第15話 入部と先輩 前編
「起きなさい。もう7時20分よ。」
まだぼんやりとしている意識の中で聞こえたその声に、私の意識は急速に覚醒を始める。
そして、声をかけて来た人が私にかかっている毛布を剥いだことで、私の意識は完全に覚醒した。
「寒!ねぇそれ返してよ…」
起きたばかりだというのにすでに泣きそうな自分の娘を見たからなのかお母さんは呆れた様子で毛布を返してくれた。
朝一で寒いのに私から毛布を取り上げるなんて…この人は鬼か…
「早く朝ごはん食べて支度しちゃって。遅刻するよ」
「ふぁい…」
相変わらずいつもの格好で降りていく私を見て何か言いたそうなお母さん…
寒いんだから仕方ないって何回も説明したのになぁ…
下に降りると、すでにテーブルに私の分だけの朝ごはんが準備されてた。
お母さんの分が無いけどどうしたんだろう…
「もう食べちゃったわよ…。あなたがいつまでも寝てるから…」
まだ7時半になったばかりなのに…
大体、いっつも家出るの8時15分とか20分とかなのに…
さっき完全に目が覚めたと思ってた私だけど、朝ごはんを食べてる最中に何度か寝かけてしまって、お母さんにまた呆れられた…
眠いんだからしょうがないのにね…
朝ごはんを食べ終えた私は、そのまま自分の部屋に戻って、懲りずにまたベットで寝ようと試みたけどそんな考えはベットにダイブする直前に光った携帯によって邪魔されてしまった。
眠ろうとしてたのを邪魔されてちょっとムッとしてしまったけど、このメッセージの送り主はもしかしたら…そんなことを考えるとそんな考えも吹っ飛んでしまった。
案の定、メッセージの送り主は雫ちゃんだった。
でも昨日みたいに一緒に登校しよう。という内容じゃなかった。
「昨日言おうと思って忘れてたんだけど、今日のお昼休みにでも一緒に文芸部の入部届け出しに行かない?確か部長さんか顧問の先生に出せば良いって言ってた気がするし!」
「もちろん!一緒に行こ!私が見学に行った時は顧問の先生なんていなかったけどいるんだ〜」
「知らなかったの?文芸部の顧問の先生はうちのクラスの担任の柊先生だよ?」
「え!?柊先生って国語の先生じゃ無いよね!?」
「まぁそこら辺は色々あるんじゃ無い?じゃあお昼休み一緒に行こうね!」
「うん!」
やった…お昼休み雫ちゃんと一緒にいれる…
しかもおんなじ部活の入部届けを渡しにいくなんて…
流れでもしかしたら一緒にお昼ご飯も食べられるかも…
私はさっきまで抱えていた眠気が一気に吹き飛び、お昼休みが一気に楽しみになっていた。
というか、うちのクラスの柊先生が文芸部の顧問だったんだ…
柊先生は確か家庭科の先生だったような気がするんだけどなぁ…
まぁ雫ちゃんも言ってたけど色々あるのかな…
急いで準備を済ませた私は、いつもより早く家を出て学校に向かう。
お昼休みが楽しみすぎて急いでるだけなんだけど、走ってるからなのか、それとも、いつもよりだいぶ早い時間に登校してるからなのか、すっごく寒い…
学校に着いた頃には、寒さと息苦しさでちょっとキツイ思いをしていた。
完全に空回ってる気がする…
教室について、時計を見るとまだ8時20分だった。
いつもならこのくらいの時間に家を出てる。
いくらなんでも早く着きすぎた…
黒板ではこの間も落書きをしていた女の子が、相変わらず男の人同士のカップルの絵を描いていた。
でも、今日は周りに友達らしき人がいなくて1人だった。
というか、この子は何がしたいんだろう…
前から思ってたけどなんでお絵かき帳とかに描かないんだろう…
「お…おはよ…」
「ん?ああ。おはよ〜」
「なんで黒板にそんな絵を描いてるの?」
「え?う〜ん。こっちの方が描いてるって感じがするからかな?分かる?」
私がよく分からないって風な顔をすると、そうだよね〜と言ってまた絵を描き始めてしまった。
私にしてはすっごく勇気を出したのに、まともに会話が続かなかった…
というか、こっちの方が描いてるって感じがするからってなんだろう…
気持ちの問題なのかな…
よく分からないまま黒板の前を通り過ぎて、自分の席の方に目を向けると既に本を読んでる雫ちゃんが目に入った。
教室の中には必死で黒板に絵を描いてる霜月さんと、自分の席で本を読んでる雫ちゃん。
そして私しかいなかった。
朝早い教室ってこんなに人が少ないんだ…
こんなところでなら本を読むのもなんか納得してしまう。
本を読んでるなら話しかけない方がいいのかな…
でも…お話ししたいなぁ…いやでも…
そんな葛藤が私を迷わせてると、昨日、校門の前にいた男の子が教室の中に入ってきた。
今の時間をとっさに確認すると、まだ25分だった。
こんな早い時間に登校してくるなんて何を考えてるんだろう…
でも、あの男の子には雫ちゃんを取られたく無い…
そんな気持ちが迷ってた私の心を押してくれて、何とか雫ちゃんに話しかけることができた。
「雫ちゃん…おはよ…」
「え…?なっなんで…?まだ…」
「お昼休みが楽しみでね…早く来ちゃった…」
「そ…そう…」
私がこんな早い時間から教室にいることにかなりびっくりした様子の雫ちゃんは、私と短くお話しして、また読書を始めてしまった。
できればもうちょっとお話ししたかったんだけどなぁ…仕方ない…
1時間目の準備をして早々に寝てしまった私は、その後教室で起こったことは分からなかったけど、HRが始まるチャイムで起きた私は、隣の席の雫ちゃんがなぜだか酷く疲れて、オマケにちょっと泣きそうになってるのに気がついた。
「雫ちゃん?どうかしたの?」
「う…ううん。何でも無いよ。大丈夫」
やっぱりなにがあったかは教えてくれないらしい。
ちゃんと起きとけばよかった…
その後の雫ちゃんは、やっぱり何かおかしくて、いつもなら簡単に答えられるような問題に答えられなかったり、ぼーっとしてたり…
本当に私が寝てた間になにがあったんだろう…。誰か知ってる人いないかな…
「皐月ちゃん…雫ちゃんの様子が何かおかしいんだけど何かあったの?」
「そうか?私にはいつも通りにしか見えないんだけど…」
「そ…そう…。あ、今日も美月ちゃん休みなの?」
「ああ〜。今日は来ると思ったんだけどな〜。私が思ってたよりショックだったのか…」
「え?何がショックだったの?」
「んや。何でも無い。今日美月の家に行ってみるから心配しなくていいぞ。」
2日連続で休むなんていつもの美月ちゃんからは想像ができない…
雫ちゃんといい、美月ちゃんといい…何があったんだろう。
2人とも多分私には本当のこと教えてくれないんだろうし…
その日の4時間目は物理学の授業だったから、昨日の雫ちゃんの行動を確かめようと、また寝たふりをしようとしたんだけど、先生がずっと念仏みたいに意味がわかんない言葉を並べてるからいつの間にか眠ってしまった。
お昼休み、雫ちゃんが起こしてくれて起きるまで、私はグッスリと夢の中にいた。
「文芸部の部長さんに入部届け渡しに行くわよ。」
「ふぇ?あ…うん!行こ!」
さっきまで寝てたのが嘘みたいに先を歩いて行く雫ちゃんの後ろをちょっと早足でついて行く。
ちょっと疑問だったんだけど、なんで文芸部って女の子しかいなかったんだろう…
男の人が0人なんて…しかも部員の女の子はみんな可愛かったし…女の子目当てで行く男子は多いのかと思ってたんだけどなぁ…
「ああ。私もそれは思った。あの部活ほんとに可愛い人多かったし…なんでだろうね…」
自分で聞いといて、雫ちゃんから可愛い人が多かった。なんて言葉が出て来て、ちょっとショック受けてる自分がいた。
そんな自分に一番驚いたのは私なんだけどさ…
「あ…確かここ。3年A組で合ってるはず…」
自信なさげな雫ちゃんは新鮮で、私はちょっと見惚れてしまったけど教室から出て来る男の人が、皆雫ちゃんの方を見てるのに気がついてからは早くここから離れたい…と思ってた。
「あ。いた。あの人だ…」
そう言った雫ちゃんは、何の躊躇いも無く、3年生の教室の中に入って行ってしまった。
私も慌てて後を追った。
3年生の教室は、当然だけどうちのクラスの男子より大きい男の人が何人もいて、ちょっと怖かった…
皆こっちを見て来るし…
無意識に雫ちゃんの袖を握りしめてしまっていた。
「あ。君は!どうしたの?」
「えっと…これを届けに…」
教室に入った時とは別人のような口ぶりでそう言った雫ちゃんは、目の前にいた女の子に入部届けを出していた。
私も急いで入部届けを出す。
そこで初めて、目の前にいるのが部長さんだと気がついた。
部長さんは綺麗なピンクのロングで、私と同じ黄色の目。そして、耳に小さなイヤリングをつけてる、なんかお姉ちゃんっぽい雰囲気の人。美人って言った方が正しいのかな?こういう場合って。
周りの男の人が怖くて、ずっと下を向いてたから気がつかなかった…
私も入部届けを出すと、すごく嬉しいのか、ちょっと泣いていた。
「ありがと〜。うちの部活地味だから1年生は入ってくれないかもって思ってたんだよ…」
部長さんがそう言うと、横の席にいた綺麗?というか、どっちかと言うとカワイイ系の先輩が皐月ちゃんみたいな口調で話しかけてきた。
「地味って自覚はあるんだ…。まぁ本読んでるだけだしな〜」
「あなたはちょっと黙ってて。もういちいち…」
「分かったよ……なんで私にはそんなにキツイんだよ……だから彼氏ができ……いやなんでもない」
「あんたねぇ……」
「あ…あの…大丈夫ですか?」
「ああ。ごめんね。鈴音はこういう子だから気にしないで。今日の部活で改めて紹介するから、授業終わったら部室に来て。」
鈴音って言われてた女の子は何故か満足した。みたいな顔をしてたけど何も言わずにお弁当を食べるのを再開した。
私と雫ちゃんの2人はそのまま逃げるように3年生の教室を出てできるだけ早足で1年の教室に戻った。
「怖かった…雫ちゃんと一緒じゃなかったらあんなところ行けなかったよ…」
「実は私も、ちょっと怖かったよ…」
それからお互い笑いあってその流れで自然にご飯を一緒に食べることに成功した。
幸せなお昼休みは、いつもの何倍も早く終わってしまった気がした。