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第146話 私なりの復讐

今回は凛ちゃん視点でのお話になります。

皐月と私が海外に行くとカミングアウトした翌日の朝、私は皐月が寝苦しそうにしている声で目を覚ました。


昨日美月があんな感じで眠ってしまったから、責任感の強い皐月のことだ。絶対に気にしている。

私はあまり気にしていないけれど…皐月の精神状態が少しだけ心配だ。


(やば!起きた…)


とりあえず寝たふりをしてやり過ごす。

いや、寝たふりなんてする必要ないんだけど…咄嗟に目を瞑っちゃっただけで…。


そのまま洗面台の方に行った皐月は、そこからしばらく帰ってこなかった。


(何やってんだろ…)


気になって洗面台の方へ様子を見に行くと、皐月が自分の気持ちを…紅葉ちゃんのお母さんに吐き出している声が聞こえてきた。


もちろん洗面所のドアは閉まっているので私が聞いていることなんて皐月は分からないだろうけど…。

そんなに…辛い思いをさせていたなんて…。


「私は…凛の提案を利用して、あの子を裏切ってしまった…。でも、そんなこと…言えなくて…」


皐月の辛そうな声が、ドア越しでも伝わって来る。

それを、紅葉ちゃんのお母さんはただ黙って聞いている。


これは私が皐月を好きだからなのかもしれないけれど…今すぐ抱きしめたくなる。

大丈夫。そんなこと…誰も気にしていないって…。あなたは、これ以上ないくらい頑張ってるんだから…そんなことは、気にしないで良いよって…。そう伝えたくなる。


だけど、きっと今ここで私が出て行くと、皐月は強がって「なんでもない」と、そう言うんだろう。

本当は辛くて辛くてしょうがないはずなのに…。

あの子は、変に強がりなところがあるから…。


「美月のことは大好きだし…離れたくないけど…そうしないと、私の身がもたないんです…。あの子の恋を邪魔したのは、他の誰でもない、私なんです…。中途半端かもしれないけど、美月が紅葉を好きなうちは、私が手を出すべきじゃないって…」


聞いているこっちが泣きたくなるような、そんな悲痛な心の叫びだった。

これを聞いてしまうと、勝手に私が美月を恨んでいたのがバカバカしくなる。


これは…見て見ぬ振りをした私にも責任がある…。

いや、むしろ、ここまで努力している皐月を見ようとしなかった美月以上に罪が重いとも言える。


皐月は、自分の好きな人の恋路をできるだけサポートした。

なら私も、美月と皐月をくっつける手伝いをすればよかったのではないか…。

少なくとも、紅葉ちゃんはそう思っていた可能性があるし、話せば協力もしてくれたはずだ。


この際美月の気持ちなんて無視してでも、努力していた皐月を救うべきだったのだ…。


(全ては…もう遅い…か)


なにしろ、出発は明日なのだ。

紅葉ちゃんと緑川さんがくっつくのに約1年。美月が失恋してすぐに心が動くとは思えないので、それ以上の時間が多分かかる。


たった1日で美月の気持ちを皐月に向けるなど、まず不可能だ。

そんな時、紅葉ちゃんのお母さんが…皐月に言った。

今のまま海外へ行っても後悔するだけ。なら、今自分ができる最善に事をしろと…。


その言葉は、皐月だけでなく、私の心にも突き刺さった。

無理だと思考を放棄しないで、自分が好きな人のために、自分が今できる最善のことをする。


私はゲーマーなんだ。loseの表示が出るまでは、決して諦めてはダメだ。そんな当たり前のこと、今まで忘れていた。

勝負の世界は、最後まで何が起こるか分からない。なら、私ができることを最大限すれば、美月と皐月の関係を元どおりに…いや、以前より理想に近い形へと導けるかもしれない。


そうと決まれば、早速行動開始だ。

都合よく、皐月は帰るらしいので、皆が起きてきたら美月以外に今の私の考えを全て伝えよう。


昨日の今日だ。協力してくれるかは分からないけれど、その時は土下座してでも協力してもらう。

自分のためじゃない。他ならぬ、健気で可愛い…彼女のために…。


「――ということなの。それで、私は皐月と美月の関係を、皐月の望む形に少しでも近づけたい。でも、残りの時間が少なすぎて私1人では絶対に無理。だから――」


「凛さん。頭を上げて。色々言いたいことはあるけれど、私は協力する。あの2人がギクシャクしたまま別れることは、絶対にダメだって、私にも分かるから」


「うん!私も協力するよ!元々、私もあの2人にはくっついて欲しいって思ってたから!」


「…お姉ちゃんのためなら、私も協力します。だけど!私からお姉ちゃんを奪った罪は重いですからね!」


皐月がいなくなった理由を適当にぼかし、出かける直前に美月が離れたタイミングを見計らって皆へと事情を説明すると、あっさりすぎるほど承諾をもらえた。


葉月ちゃんにものすごく嫌われちゃったのは残念だけど、この際私のことはどうでもいい。

ならまずは、私が1時間で考えた天才すぎる作戦を手短に伝える。


「…それ、無茶過ぎない?大体、それだけで本当に美月さんの気持ちが変わるの?」


「分からないけど、私が今できるのはこれが精一杯。あんまり時間がないっていうのも影響しているけど、個人的に…美月には思うところがあるから」


「…まぁ、そのことに関しては深く聞かないことにする。じゃあ、早速行動開始ってことでいい?」


「うん。よろしく!」


私が考えた作戦内容は少々強引で、若干復讐の色が強い。

ぶっちゃけると、これは努力家な皐月を見ようともしなかった美月に対する恨みから考えついた作戦だ。


紅葉ちゃんたちの気持ちを全て無視して、私が美月に復讐するためだけに考えた、そんな作戦。


自分にも非はあるのに、美月にものすごく復讐の炎を燃やしている私が醜いという叱咤ならいくらでも受ける。

だけど、やっぱり許せるものではないのだ。

あんなの魅力的な女の子を追い詰めて、あまつさえ泣かす要因を作った美月が、私は許せない。


「お待たせ…。行こうか…」


「うん!じゃあ、まずはモールで服でも買おう!雫ちゃんに似合いそうなもの前に見つけたんだ〜!」


「…え!?いや、私は別に…」


「いいから良いから〜!ほら、行くよ〜」


少々大袈裟に紅葉ちゃんと緑川さんのイチャつきを見せつけ、完全に紅葉ちゃんの気持ちが固まっていると美月に思わせる。


そして、道中で美月の唯一のオアシスである葉月ちゃんを離脱させ、完全に立場上孤立させる。

私には話を振りにくいだろうし、紅葉ちゃんと緑川さんは2人の世界に入っている。

陰湿だけど、美月はこれくらいしないと、まず紅葉ちゃんから心は動かない。


そして、モールに着いてからも終始いちゃついてもらって、美月が辛そうになってきたら一旦ストップをかける。

ここで完全に美月の心を折ると、今度は恋愛なんてしばらく良い。そんな方向へシフトしてしまう可能性もあるからだ。


最高なのは皐月に対して、明日までに恋愛感情を持たせることだ。そんな方向へ持って行くのはむしろ逆効果だ。


「向こうはどうなの…?


「葉月ちゃんからも順調だと連絡をもらってる。予想以上に皐月のダメージがデカイのが心配だけど、そこは葉月ちゃんに頑張ってもらうしかないから…」


「そう…。本当に、うまく行くの?」


「賭けだよ。でも、うまくいったら全てが好転するから…。私にできることは、もうこのくらいしかないの」


葉月ちゃんには、明日まで皐月に思いっきり甘えてもらって、少しでも精神的な負担を軽くしてもらう。


そうしないと、美月から仲直りしようと持ちかけられてもいっぱいいっぱいでそれどころではなくなってしまう。

葉月ちゃんの役目は、1番大変で1番重要な役だと言える。頑張ってもらおう。


そして翌日、私たちが出発する日だ。

この日はお兄ちゃんが朝から野暮用でいないとのことなので、紅葉ちゃんたちにも色々とフリーで指示を出すことができる。


葉月ちゃんから、少しだけ皐月の様子が心配だと連絡をもらっているので、そこだけがまだ少し懸念点ではあるけど…。


「美月が学校に来たら、放課後は有無を言わせずタクシーに乗せて。タクシーはこっちで用意しとくから、代金とかも気にしないで良いって伝えて」


「…分かった。だけど、どうする気?」


「昨日手に入れた秘密兵器を、タクシーの中にいる状態で聞かせるだけ。紅葉ちゃん達も見送りに来たかったかもしれないけど、ごめん。我慢してほしい…」


「皐月さんのためになるなら、私たちは問題ないわよ。ただし、必ず成功させてよね…。私達だって、見送りに行きたくないわけじゃないんだから…」


非難するような声色でそう言われ、私は思わず背筋を伸ばした。

そうだ。色んな人の思いを無視した作戦なんだから、絶対に成功させないといけない。

これは、私の復讐劇でもあるんだ。その点から見ても、これだけは必ず成功させたい。


そして、無事美月をタクシーに乗せたと連絡を受けた私は、隣にいる不安そうな皐月をチラッと見て、心の中で謝りながら秘密兵器を美月のアドレスへと投下した。


その秘密兵器とは、密かに録音していた紅葉ちゃんのお母さんと皐月の会話だ。

ベタだけど、これが今の美月には一番効く爆弾だろう。


どれだけ自分が好かれているのか、皐月の気持ちがどんなものなのか、全てを手っ取り早く伝えるにはこれ以上の武器はない。


既読がつけば、もうこっちのものだ。

あとは空港に着くまで、美月からの連絡を一切無視すれば良い。これで、私の復讐は完了した。


皐月には悪いことをしたけれど、これが私のできる最善手なのだ。許してほしい。

後は、この爆弾を食らった美月がどう出るのかだけど、私にも正確なところは分からない。


だから、賭けなのだ。結局のところ、美月の気持ちが変わらないのであれば、もうそれは仕方ないで済ませなければならない。


私が帰国後に考えていた作戦の全てを投げ打ってのこの作戦だ。

なので、全ては美月次第だ。


そして、空港に着いて皐月と美月のやり取りをそばで聞いていた私は、どうやら大丈夫そうだと密かに胸を撫で下ろし、紅葉ちゃん達にも連絡を取った。


美月にはしっかり怒られてしまったけれど、多分もう、2人がギクシャクすることは無いだろう。

私の復讐劇は、理想に限りなく近い形で成功したらしい。


「美月が話があるって〜。行ってあげな?」


私はそう言って皐月を美月の元まで送り出した後、お兄ちゃんとの別れも早々に、ゲートの中へと足を踏み入れた。


自分のしたことだとは言え、やっぱり自分の好きな人が他人に取られるところを見たい人など…いないだろう。

私は必死で涙を出さぬよう堪え、皐月が戻ってくるのを1人寂しく待っていた…。

次回のお話は3月20日の0時に更新します。



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