第2話 私の願望
次の日の朝、私は目覚ましが鳴る前に目を覚ました。
まだぼんやりとした意識の中で枕元にある携帯の電源をつけると、目覚ましが鳴る数分前だった。
いつもは目覚ましが鳴ってもすぐに止めて二度寝して、お母さんに起こされるから少しだけ嬉しかった。
目覚ましの設定をオフにして、下へと降りると、エプロン姿のお母さんが呆れたような顔をして部屋に入ってきた私を見ていた。
私としては、いつもより早く起きれたしそんな顔をされる理由は無いように思えたんだけど、何でそんな顔をされなきゃいけないのか。。。
「おはよ~。お母さん、今日はいつもより早く起きれたのに何でいつもより酷い顔してるの?」
「おはよう。あんた昨日、私が帰ってきたらもう寝てるし、夜ごはんよって言っても起きないし…そりゃ早く起きれるでしょ…。あいもかわらずそんなみっともない格好してるし…」
そう言われて昨日のことを思い出そうとまだ少しばかりうっすらとした意識の中で必死に思考を巡らせる。
そういえば、昨日気持ちよく寝てた時に誰かに声を掛けられて少しむっとしたような……。
ということは、私は昨日のお昼からずっと寝ていたってこと?夜ごはんも食べずに?
一体何回目だろう。こういう事は初めてじゃないから別にビックリすることじゃないんだけど、流石に昨日のお昼から何も食べてないからなのか、すごくお腹がすいてきた。
お母さんが言っているみっともない格好の事は寒いんだから仕方がない。
いくら長い時間寝ていたとしても寒いものは寒いの〜。
相変わらず私は毛布をかぶり、パジャマ姿で自分の部屋からここまで降りてきていた。
これは毎朝のことだし、冬や春の間は仕方ない。
「はぁ。もういいわ。さっさとご飯食べちゃいなさい」
お母さんは呆れながら私に朝ご飯を用意してくれた。
朝ご飯を食べた後はいつものように学校に行く準備をした。
今日から授業が始まるから鞄が昨日や一昨日よりも格段に重くなった。
玄関から出ると眩しい太陽の光が私を照らした。
学校への道は相変わらずまだ覚えきれてないから、同じ学校の人を探すところから私の登校は始まる。
そうやって周りをきょろきょろしていると私が少し気になっていたクラスの人、緑川さんを見つけた。
急いで後に続いて学校へと向かう。
緑川さんは本を読みながら登校していた。歩きスマホなら私もよくするし分かるんだけど、歩きながら本を読む人なんて初めて見た。それも、私が友達になりたいな〜と思っている緑川さんが。だ。
確かにクールな印象を持ったし、本が好きだから昨日の朝も読んでたんだろうけど、登校中に本を読むほど好きだとは思わなかった。
でも、歩きながら本を読むというのは歩きスマホより危険な気もする。
もし事故にでもあったら大変……。
「緑川さん…歩きながら本読んでたら危ないですよ?」
私は、勇気を振り絞ってそう声をかけた。
すると緑川さんは本から目を離し、私を見た後再び本に目を戻した。
あまりにそっけない態度にそういう性格の人だとは分かってるけど少しばかり寂しくなってしまった。
ちょっとだけ気を落としているうちに彼女はドンドンと先に進んでしまっていた。急いで後を追いかけると横断歩道に差し掛かった。
信号は赤なのにもかかわらず、緑川さんは構わず渡ろうとしている。
まさか本に夢中で信号が見えてないのかな…
「緑川さん。赤信号ですよ!」
そう言うと緑川さんはびっくりしたように私の方を見て足をとめた。
自分でも驚くくらい大きい声が出た気がする。
その後、信号を見てハッとした緑川さんは早足でこっちに戻ってきた。
「ありがとう。この本に夢中で気がつかなかったの。助かった」
そう言って見せた彼女の笑顔を、私は二度と忘れることが無いと思う。
それほどまでに彼女の笑顔は可愛く、そして美しかった。
私がその笑顔に見惚れていると、緑川さんが顔を近づけて心配そうな表情で私を見てきた。
さっきまでのクールな一面とはまた違うけど、こんな緑川さんも私は好きだ。
って…っていうか顔近…
この時の私はきっと信じられないくらい顔が真っ赤になっていたんだろう。
熱でもあるんですか?って心配されたし……。
その後、まだ学校への道を覚えられてない話をするとすごく心配された。
この時の緑川さんの顔は普段のクールな一面とはほど遠く、まるでうっかりやの妹を心底心配しているお姉ちゃんのような表情だった。
お話ししている間に学校に到着し、緑川さんは職員室に用があると言って別れちゃったけど、気になっていた緑川さんとお話ししながら登校できたことに少しばかり幸せな気持ちになりながら教室に上がった。
教室に上がって自分の席で朝の緑川さんの顔を思い出しながら二ヤけていると、教室の中に緑川さんが入ってきた。
また話しかけようと思っていると、登校時の緑川さんとは人が変わったようにクールな緑川さんになっていて、話しかけるなオーラが出ていた。
登校した時に少しは仲良くなれた。と思ったのは私の方だけだったのかもしれないと少し残念に思っていると先生が入ってきて朝のHRが始まってしまった。
今日は入学して初めての授業だと言うのにどの時間も全く身に入らなかった。
ずっと横の席の緑川さんを気にしていたのだから仕方ない気もする。
お昼休みはクラスの人が一緒にご飯を食べようと言ってくれたので緑川さんも誘おうと思って、隣を見たら、緑川さんがいない。
どこに行っちゃったんだろう…。
その日は仕方ないと割り切ってみんなでご飯を食べた。
その中にはもう一人気になっていた人である奥田さんもいた。ご飯を食べている間中ずっと見られていた気がしたけど、私が目を合わせると何故か目をそらされてしまってお話ができずにいた。
奥田さん…昨日もそうだったけど緑川さん同様、分からないことが多い人だ。
午後の授業が始まる数分前に緑川さんが戻ってきた。
本当にどこに行っていたんだろう…
聞こうにも学校での彼女は氷の女王と言うのがふさわしいような人だった。休み時間はずっと窓の外を眺めているような人だし。緑川さんとお友達になるにはまだまだ時間がかかりそうだった。
なるべく早くお友達になれるといいな……
家に帰ってきてからも、何故か朝見た緑川さんの顔が頭から離れなかった。
このもやもやした気持ちの正体は分からない。だけど考えるのは苦手だし……。
今日は昨日の失態を2日連続でやらないように自分の部屋じゃなくて、リビングで寝ることにした。
私が家に帰ってまずすることにお昼寝。以外の選択肢は無いからね。
自分の部屋に上がってカバンを置き、パジャマに着替えてからイルカの抱き枕を持ってリビングへと降りた。
お母さんが帰ってくるまで後数時間ある。
今日もゆっくりと寝れそうだと安心しながら私はソファでゆっくりと意識を手放した。