第16話 入部と先輩 後編
6時間目が終わり、私と雫ちゃんは文芸部の部室に向かった。
文芸部の部室の前には白っぽい色のショートヘアで大人しそうな女の子が不安そうに立っていた。
こんな子、見学にきた時にはいなかったような気がする……
それとも、この間いなかっただけで部員の人なのかな……
「あの……文芸部の方ですか?私……えっと……」
私達が部室の前で立ち止まると、その大人しそうな女の子が急に話しかけて来た。
私たちを文芸部の人と勘違いしてるみたい……
「えっと……あなたは……?」
「あ……えっと…………私は渡辺沙織です。よろしくお願いします……」
「うん!よろしくね!私は水無月紅葉で、こっちが雫ちゃん!」
「初対面の人にその名前で呼ばないでよ……」
普段はそんなに気にしない雫ちゃんは、この時だけはなぜか顔が赤かった。
ちょっと可愛い……
「新しく入部したの?」
「は……はい……。興味がある部活はここしかなかったので……」
「私達と同じだね〜。一緒に入る?」
「はい!」
そのままドアをノックしてから部室の中に入ると、既に見学の時にいた部員の方が全員揃って私たちを待ってくれていた。
部室に入ると、この前は無かった椅子が私たちの分まで置いてあった。
「お。来たね〜。座って座って〜」
「し……失礼します……」
なんか変に緊張しちゃって、たどたどしくなってしまってるけど……コミュ障なんだから仕方ない……
雫ちゃんと渡辺さんも緊張してるみたいだし……
「まず、入部してくれてありがとね。私はこの文芸部の部長をしてる藤田朱音だよ。よろしくね。」
可愛らしいけどしっかりした感じの人がこの部活の部長さんだった。
見た目が雑誌に出てくるモデルさんみたいで初対面はビックリしたのを覚えてる。
「よ…………よろしくお願いします…………」
「そんなに緊張しないでもいいよ?まぁ新入生だし無理もない…………かな?じゃあ次の人〜」
そう言いながら、席に座った朱音先輩は入部届けを出しに行った時とはうらはらに、すごく笑顔で自己紹介をしてくれた。
笑顔がすごい可愛かった…………
雫ちゃんの方が可愛いけど…………って何考えてるんだろ私…………
「なら次は私か〜。えっと私は吉岡鈴音だ。よろしくな〜。」
椅子から立ち上がってそう言った彼女は、朱色?の長い髪で水色の目をした……なんか雰囲気が猫に似てるというか……
うーんなんて言ったらいいのかわかんないけど……まぁ可愛い……
小動物感があるって言うのかな…………そんな感じの先輩だった。
「はぁ……自己紹介くらいちゃんとしなさいよ……。鈴音には一応副部長をしてもらってるんだけど……基本ダラけてるからほっといていいよ」
「は……はい。吉岡先輩?よろしくお願いします。」
「ん?ああ。気持ち悪いから鈴音でいいぞ?」
「じゃあ鈴音先輩……で」
そういうと、まだ納得がいかないのか鈴音先輩は微妙そうな顔をして席に座った。
鈴音先輩を見て横の雫ちゃんと渡辺さんもなんか微妙な顔をしてた。
まぁなんとなく気持ちはわかる気がする……
「鈴音先輩可愛いじゃないですか!皆なんでそんなに微妙な顔してるの!?」
そう言いながら立ち上がったのは茶髪のストレートに茶色の目、そしてなぜか、すっごく興奮してる女の子だった。
どうしたんだろう……
「ああ〜春奈。それは後にして。まずはあんたの自己紹介しなさい……」
「部長まで……鈴音先輩可愛いじゃないですか……。もう…………。私は三浦春奈です……よろしく……」
「春奈〜あんたがそう言ってくれんのは嬉しいけどな。新入部員の前でそれ言っちゃうとうちらが付き合ってるみたいになるだろ〜?ほどほどにな〜」
「私は別に鈴音先輩とだったら全然……」
そう言った三浦先輩は、少し頬を染めてそんなことを言っていた。
なんか見てるこっちが恥ずかしくなってくるからやめてほしい……。
ほら……雫ちゃんも顔真っ赤だし……。
「なら付き合うか?私達……」
「ふぇ……?」
「冗談に決まってるだろ〜。ほんと春奈は面白いな〜」
そう言いながら鈴音先輩はすっごい笑ってたけど、春奈先輩はこれ以上ないってくらい顔を真っ赤にしてたし、部長さんは呆れたようなため息をついていた。
「新入生の前でそういうこと言わない!」
そう言ってまだ笑ってる鈴音先輩の頭に朱音先輩のチョップがお見舞いされた。
ちょっと泣きそうになりながら謝ってる鈴音先輩は、悪いことをした子供がお母さんに叱られてるみたいでなんか和むというか……微笑ましかった。
席に座った春奈先輩は、しばらく顔が赤かった。
「えっと……じゃあ次は私……。原恵って言います……。よろしくお願いします……」
席に座ったままそう言った先輩は渡辺さんと同じで大人しそうな先輩だった……
黒髪のツインテールでこの部室の中じゃ一番大人しい感じがする人だった。
先輩だけど……なんか同い年に見える……
私以外の2人も、多分だけどこの部室の中では一番話しかけやすい人だと思ったんじゃないかな……
少なくとも私はそう思った……
朱音先輩は美人すぎてなんか話しかけにくいし……鈴音先輩と春奈先輩は……雰囲気的になんか話しかけにくいというか……。
しかも、後1人の子はなんというか……可愛くて先輩だけど先輩に見えないというか……
「えっと……私が最後ですね。橋本結奈って言います……。私これでも高2です……。」
少し恥ずかしそうにそう言った結奈先輩はどう見ても女子中学生……それどころか、小学生です。なんて言われたら普通に納得してしまうほど小さくて可愛らしかった。
白髪で水色の目。髪にはちょっと大きめの黄色の髪飾り……
それに前髪で右の目が隠れてて余計可愛らしさが増してた。
椅子から立ってるのに机からギリギリ顔が出てるみたいな感じ……
なんかマスコットみたいで可愛い……
「この子、身長の事気にしてるからあんまり言わないであげてね」
「は……はい。」
「結奈は私のだぞ?新入生。私の結奈には手出すなよ〜?」
「馬鹿なこと言わない!」
そう言った朱音先輩のチョップが、また鈴音先輩に直撃した。
やっぱりこの2人のやり取りはなんか和む。
見学の時はずっと本読んでたからこんな人だとは思ってなかったし、部長さん以外の人とは話してなかった……。
「なら次は新入生の皆にお願いしようかな?」
一瞬誰から行くのかと3人で顔を見合わせたけど、雫ちゃんも渡辺さんもなぜか私に一番最初に言ってほしい。みたいな顔をしてたから一番初めは私になった。
「えっと……私は……水無月紅葉です……。よろしくお願いします!」
「緊張してんのか〜?気楽にな。ここダラける部活だから〜」
「あんたは……ほんと……」
さすがに3回目のチョップがお見舞いされることは無かったけど、無言の圧力というか、朱音先輩から鈴音先輩に向けられた無言の圧力で鈴音先輩が頭を抑えながらちょっと泣きそうになっていた。
この部活本当に大丈夫だろうか……
「なら次は私。緑川雫です。よろしくお願いします」
いつも通り冷静に、そして必要最低限で自己紹介を終わらせた雫ちゃんだったけど、机の下にあった手はすっごい震えていた。
雫ちゃんも恥ずかしいのかな……?可愛い……
「ん?ああ。なるほどな〜。そういうことね」
「?何か?」
「ん?別に気にしなくていいぞ。」
そう言った鈴音先輩は、さっきまで泣きそうになってたのにこの前の皐月ちゃんみたいにニヤつき始めた。
急にどうしたんだろう……
「えっと……最後は私ですね……。えっと……渡辺沙織です……。よろしく……お願いします……」
緊張ですごく震えながらそう言った渡辺さんは、恵先輩となぜかアイコンタクトをして気持ちを落ち着かせていた。
知り合いなのかな……あの2人……
「はい。これで皆の自己紹介は終わり。約1名問題児がいるけどほんとに気にしないでね。あ。質問があれば聞くけど何かある?」
「問題児って言いかたやめろよな〜。私は別に……」
「あなた以外誰がいるのよ……。それより、何か質問ある?」
一瞬なんでこの部活には女の子しかいないんですか?と聞こうとしたけど、私にはその勇気はなかった。
私の代わりに、雫ちゃんが聞いてくれたけど……
「ああ。いや私らもそこは分かんないんだよ。別に男子禁制にしてるとかじゃないんだけどね〜。なぜか皆入ってこようとしないんだよ〜。一応図書室にいる男子には声かけてるんだけどね……」
「そうなんですか……」
「うん。他に何かある?」
「い……いえ。特には……」
他2人も同じみたいだった。
というか、この部活に男の人がこないのって……部員の方が皆可愛いから逆に来れないんじゃ……
もちろんそんな事は言えなかったけど……
その日の文芸部の活動は、自己紹介と改めて部活内容の紹介をされて終わった。
ちなみに部活があるのは今日みたいな新入部員が来る日以外は月・水・金らしい。
今日は私達が入ったからわざわざ残ってくれたみたいだった。
というか、なんで本しか読まない部活があるんだろう……
入ってから考えるのもおかしいような気がするけど、本読むなら図書室で良いし……わざわざなんで部活に……?
雫ちゃんが入るって言ってたから入ったけど……謎だなぁ……
雫ちゃんと一緒に帰ってる最中にその疑問を聞いてみたけど、そこまでは雫ちゃんも知らないみたい。
ただ、雫ちゃんが見学に行った時、部室で部長さんがネット小説を書いていたって言ってた。
もしかして、本を読むだけじゃなくて自分たちで書いてるのかな……
どうしよう……本格的にまずいかもしれない……
私、国語は得意だけど……自分で本なんて書いた事ないし……
というか、私まともに本なんて読まないし……
家に帰ってから、お母さんに頼んで面白そうな本をネットで探して片っ端から買っていった。
注文してから雫ちゃんに貸して貰えばよかった……と後悔した事は誰にも言えない……
寝る直前に、なぜだか部室での鈴音先輩と春奈先輩のやりとりが頭に浮かんできて顔が赤くなってしまった。
勝手に鈴音先輩と春奈先輩を、私と雫ちゃんに置き換えてしまった……
私は恥ずかしすぎて毛布を頭までかぶって目を閉じた。