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第145話 出発

出発の日、私と凛は当然学校を休んだ。

凛は空港に出発する寸前まで寝るらしく、私は1人自室で膝を抱えながらうずくまっていた。


結局最善の選択が導き出せず、美月からの音沙汰もない。

お互いの家族は見送りにきてくれるけれど、美月が来る可能性はこの時点で限りなく低かった。


そのことを十分分かっている私は、皮肉なことに絶交という形に最も近くなってしまったことを反省していた。


(たった1日で最善の選択ができるのなら…私はあの時行動を起こしてたよ…)


今日の朝8時、葉月が嫌々学校に行ってから、お昼も食べずずっとこんな調子だ。

凛と響さんが迎えに来るのが16時なので、後2時間もない。


その間ももちろん考えてはいたけれど、結局答えが出ることはなく、葉月が帰ってきてしまう。


「おかえり…」


「お姉ちゃん…。ちょっとまってね…。急いで、準備…するから」


部屋でうずくまっている私を見て、葉月は少しだけ目を潤ませた。

制服から私服へと着替えて、一緒に空港へ向かう準備をしに自分の部屋へと足早に向かう葉月の背中は、とても寂しそうだった。


考えれば当たり前だけど…この私の海外行きは、もしかしたら私以外は幸せにならないのではないか…。

今更ながら、そう考えてしまう。


(身勝手な選択や自分重視の行動をした結果、自分の好きな人から最も遠ざかってしまった…ね)


10人がこの話を聞けば、誰もが自業自得だと言うだろう。

私は、この精神状態のまま向こうでうまくやっていく自信がない。

言葉も通じず、誰も知らない世界で…本当にやっていけるのだろうか。


その不安が今、いっぱいいっぱいの私の心を埋め尽くしていく。

思わず泣いてしまいそうになったその時、迎えがきてしまう。


「皐月〜?ちょっと早いけどもう行こ〜」


自室の窓から下を見ると、タクシーから降りた凛が子供のように手を振っていた。

響さんからお別れの品として買ってもらったと言っていたオーバーオールを着ている。

完全に中学生くらいの子供にしか見えないけれど…見間違いなんかじゃなく、凛だ。


「…10分も早くこないでくださいよ!」


「だって〜お兄ちゃんが待たせるのは悪いって…」


「凛が早く行きたいって言ったんだろ…」


「なっ!それ言わない約束!」


「濡れ衣を着せられるよりマシだ」


そんな低次元の言い争いが聞こえて来る。

昨日のうちにまとめておいたキャリーケースを持ち、私服にさっと着替えて私も下へと降りる。


そこには、モコモコのパジャマみたいな服を着た葉月と、なぜかスーツでピシッと決めている響さんがいた。

理由を聞くと、午前中は野暮用で出かけていたらしい。

どこに出かけていたかは…聞かないけど。


「タクシー代は凛の小遣いから引くので心配しないでいいよ。ほら、乗って」


「…はい」


「お兄ちゃん!?聞いてないんだけど!」


「電車で行こうって言ったのを断ってるんだから当たり前だろ…。ちなみに空港までは平気で2万かかるぞ?」


「…寝る!」


運転手さんがキャリーケースをトランクへと積み込んでいる間、凛と響さんがそんな会話をしていた。


すでにメーターには5600円と表示されている。今回ばかりは擁護できない。

私に精神的な余裕がないのも影響しているけど、全面的に凛が悪いし…。


助手席に響さんが座り、私を真ん中に左右に凛と葉月。

両親は後から別で来ると言っていたので、今は仕事場のはずだ。


私の方に寄りかかって寝ている凛と、私の服の裾を可愛くつまんでいる葉月。その真ん中で、私はただひたすら下を向いていた。


(美月は…来ないんだろうな…)


こんな状況で美月が来てくれるわけがない。

私は、あの子を裏切る形になってしまったのだから…。そう、思っていたのに…。


「なんで、いるの…?」


「なんでって…。親友の見送りに来るのが、そんなに変?」


空港着いた時、タクシー乗り場で待っていたのは、制服姿の美月だった。

その横に紅葉や緑川はおらず、1人で来ていることが分かる。


学校からタクシーできたのだとしたら、最低でも1万円はかかる。往復ともなればなおさらだ…。

それを抜きにしても、お泊まり会であんな別れ方をしたのに…。


「確かにちょっとショックだったけどね。でも、見送らないって選択肢は私にはないよ」


「そ、そっか…」


「うん。それにしても…なにその浮かない顔。せっかく留学するんだから、もっと楽しそうにしなさいよ…」


やれやれと言った感じで笑った美月は、そのまま私の頬を釣り上げた。

そして笑顔で


「ほら。皐月には笑顔の方が似合ってるよ!シャキッとしな〜?」


足を少し震わせて、声もちょっとだけ震えている。

本当は、私を責めたくて仕方ないんだろう。本当は、泣きたくて仕方ないんだろう。

だけど、そんなことをしたら私が余計に責任を感じると分かっているから、できないんだ…。


響さんはその光景を見て、葉月を連れて飲み物を買って来るとその場を離れ、凛は何も言わず私の後ろでうなだれていた。

私は、好きな人のそんな辛そうな顔を見て、思わず泣きそうになる。


「ご、ごめん…」


「謝らなくても――」


「でも…私は――」


目に涙を浮かべて今にも膝から崩れ落ちそうになった私を、美月は優しく抱きしめる。

色々言いたいことはあるだろうに、私に対して怒りも感じているはずなのに、その手は暖かくて…今まで感じたことがないほどの温もりを感じた。


「良いの。皐月が今どんな気持ちなのか、私は分かるから…。何年の付き合いだと思ってるの?あなたが考えそうなことくらい、お見通しなの。私のことなんて気にしなくて良いから…」


「で、でも…!」


「何も言わないで…?もう少し…こうさせて…」


美月に抱かれ、私はもう何もする気力がなくなってしまった。

ただ脱力し、美月にされるがままになる。


そんな時、美月が私だけに聞こえるような小さな声で、囁く。


「ねぇ皐月…。私に何か言うことない…?」


「いう…こと?」


「そう…。とっても、大事なこと…」


なんだろう。全然心当たりがない。

言わなければならないことなんて、それこそ沢山あるけれど、今ここで美月が望む答えが見つからない。

美月は…私に何を言って欲しいんだろうか…。


そんな顔で見つめていたのか、美月はふふっと笑って私を離す。

少しだけ名残惜しいけれど、そんなことが言えるほど、私は素直になれない。


「わからない?」


「…ごめん」


「ううん。良いの。次は、いつ帰って来るの?」


「…わかんない。何も決まってないから…」


「そっか…。なるべく、早くね…」


諦めたように笑った美月は、結局何を言ってもらいたかったのか言うことなく、話は終わりとばかりに凛の方へと歩いていく。


その後しばらくして響さんと葉月が帰ってきて、私はモヤモヤを抱えながら空港内を歩く。


美月はずっと凛と話していて、私とは話してくれそうもない。

結局、私に言って欲しかったこととはなんだったのか…。


「あ…皐月ちゃん。ご両親が間に合いそうにないって。だから…」


「了解です。もしかしたらそんなこともあると聞いていたので…」


「…そっか。なら、もう行こうか」


「そうですね…」


美月とちゃんとしたお別れもできないまま、荷物検査のゲートへと近づく。

ここで美月や葉月、響さんとはお別れだ。

この心に引っかかっている物が…ものすごく気になる。


「じゃあ、私は先に行ってるね〜?」


「は…?いや、私も一緒に行くけど…」


「美月が話があるって〜。行ってあげな?」


なぜか寂しそうに笑った凛は、私を置いてゲートの列へと入って行く。

響さんとのお別れはもう済んでいるらしい。葉月は少し泣きそうだけど、今は美月だ。


2人からは少し離れた位置にいる美月へと近づく。何を言われても…受け止めよう。そう、覚悟を決めて話しかける。


「話って…?」


「…ねぇ。本当に、私に言っておくことは…無いの?」


「…ごめん。思いつかない」


「そっか…。まぁ、分かってたけどね」


苦笑した美月は、そのまましばらく考えるように唸った。

そして、何かを決めた後、まっすぐ私に向かって来る。


「な、なに…?」


「私もバカだけど、皐月も大概だと思うの。どっちかがもう少し賢かったら、こんな結果にはならなかったんだよね...」


「な、なんのこと…?」


戸惑う私に、美月はまたふふっと笑うと、そのまま再度私を抱きしめた。


「私、あんまり気が長い方じゃ無いからね?」


そう言うと、唐突に私の頬へキスをした。

その瞬間、私は思考が停止して、周りの景色が全部真っ白へと変わっていった。


何が何だかわからず混乱している私の耳には、美月の恥ずかしそうな小さな笑い声しか聞こえてこなかった。

次回のお話は3月17日の0時に更新します。


この後の展開はヘビーではない...はずなので、皐月ちゃんの話がまだ続くことをお許しください!

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― 新着の感想 ―
[一言] 美月ちゃんがいい子すぎる...幸せになって欲しい。
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