第17話 不穏な雰囲気
その日、私が目覚ましで目を覚ますと、美月ちゃんから貰ったサメの抱き枕がベットの下に落ちていた。
多分寝てる時に落ちちゃったんだろうけど…
まだ眠たいはずなのに飛び起きた私は、急いで床にある抱き枕を拾い上げた。
最近部屋の掃除をしてないから汚いかもしれない…
「ごめんね…」
そう謝って再びベットの上に戻す。
今日は比較的暖かいのかパジャマだけでベットから出てもそこまで寒くはなかった。
時計を確認するともう7時40分だった。
慌てて下に降りた私は、呑気にテレビを見てくつろいでるお母さんに文句を言った。
「おはよ!なんで起こしてくれなかったの!」
「起こしに行ったらあなたがニヤケながら寝てたから好きな人の夢でも見てるんだろうと思ってそっとしといたの」
笑いながらそう言ったお母さんに、私はそれ以上何も言うことができなかった。
好きな人かどうかは別として、夢に雫ちゃんが出てきた事は確かだし…変なこと言わないでほしい…
ちょっとだけ顔を赤くした私は、机に用意されてた朝ごはんを急いで食べ、逃げるように自分の部屋に戻った。
お母さんは朝ごはんを食べてる私を見ながらずっと煽るようなことを言ってきてたから余計顔が赤くなってる気がする…
別に雫ちゃんはそんなんじゃなくて…ただの…友達…だし…
急いで学校に行く準備をしていると、ベットの上で充電中の携帯が鳴った。
さっきのお母さんのことがあり、変な期待をしながら携帯を確認すると、そこには雫ちゃんからのメッセージではなく、最近学校を休んでた美月ちゃんからのメッセージだった。
「昨日皐月が家に来てね。心配かけちゃってたみたいでごめんね。ちょっと風邪気味だったから。今日はちゃんと行けるから安心して」
風邪だったんだ…。皐月ちゃん…知ってたなら教えてくれたらよかったのに…
でも、今日は美月ちゃん来るって言ってるし久しぶりに一緒にご飯が食べれる…
「教えてくれたら私も皐月ちゃんと一緒にお見舞い行ったのに…。今日から一緒にご飯食べれるの?」
「うん!一緒に食べよ!」
私はなんだか浮かれてしまって、いつも学校に行く時間よりだいぶ遅れて家から出てしまった。
浮かれてて遅刻しました。なんて笑えないって…
ダッシュで学校に向かってると、交差点で美月ちゃんに告白したっていう男の子が数人の女の子と一緒に歩いてるのを見つけた。
名前は忘れちゃったけど、美月ちゃんに告白しておきながらなんで女子と歩いてるんだろ…
自分のことじゃないのになんだかムカムカして来た…
中学生の時ならこの状況でも何か言えたかもしれないけど、今の私にはそんな勇気は出せない。
中学生の時にいじめられてた女の子を庇ってわたしも一緒にいじめられるようになってから、なんとなくだけど人と関わるのが苦手になってしまった。
特に男の子と……
別に庇った事は後悔なんてしてないし、庇わなかったら余計あの子が辛い目にあってたかもだし…
でも、そんな事があって、一種のトラウマになってた私はさっきより少し早いスピードでなんちゃら君の横を通り過ぎて行った。
本当は言いたい事があるのに…言えない自分にちょっとだけ悲しくなる。
本当にあの男の子は美月ちゃんに告白しといて女子と一緒にいるって何を考えてるんだろ…
これが中学時代の友達が言ってた男たらしってやつなのかな…
告白しといて最低…
そのまま走って学校に着いたのは、8時40分だった。
だいぶ遅くなってしまった…
教室に上がると、当然だけどもうかなりの人が中にいて、かなりうるさくなっていた。
雫ちゃんいるかな…そう思いながら自分の席の方を確認しようとしたその時、後ろから聞き慣れた可愛らしい声で挨拶をされた。
振り返ってみると、そこには2日ぶりに顔を見た美月ちゃんの姿があった。
「おはよ〜!なんか久しぶりにあった気がする!」
「心配かけてごめんね。もう大丈夫!」
そう言ってみせた美月ちゃんの笑顔は、とっても可愛かった。
でも、そんな時間もすぐに終わってしまいう…
「あ…。ごめんみなちゃん。また休み時間にね…」
そう言うと、美月ちゃんは自分の席で寝たふりを始めた。
どうしたんだろ…急に…
不思議に思いながら私も自分の席に向かってると、教室に入ってくた男の子を見てようやく納得した。
美月ちゃんは、あの人と話したくなくて寝たふりをしてるんだ…
あの人…随分美月ちゃんに嫌われてるなぁ…
席に着くと、隣にはうんざりしたような顔をした雫ちゃんが座っていた。
朝から機嫌悪いのかな…私が来る前に何かあったんだろうか…
「おはよ〜。どうしたの?」
「ん?ああ。おはよ。別に何ともないから気にしないで。」
それだけ言うと、雫ちゃんは窓の外に顔を向けてしまって、それ以上話す事はできなかった。
今日は私が遅く来たせいもあるけど、朝にほとんど友達とおしゃべりができなかった。
普段いっぱい喋ってるかと言われると怪しいけど…
というか、なんで雫ちゃんも美月ちゃんも私には本当のこと言ってくれないんだろう…
1時間目の国語は、文芸部に入ったこともあっていつも以上に真剣に受けた。
元々国語は得意な方だし、何言ってるかさっぱりな物理とか数学よりはるかに楽。
何言ってるかわかんないのは中学生の時も数学の授業はほとんど真面目に受けた事がなかったからなんだけどさ…
計算が多すぎてやってると頭が痛くなって来るんだもん…
友達に助けてもらわなかったら期末も入試も危なかったし…
1時間目が終わると、私は急いである人の席に向かって疑問をぶつけて見ることにした。
「ん?おう。どったのみなっち。」
「なに?その呼び方…」
「え…だって美月がみなちゃんなら私はみなっちって呼ぼうかなと…」
「普通に呼んでよ…。なんかその呼び方は…いや…」
「そう?ならみなちゃんで。」
相変わらずの喋り方で私に笑顔を向けて来てくれた女の子は、美月ちゃんの友達の皐月ちゃん。
どうせ本人達に聞いてもはぐらかされる気がするし…
皐月ちゃんももしかしたら本当の事は言ってくれないかもしれないけど…
美月ちゃんに直接聞くよりは教えてくれそうな気がする…
「なんで美月ちゃんは休んでた理由私に教えてくれなかったと思う?風邪だったならお見舞い行きたかったのに…」
「風邪って言ってたか?ん〜そりゃダメだろ…」
「ダメって何が?」
「んやこっちの話。なんで教えなかったのかは私には分かんないけど、心配かけたくなかったから。とかじゃないか?まぁ本人に聞いても答えないだろうけど…」
「友達が何の連絡も無しに2日も休んでたら誰だって心配するよ…。風邪なら風邪って言ってくれたほうが…」
なんだかちょっと悲しくなって来てしまって、泣きそうになってると皐月ちゃんが慰めてくれた。
「そこまで心配させてたのか?なら私から美月にこれからはちゃんと言えって言っとくから。ほら。泣くなって…」
「泣いてないもん…」
そう言いながらちょっと涙目になってる私を、2時間目が始まるまで、皐月ちゃんは嫌な顔1つせずに慰めてくれた。
さっきちょっと泣きそうになってたからなのか、2時間目の授業は始まった瞬間寝てしまった。
数学の授業だったし別に問題は無いけど、学校で泣きかけるなんて…良くない。
皐月ちゃんにも迷惑かけちゃったし…後で謝らなきゃ…
2時間目が終わって眠りから覚めた私は、さっきのことを謝ろうと皐月ちゃんの席に向かった。
だけど、そこに皐月ちゃんはいなくて、しかも美月ちゃんも教室からいなくなっていた。
2人でどっかに行ったのかな…
仕方がないから自分の席に戻ると、私の席に知らない男の人が座って雫ちゃんとおしゃべりしていた。
雫ちゃんはなぜか嫌そうな顔してるけど…
あんまり男の人が得意じゃない私は、どいて。等言えるわけもなく、その男の子がどくまで近くをウロウロしていた。
結局3時間目が始まる数分前に男の子は自分の席に戻ってくれて、やっと座る事ができたけど、隣に座ってる雫ちゃんは疲れた。みたいな顔をして、深いため息をついていた。
まだあの2人は帰って来てないけど…どこに行ってるんだろう…
チャイムが鳴って、授業が始まるギリギリに2人は帰って来た。
あれ…心なしか美月ちゃんの顔が赤いような気がする…
3時間目の授業中、何回も美月ちゃんと目があった気がするけど何だろう…
皐月ちゃんと何話したんだろう…。もしかして、さっき私が言ったことをもう話してくれたんだろうか…
家庭科なんてそんなに苦手じゃないけど、その時は、チラチラと私を見て来る美月ちゃんが、なんか可愛くて全然話が入ってこなかった。なんで授業中に時々後ろを振り返っては私と目が合うと直ぐに前を向くのか…
謎だ…
3時間目が終わると、逃げるように去っていった美月ちゃんの後を、なぜかニヤついてる皐月ちゃんが走って追いかけていった。
あの2人は何をしてるんだろう…
ちょっと気になって私も追いかけようと教室から出て廊下を見て見たけど、すでに2人の姿はなかった。
どこに行ったか分かんないし探すのは諦めて教室に戻ると、さっきの休み時間も私の席に座って雫ちゃんと話してた男の子が、また私の席に座って雫ちゃんとおしゃべりしていた。
近くに行ってどいてもらおうとしたけど、私にそんな勇気はなくて、男の子の顔を見るだけで精一杯だった。
顔を見て思い出したけど、私の席に今座ってるのは、この前校門にいたあの男の子だった。
名前は確か…誰だっけ…。前に一回皐月ちゃんに聞いた事がある気がするんだけど…
雫ちゃんの後ろで考えてると、当然何を話してるか聞こえて来る訳で…
なんか盗み聞きしてるみたいで申し訳なくなってきて、教室から出ようとした時だった。
「あのさ、一つ言っていい?そこ…もみ…水無月さんの席でしょ?水無月さん困ってるわよ。」
それを聞いた男の子は急いで私の席からどいてくれた。
雫ちゃんは私が困ってることに気がついてくれたみたい…
本当なら自分で言わないといけないんだろうけど…雫ちゃん…ありがと〜。
「別に良いわよ。さっきも困ってたんじゃない?」
「えほんと?ごめんなさい。」
「ううん。大丈夫!」
その男の子は、そのまま雫ちゃんの席から離れていった。
男の子が自分の席に座るのを確認すると、雫ちゃんは深いため息を吐いた。
「どっどうしたの?」
「あ〜いや。彼氏じゃないから…」
そんな謎の言葉を残して雫ちゃんは窓の方を眺めてしまった。
やっぱり私には本当の事は話してくれないんだ…
なんで皆私には教えてくれないの…
4時間目はその事で頭がいっぱいで、皐月ちゃんも美月ちゃんも教室にいないことに私は気がつかなかった。
4時間目が終わって教室のドアが開いて外から入ってきた皐月ちゃん達を見て初めて気づいた。
お昼休み、朝言ってた通り、美月ちゃんと一緒にご飯を食べる事ができた。
そこにはなぜかニヤついてる皐月ちゃんがいたけど…
「ねぇ。なんで顔赤いの?まだ風邪治ってないの?」
「あ。美月の顔が赤いのは…」
「皐月!やめてってば!」
「はいはい。」
皐月ちゃんは笑ってるけど、状況が一切わからない私にとって、このやり取りは謎でしかなかった。
風邪が治ってないならすっごい心配だけど…皐月ちゃんの様子から見るとそんな事はない…のかな?
ちょうどお弁当を食べ終わった頃、内ポケットに入れてた携帯が鳴って、確認して見ると朱音先輩からだった。
「新入部員の子達にはいきなりで申し訳ないんだけど、今日の部活は私と鈴音が出れないからお休み。部室の鍵開けれないから7限終わって部室に来ても開いてないよ。」
文芸部のグループLINEにそんなメッセージが入っていた。
「特に春奈。あんた間違えて部室に来ないでね。」
春奈先輩ってしっかりしてるように見えるけど朱音先輩が心配するってことはそういう部分もあるのかな…
一応返事はしないとダメだよね…
「分かりました!」
これで放課後が一気に暇になってしまった。
どうしよう…
「どうかしたか?」
「う〜ん。文芸部に入ったって話ししたじゃん?今日の部活なくなっちゃって放課後どうしようかなって…」
「ああ。3年は進路の事とか色々あるもんな〜。放課後暇ならうち来るか?今日親いなくて私も暇なんだよな。」
家に誘われたのは流石に初めてだけど、私より驚いてる人がいて、さらにビックリした。
「皐月…?あんた私の友達よね?」
驚いてるというか泣きそうな顔してる美月ちゃんがそこにはいた。
なんで泣きそうなんだろう…
「嘘嘘。冗談だって。泣きそうな顔すんなよ…」
「あんたの場合冗談ですまないかもしれないじゃん!」
「たく…。そんなに嫌かね…」
「どうしたの?2人とも…」
そう聞いた途端、さっきまで泣きそうな顔をしていた美月ちゃんは途端に顔を赤くして、皐月ちゃんはさらにニヤついて…
私は余計に混乱してしまった。
「美月が他の女の家に…」
「皐月〜?」
「…。みなちゃん。やっぱ忘れてくれ。あとやっぱ私はみっちゃんって呼ぶわ。」
「呼び方は別に良いけど…2人とも本当にどうしたの?」
「何でもない!本当に何でもないから!忘れて!」
別に皐月ちゃんの家に遊びに行く事自体は良いんだけど…
忘れて欲しいなら忘れる…
その後の授業は、お昼休みの一件が気になりすぎて全然集中できなかった。
雫ちゃんは今日一日中疲れてるみたいだったし、話しかけにくかったのもあって全然話せなかった。
家に帰ってもなんだかその事が忘れられず、夜ご飯の時も、なんでボーッとしてるの?なんて言われてしまった。
案の定うちのお母さんは好きな人のことだと思ってるらしいけど…
寝る直前に、今日の朝の光景を思い出して、美月ちゃんから貰った抱き枕をいつもよりガッシリ抱いて眠った。