなくやり過ごしたい……。
そう思った矢先、最も恐れていた事が起こった。
「そういえば、先輩達はなんでここに?このモール……学校から結構遠いですよね?」
ウッ……。学校の人と偶然でも会わないように少し遠目のモールで先輩とデートしようって決めたのに……。
それが仇になっちゃった……。でも……鈴音先輩がここで柔らかく誤魔化してくれたら……なんとか……
「ん〜?春奈がデートしてくださいって言って来たから……」
もう!なんでそんな正直に言っちゃうんですか!先輩のバカバカ!
私は、本当の事を言われてだんだんと顔が赤くなって来てしまった。さっきから無意識で鈴音先輩の左手を握っちゃってるのにも気付いてないし……。
「邪魔しちゃって……ごめんなさい……」
「全然良いぞ。な?春奈」
「あ……いや……私は……その」
正直、さっきの鈴音先輩の言葉で、頭の中が真っ白になってしまってた私は、急に話を振られても……何も答えられなかった。
ただ、鈴音先輩の顔が近くて……更に顔が赤くなってしまった……。
近すぎるって……先輩……
「どうしたんだ〜?そんな顔して〜」
心底面白そうにそう言う先輩に、恥ずかしすぎて、後輩がいることも忘れて、いつもの部室にいるときのように話してしまった……。
その事を、少し後に後悔することになるけどその時にはすでに後の祭りだった……。
「もう!先輩のせいじゃないですか!」
「そうだっけ〜?あ〜ほら。そんな顔するなって。ごめんごめん」
「もう!ほんとに……」
「……ほんと……春奈って可愛いよな〜」
唐突なその言葉に、私は完全にノックアウト寸前まで持っていかれてしまった。
好きな人に可愛いって言われて……しかも……いつもより何倍も可愛い先輩から……。
私は、耳まで真っ赤になりながら必死にノックアウトしないように耐えていた。
紅葉はすでにどこかに行っちゃったみたいだけど、私はもうちょっと時間がないと……立ち直れない気がする……。
「どした〜?春奈。本屋もうちょいだぞ〜?」
「……。誰のせいだと思ってるんですか……」
「ん〜。本当の事言っただけなんだけどな〜?今日の春奈すっごい可愛いし……」
「すぐそう言うこと言う!もう……」
私の頭からは、もう湯気みたいなものが出ててさっきのゲームセンターの時よりも顔が赤い気がする……。
少し休憩した後、2人で本屋に向かった。
昨日ここに来たいと言ったのは先輩の方だけど……何か買いたい本があるのかな……。
「まぁちょっとな〜。春奈もなんか見て来たらどうだ?」
「わかりました……。じゃあ……また……」
「ん。買い終わったら連絡する〜」
しばらくの1人の時間ができた私は、さっきゲームセンターで撮った写真を携帯のケースの中に入れて、万が一にも失くしてしまわないようにした。撮った時は恥ずかしかったけど……こんな可愛い先輩の写真……失くしたら絶対ダメ!
それからしばらく本屋の中をブラついて、気になった小説を何冊か買った。
主に……百合小説と恋愛小説だけど……。少しでも……リードできる方法とか無いかなと思って……
私が買い終わった後、先に買い終わった先輩と合流した。
鈴音先輩は……最近ハマってるって言ってた恋愛小説の最新刊を買ったらしい……。明らかに他の本も袋に入ってるのに……教えてくれなかった。私の袋の中は綺麗に当てたのに……。
「大人には大人の買い物があるの〜。それで?この後はどうするんだ?」
「えっと……この後は……14時半に観たい映画があるので……それを……」
「あ〜。あの映画か〜。私も気になってたんだよな〜。じゃ。行くか〜」
今日は私がリードするって言ったのに……結局いつも通りに……。ていうか、いつもより私がリードされてる気がする……。
いつもより先輩が可愛いから仕方ないのかな……。う〜ん……。
先輩は私の右手を握って映画館まで横を歩いてくれた。
もちろん、私の顔はずっと真っ赤で、信号で止まった時なんかに覗き込んでくる鈴音先輩のせいで、映画館に着いた頃には私の体力は限界に近付いていた。上映中に少しでも体力を回復させないと……。
「ポップコーン。何味にする?」
「あ……私はなんでも……」
「なら〜塩二つ。あ〜いや。ちょっと大きめのやつ1個下さい」
「え!?ちょ!先輩!?」
「良いじゃん〜。こっちの方が安いぞ〜?」
「それはそうですけど……」
ニヤついてる先輩を見て、私が恥ずかしがることもお見通しの上で買ったらしい事に気が付いた。
本当にこの先輩は……もう!
「お。もう始まるみたいだな。急げ〜」
……。はぐらかされてしまった……。こうなったら……上映中に仕返しをしないと……。
でも……どうしよう……。
どうにかして鈴音先輩に仕返しがしたかった私は、何を思ったのか目の前のスクリーンで主人公の男の子とヒロインの子が手を繋いだタイミングで、横に座ってスクリーンを眺めている鈴音先輩の左手に自分の右手を重ねた。
朝の私が見たら赤面して、一瞬でどうにかなりそうになってただろうに……。頑張ったと思う!
でも、鈴音先輩は恥ずかしがるどころか、私の手を強く握りかえして、ちょうどスクリーンの男女がしてるみたいな恋人繋ぎにしてしまった……。
こうなって初めて、自分がとんでもないことをしている事に気が付いた私は、慌てて手を引こうとしたのに先輩は離してくれなかった。
映画が終わるまでそんな状態だった私は、全然映画の内容が入って来ず、終わってからもしばらく放心状態になっていた。
帰り道でも握った手を離してくれなかった鈴音先輩は、私がずっと顔を真っ赤にしてることがよっぽど面白かったのか、映画館を出てからずっとニヤニヤしていた。
私が解放されたのは、今日の朝集合した駅の前だった。
あたりには相変わらず人が多かったけど、別れる瞬間だけは、周りの人が一切見えなかった。
「今日は楽しかった!また誘ってくれな!」
「私も……楽しかった……です……」
「そっか!結局、春奈がリードする事は無かったけどさ!可愛かったぞ!」
「最後までそんなこと言わないで下さいよ……もう……」
「ふふ。じゃあな〜。気をつけて帰れよ〜」
笑顔でそう言ってくれた鈴音先輩は、今日一番の可愛さで、改めて好きになってしまった……。
帰ってからも、さっきまでの事が忘れられず、弟は不審がってたし、お母さんはニヤついてるし……。
さっさと自分の部屋に戻ってベットで悶絶していた。
「あの可愛さは……反則だってば〜!」
少しして眠ってしまった私は、夢の中にも鈴音先輩が出てきて、そこでもからかわれた……。
私がリードできる日って本当に来るのかな……。




